こんなこともあろうかと、エンジン同士を繋いでおいた。(小惑星探査機「はやぶさ」について 前編)


『ちょっと盛り上げるなら、これは電気回路にダイオードが一つが入っていないとできない。あらかじめそういう回路を組み上げ、搭載して打ち上げたということを注目してもらいたい。』
川口淳一郎JAXA宇宙科学研究本部・宇宙航行システム研究系教授


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2003年5月9日に宇宙科学研究所から打ち上げられた小惑星探査機・通称「はやぶさ」は、2005年夏に火星軌道近傍の小惑星イトカワに着陸、サンプルを採集して2010年の地球への帰路についている。

「はやぶさ」のミッションである、小惑星からサンプルを持ち帰るという「サンプルリターン計画」は国際的にも高く注目されていて、大きく次の4つの実験を目的としている。

(1)イオンエンジンを主推進機関とした惑星間航行
(2)光学観測による自律的な航法と誘導
(3)惑星表面の標本採取
(4)惑星間軌道からの直接大気再突入と回収


2009年の12月時点で、これらのうち1から3までのミッションを成功させ、あとは無事地球に帰還するのみ。

「はやぶさ」が今もって、稼動しているのはほとんど奇跡といっていい。

姿勢制御装置の故障や化学エンジンの燃料漏れによる全損。姿勢の乱れ、電池切れ、通信途絶にイオンエンジンの停止・・・。様々なアクシデントに見舞われてなお、ミッションを遂行したJAXAのはやぶさスタッフには素直に敬意を表したい。

たとえば、イトカワへの着陸では、XYZの3方向制御のために3台設けられていた姿勢制御用のリアクションホイール2台が壊れるというアクシデントに見舞われてなお、精度の出ないガス噴射制御での着陸を慣行し、見事に成し遂げている。

しかも「はやぶさ」に指令を送るのが片道30分、往復1時間かかるから、指令センターは、現実の「はやぶさ」の30分前の位置情報を受け取って、30分後の「はやぶさ」到達位置を予測して指令を出し続けたという。職人業以外の何者でもない。

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元々「はやぶさ」は2007年に地球に帰還する計画で、2003年の打ち上げから5年の使用には耐えられる設計だった。ところが、イトカワ着陸後の燃料漏れによる通信途絶とその復旧のため、地球帰還は2010年6月に遅延することとなった。

この遅延で、設計寿命の5年間を大幅に超えてしまうことが決定したにも関わらず、更に2年も余分にイオンエンジンを動かして航行を続けている。

こんな想定外の過酷な環境でもなお運用できているのは、JAXAスタッフや開発チームのありとあらゆる事故を想定してフェイルセーフ機能を搭載していたことによる。

特に、2009年11月4日に起こった、4基中3基目のイオンエンジンの故障停止はもう駄目かと思わせるものだった。

ところがJAXAスタッフは既に故障によって運用を休止していたイオンエンジン2基のうち無事な部分同士を繋ぎ合わせることで2基で1基のエンジンとして使用するという離れ業をやってのけた。

もちろん「こんなこともあろうかと」それを可能とする回路を仕込んでいたお陰。ネットでは、「なんという真田さん」だとか「変態技術だ」とか、妙な賞賛の声しきり。流石だという他ない。
数々のアクシデントの詳細はこちらの「はやぶさまとめニュース」を参照されたい。

「はやぶさ」に搭載されているイオンエンジン(μ10) はエンジン単体の性能試験や2万時間にも及ぶ連続稼動試験などを得て、「はやぶさ」本体に搭載されたのだけれど、事前に試験したことは、サブシステムを含めた各システム単体の試験で、システム全体の総合試験は行われなかった。サブシステム間の連携に関する試験は、エンジン動作を伴わない簡易チェックのみだったという。

それでも、いきなり本番でこうしてシステム全体を動かしてみせる日本の技術の高さについて、我々は、認識を新たにすべきだろう。

「はやぶさ」のイオンエンジン(μ10)は、NECと米Aerojet-General社の協力を得て、人工衛星向けエンジンとして、2011年の販売を目指しているという。

今回の「真田さん」な技術は、きっと売上げに一役買うに違いない。



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画像小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンに異常 ~地球への帰還に黄信号、使用できるスラスタが1基に

