人体の放射線抵抗力(放射線と健康被害について 後編)


今日は、4/7の「放射線と健康被害について」の後編をエントリーします。

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1.確定的影響と確率的影響

文部科学省は、幼稚園や学校の屋外で子供が活動する際の放射線量基準を福島県に示す方針を固めた。その基準は、かねてから政府が基準値引き上げの目標値と見られている、20ミリシーベルトになるようだ。

これまで、1ミリシーベルトであった基準をいきなり20倍にして本当に問題ないのか、という不安がよぎる反面、昨日のエントリーで触れたように、1960年代の日本は、推定十数ミリシーベルトの放射線に晒されていたという事実もある。

通常、放射線の人体への影響は、「確定的影響」と、「確率的影響」と呼ばれる2つのケースがある。

確定的影響とは"一定量の放射線を受けると、必ず影響が現れる現象"を指し、閾値と呼ばれる、一定の線量を超えると、爆発的に障害の発生頻度が上がるもので、障害の種類としては、脱毛、白内障、皮膚の損傷、造血器障害、受胎能の減退などが知られている。

だけど、逆にいえば、閾値を超えない限りは障害が発生しないということだから、受ける放射線量を閾値以下に抑えることが一番の対策になる。

確定的影響の閾値は、その症状によって、まちまちなのだけれど、おおよそ、150ミリシーベルトから数シーベルトの範囲であるから、20ミリシーベルトというのは、確定的影響の閾値以下になっている。

これに対して、確率的影響とは、一定量の放射線を受けたとしても、影響が現れるとは限らず、"放射線を受ける量が多くなるほど影響がでる確率が高くなる現象"を指す。要するに、閾値がなく、直線的にリスクが高くなる、ということ。

癌や白血病はこの確率的影響に分類され、さらに、長期間の潜伏期を経て発現する癌や白血病、および世代を経て現れる遺伝的影響などといった、いわゆる「晩発障害」と呼ばれるものも、これに含まれる。

特に発癌性については、広島、長崎の被爆者の追跡調査データから、200mSv以上の被曝について、被曝線量と発癌の確率が「比例」していることが分かっているのだけれど、100mSv以下の領域では、その関係は、はっきりとは分かっていない。

だけど、「放射線と健康被害について」のエントリーで述べたように、理論的には、DNAの損傷による異常細胞がたとえ1個であっても出来てしまったら、そこから癌や何らかの遺伝的影響が出てしまう可能性はゼロではなくなるから、国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological Protection: ICRP)は、放射線防護の観点から、線量と癌の発生確率は直線的に増加するものとして扱っている。

従って、20ミリシーベルトという見直し基準値は、確定的影響からは問題ないとされている値であるし、また確率的影響からは、危険性はゼロではないけれど、はっきり危険だともいえないという目安である、一時間あたり100ミリシーベルトの5分の1の水準であるとはいえる。

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2.ICRPとECRR

欧州放射線リスク委員会(ECRR)というものがある。これは、1997年に欧州議会のストラスブール会議での決議をうけて設立された団体で、このストラスブール会議では、チェルノブイリの放射能により300万人の人々が汚染にさらされたという報告書がまとめられている。

ECRRは1998年から、放射線のリスク評価モデルについての検討を行い、新しいリスク評価モデルを提案している。これは、ICRPが従来定めていたリスク評価モデルに対して、はるかに厳しく見るもので、低線量・低線量率の内部被曝の危険性を明確にしたリスクモデルとなっている。

まず、外部被曝を考えた場合、飛程の短いアルファ線やベータ線は体内にはそれほど浸透するわけではないので、ガンマ線による被曝が支配的になる。

ガンマ線は強い放射線で体内に深く侵入したり、貫いたりするのだけれど、傷つく細胞やDNAは、ガンマ線と衝突したものに限られるから、傷つく細胞は、全体としてみれば、"均等"に損傷した、と見なすことができる。

