「思っていたより、奇抜な手はなかった」清水市代女流王将 於:2010 10/11 東京大学・本郷キャンパス
2010年10月11日、東京大学工学部2号館の「電気系会議室2」で、将棋の清水市代女流王将とコンピュータ将棋ソフトプログラム「あから2010」との公開対局が行われ、86手で後手の「あから2010」が勝ち、将棋ソフトが史上初、公式対局でプロ棋士に対して勝利を収めた。
これ以前には、2007年3月21日、渡辺竜王と、コンピュータソフト「ボナンザ」の公開対局が行われたことがあるのだけれど、この時は渡辺竜王が勝ったのだけれど、今回はコンピュータが始めてプロ棋士を倒した記念すべき日となった。
「あから2010」とは、華厳経に記されている、数の単位を示す言葉"阿伽羅"から取られており、その桁は、10の224乗にも及ぶ。この単位を採用したのは、ある局面で指せる手を平均80手、投了あでの平均手数を115手とした場合、すべての手を読もうとすれば、80の115乗の局面を読む必要があるのだけれど、この80の115乗が10の224乗くらいになるというのが、その理由。
※因みに、"阿伽羅"の一つ下は、"矜羯羅(こんがら)"といい10の112乗。一つ上は"最勝(さいしょう)"で10の448乗。
この「あから2010」の最大の特徴は、これまで高い実績を残してきた4つの将棋ソフト、「激指」、「ボナンザ」、「GPS将棋」、「YSS」を並列で動作させ、それぞれのソフトが最善手を提案し、意見が割れた場合には、多数決による合議で指し手を決めるシステムになっていること。
合議制による指し手の決定に際して、4つのソフトで意見が割れた場合、どのようにしてひとつに纏めるのかというと、各ソフトに重みづけとしての係数を割り振ることで処理をしている。すなわち、それぞれのソフトに発言力の大きさを割り振っているということ。
今回の「あから2010」内の4つのソフトには、それぞれ次の係数が割り振られている。
「激指」 係数:2.9
「ボナンザ」 係数:1.9
「GPS将棋」 係数:1.0
「YSS」 係数:1.9
したがって、発言力の大きさは、「激指」>「ボナンザ」=「YSS」>「GPS将棋」の順になっている。「激指」の発言力が一番大きくなっているのは、直前の世界コンピュータ選手権の結果を踏まえたからなのだそうだ。
また、「あから2010」で、脚光を浴びたのは、複数のサーバに処理を割り振って計算を効率化、高速化する"クラスタ"と呼ばれるシステムも採用していたことで、「あから2010」は、4コアのXeon /2.8GHzを109台、Xeon/2.4GHzを60台の計676コアによる演算クラスターを持たせている。
尤も、クラスターシステムは、事前の実験が十分でなかったということで、係数をぐんと低く設定していたそうで、その意味では、折角のクラスターシステムもその威力を十分には発揮できなかった可能性はある。
コンピュータの将棋ソフトは、通常、詰将棋のように、王手とそれに対する玉方の応手のみを計算すればいいといった具合に、読むのに必要な局面が限定された条件では無類な強さを発揮するのだけれど、中盤のように、先手、後手のどちらが有利なのかといった、局面判断が難しいような状況では途端に弱くなる傾向がある。
序盤、中盤のように、指す手がいくらでも考えられえる段階で、詰将棋用の思考ルーチンを働かせても、読むべき手が多すぎて、現在のコンピュータの演算能力では処理しきれない。
コンピュータ将棋ソフトはこうした局面判断をどうしていくかに、頭を悩ませてきた歴史があり、「自分が駒得していれば有利と判定する」とか、「銀がこの位置にあれば何点、あそこなら何点」という具合に点数化したりして処理している。中には、「ボナンザ」のようにプロ棋士の棋譜を参照しながら、なるべく似た手を指せるように都度、内部パラメータを微調整しながら自動学習するものもある。
こうした、さまざまなチューニングによって、今のコンピュータ将棋ソフトは、それこそ"棋風"とも呼べるものを持っており、たとえば、「ボナンザ」はやたら角を切りたがる思考ルーチンを持っているし(最近のは分からないけれど)、「激指」は、棋風をどうするかの選択ができる機能があって、激指、天野宗歩、大山康晴、升田幸三、矢内理絵子、岩根忍の6つの中から選択できる。
