「実は今でも毎年は生みません。ここは黒潮と伊勢からの冷たい海流が混ざり、1日のうちに水温が急変する。それが良くないと分かってきたのは最近です」熊井英水・近畿大学水産研究所長
養殖マグロをビジネス的に採算が合うようにするための課題は、稚魚の生存率を上げることらしい。
マグロは1回に数十万個の卵を産むのだけれど、自然界では成魚になれるのは限りなく0に近い。養殖マグロでさえも、孵化して40日目までの生存率がたった0.1%。これを10倍にして始めてビジネスになるという。
マグロの稚魚の生存率が低い理由はいくつかあって、まず、孵化後の数日間は浮上死の危険がある。
孵化後の一か月は陸上水槽で育つけれど、エアーポンプから出る水泡の流れに乗って水面に浮いたまま下りられなくなるのが出てくる。また、夜の間に動きを止めて水槽の底に沈んで死ぬものも出る。
さらに、マグロの稚魚は成長が早く、その分餌が必要で、孵化後2週間もすると共食いを始めるそうだ。
養殖の環境ですらこうなのだから、自然界での卵からの生存確率は数十万分の1あるかないかというのも頷ける。これだと流石に絶滅を危惧されてしまうのだろう。量産化の期待が高まるのもむべなるかな。
ところが更に問題なのは、稚魚の大量生産ができないこと。近大が1974年に完全養殖の研究を始めて30年以上経っても、産卵はまったく自然にゆだねるしかないらしい。
1979年、初めて畜養マグロが生け簀で卵を生んだのだけれど、孵化した稚魚は47日で死んでしまった。
その後も数十日で死ぬことが続いた揚げ句、83年から11年間は卵を生まない年が続いたという。
前途は厳しいかと思いきや、なんと、サバにマグロを産ませて増やそうという研究が進んでいる。
12年近くこの研究に取り組んでいる吉崎悟朗・東京海洋大学准教授は、7年前、淡水魚のヤマメにニジマスの卵や精子を作らせることに成功。2005年からサバにマグロを産ませる研究に着手している。
このサバにマグロを生ませる技術は、生まれたての赤ん坊のサバにまず、サバ自身の卵や精子を作らないよう不妊処理を施す。その後、メスのサバにマグロの卵原細胞を、オスのサバにはマグロの精原細胞を注入するというもの。
そのサバが大人になるとマグロの卵や精子だけ作ることになるから、処理されたサバのメスとオスが受精して卵を産めばクロマグロの子になるという仕組み。
この技術の凄いところは、マグロの稚魚を作るのに、マグロを使わなくてよいところ。自然に任せるしかないマグロの産卵が、サバの腹を借りることでより確実になる。
これは、マグロの大量生産をも可能にする技術となるかもしれない。
吉崎悟准教授は、この技術を使って、クロマグロを鮭の放流のように、人間が取る分だけ増やせればそれでいいとコメントしている。
クロマグロの放流とは何とも夢のある話。
たとえば、瀬戸内海に大量にクロマグロの稚魚を放流することなんてできれば、瀬戸内海全部がクロマグロの生簀になるかもしれない。
日本はまだまだ凄い。
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ニッポン食材風土記 完全養殖・近代マグロ
バッシャーン。エサやりの担当者が大量のサバを海に放り込むと、銀色の巨体が海中から飛び出し、サバに食いついた。「近大マグロ」の名で知られる完全養殖のクロマグロだ。
完全養殖マグロとは、養殖施設内で人工孵化(ふか)した親から生まれたマグロのこと。これに対し、天然の幼魚を捕らえてきて生け簀(いけす)で育てたマグロを「畜養マグロ」と呼ぶ。稚魚を天然から獲るばかりだと、資源は減る一方。そこで、畜養ものから卵をとって再生産に結び付けようと考えて実現したのが、完全養殖マグロだ。
マグロの完全養殖は無理と言われていただけに、2002年6月に流れた成功のニュースは、関係者を驚かせた。
それから6年。今では近大マグロは、一部の百貨店や飲食店などに出荷されている。その一つ、「三越日本橋本店」にある吉川水産の鮮魚売り場では中トロを100g1990円前後で販売、週に一度の入荷日を心待ちにするファンもいる。
