詩人の言葉(文章の格調について考える その12)


「なるほどと思えるけれども不可能なことの方が、なるほどとは思えないけれども可能なことよりも好ましい。歴史家はすでに起こったことを語り、詩人は起こる可能性のあることを語る。したがって、詩作は歴史に比べて哲学的である。なぜなら、詩作は普遍的なことを語り、歴史は個別的なことを語るからである。」
アリストテレス 「詩学」


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詩人の綴る言葉は深い。普遍的な事柄を、美しいリズムに乗せ、ときには、さまざまな意味を言葉に込め、ごくごく短い文章で全てを表現する。

一つの言葉にただ一つの意味しか持たせない「哲学な」文章は、誤解を招く余地は凄く少なくなるのだけれど、それは物事を細かく細かく分類して分析してゆく「分析知」な文章でもある。

それに対して詩人がつむぎ出す文章は、少ない文字であっても、あらゆることを表現し、普遍的なことを示す「統合知」な文章。世界を圧縮した「哲学の」文章。

あたかも芸術作品を見るかよう。あらゆる解釈が可能であり、どこまでも考えさせるもの。

詩人の言葉が心をゆさぶる理由の一つには、その言葉に籠められた想いの密度が関係するようにさえ思える。

人や世界への探究を続けることでたどり着く、感性を研ぎ澄ました言葉。それは哲学でもあり、言葉が智慧や統合知にまで高まった姿。

心を揺さぶる言葉とは智慧の言葉であり、悠久の過去から無限の未来まで普遍でありつづける真理の言葉。

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詩人入沢康夫は、詩についてこう語っている。

『何よりもまず、「詩には作者の気持が述べられてある」という《迷信》から脱け出そう。気持を述べるのは、散文の仕事だ。詩は述べない。詩は問いかけ、詩は求める。詩は探索し、詩は発信する。詩は、言葉で組み上げられた、内的宇宙(インナー・スペース)の探査衛星(チャレンジャー)だ。

 日常の、しごくありふれた言葉も、詩人によって選ばれ、あたらしい組合わせの中に取り込まれて、魂の夜空に打ち上げられると、それはいまだかつて誰一人耳にしたことのない不思議なメッセージを、――しかし、内的宇宙の《真実》に深くかかわるこの上なく正確な諸データをいっぱいに含んだメッセージを、読者の心に直接送り届けてくる。

 詩は、言葉で造られた、内的宇宙の探査衛星だ。ひとたび打ち上げられると、それは常に探索し、常に発信をつづけている。とうの昔に世を去った萩原朔太郎や宮沢賢治や中原中也の詩、もう何十年も以前に書かれた作品が、今でも私たちの心を揺さぶるのは、そのせいである。』


入沢康夫は、詩の世界において、言葉と言葉の繋がりの中で、内的宇宙の新たな真実を探り出す可能性を示唆している。




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本シリーズエントリー記事一覧
文章の格調について考える その1 「ウェブ2.0革命」
文章の格調について考える その2 「「知の性能」が目に見えてくる社会」
文章の格調について考える その3 「集合知という市場」
文章の格調について考える その4 「集合知の構造」
文章の格調について考える その5 「集合知の二つの性質」
文章の格調について考える その6 「日本語文章の論理」
文章の格調について考える その7 「意味の多様性」
文章の格調について考える その8 「文章の効果とは何か」
文章の格調について考える その9 「アスキーアート」
文章の格調について考える その10 「言葉のニュアンスと意味の圧縮」
文章の格調について考える その11 「1/fゆらぎの文章」
文章の格調について考える その12 「詩人の言葉」
文章の格調について考える その13 「式神と言霊」
文章の格調について考える 最終回 「心を浄化する文章」