放射線とDNA(放射線と健康被害について 前編)

 
原発関連のエントリーを・・・。前後編にする積りで書き始めたのですけれども、力尽きました。後編をエントリーするかどうかは未定です。← 4/11のエントリーで後編をアップしました。(4/11追記)

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1.放射線被曝と健康被害の関係

4月5日、原子力安全委員会は、一般住民の放射線年間被曝限度量について、引き上げるべきかの検討を始めたと報道されている。

これは、福島第一原発からの住民退避が既に数週間に及んでいることを受け、政府から見直しを検討するよう打診があったからのようで、現在の基準である1mSv/年から、20mSv/年に緩和することを念頭に置いているようだ。

これが何を意味するのかを考える前に、放射線による人体の影響について見てみたい。

放射線を大量に浴びると如何なる健康被害があるのかといえば、よく指摘されるのが、癌や白血病の発生確率が上がるのではないかということ。

放射線被曝と健康被害の関係については、広島、長崎の原爆被曝者に対する調査によって、癌が被曝して直ぐではなくて、ある程度の潜伏期を経て発生するということが知られている。

たとえば、胃、肺、大腸など血液以外の癌は被曝後数年~数十年から発生率が上がり始め、年齢とともに増加し続ける一方、白血病では、被曝後2~3年で発生率が増加し始め、6~7年でピークとなり、その後減少すると報告されている。

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また、1986年のチェルノブイリ原発事故で、高濃度に放射能汚染されたベラルーシ共和国ゴメリ州の小児に対する甲状腺ガンの発生頻度を調査したところ、91年以降は世界的平均の100倍以上の発生頻度になっていることが判明している。

これらは、放射線による健康被害、すなわち、放射線が人体のDNAを傷つけて、自己修復能力を失わせたり、細胞を癌化させたりしているのではないかと考えられているのだけれど、まず、放射線について見ておきたい。

放射線を放つ物質は放射性物質と呼ばれるのだけれど、物質を構成する原子核には安定しているものと不安定なものがあって、不安定な原子核は自分が持っている余分なエネルギーを放出して、別の安定した原子核になろうとする。

別の原子核になるためには、原子核を構成している、陽子、電子、中性子などを外部に放出させなければならないのだけれど、それらが飛び出したときに発するエネルギーを「放射線」と呼ぶ。

放射性物質が出す放射線には大きく3種類あって、それがいわゆる、アルファ線、ベータ線、そしてガンマ線。

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2.放射線とは原子の余剰エネルギー

アルファ線とは、原子核が崩壊して、安定状態になろうとしたときに発生する放射線で、中性子2個と陽子2個からなるヘリウム原子核のこと。

ベータ線は、原子核の中性子1つが陽子になって安定状態に移行する過程で生まれる放射線で、中性子1個が、陽子1個と電子1個と中性微子へと崩壊するときに高速で射出される電子のこと。

アルファ線は、中性子2個と陽子2個のヘリウム原子核だから、プラスに帯電しているし、ベータ線は電子だから、マイナスに帯電してる。

だから、アルファ線やベータ線が物質の中を通過すると、相手の物質の構成する原子の周りを回っている電子(軌道電子)を、その電荷で弾き飛ばしてしまう。

弾き飛ばされたほうの原子は、電子を失ってしまうから、プラスに帯電して、陽イオンになってしまうのだけれど、この現象を「電離」と呼ぶ。

その代わり、放射線は、相手の原子を電離させる度に、その分だけ自分のエネルギーを失って減衰してゆく。

このとき、放射線が相手の原子に与えるエネルギーの度合い(エネルギー付与率)には大小があって、一番大きいのがアルファ線で、その次がベータ線で、そのあとがガンマ線になる。

だから、アルファ線は周囲をどんどん電離させるけれど、直ぐエネルギーを失ってしまい、遠くまでは届かない。アルファ線は、空気中では数センチくらいしか進めない。

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それに対してベータ線は、アルファ線ほど回りを電離させる力がないから、エネルギーの失い方が少ない分、より遠くまで飛ぶことができる。空気中では10メートルくらい進むとされる。

もちろん、アルファ線やベータ線が物質中を進むときには、周りの原子が密に存在すればするほど、それらを電離するのにどんどんエネルギー使ってしまうから、より大きく減衰して、直ぐにエネルギーが尽きてしまう。