だけど、内部被曝の場合は、体内に取り込んでしまった放射性物質によって、ガンマ線だけではなくて、アルファ線やベータ線による細胞の損傷があるのだけれど、この場合、放射性物質がある細胞の周囲に局所的かつ持続的に被曝することになるので、損傷を受けたDNAの隣のDNAも損傷している可能性が高く、また、傷ついたDNAを修復しようと酵素が働いている間中も、取り込んだ放射性物質によって被曝し続けることになる。

簡単にいうと、ICRPのモデルは、外部被曝のように、人体の臓器が均等に被曝していると仮定した上でのリスク計算であるのに対して、ECRRのモデルは、内部被曝による、局所的被曝およびDNA修復失敗のリスクも織り込んだ上でのリスク計算という違いがある。

では、実際にECRRのリスク評価はどれくらいになるのかといえば、ECRRは、一般人の被曝限度を年間0.1mSv以下、原子力産業労働者の被曝限度をも年間5mSvに引き下げることを勧告している。これは、ICRPが定める線量限度の5分の1以下という厳しさ。

ECRRによると、今回の福島原発事故によるECRR基準のリスクは、政府発表の放射線量を600倍したものがECRR基準の放射線量になり、その値の10%が癌になるリスクだとしているようだ。

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3.ホルミシス効果

また、これとは逆に、低線量の放射線は、逆に体によいという説もある。ホルミシス効果と呼ばれるのがそれ。

ホルミシス(hormesis)とは、ホルモンの語源でもあるギリシャ語の"ホルメ"に由来する、「刺激する」という意味の言葉で、1978年、ミズーリ大学のラッキー教授が発見し、低線量の放射線照射は、体のさまざまな活動を活性化するという説。

ホルミシス理論によれば、少量で極大のプラス効果を持つ刺激が生じ、さらに線量を上げていくと、効果がないゼロ相当点(ZEP:zero equivalent point)に達し、これが“しきい値”になって、この値以上では、有害になるとされる。

この学説は、学会では本流ではないようなのだけど、世界にいくつかある高自然放射線地域の1つである、中国の広東省陽江県の住民と、陽江県の隣に位置するけれど自然放射線は陽江県の1/3と通常レベルにある、恩平県住民を対象とした疫学調査で、高自然放射線地域で生活しても、特に癌の発生率は増加せず、健康障害はないという結果が出ているし、放射能泉である玉川温泉や三朝温泉などは、癌などの「不治の病」が治る温泉として知られている。

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その意味では、通常の自然放射線の3倍程度、即ち、10mSv/hくらいのレベルであれば、ホルミシス効果があるかどうかは兎も角として、実際のところは問題ないのかもしれない。しかもこの値は、先の1960年代の日本に振っていた放射線レベルとも近い値。

更に、最近の論文では、DNAの二本鎖が切断されたあとのDNAの修復において、高線量によるDNA切断は直ちに修復するのだけれど、1mGy(=1mSv)くらいの低線量による切断では、細胞分裂しない場合は修復せずに、ほったらかしにされ、細胞分裂するときには、被曝前のレベルにまで修復されるとの報告があるという。

確かに、細胞分裂しないのに、わざわざ修復してしまうと、それだけ異常DNAを作ってしまう可能性が高くなるわけで、分裂しないのなら、DNAも修復しないというのは、リスクを減らすという意味では理に適っている。

これは、まるで、細胞が危険な染色体異常と危険でない異常とを識別しているかのようなメカニズムを持っているともいえ、実に不思議な機構を人体は備えていると思わせる。

まぁ、これまで述べてきたことを持って、これでこうだ、という結論があるわけではないけれど、筆者は人体は思ったよりもヤワではなくて、福島原発事故による放射線に対しても、それなりの注意を払えば、十分対抗できるのではないかと思っている。

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付記:今回の原発事故で、筆者なりに、原発や放射線について調べてみましたけれども、放射能問題は、知らないが故の過度の恐れと、知らないが故の危険と両方の面があるということが分かりました。