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月9日、2010年6月の帰還を目指して火星付近を航行中の小惑星探査機「はやぶさ」において、イオンエンジンの異常が見つかったことを明らかにした。同探査機は4基あるスラスタのうち、すでに2基が止まっていた。残る2基での帰還を計画していたが、そのうちの1基に問題が起きたことで、予定通り帰還できなくなる恐れが出てきた。

 小惑星探査機「はやぶさ」は、M-Vロケット5号機によって、2003年5月9日に打上げられた。JAXAが宇宙関連3機関の統合により発足したのは同年10月なので、「はやぶさ」は宇宙科学研究所(ISAS)時代の最後の探査機である。当初、2007年6月に地球へ帰還する予定だったが、小惑星「イトカワ」へのタッチダウンに成功したあと発生した燃料漏れなどのトラブルにより、帰還を3年間延期していた。

「はやぶさ」のイオンエンジンには、A~Dの4つのスラスタが搭載されている。今回、問題が起きたのはスラスタDで、中和器の劣化により電圧が上昇、安全装置が作動して自動停止したことが確認された。復旧を試みたが、今のところ再起動できていない。

 スラスタAは、動作不安定等があったために、打上げ直後に運用を停止。3基のスラスタでイトカワに到着したが、帰路、今回と同様の問題により、2007年4月にはスラスタBの運用も休止した。スラスタCは稼働するものの、こちらも中和器の電圧は高い傾向にある。

 現在の第2期軌道変換では、スラスタCとDの2基による噴射で地球へ帰還する予定だった。これが1基となると、加速が足りなくなる恐れがある。スラスタCのみで帰還する場合、噴射時間を長くとる必要があるので、再突入への難易度も上がる。早めに加速を終わらせて、地球からなるべく遠いうちに軌道修正する方が確実だからだ。ギリギリまで加速してからの軌道修正にはリスクが伴う。

 一方、今回の帰還は諦め、新しい軌道を計算することも考えられるが、すでにエンジンの耐久年数を超えて運転しており、再度の延期によって、スラスタCまで止まってしまうことも十分あり得る。現在、JAXAでは対策を検討しているところだが、どのような方針であっても、リスクを覚悟する判断が必要となるだろう。検討結果がまとまり次第、改めて報告するということなので、それを待ちたい。

 また、以前からお伝えしている後継機「はやぶさ2」についても、厳しい状況が続いているようだ。

 「はやぶさ2」は、ターゲットとする小惑星との位置関係により、2014年に打上げる必要がある。そのため、来年度より本格的に開発を始めないと間に合わないのだが、先日発表された概算要求では、「はやぶさ2」の予算は計上されていなかった。JAXAは独立行政法人であるため、独自の判断で予算を配分することも原則的には可能だが、旗色が悪くなっていることは確かだ。

 これまで、「はやぶさ」によって、数多くの科学的知見が得られたのは事実だ。小惑星探査に関しては、日本は世界でもトップクラスと言っていい。「はやぶさ」によって実証されるサンプルリターン技術も、今後の宇宙開発にとって、発展が期待されるものだ。技術も意義もあるのに、お金の問題だけで断念せざるを得ないとすれば、何とももったいない。そう思うのは筆者だけだろうか?

 折しも、日本では政権交代が起こり、予算の付け方が大きく変わろうとしている。予算の削減ばかりに目が行きがちだが、本来の目的は、必要な場所にこそ増やすことであるはずだ。前原誠司・宇宙開発担当相を始めとする政治の判断にも注目したい。


URL:http://robot.watch.impress.co.jp/docs/news/20091110_327860.html



画像小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンが海外展開へ ~NECと米Aerojet-Generalが協業、NASAの探査機に搭載される可能性も

 NECと米Aerojet-Generalは8月3日、人工衛星向けイオンエンジンの開発・販売について、協業していくことを発表した。NECが宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発した小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン「μ10」をベースに、汎用化していく。今年10月末までに正式合意し、2011年の販売開始を目指す。

 NECの宇宙事業の歴史は古い。日本初の人工衛星となった1970年の「おおすみ」を開発したのも同社である。天文観測衛星や月・惑星探査機など、特に科学衛星の分野を得意としており、「科学分野では、“世界初”や“世界最高”などが求められてきた。そういった特殊なミッションでも、フレキシブルに開発できるのが我々の宇宙事業の特徴」(NEC航空宇宙・防衛事業本部の近藤邦夫副事業本部長)という。