「あから2010」は、"棋風"の異なる4つのソフトを並列に動作させて、意見が割れたら、その都度合議するシステムを取っているから、これまでのコンピューター将棋ソフトにありがちだった、行き詰ったら、悪手を指してしまうという欠点を補う代わりに、それぞれのソフトが持っていた"棋風"が薄められてしまうことも起こることになったのだけれど、プロ棋士との対局においては、かえってそれが、プロ棋士を困惑させてしまった面もあったようだ。
人間相手であれば、今は攻めのときだと思えば、攻めを繋げていったり、ここは受けに徹して我慢だと判断すれば、じっと受けに徹して、相手の攻めが"切れる"のを待ったりするのだけれど、合議制システムを採用した「あから2010」は淡々とその局面での最善手を選んで、手に一貫性がないように見えるのだそうだ。
盤上解説を担当した佐藤康光九段は、「攻めたかと思えば、突然守りに入ったり、本来セットと考えられている手を分解して指したりする。コンピュータの考えは追えないなぁ。」と感想を漏らしていたという。
ただ、それでも、単独ではまだまだプロ棋士には及ばない将棋ソフトといえども、複数のソフトを使って、合議することで、悪手を無くすという効果は発揮されたといえるわけで、その意味では、一人では力の及ばない者でも、何人か集まって力を合わせることで、実力に勝る相手であっても、打ち倒すことができるという実例を「あから2010」が示したともいえる。
正に、「3人寄れば文殊の智慧」。
今の菅政権を見る限り、明らかに首相として実力のない御仁が宰相の任についているけれど、であれば、自分の力の及ばないところは、多くの人の協力を得て、智慧を出し合って立ち向かって行かなければならないところを、内ゲバを繰り返して、誰もよりつかせなくしてしまってる。
これでは智慧が出るはずもない。夜な夜なネット碁を打っている暇があるのなら、多くの人の意見を聞き、出処進退を含めて、やるべきことを"熟慮"すべき時だろう。
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清水市代女流王将VS「あから2010」対局棋譜
手合割:平手
先手:清水市代女流王将
後手:Akara2010
手数----指手---------消費時間--
1 2六歩(27) ( 1:14/ 0:01:14)
2 3四歩(33) ( 0:01/ 0:00:01)
3 7六歩(77) ( 3:20/ 0:04:34)
4 3三角(22) ( 0:01/ 0:00:02)
5 同 角成(88) ( 5:30/ 0:10:04)
6 同 桂(21) ( 0:01/ 0:00:03)
7 7八金(69) ( 0:34/ 0:10:38)
8 4二飛(82) ( 0:01/ 0:00:04)
9 4八銀(39) ( 0:41/ 0:11:19)
10 6二玉(51) ( 0:01/ 0:00:05)
11 6八玉(59) ( 1:12/ 0:12:31)
12 7二玉(62) ( 0:01/ 0:00:06)
13 2五歩(26) ( 1:53/ 0:14:24)
14 8二玉(72) ( 4:55/ 0:05:01)
15 7七玉(68) ( 6:58/ 0:21:22)
16 2二飛(42) ( 7:22/ 0:12:23)
17 8八玉(77) ( 1:29/ 0:22:51)
18 7二銀(71) ( 5:41/ 0:18:04)
19 5六歩(57) ( 2:05/ 0:24:56)
20 4二銀(31) ( 6:46/ 0:24:50)
21 3六歩(37) ( 0:45/ 0:25:41)
22 5四歩(53) ( 8:07/ 0:32:57)
23 3七桂(29) ( 5:21/ 0:31:02)
24 5三銀(42) ( 8:07/ 0:41:04)
25 9八香(99) (14:34/ 0:45:36)
26 4四角打 ( 8:07/ 0:49:11)
27 7七角打 ( 6:28/ 0:52:04)
28 同 角成(44) ( 4:04/ 0:53:15)
29 同 金(78) ( 0:42/ 0:52:46)
30 6四銀(53) ( 6:35/ 0:59:50)
31 5九金(49) (14:09/ 1:06:55)
32 4四角打 ( 4:28/ 1:04:18)
33 4六歩(47) (19:15/ 1:26:10)
