メインレイヤーは何処か(S.A.C.について考える その4)

 
人はひとりでは生きていけない。必ず誰かと、何らかの縁を持って生きている。生まれるその瞬間には、もう両親と深い縁で結ばれている。

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国民は、日々の生活の中で、縁起が結ぶ社会の中で、どれかのレイヤーといつも接続していて、相互に情報交換をしている。多かれ少なかれ、殆どの人は各レイヤーになんらかの形で、存在もしくは接続状態にある。

だけど、実際のところ、全てのレイヤーを活性化させて、それぞれの層において相互に情報通信できているかといえば、そうとも限らない。それは、個々人によって、生活の主体や興味関心の領域が異なるから。

たとえば、国際情勢や社会の出来事に疎く、また難しいことはよく分からないけれど、穏やかで人あたりが良くて、面倒見がいい人がいるとする。

その人は、生活の主体が「家族レイヤー」や「知人レイヤー」といった下位レイヤーが中心であって、そのレイヤーが生活の殆ど全てを占めている。だから家族や知人に対する関心がより深く、細やかだったり、色々気配りもする。

当然、家族や近隣住人の評判もいい。その代わり、政治経済の動向などの情報が伝達される、経済レイヤーや思想レイヤーといった、所謂、上位レイヤーからの情報には興味が少なく、頓着しなかったりする。

逆に、高級官僚や、財界人といった、世界を股にかけた仕事する、所謂仕事人間になると、今度は逆で、その類の人の住む社会は、経済界や政界、そして国際社会がその殆どを占めてしまう。

あまりにも仕事ばかりしていて、家庭を顧みなかった人が、ある時、家庭崩壊に見舞われる、なんて話も聞くけれど、それはその人が、家族レイヤーでの自分の存在を忘れ、そこに住んでいなかったことを意味してる。

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勿論、上位レイヤーにも下位レイヤーにもしっかりと縁をつないで、バランス良く生活して、情報の相互通信をしてる人だっているだろうけれど、全部が全部そうした人達ばかりでもないことも事実としてある。

なぜなら、今の日本においては、上位・下位のレイヤー全てに関わらないと生きてゆけないわけではないから。それは、たとえば、江戸時代のように身分制度があった時代を振り返ってみれば良く分かる。

当時は、百姓は百姓、商人は商人、武士は武士と、建前の上では住む世界が分かれていた。

百姓は田畑を耕して、米を作り、そのうちの何割かを年貢として納めて、残りで生活していた。生活の主体は家族レイヤーと知人レイヤーが主体で、時折、経済レイヤーに足を踏み入れるくらい。武士の住まう、思想レイヤーは雲の上の世界だった。

また商人とて、経済レイヤーが主として、知人・家族レイヤーがその住む社会であって、最上位層(思想レイヤー)には中々口出しできなかった。

尤も、厳密に言えば、学問・知識といった文化教育といった種類の情報については、百姓であってもアクセスすることが許されていたから、上位レイヤーに全くノータッチというわけではなかったのだけれど、少なくとも、武士以外の身分の者が、武士と同じことをすることは許されなかったから、意識の上では、最上位レイヤーは住んではならない世界だった。

だから、国家スケールでの時間からみれば、一般国民が最上位レイヤーでの活動を自由にできるようになったのは、ごくごく最近の話であって、それが故に、国民ひとりひとりの最上位レイヤーが、完全に活性化していると言えないのも、無理からぬところがあるのかもしれない。

特に、日本では、上位レイヤーを武士階級が押さえて、それなりに統治していった歴史があるから、国民の意識において、政治経済の世界は「お上」に任せておけば万事巧くいくから気にしなくていい、と最上位レイヤーの活性化を妨げてきた面も否定できない。

要は、国民の政治参加を考えるときに、その人が、どの縁起レイヤーをメインの活動レイヤーとしているかで、そのアプローチは大きく変わるということ。

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