昨日までのエントリーでは、剛腕殿が参院選前後に幹事長を辞めるというシナリオを考えてみたのだけれど、今日のエントリーでは、逆に辞めないという線で考えてみたい。全2回でエントリーする。
産経新聞政治部高橋昌之記者の「小沢氏の進退 幹事長を辞めない理由」という記事から、剛腕殿が幹事長を辞めない理由を次に列挙する。
1.幹事長を辞めると「やましいところがあるからだ」と見られる。
2.逆風は参院選までに収まる
3.2の理由により辞めなくても参院選は勝てる
4.自分が辞めると鳩山首相にも辞めろの声が集まる
5.参院選に勝って始めてやりたい政策ができる
念のため、高橋記者は、剛腕殿が辞めないのは願望ではなく、取材に基づいた結論だということを述べていることをお断りしておく。
高橋記者による剛腕殿が辞めない理由として5つをあげているけれど、まず、これらは、多分に剛腕殿の主観に基づいた判断であるという点を指摘しておきたい。
高橋記者の記事には、過去の剛腕殿の発言や取材に基づいた剛腕殿の考えを推測して、その理由としている。
他の多くの評論記事が、剛腕殿を取り巻く外部環境を軸に論を展開していくのに比べて、少し趣が異なっているところに、この記事の特徴がある。
確かに、今の民主党内には、剛腕殿の首に鈴を付けられるような命知らずの議員なんていないから、辞める辞めないは、剛腕の胸先三寸だ、というのは、そのとおり。だから、剛腕殿の主観に根拠を委ねるというのは、あながち的外れという訳じゃない。
ただ、その剛腕殿の主観と、現実に起こることと間にギャップが生じた場合、剛腕殿の判断が変わってくる可能性は考慮しておかなくちゃいけない。つまり、剛腕の思惑どおりに事が運ばなかった場合があり得るか、その場合でも、これまでどおりの考えで突っ張るのかどうか、ということ。
まず1についてだけれど、この辞めると、やましいところがあるからと見られるというのは、剛腕殿、もしくは高橋記者の主観としては、そうかもしれないけれど、筆者の観ずる限り、世間はそう見ていない。
やましいところがあるから辞めるのだ、ではなく、既に「やましい」と思われている。「まっくろくろすけ」じゃないか、というのが世間大半の印象。もちろん全部ではないけれど、6:4か7:3で、もう既に「やましい」と思われている。
資金源を聞かれて、話すたびに、銀行の融資が個人の資産になり、父の遺産へと変わる。これでやましいと思わないほうがどうかしてる。
従って、1の理由で突っ張ったところで、世間からは往生際が悪いと思われるだけで、なんのメリットもない。
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【高橋昌之のとっておき】小沢氏の進退(上) 幹事長を辞めない理由 2010.2.27 18:00
最近、いろんな方から「民主党の小沢一郎幹事長が夏の参院選までに幹事長を辞めるかどうか」ということをよく聞かれますし、マスコミでも話題となっているので、今回はそれをテーマに書きたいと思います。私の結論を先に言えば、「辞めない」と思います。これは私の願望ではなく、取材に基づいた見通しですので、あしからず。
小沢氏の進退問題をめぐっては、いわゆる反小沢グループとされる前原誠司国土交通相や渡部恒三前衆院副議長らが、夏の参院選までに幹事長を辞めるべきだという趣旨の発言をしているのに対し、鳩山由紀夫首相は幹事長続投で参院選に臨む考えを示し、民主党内ではこの問題がくすぶり続けています。これを受けて、マスコミや国民の間でも「参院選までに小沢氏が幹事長を辞めるかどうか」が話題になっているわけです。
「参院選までに辞めるのではないか」とみている方の根拠は大体、次の通りでしょう。小沢氏は資金管理団体の政治資金規正法違反事件で、不起訴となったものの、報道機関の世論調査では「小沢氏は幹事長を辞めるべきだ」との意見が、おおむね7割を超えています。また、これと連動するように鳩山内閣の支持率も下落しています。このため、小沢氏は参院選への影響を避けるため、辞めるだろうということです。
また、小沢氏は昨年5月、やはり西松建設の違法献金事件後、「衆院選で政権交代を果たすため」という理由で、党代表を電撃辞任しており、今度の参院選に向けても、選挙で勝つためだったら辞めるのではないかとの見方もあります。
しかし、先ほど述べたように、私が小沢氏周辺を取材した結論は「辞めない」ということです。まず、第1に小沢氏は事件について、自らの潔白を主張していますが、幹事長を辞めると「やましいところがあるからだ」と必ず言われます。この観点からも「辞めない」と思います。
第2に参院選に向けて小沢氏がどう考えているかです。ある小沢氏周辺は「鳩山内閣の支持率下落は小沢氏の問題だけではなく、鳩山由紀夫首相の偽装献金事件や政権の迷走ぶりも影響している。大体、小沢氏の問題をめぐっては事実無根であっても、あれほど『不正なカネをもらった』という報道がされれば、世論調査で厳しい結果が出るのは仕方がない。世論は今が最悪の状態で、今後は国民の理解も進んでいくだろう」と、逆風は参院選までに改善されるとの見方を示しています。
小沢氏も22日の記者会見で、長崎県知事選敗北について「私自身の不徳の致すところで、それ(事件)が決してプラスの要因に働いたはずはない」と事件の影響を認めながらも、「自民党に勝つようになるには、個々の議員は有権者との信頼関係を一層強め、どのような状況下でも、有権者の支持を得られる民主党にならなくてはいけない」と述べました。
これらを考えると、小沢氏は事件の影響は参院選までに沈静化するとみていて、さらに影響をなくすべく参院選対策に全力を挙げる考えとみられ、そのためにも幹事長を続投すると思います。