34 6五銀(64) ( 4:04/ 1:08:22)
35 4五歩(46) ( 3:12/ 1:29:22)
36 同 桂(33) ( 0:58/ 1:09:20)
37 同 桂(37) ( 0:28/ 1:29:50)
38 5六銀(65) ( 1:58/ 1:11:18)
39 5三桂打 (53:18/ 2:23:08)
40 5一金(41) ( 0:01/ 1:11:19)
41 6一桂成(53) ( 1:01/ 2:24:09)
42 同 金(51) ( 2:03/ 1:13:22)
43 6六金打 (23:58/ 2:48:07)
44 4五銀(56) ( 2:03/ 1:15:25)
45 2四歩(25) ( 0:26/ 2:48:33)
46 同 歩(23) ( 2:03/ 1:17:28)
47 3一角打 ( 0:57/ 2:49:30)
48 2三飛(22) ( 8:07/ 1:25:35)
49 4二角成(31) ( 5:05/ 2:54:35)
50 7四桂打 ( 0:01/ 1:25:36)
51 5七銀(48) ( 3:57/ 2:58:32)
52 8五桂打 ( 3:49/ 1:29:25)
53 6八金(59) ( 7:40/ 3:06:12)
54 7七桂成(85) ( 8:07/ 1:37:32)
55 同 金(68) ( 3:36/ 3:09:48)
56 6六桂(74) ( 8:07/ 1:45:39)
57 同 銀(57) ( 0:32/ 3:10:20)
58 5二金打 ( 7:46/ 1:53:25)
59 3二馬(42) ( 1:15/ 3:11:35)
60 2二飛(23) ( 0:48/ 1:54:13)
61 同 馬(32) ( 3:15/ 3:14:50)
62 同 角(44) ( 2:03/ 1:56:16)
63 8六桂打 ( 1:16/ 3:16:06)
64 6九金打 ( 8:07/ 2:04:23)
65 7八金(77) ( 1:17/ 3:17:23)
66 5七角打 ( 8:07/ 2:12:30)
67 7七銀(66) ( 1:16/ 3:18:39)
68 5六銀(45) ( 4:04/ 2:16:34)
69 5八飛(28) ( 1:15/ 3:19:54)
70 5五角(22) ( 4:04/ 2:20:38)
71 4九飛打 ( 1:16/ 3:21:10)
72 7九金(69) ( 2:03/ 2:22:41)
73 同 金(78) ( 1:09/ 3:22:19)
74 6七銀成(56) ( 2:50/ 2:25:31)
75 5七飛(58) ( 1:10/ 3:23:29)
76 同 成銀(67) ( 0:54/ 2:26:25)
77 6六角打 ( 1:15/ 3:24:44)
78 5八飛打 ( 3:38/ 2:30:03)
79 9九玉(88) ( 1:07/ 3:25:51)
80 8五銀打 ( 0:45/ 2:30:48)
81 5九金打 ( 1:14/ 3:27:05)
82 3八飛成(58) ( 0:45/ 2:31:33)
83 5七角(66) ( 1:11/ 3:28:16)
84 8六銀(85) ( 0:45/ 2:32:18)
85 6六銀打 ( 1:14/ 3:29:30)
86 9五桂打 ( 0:45/ 2:33:03)
この記事へのコメント
日比野
資料を改めてチェックしたところ、確かにGPSのクラスタだけ係数が1.0になってました。ご指摘ありがとうございます。
それにしても、まさか、ここにツッコミがくるとは…σ(^^; ネットの双方向性の威力を十二分に知らされた思いです。驚きました。これからも御鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。 m(__)m
ちび・むぎ・みみ・はな
事前知識の点で女流王将の方が圧倒的に不利.
リーグ戦でやってみないと何とも.
文部科学省が企画して女流リーグ戦への全面参加を
検討してはどうか.
コンピュータは一番じゃないと駄目なことも分かるかも.
mak
「ボナンザ」 係数:1.9
「GPS将棋」 係数:1.0
「YSS」 係数:1.9
>したがって、発言力の大きさは、「激指」>「ボナンザ」=「YSS」>「GPS将棋」の順になっている。
GPSだけはクラスタにも1票割り当てています