お賽銭と気持ち玉

 
今日は少し軽い話題を・・・

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既にお気づきの方もいらっしゃいますかと思いますが、トップページのサイドバーに、気持ち玉ランキングを追加しました。過去の人気記事はこちらから御覧ください。

日比野庵の記事は、ときどき、シリーズエントリーと称して、ひとつのテーマを何回かの記事に分けて、連続してエントリーすることがあります。

たとえば、最近でしたら、自民・民主の政策の分析と国家戦略についてのべた「政策と国家戦略について」があります。

小さな政府と格差是正を求める民主党(政策と国家戦略について その1)
相反する2つの立場を抱え込む自民党(政策と国家戦略について その2)
民主党政権を望む声の真相(政策と国家戦略について その3)
国家戦略の選択(政策と国家戦略について その4)
長期ビジョンこそが国家戦略であるべき(政策と国家戦略について 最終回)

という具合に、連続5回シリーズでエントリーしたりしています。(この手のシリーズエントリーは多分100本を超えているかと思います。)

題名の前半分が各章の題名、括弧()で括られた中がシリーズテーマの題名で、それぞれ何章にあたるかを、その1,その2という具合に記述しています。

勿論、記事単独でも読めますが、できましたら、シリーズの最初からお読みいただいたほうが全体構成がより把握しやすいのではないかと思います。

なぜ、こんな説明をしているかというと、気持ち玉ランキングでは、シリーズエントリーの順番に関係なく、気持ち玉数だけでランキングされてしまうからで、管理人としてはやはり、シリーズエントリーは最初から読んでいただきたい・・(^^;)

《閑話休題》


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7月22日エントリーの記事「幸福を実現する3つの三分の計」に多数の気持ち玉をお寄せくださりありがとうございます。当ブログ開設以来最高の気持ち玉数を更新中です。(w

これほど気持ち玉が集まった経験は始めてで、とても吃驚かつ嬉しく思います。

で、ふと、これは、ある意味、神社仏閣に祭られている神様やご本尊と、そこに参拝する人との関係に似ていないかと思いました。

つまり、神社や仏閣におわします神様仏様は、ある意味、参拝される人々の気持ち玉を受け取っているのではないか、ということですね。

お賽銭やお布施は、それはそれで浄財としてお納めするものでしょうけれど、別に神様・仏様がお金を使うわけでなし、受け取って下さるものは、やはり参拝者の気持ちしかないだろう、と思うのですね。

ブログの管理人としましては、自分でこれは面白いんじゃないか、と思った記事に対して「面白い」気持ち玉をつけていただくと嬉しいものですし、これは説得力あるよな、と思った記事に「なるほど」玉をつけていただくとやはり嬉しいものです。

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そして、次の記事も頑張って書いてみようか、と思うわけです。ええ、別にお金をいただいているわけではありませんので、ある意味、気持ち玉が記事を書くモチベーションになったりするわけです。沢山いただければいただくほど元気になる、という感じですね。

したがって、こうした構造は、祭られている神様仏様と参拝して拝む人間との関係にとても近いのではないかと思うのですね。気持ちだけのやり取りという意味において。

つまり、参拝する人は『「おかげさま」で、こんないいことがありました。』とか、『「おかげさま」で、無事一年を過ごせました』とかいう感謝の気持ちを、神様仏様に送ることが大切ではないかと思うわけです。そうした感謝の気持ち玉を沢山、神様仏様に届ければ届けるほど、神様のほうも、それならば、もっと頑張ってみようか、と更なるパワーアップをするような気さえします。

まぁ、これは神様仏様が非常に人間臭いというか、人格を持っているという前提の話しですけれど。

ところが、参拝した人がそうした感謝の気持ち玉ではなくて、「何々できますように」とか「お金が儲かりますように」とか、なにか欲しい、なにか呉れ、といったお願いばかりだと、神様仏様もゲンナリするのではないかと思うのですね。

ネットなんかでも、自分で調べもせず、ただ教えてくれ、とかいう人は、「クレクレ君」などと揶揄され、嫌われるのが一般的です。で、挙句の果てには、

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などが貼られてしまうわけです。

いかに神様とはいえ、お参りにやってきたはいいけれど、置いていく気持ち玉がクレクレ君ばかりだと、呆れてしまって、よっぽど切羽詰って、生死に関わるくらいに真剣なお祈り以外は全部後回しになりそうな気がします。