第3に、昨年5月の党代表辞任と今回は、同様には考えられないということです。小沢氏は昨年の西松事件の際に自らの進退については、「党代表、総理といったポストには何の関心もない。ただ、衆院選で勝てるかどうかを物差しにして判断したい」として、事件の責任うんぬんではなく、衆院選を判断基準とする考えを表明、その後、まさにその理由で辞任しました。
党代表や首相というポストに何の関心もないというのは、小沢氏の本音で、そういうポストはどちらかといえばやりたくないのではないかと思います。ただ、選挙の指揮は、自民党田中派時代から選挙の実務をこなし、精通してきた自分にしかできないと考えているでしょう。その証拠に昨年5月に党代表を辞任した後は、選挙担当の代表代行に就任して、選挙対策に専念しました。今回はまさに選挙の指揮をとる立場の幹事長というポストです。それを投げ出すことはしないと思います。
第4に、小沢氏が辞任すれば、同様に「政治とカネ」の問題で追及されている鳩山由紀夫首相の立場はどうなるか、ということがあります。小沢氏が辞めれば、「小沢氏は辞めたのに、鳩山首相は辞めないのか」という声が必ず上がってくるでしょう。そうなれば鳩山首相を余計、厳しい立場に追い込むことになり、それこそまさに参院選に悪影響を与えてしまいます。そのことも小沢氏の念頭にはあると思います。
第5に、小沢氏の政治目標は何かということです。小沢氏は常々、「政権獲得はあくまで手段。その後にどういう政治をやるかが目的だ」と語ってきました。参院選で民主党が単独過半数を獲得すれば、衆参両院を単独で制する「本格政権」になります。その後こそ、小沢氏が自らが信じる政策を断行できる、つまり政治目標を達成できる態勢ができるわけです。
小沢氏は現在、鳩山政権発足時に鳩山首相との間で「政府は鳩山、党は小沢」という仕切りに応じ、「政府の政策には口を出さない」ことにしています。私はそもそも議院内閣制において、与党の幹事長が「政府の政策に口を出さない」というのはおかしなことだと思いますが、小沢氏としては参院選までは選挙対策に専念したいという思いもあり、そういう仕切りに応じたのでしょう。
ただ、参院選の結果、本格政権になれば話は別です。小沢氏は与党の幹事長として、政府の政策にも積極的に関与していくだろうと思います。小沢氏には何としてもやり遂げたいと思っている政策があるからです。代表的なものは次の3つです。
以下(下)につづく
URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100227/stt1002271801002-n1.htm
小沢氏「父は遺産残さなかった」 27年前の新聞記事で明かす 2010/1/28 19:47
小沢一郎民主党幹事長が27年前の新聞記事で、「父からの遺産はなかった」と明かしていることが分かった。その一方で、自身の資金管理団体「陸山会」の土地購入原資4億円について、小沢氏側は「父親から相続した遺産が元になった」と説明している。どちらが正しいのか。小沢氏の説明はこれまでも二転三転しており、事態は混迷を深めるばかりだ。
小沢氏は2010年1月23日、「陸山会」が04年に東京都世田谷区の土地を購入した件に絡んで、東京地検特捜部から4時間半にもわたる事情聴取を受けた。
▼ 父親から貰った金を信託銀行に積み立てていた
その後、同日夜に開かれた記者会見で小沢氏は、土地購入代金に充てた4億円について、原資は小沢氏の個人資産だと説明した。
1985年に文京区湯島の自宅を売却した後、世田谷区深沢の土地を購入して建物を建てた際に残った2億円と、97年と02年に家族名義の銀行口座から引き出した3億6000万円。計5億6000万円を事務所の金庫に保管し、そこから4億円を陸山会に貸し付けたという。
そもそも何故小沢氏がこれほどまでの資産を持っているのか。これまでの小沢氏側の説明では、湯島の自宅は父親の小沢佐重喜・元建設相から相続したもの。97年と02年に口座から引き出された3億6000万円も、父親から貰った金を信託銀行に積み立てていたものだとしている。
▼「亡父も票田こそ残してくれたが、遺産はなかった」
しかし、小沢氏自身が新聞記事の中で、正反対のことを言っていたことがわかった。
1983年1月の産経新聞の書評欄にある「私の一冊」というコーナーで、当時自民党の総務局長だった小沢氏が「座右の書」として海音寺潮五郎の『西郷隆盛』を紹介している。小沢氏は明治維新の「英傑」に関心があり、その中でも最も好きなのが西郷隆盛なのだという。明治維新で中心的役割を果たすも、最後は薩摩の不平士族に押されて起こした西南戦争で自決してしまう西郷の一生を「人間味にあふれている」と評価。政治家としての見通しが悪かった点もあるが、「情に流される西郷に人情政治家としての捨てきれない魅力がある」と書いている。
そして、西郷隆盛が述べたとされる「子孫のために美田を残さず」という言葉を紹介。「私の亡父も票田こそ残してくれたが、遺産はなかった」と明かしている。最後は「『自分の道は自分で開け』を処世訓にしている」と結んでいる。
「遺産はなかった」とする27年前の記事と「原資は遺産」とする今現在の説明、どちらが本当なのだろうか。ちなみに4億円の原資については、09年10月には金融機関からの融資と説明するなど、二転三転している。
URL:http://www.j-cast.com/2010/01/28058974.html
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