人工衛星は非常に数量の少ないビジネスである。基本的に1回の受注で1機しか作らないし、頻度もそう多いものではない。これが高コストになっている一因ともいえる。低コスト化には、売る数を増やす必要があるが、国内需要だけでは十分な規模を確保できない。同社は、宇宙事業について「産業化を目指して積極的に海外展開していく」としており、今回、米社との協業を決めた。

 今回、米Aerojet-Generalと協力して販売していくのは、小惑星探査機「はやぶさ」に搭載された「μ10」と呼ばれるイオンエンジン。μ10は「はやぶさ」に最適化された“一品もの”であったが、他の衛星にも搭載できるように、インターフェイスを汎用化する。具体的には、データ通信や電源システムのI/O部で、モジュール化により交換を容易にする。また推力についても、オリジナルの8mNから10mNに向上させることを考えている。

 JAXAでは、次世代のイオンエンジンとして、直径を20cmに大型化した「μ20」の開発も進めているが、こちらは協業の対象には含めない。海外販売するのは、「はやぶさ」のμ10(直径10cm)をベースに改良したものだけだ。μ10の開発成果利用に関する許諾等は、現在、JAXAとNECで調整中とのことだ。

 協業では、米国市場でノウハウがあるAerojetが機器仕様を提供する。性能の向上やインターフェイスの汎用化をNECが行ない、日本市場・米国市場でのマーケティングはそれぞれが担当する。協業合意は今年10月末までに締結し、2010年1月より米国市場で提案活動を開始、2011年よりイオンエンジンを販売する予定だ。

 イオンエンジンは燃費に優れるため、静止衛星など、すでに多くの人工衛星で採用されてきたが、これまでは大型のものが中心だった。μ10はイオンエンジンとしては小型になり、「300kg~500kgクラスの小型衛星で採用が期待される。我々としては、NASAの深宇宙ミッションにも注目している」(NEC航空宇宙・防衛事業本部 宇宙事業開発戦略室の高橋実室長)という。

 μ10の特徴は、マイクロ波により無電極でプラズマを生成すること。従来の電極を利用するタイプに比べ、長寿命化が可能となる。またイオンを加速するためのグリッドには、金属系のモリブデンに変え、カーボン複合材を採用。これも長寿命化に貢献している。すでに「はやぶさ」では、4基のイオンエンジンで累計3万5千時間以上の運転時間を達成しており、実績としては十分といえるだろう

URL:http://robot.watch.impress.co.jp/docs/news/20090804_306907.html



画像交信復旧後の「はやぶさ」運用

2005年12月に姿勢を崩して交信が途絶えた「はやぶさ」探査機は、2006年1月下旬には地球との交信を復旧しました。その後、イオンエンジン用燃料であるキセノンガスを中和器から噴出したり、キセノンガスの節約を兼ねて太陽光の圧力を利用して、探査機の太陽指向の姿勢やスピン速度を制御する運用を続けました。それらと平行して、探査機内に漏れたと思われる姿勢制御用燃料であるヒドラジンの残留ガスを枯らせるための機内昇温、イオンエンジンの正常を確認する試験運転、探査機の位置測定、そして後述のように、一部故障したリチウムイオンニ次電池の復旧などの作業も、1月半ばまで実施してきました。

「はやぶさ」最後の技術実証項目である「惑星間空間から地球大気へのカプセルの直接投入」は、2010年6月に行われる予定です。地球帰還用カプセルに採取試料容器を収納してフタを閉めるには、形状記憶合金を使った部品を充電池から電力を供給して温めて動かす必要があります。そこで故障したバッテリを復活させるために電源周辺回路の見直しから地上試験、軌道上での機能確認と性能維持の作業を行いました。当初の計画では、小惑星イトカワへの最後の離着陸が完了した直後にフタ閉め運用を実施すべく準備していましたが、予定日の数日前に交信が途絶しました。交信が回復した後も、バッテリを含む一連の復旧作業を最優先に運用してきたため、13ヶ月以上遅れて今回の実行となりました。