▼大きな生け簀でゆったり成長 釣り上げ後は速やかに処理
2月上旬、近畿大学水産研究所大島実験場を訪れた。紀伊半島の南端、和歌山県串本町の大島という島にある。迎えてくれたのは、近畿大学水産養殖種苗センター大島事業場・場長代理の岡田貴彦さん。ちょうどエサやりに行くと言うので、ついていくことにした。
実験場前で小さな船に乗りこむ。そこから5分ほど、紀伊半島と大島に挟まれた海域に、直径30m×深さ6~10mの円形の生け簀が点在している。
マグロたちは、余裕のあるスペースでゆうゆうと泳いでいた。実際、収容密度はマダイの5分の1から10分の1。ストレスのない環境で育てているから抗生物質も必要ないという。
エサは、孵化して30日までの稚魚にはイカナゴを細かく刻んだものを、それ以降は、サバやイカを与えている。
一般的に、大きな魚ほど水銀濃度が高いが、「ここでは、大きくてもサバぐらいしか与えないから、水銀濃度は天然マグロの半分といわれているんですよ」と岡田さんは教えてくれた。
大島実験場はこうして育てたマグロを、多い週には15~20匹出荷している。出荷サイズは40kg前後。孵化して2~3年経ったものだ。岡田さんらは、出荷のたびに1匹ずつ釣り上げ、電気ショックを与えて即殺する。
「悶絶(もんぜつ)すると体温が上がって肉のpH値が上がり、“ヤケ”という症状を起こす。それを防ぐには速やかな処理が不可欠なんです」(岡田さん)。
もっとも、週に何度も釣り上げると、釣り上げ船のエンジン音を聞いただけでマグロは海中深くに潜るようになる。そんなマグロとの知恵比べも仕事の一環で、エサをサバから好物のイカに替えたり、エサやり船に釣り上げ船をつなぎ、エンジン音を消して近付くこともある。
▼ 安全性高く、品質は安定 天然資源も減らさずに済む
ゆったりとした環境の中、安全なエサで育てられ、処理された近大マグロは、様々な点で特筆すべき長所を持つ。
その一つは、“全身トロマグロ”と呼ばれるほど脂が多く、赤身も中トロ並みであること。当初、岡田さんらは天然ものに近いマグロを目指したが、畜養マグロが「脂もの」として市場でもてはやされる中、市場関係者から「脂を抑える必要はない」と言われ、今では脂の多さを売り物にしている。
エサの履歴がハッキリしている、水銀濃度が低い、抗生物質を使っていない──といった点も、完全養殖マグロならではの特長だ。もちろん、天然資源の保護につながるのも利点。近大マグロは、味はもちろん、それ以外の面でも、今どきの消費者に訴える多様な魅力を持ち合わせている。
しかし、量産への道のりは険しい。ネックになっているのは、稚魚の大量生産ができないことだ。近大が1974年に完全養殖の研究を始めて34年が経った今でも、産卵はまったく自然にゆだねるしかないし、たとえ孵化しても、稚魚の生存率はきわめて低い。
当初から研究に携わっていた現近畿大学水産研究所長の熊井英水さんは、完全養殖達成までの苦労を克明に覚えている。
1979年、初めて畜養マグロが生け簀で卵を生んだが、孵化した稚魚は47日で死んでしまった。その後も数十日で死ぬことが続いた揚げ句、83年から11年間は卵を生まない年が続いたという。
「実は今でも毎年は生みません。ここは黒潮と伊勢からの冷たい海流が混ざり、1日のうちに水温が急変する。それが良くないと分かってきたのは最近です」(熊井さん)。
マグロの稚魚の生存率が低い理由は複数ある。まず、孵化後の数日間は浮上死の危険がある。孵化後1カ月は陸上水槽で育つが、エアーポンプから出る水泡の流れに乗って水面に浮いたまま下りられなくなるのだ。それがなくなると、夜の間に動きを止めて水槽の底に沈んで死ぬものが出る。さらに、孵化後2週間もすると共食いを始める。成長が速い分多くのエサが必要で、自分より成長の遅い仲間を食べるのだ。
さらに成長が進むと、衝突死のリスクが出てくる。成魚に比べ胸ビレや腹ビレの発達が遅れているため速度のセーブがきかない。そのため生け簀の壁に当たって死んでしまうのだ。その衝撃の大きさは、工事用の青いシートを突き破るほどだという。
