はやぶさ、おかえり・・・

 
「はやぶさ自身がこちらからの声、伸ばした手に応えてくれた」
川口淳一郎教授・「はやぶさ」プロジェクト責任者

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小惑星探査機「はやぶさ」は13日、日本時間午後10時51分ごろ、豪州南部の上空で大気圏に再突入し、約60億キロの旅を終えて7年ぶりに地球に帰還した。月以外の天体に着陸した探査機の帰還は世界初。

「はやぶさ」の名称は「第20号科学衛星 MUSES-C」。実は、はやぶさの名称は、打ち上げして、軌道投入確認後に決定された。

命名の由来は、探査機が小惑星の表面を採取する様子を、隼が獲物を捕らえてさっと舞い上がる様子になぞらえたものだそうで、当時内之浦へと向かう寝台特急「はやぶさ」や、薩摩隼人の「隼」といった理由もあるという。

ただ、偶然にも、日本の宇宙開発・ロケット開発の父であり、旧帝国陸軍一式戦闘機「隼」の開発にも携わった、故・糸川秀雄教授の名に因んで命名された、小惑星「イトカワ」に、「はやぶさ」の名を冠した探査衛星が訪れるというのも、何やら運命的なものを感じないではいられない。

「はやぶさ」は、最後のミッションとして、心配されていた回収カプセルの分離も問題なく行い、その役割を終えた。回収カプセルは、22時51分頃大気圏に突入。燃え尽きることなく目標地点に落下した。

23時7~8分頃、オーストラリア・ウーメラ砂漠にて落下したカプセルのビーコン発信を確認。23時56分には、ヘリから目視でカプセルの存在を確認した。カプセルの回収は順調すぎると言える程、事は上手く運んだ。

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回収カプセルは、高度約10kmでパラシュート開傘、前面および背面ヒートシールド分離し、ビーコンを放射しながら緩降下するよう設計され、着地予想地点は、長手方向約200km、幅約20kmの楕円領域を設定していたのだけれど、着地したのは、予想地点のど真ん中だったというから、「はやぶさ」スタッフの運行能力に敬意を評したい。

また、燃え尽きることなく、無事に着地したカプセルの耐久性と回収シーケンスをきっちり果たしたシステムも素晴らしい。

これまで、地球以外の天体から物質を持ち帰ったことは、月の石を持ち帰った旧ソ連のルナ計画と米国のアポロ計画。そして、彗星のチリを回収した米国探査機スターダストと太陽風物質を集めて地球に持ち帰ったジェネシスのカプセル(どちらもNASAによって実施)があるのだけれど、ジェネシスカプセルは大気圏再突入後、パラシュートが開かず、地上に衝突して大破したというから、さぞかし「はやぶさ」運用スタッフも気が気でなかったものと思われる。

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現在、太陽系の天体からのサンプルを持ち帰った際には、「宇宙検疫」の問題をクリアすることが義務づけられている。

勿論、宇宙から謎の病原体か何かを持ち込んで汚染されることを防ぐため。

特に、地球外生命体の存在の可能性がある天体から帰還する探査機や回収サンプルについては、地球-月系への帰還探査機の衝突回避、帰還探査機の完全殺菌、帰還試料の封じ込めが義務づけられている。

イトカワは生命の存在の可能性がある天体と見なされていないから、そこまで要求されてはいないのだけれど、JAXA宇宙科学研究所は、物質をまったく外気に触れない状態で回収・分析できる、「クリーンチェンバー」と呼ばれる世界で唯一の装置を備えている。

クリーンチェンバーは、2室構成になっていて、カプセルを開封して、真空環境で一部試料を保管出来るように、超高真空仕様とした第1室と、大気圧高純度窒素雰囲気(不純ガス成分500ppb以下)で試料を扱うグローブボックス仕様の第2室に分かれている。

また、チェンバー内面や付属物、チェンバー内に導入される治工具は予め真空環境での加熱処理を行うことで、表面に付着している汚染ガス分子成分を極力取り除いている。

クリーンチェンバー内は、粒子・塵発生源を限ることが可能な小さな空間で、内部の地球源微粒子をゼロに近づけることが出来るという。

開封せずに日本に運ばれる、「はやぶさ」の回収カプセルは、このチャンバー内で開封される。

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カプセル内部には、残留ガス(重希ガス)があることも考えられていて、まずはガス質量分析を行なったのち、ガスがあればそれを抜いてから、試料の光学観察を行うことになっている。