▼故障したバッテリの復活

いまや携帯電話やノートパソコンに欠かせないリチウムイオンニ次電池は、高いエネルギー密度によって電池を小型軽量にできるため、世界中の宇宙機関では宇宙機への搭載に向けた研究開発が続けられています。そんな中、2003年に打ち上げられた「はやぶさ」は、宇宙用に設計・製作されたリチウムイオンニ次電池をバッテリとして組み上げて搭載した世界初の宇宙機になりました。ただし、このリチウムイオンニ次電池は、一定の電圧以下に放電(過放電)されてしまうと、次に充電することが難しくなります。2005年12月の姿勢喪失時の放電データ(図1)から、「はやぶさ」のバッテリがかなり深い放電を経験していたことが把握されました。

さらに昨年2月、再度の通信回復後に確認できたデータからは、バッテリは過放電された兆候を示しており、11セルのうち4セルについては使用に耐えない状態であることが確認されました。このようにリチウムイオン二次電池は、過放電に弱い性情を示します。また、過度に高い電圧まで充電(過充電)された場合には発熱・発火を起こす可能性があります。このためリチウムイオン二次電池をバッテリに組む際には、充電時にある一定の電圧に達すると、充電電流を迂回させる回路(バイパス回路)を設置します。「はやぶさ」の通信が回復した時、4セルは低い電圧を検知していましたが、残りの7セルについては大変に高い電圧を維持していました。これは、「はやぶさ」ではバイパス回路が動作(Enable)状態にあり、この回路を通じて数mA程度の微弱な電流が、電池に対して常時供給されていたからと考えられました。

もちろん、バイパス回路は健常なセルだけを選んで動作状態にすることは出来ません。健常なセルを充電することは、ダメージを受けている4セルも同時に充電することを意味します。そこで過放電電池の充電時のふるまいについて、電池製造メーカである古河電池殿のご支援をいただき、地上試験による検証を行いました。その結果、バイパス回路からの微弱電流程度では、過放電後のセルにおいても過度に電圧が上昇する傾向は見られないことが確認されました。これらの結果から、バイパス回路を意図的に動作状態にすることにより、バイパス回路からの微弱な供給電流を活用して健常なセルを充電できることが分かりました。

さらに、「はやぶさ」に搭載されたバッテリでもバイパス回路の動作(Enable)/非動作(Disable)を繰り返し、過放電を経験した電池の電圧が過度に上昇しないことを再三にわたり確認しました。図2に、バイパス回路の動作状態から非動作状態に切り替えた際のバッテリを構成する11セルの電圧の推移を示しています。バイパス回路を動作状態にするとダメージを受けている4セルには一旦電圧が上がりますが、最大0.5V程度の電圧で一定の値を示し、それ以上にはなりません。このとき充電電流が小さいため、残りの7セルでは電圧の上昇はほとんど見られず、通電電流に相当する充電は着実になされることから、時間をかけてこの作業を繰り返すことで電池を適切に充電できるものと期待しました。

URL:http://www.isas.ac.jp/j/topics/topics/2007/0130.shtml

この記事へのコメント

  • mor*y*ma_*atu

    久しぶりに感動しました。これほどの準備をして初めて言える「人事を尽くして天命を待つ」でしょうか。これほどの綿密さではないですが、LSIの開発でも同様な設計のノウハウがあります。例えば、問題が発生する可能性がある回路の近くに余分なトランジスタをダミー回路として予め埋め込んでいて、問題が起こった場合、製造の後の方(配線層)の工程で変更出きるようにしていて、LSIの製造に6ヶ月かかるとすると最後の数工程(1週間)で製造品を廃棄させないで救済する方法などです。この様な知恵は日本人が得意としていて先輩から後輩へ(師匠から弟子へ)受け継がれています。製品では伺えることは無理ですが確実に存在しています。また、LSIが不良品として帰ってきても非破壊でLSIが何故故障したか等の解析技術も相当なノウハウがあり、直接手で触れない世界の不良を特定できたりしています。これらのノウハウは特許には現れなし、現場で修羅場を経験しないと身につかない物です。これらの現場力に基づく知恵が本当の意味での日本の強みになっていると実感しました。後編も楽しみにしてます。
    2015年08月10日 16:50

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