熊井さんらは、共食いを防ぐためにエサやりの回数を増やしたり、衝突死を防ぐため、生け簀を大きくするなど様々な工夫を重ねた。その結果、孵化後1カ月の生存率は3~5%、その後1カ月間の生存率は50%に上がったが、大量生産を実現するにはさらに上げる必要がある。
もっとも、明るい材料もある。現在は大島で稚魚を年間3万尾生産しているが、陸上水槽が最近できた奄美実験場が本格稼働すれば、年間6万尾の生産が可能になる。また、昨年12月には稚魚を初めて養殖用種苗として業者に出荷した。近大マグロをより大量に育て、供給できる可能性が広がった。
「脂もの」好きの日本人の好みに合うだけでなく、安全性が高い近大マグロは、食の安全性が重視されている今、飲食店もぜひ注目したい食材だ。
▼気鋭の和食料理人に聞いた 近大マグロの活用術
山下さんが感じた近大マグロの特徴は、「油との相性が良い」「生マグロ独特の粘り気がある」「筋が硬くない」の3点。ただし、「味はやや薄い」と感じた。「良さを生かすには味やコクを足すのがポイントです」(山下さん)。今回はアボカドや味噌、チーズを足した。
URL:http://nr.nikkeibp.co.jp/report/maguro/
「禁輸否決」でもくすぶる火種──資源確保の切り札になるか サバにマグロを産ませる秘策 (週刊朝日 2010年04月02日号配信掲載) 2010年3月26日(金)配信
クロマグロ禁輸の動きが強まっている。国際取引を禁止しようとしたワシントン条約の締約国会議は何とかしのいだが、いつ再燃するかわからない。トロが食べられなくなるのも時間の問題かと覚悟していたら、意外な救世主がいた。なんと、サバにマグロを産ませて増やそうというのだ。
マグロは1回に数十万個の卵を産むが、自然界では成魚になれるのは限りなく0に近い。しかし、もし水槽で1年ほどで育つサバにマグロを産ませることができれば、マグロの稚魚を大量にしかも安く得られる。養殖に役立つだけでなく、海に放流すれば取りすぎた天然マグロを絶滅から救うことができる。
でも本当にそんなことができるのだろうか? たとえ生まれても、サバマグロみたいな変な魚にならないのか?
「大丈夫。サバの腹を借りてマグロの卵を育てようというもので、生まれた赤ちゃんは正真正銘のクロマグロです」
12年近く、この研究に打ち込んできた東京海洋大学准教授(水産学)の吉崎悟朗さん(44)はニッコリ笑って説明してくれた。
親マグロの体内には、メスなら卵のもとになる卵原細胞、オスなら精子のもとになる精原細胞がある。これをサバの体内に移植して根付かせることができれば、サバの卵巣にマグロの卵が、サバの精巣にマグロの精子ができる。こんなサバのメスとオスが出会えば、カップルとなってせっせとマグロの子作りをしてくれることになる。
しかし、移植には拒絶反応がつきもの。人間の臓器移植と同様に、マグロの細胞をサバが簡単に受け入れるわけがない。
「ところが生まれたての赤ん坊のサバなら、この拒絶反応がほとんど起きないことがわかったのです」
と、吉崎さん。赤ん坊のうちにマグロの卵原細胞や精原細胞を注入しておけば、そのサバが大人になるとマグロの卵や精子を作ってくれる。不妊処理をしてサバ自身の卵や精子を作らないようにしてから注入すれば、そのサバはひたすらマグロの卵と精子だけを作り続けることになる。
とはいえ、体長5ミリにも満たないサバの赤ちゃんの腹のどこに卵巣や精巣があるか、わかるのだろうか。そもそも、サバの赤ちゃんの性別はどうやって判別するのか。間違ってオスの赤ちゃんに卵原細胞を入れたりしたら、大変なことになりはしないか。
「そこも大丈夫」
吉崎さんは再びニッコリ笑った。実はマグロの卵原細胞も精原細胞も、自分で卵巣や精巣を探して移動する能力を持っている。小さな注射針で腹に入れてあげれば、あとはアメーバのようにサバの体内を動いていく。しかも、卵原細胞が精巣にたどり着けば精原細胞に、精原細胞が卵巣にたどり着けば卵原細胞に、きちんとあとから変化するのだという。吉崎さんは言う。
「魚類の生殖細胞にはもともと、こうした高い柔軟性があるようなのです」
まさに生命の神秘としか言いようがない。吉崎さんたちのこの発見は06年に米国の学会誌に掲載され、大きな反響を呼んだ。