その後、試料を汚染しないように、クリーンチェンバー外から長作動距離顕微鏡を使って、光学観察データを採取して、試料の粒度分布を解析する。また、試料の重さの測定もクリーンチェンバー内に組み込んだ電子天秤で実施する。

もしも、試料が十分に有る場合は、赤外分光観測をして、光学特性を測定する予定もあるという。

試料は、顕微鏡で観察しながら「特製ピンセット」で拾い上げるそうなのだけれど、このピンセットは専用に開発された超特製品。材質は、触れた物質を汚染する可能性が極めて低い石英ガラスで、これを加熱して両側から引っ張って、ちぎれた部分をピンセットとして使うという。

これによって、ピンセットの先端は幅1000分の1ミリ以下という超々極細。この先端に電圧をかけて静電気を起こし、そこに引き寄せられた粒子を回収する仕組みになっているそうだ。よくもまぁ、こんなピンセットを考えたもの。

回収できた試料は、同じく石英ガラス製の容器に保存して、国内の初期分析チームが解析。その後、各国から寄せられた優れた研究テーマの提案者たちに配って、一部は真空の容器に収め、後世のために保存するという。

このクリーンチェンバーを見学に訪れた、NASAの研究者達は、その汚染を防ぐ構造やコンパクトな外観に「ビューティフル」の声を上げたという。

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ほぼ全てのミッションを完璧にこなした「はやぶさ」は、大気圏再突入し、燃え尽きたけれど、その活躍には世界各国からの賞賛の声が集まっている。

それに浮かれたのか、菅@けものへん内閣は、「日本の技術水準の高さを世界に強くアピールした」などとコメントしているけれど、事業仕分けによって、当初17億の概算要求を出していた「はやぶさ後継機」の予算を3000万に削った間抜けな貴方達にそんなことをいう資格はない。

第一、試料回収のためのピンセットひとつとて、100円ショップなんかで買えるようなシロモノじゃない。石英ガラスを加熱して引きちぎった先端に静電気を起こして粒子をくっつける、なんてアイデアを考えただけで、報奨金を出してもいいくらい。恥知らずにも程がある。

枝野幹事長は、昨年11月の事業仕分けで「はやぶさ」後継機開発などの衛星関連予算を「1割削減」と判定したことについて記者会見で問われ、工夫を求めただけ、なんて言い訳しているけれど、工夫に工夫を重ねた末に「クリーンチェンバー」や「特製ピンセット」を開発したであろうとは思わないのか。

後になってこんな発言をしているようでは、事業仕分けなんて素人政治家にやらせるべきじゃないと言わざるを得ない。どうしてもやりたいのなら、もっと中身を理解している専門家にさせるべき。



今回の「はやぶさ」のように、地球外の天体からサンプルを持ち帰る計画は、日本だけでなく、世界でも進んでいる。

アメリカは、近地球型小惑星からのサンプルリターンを行うOSIRIS計画を進めているし、欧州宇宙機構(European Space Agency)は、無人探査機による火星サンプルリターン計画を発表している。

そして、中国は月探査機「嫦娥3号」による月からのサンプルリターン計画を、更には、インドが月探査機「チャンドラヤーン2号」による月からのサンプルリターン計画をそれぞれ発表している。

日本も、はやぶさ後継機である、「はやぶさ2(仮称)」で、イトカワとはスペクトルタイプの異なるC型小惑星からのサンプルリターン計画があり、更に、その次の小惑星探査計画も検討しているそうなのだけれど、科学技術に理解のない政府を持った国は、全く持って不幸であるとしか言い様がない。

それにしても、あれほどのトラブルに見舞われながら、「はやぶさ」は、よくぞ地球まで還ってきたものだと思う。

川口淳一郎教授にして、こちらの声に応えてくれたと言わしめるほどの健気な働きぶりには感動すら覚える程。


「はやぶさ」最後のミッションは、大気圏再突入前に地球を撮影することだった。だけど、これは当初の予定にはなく、「はやぶさ」運用スタッフが、全てのミッションを終えたあと、はやぶさに地球を見せてやりたいとの計らいだったという。