それでも、避難区域外などのように、原発からある程度離れた場所では、基本的には花粉症に対する対処で対応可能で、あとは累積被曝線量に注意すれば、かなりの部分は危険を回避できるのではないかと思います。




画像校庭活動に放射線基準…文科省、福島県に提示へ 読売新聞 4月10日(日)3時19分配信

 文部科学省は、校庭など、幼稚園や学校の屋外で子供が活動する際の放射線量の基準を近く福島県に示す方針を固めた。

 同県内では、一部の学校で比較的高い濃度の放射線量や放射性物質が検出されており、体育など屋外活動の実施可否について早期に基準を示す必要があると判断した。

 同省などによると、基準は、児童生徒の年間被曝(ひばく)許容量を20ミリ・シーベルト(2万マイクロ・シーベルト)として、一般的な校庭の使用時間などを勘案して算定する方針。原子力安全委員会の助言を得た上で、大気中の線量基準などを同県に示す。基準を超えた場合、校庭を使用禁止にし、授業を屋内だけに限るなどの措置をとる案も出ている。

URL:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110409-00000912-yom-soci

この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    放射線もそうですが, 有害物質がどの程度なら有害か
    というのは決めるのが難しいでしょうね.
    遺伝子の損傷モデルは長期的な暴露に対して有効
    なのか, 素人では良く分かりません.
    人類が今まで生き延びてきたと言う事実は, 損傷が
    必ずしも有害ではないと言うことを表しているのかも
    知れない.

    最近知ったが, 人口衛星に搭載するコンピュータには
    放射線によるビット反転という危険があり, 通常は放射線
    の影響を最小にするハードの設計を行なうのだが, むしろ
    「損傷」を積極的に利用して統計的に生き延びるソフト
    の提案があるそうだ. なんでも, 日本の金星を狙った
    衛星計画に挿入プロジェクトとして試験衛星が打ち上げられ
    現在稼働中とのこと.

    ほっておくと成長するプログラムなのか, 途中で気分を
    変えて反抗するプログラムになるのか, 勿論進化目標は
    与えるらしいが, 興味深いことだ. 私はそんなPCは使いたく
    ないが.
    2015年08月10日 16:46
  • クマのプータロー

    調べれば調べるほど不安になっていくのが原子力関連の知識です。議論が分かれているのではなく、議論が固まっていないというのが正直なところではないでしょうか。ただ、日本が特殊なのは、広島、長崎の存在です。何とかなるんじゃないか、と言う漠然とした感覚は現在の広島、長崎がゴーストタウンではない、と言う事実です。
    2015年08月10日 16:46
  • no

    はじめまして。
    いろいろな説はありますが、確実に病気になる子供の総数は増えるでしょう。
    NHKはドキュメント「チェルノブイリ・隠された真実」をyoutubeから削除して、
    テレビで再放送もしないようにしているみたいですが、無防備であれば
    日本の5年後も似た状況になるのではないでしょうか。
    気を付けていれば・・・といっても、マスコミは安全安心の洗脳でもしているかの
    ごとくで、自衛策すら放送をしないのですから。
    各国も、また国内の医学関係者も、実験台が多ければ多いほど嬉しいのでしょう。子供達が可哀想です。さっさと死ぬ年寄りはいいですけどね・・・
    2015年08月10日 16:46
  • 白なまず

    私の母方の祖父は長崎原爆の翌日には長崎市内で母親を救出するために佐世保から自転車とリヤカーで一日かけて長崎に入り、地獄絵図の中、倒壊した家から母親を連れ帰りました。曾祖母は幸い怪我も大したことなく90才すぎまで生きておりましたが、祖父の方は原爆病などの知識が無い時代だったので被爆かどうか分かりませんが、謎の病気で直ぐに亡くなりました。祖父は医者でした。また、父母も昭和20年以降長崎市内に住んでいましたが、特に原爆病ではありませんでした。そこで私が生まれたのですが、私にも特に病気はありません。ここに実例が生きているのですから、あまり心配し過ぎると病気に成ってしまいますよ。
    2015年08月10日 16:46

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