ということで、逆説的ではありますが、神社仏閣にお参りして、神様仏様の御加護を受けたいを思えば「なにとぞ御加護を与えたまえ」などとクレクレ君になるのではなくて、「おかげさまで生かさしていただいてます」とか、「いつもお守りくださって有難うございます」といった感謝の気持ち玉を置いてくるのがいいのではないか、と思う次第です。

・・・ただの思いつきです。


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画像古代ローマの思想家(?)「ググレカス」が「現代用語の基礎知識」に2007年12月03日

▼ネットの世界では新規ユーザーが急増しているのかも

 「現代用語の基礎知識」(自由国民社)は2005年版以降、ネットに由来する新語を「はてなダイアリーキーワード」から選んで掲載しているが、2008年版で新規に掲載され、注目されているキーワードに「ググレカス」がある。

 掲示板などでは「ワンセグって何?」といったつまらない質問が出ると「ググレカス」とだけ返答される。「ググレカス」とは、ネットで検索すればすぐに分かる質問に対する決まり文句で、「ググれ(グーグルで検索しろ)、このカス野郎」の意味なのだ。

 「ググレカス」が広まった背景には、増えつつある「教えて君」の存在がある。「教えて君」とは、過去ログを読んだり、自分でちょっと調べれば済むことをいちいち質問する人のことで、自分で調べようとしない態度がネットユーザーの反感を買う。

 「2ちゃんねる」のVIP板のように流れが速い掲示板では、「今北産業」という言葉が使われる。「今北産業」は、「今この掲示板に来たばかりで話の流れが分からないから三行で説明してくれ」という意味だ。


「はてなダイアリー日記」では「現代用語の基礎知識2008」掲載のはてなダイアリーキーワードがアナウンスされている

 「ググレカス」が注目されたのは、ネットの殺伐とした風潮が背景にあるが、「ググレカス」を解説した冗談が広がったことも理由の1つだ。フリー百科事典の「ウィキペディア」にも、「Wikipedia:削除された悪ふざけとナンセンス/ググレカス」という項目があり、ググレカスの生涯が解説されている。



ググレカス(Gugurecus, 生没年未詳)は、架空の偉人。古代ローマの思想家。

帝政ローマの時代に現在のアルバニアあたりで生まれたといわれている。父は役人で、家の巨大な書斎にはあらゆる本が並べられていた。このため物心ついた頃から興味を持ったものは何でも検索する習慣がつき、13歳頃からはほぼ一日中図書館で過ごすようになった。それ以来さまざまな発見をしては、それを地元の図書館で検索するという日々を続けていた。



 もちろん、この解説は創作。そしてこの「ググレカス」は、「無蝕童帝ウプレカス」から派生したものだ。

ファイルなどをインターネット上にアップロードすることを電子掲示板上では「うpる」と表現するが、まれに「さっさと画像をうpれカス(早くファイルをアップロードしろ)」といった煽りが書き込まれることがある。ふたば☆ちゃんねるの二次元裏掲示板においてこの煽り文句をネタとして昇華され、古代ローマ風の人物に仕立て上げたのが「ウプレカス」の始まりである。頭に付いた「無蝕童帝」は「無職童貞」を意味した煽り文句である。ウプレカスの誕生後、「宰相ググレカス(ググれカス)」「将軍マジレス」など、掲示板上で使われる言葉を古代ローマ風の人物に仕立てたキャラクターが数多く生まれ、相関図が作られるほどのブームとなった。


 話題の発端と見られるのが、「奴の名はウプレカス・・・。 : 二次元裏@ふたば」だが、この日付を見ると「05/07/26(火)14:11」となっている。関連の「ググレカス」が話題になったのは2005年から2006年。「ググレカス」のアスキーアートが話題になったのも、「ウィキペディア」にあるように、2006年3月の1週間程度にすぎなかった。

 なぜ、そんな古いネタが今頃話題になったのだろう。現代用語の基礎知識への掲載がきっかけとなったのか、2007年11月23日のはてなブックマークの人気では「ググレカス」を含む冗談人名アスキーアートが注目された。話題の対象は「2ちゃんねる」のまとめサイトだが、その元になる2ちゃんねるの掲示板も2007年11月17日以降のことなので、まるでごく最近のネタのリアクションのようだ。1、2年前のネットの話題を知らない新規利用者が多数ネットの世界に流れ込んだためだろう。

 新しいネットユーザーが増え、彼らが発する基本的な疑問にうんざりしている古参のネットユーザーの気持ちが「ググレカス」に表現されているかもしれない。


URL:http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20071127/1004809/

この記事へのコメント

  • ちーひめ

    あはは、笑っちゃいました!
    そのとおりですね!
    2015年08月10日 16:50

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