「はやぶさ」は 全重量500kgという小型の軽自動車くらいの重量しかなくて、太陽電池パネルの端から端まで広げても、わずか5mしかないコンパクトな探査機。だから、重量約17kgの回収カプセルを分離した後、「はやぶさ」の姿勢は大きく擾乱して30~40度も乱れたのだという。

それでもなんとか撮影をしようと、最後のリアクションホイール1基とキセノン生ガス噴射で姿勢を正す試みを続け、ようやく20時過ぎから航法カメラで地球撮像を行なった。

最後の1枚の画像を低利得アンテナにて内之浦の鹿児島局に送信中、22時28分30秒、通信途絶。最後に「はやぶさ」が送った画像が、自分が還る地球の姿

おかえり、はやぶさ・・・・

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はやぶさ関連エントリー
こんなこともあろうかと、エンジン同士を繋いでおいた。(小惑星探査機「はやぶさ」について 前編)
選手交代のない宇宙(小惑星探査機「はやぶさ」について 後編)
「はやぶさ」の耐熱技術

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この記事へのコメント

  • 日比野

    mor*y*ma_*atuさん。コメありがとうございます。
    >毎回詳しい解説付きのブログ有り難う御座います。
    いえいえ、お役に立てれば幸いです。今回は、資料集めに結構時間を食ってしました・・
    この記事は、各所にギミックを施してますので、よろしければ、画像をクリックしてみてください。(笑)

    >国と言う足かせを外して地球が一つに纏まる必要がありそうですが、

    こりゃまた壮大な・・・何時になることやら・・・やはり日本は宇宙開発で最先端を走って欲しいところですね。
    2015年08月10日 16:48
  • いちろうじん

    >>「はやぶさ」最後のミッションは、大気圏再突入前に地球を撮影することだった。だけど、これは当初の予定にはなく、「はやぶさ」運用スタッフが、全てのミッションを終えたあと、はやぶさに地球を見せてやりたいとの計らいだったという。

    ハヤブサは川口教授をはじめプロジェクトチームにとって血の通った心ある仲間だったのだと思います。
    糸川教授や一式戦につながっての70年の歴史を感じます。
    最期の地球撮映像の送信の途中で電波が途絶えたとか。
    あと数秒あれば「サクラサクラ」を打電したのではないでしょうか。
    最愛最高の天才宇宙アスリート隼を見送られたチームの皆様のご心中お察しいたします。そして有り難うございました。
    次回は本体のいきたままの回収も視野に入れて、、。
    2015年08月10日 16:48
  • 飛燕

    日比野様

    初めて書き込ませて頂きます。いつも、鋭い視点からのエントリーを読ませて頂き、目のさめる思いです。

    さて、はやぶさの件、私も日本人の一人として非常の誇らしく思います。
    私も鉄腕アトム世代なので、機械であってもこういうことがあると感情移入してしまい、初音ミクの横の「はやぶさ」マークにウルッとしてしまいました。

    この件について、マスコミの報道も一様に祝賀ムードのように見えますが、テレビに関しては少し違ったようです。

    大気圏突入について地上波で生中継した局はひとつもありませんでした。JAXAは中継を打診したらしいですが、実際には各局ともつれない対応で、NHKも現地にスタッフを派遣しておりながら、大気圏突入の生中継はありませんでした。

    ネットでの中継は「ユーストリーム」「ニコニコ動画」などで行われ、かなりアクセスが集中したとのこと。またtwitter上ではNHKに対して中継のないことに対するクレームが集中。これに対してNHKは理由を回答しませんでした。

    http://www.j-cast.com/2010/06/14068754.html

    なぜ回答しなかったのか、他局も中
    2015年08月10日 16:48
  • mor*y*ma_*atu

    毎回詳しい解説付きのブログ有り難う御座います。隼命名、石英の話どれも興味が尽きないですね。石英なんかはそれこそ旧石器時代の鏃や手斧から始まり、最近では半導体製造関連の材料、そして今回のピンセットまで本当に人類に役立つ天からの贈り物だと思いました。そろそろ人類は宇宙へ出て活動しても良いと天からの啓示のようにも思えますが、その前に以前の様に一国内ですべてを賄える環境では無くなっているので、国と言う足かせを外して地球が一つに纏まる必要がありそうですが、一番人類で遅れているのが政治なんですよね。ここを乗り越えると一段高い眺めが待っている気がしてなりません。
    2015年08月10日 16:48

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