この原理を使って7年前、淡水魚のヤマメにニジマスの卵や精子を作らせることに成功。05年からは、今度はサバにマグロを産ませる研究に着手した。
当初、サバへの移植がなかなか成功しなかった。マグロは南の魚だが、日本のサバは北の魚だ。サバが育つ水温の低さが、マグロの細胞に影響している可能性があった。そこで南方にすむ別の種類のサバを使ってみたところ、昨年9月、サバの体内にマグロの精原細胞がきちんと根付くところまでこぎつけた。今春から、いよいよサバにマグロを産ませる段階に入る。
「あと7~8年で、サバが安定してマグロを産むようにできると思います」
吉崎さんの長年の夢がかなう日は近い。
加えて、吉崎さんたちの方法のもう一つの特徴は、作った赤ちゃんを人工養殖で親にするだけでなく、海に放流して天然マグロとして育てるところにある。人工養殖は重要な技術だが、巨大なマグロを狭い生け簀で育てる以上、エサの残りや排泄物などで周辺環境に悪影響が出ることは避けられない。マグロは増えても、エサのサバなどが将来的に枯渇する心配もある。
「僕たちは遺伝子操作などの複雑な技術は一切、使っていません。サケの放流のように、人間が取る分だけ増やせればそれでいい」
これが吉崎さんたちの基本姿勢だ。マグロの展示と飼育に取り組む東京都葛西臨海水族園の松山俊樹教育普及係長もこの点を高く評価する。
「大西洋のクロマグロ漁は、産卵のために地中海に集まるところを狙うので、その影響が太平洋よりも深刻だったとも言われています。ならば吉崎さんの方法で稚魚を放流してやることで、マグロの数を回復できる可能性は大きいでしょう」
多数派工作までしてワシントン条約でのマグロ禁輸を回避し、赤松広隆農水相ら関係者はホッとしているようだが、これで問題が解決したわけではない。むしろマグロの危機はより深刻化する可能性が高い。トロを守るためにはまずサバから。食べるだけではなく、もっと学ぶことこそが、今の日本人には求められている。
▼ 広がり見せる「完全養殖」近大マグロ
クロマグロ禁輸が現実味を帯びる中、大きな注目を集めているのが、「卵からの完全養殖」による近大マグロだ。
近畿大学水産研究所が1970年からクロマグロの完全養殖に向けて研究を始め、2002年に世界初の技術を成功させた。
天然稚魚を捕獲して生け簀で育てる従来の養殖とは違い、人工孵化した稚魚から親魚を育て、その親から採卵、人工孵化をして次世代を生み出す天然資源を使わないサイクルだが、大きさも味も天然モノに引けを取らない。しかも値段は天然モノの「半額」というものもあり、お得感もある。04年から全国のデパートなどで売られているが、評判も上々だ。近大では、孵化させたマグロの稚魚を「日本中の養殖場に配って育ててもらう」新プロジェクトも立ち上げている。開発に携わる職員の岡田貴彦さん(53)は、こう話す。
「稚魚の生産尾数を増やすためには、エサも重要です。水産研究所で改良を重ね、魚粉飼料にうまみ成分と消化酵素処理を施した特別なエサを開発しました。このエサを使い、昨年は例年の4倍の12万尾に増えました。完全養殖が全国に根付いてほしいです」
近大マグロは以下の店舗などで販売中(曜日限定発売のケースもあり)。
三越(日本橋本店、高松店)、阪急百貨店(うめだ本店、西宮店など)、Odakyu OX(経堂北口店、成城店など)、和歌山・潮岬観光タワー、愛知・すしプラザ丸忠、ヨシヅヤ、新宿ワシントンホテル「ざうお」ほか。
本誌・三嶋伸一 藤村かおり
URL:http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20100326-01/1.htm
この記事へのコメント
mayo5
マグロはサバ科ですから、サバの仮腹ができるのかな。おいらはサバで十分においしいのですけれど。まあ、マグロで一番おいしいのは「赤身」かな、おいしいお鮨屋さんの。何年かに一回しか食べられませんけれど鰯もおいしいよ。鯵も。
でも、牛肉よりも豚、鳥の方が飼料が少なくて済むように、鯵、鰯で良いんじゃないの。