だから、アルファ線やベータ線を遮蔽したければ、より短い距離でエネルギーを使わせてしまえばよいから、間に何かを置いて、エネルギーを消費させればよく、それもなるべく密度の高い物質であるほど効果は高い。

よく、放射線の到達距離は「距離の2乗に反比例して減少する」というけれど、この値は真空中の話であって、大気のように、水分やゴミといった"原子"が周りにある場合は、もっと短い距離になる。

最後に、ガンマ線についてなのだけれど、ある放射性原子がアルファ線やベータ線を出して別の原子核になったとき、直ぐに安定した原子核になる訳ではなくて、生成直後の別の原子核は、エネルギーの高い状態、すなわち「励起状態」にあって、まだ余分なエネルギーを持っている。

そして、今度は、その余分なエネルギーを電磁波として放出して、安定した状態へ転移する。このとき放出される電磁ががガンマ線。

ガンマ線は物質を通過するとき、物質中の電子に吸収されたり、ぶつかったりするのだけれど、どちらも相手の電子にエネルギーを与えて、その電子が外に飛び出してしまう。また、原子核の近くでガンマ線が消えて、代わりに電子と陽電子を生成することもある。こうした3種類の相互作用によって、外に飛び出した電子が、他の原子を「電離」したり「励起」したりする。

だけど、ガンマ線は、相手の原子に与えるエネルギーの度合いがアルファ線やベータ線と較べて小さいので、周囲を「電離」する力はそんなに大きくない。その代わりにガンマ線は、遠くまで到達し、空気中では10km先まで届くとされる。




3.DNAの修復

放射線による電離によって、外に飛び出た電子や陽イオンは、DNAの分子に直接ぶつかったり、体内の水分と反応して活性酸素を作って、それがDNAを変化させることがあるのだけれど、それによってDNAは次の4通りの壊れ方をする。
A.DNAのチェーンを切断する
B.DNAの二重鎖の間を架橋する
C.DNAの塩基を傷つける
D.DNAの塩基を破壊する

DNAは2重螺旋構造を持つ長さ2メートルにも及ぶ高分子チェーンなのだけれど、Aのチェーンの切断というのは文字どおり、このチェーンが途中で切断されてしまうこと。尤も、切断のされ方には更に2通りあって、ひとつは、2重螺旋の片方だけ切断されるケースで、もうひとつが2本とも切断されてしまうケース。もちろん2本とも切断されるケースは、確率から言っても圧倒的に少なくて、細胞1個に対して、100万グレイの線量を当てた場合、1本だけ切断されるのは、約1000個であるのに対して、2本とも切断されるのは40個くらいしかない。

だけど、DNAにとっては、1本だけ切断されるのと2本とも切断されるのとでは、その深刻さが違う。何故かというと、一度切断されたDNAは体内の酵素の働きによって、切断部分が修復されるのだけれど、そのとき、正しく修復するために、もう片方のチェーン情報を参照して修復されるから。

1本だけ切断されたときは、切れてない方のチェーン情報は正しいまま保存されているから、切れた側の復元も正しく行われるのだけれど、2本とも切断されてしまった場合は、参照先の情報も狂ってしまっているから、正確に復元するのは非常に難しい。その場合は、やむなく切断された箇所によく似た配列を持つ別のDNA情報を参照しながら修復するか、もっと強引に、何も考えずに切れたチェーンの末端同士をそのまま繋いでしまう。

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当然、そのような修復にはミスが発生する確率が高くなるから、運が悪いと、細胞が死んだり、染色体異常が発生する。これが癌の元になったりする。

Bの二重鎖の間を架橋するというのは、二重螺旋の2本のチェーンをそれぞれ接着してしまうことで、たとえば、細胞分裂をする場合、DNAの2本のチェーンは1本1本にほどけて、それぞれ、もう一本のDNAを復元することで、2つのDNAを作り、2個の細胞が生まれるのだけれど、DNAの2本のチェーンが互いに接着されてしまったら、細胞分裂したくてもできなくなってしまう。

C、DのDNAの塩基を傷つける、または破壊するというのは、DNAの遺伝情報を構成する4種類の塩基、すなわち、アデニン、チミン、グアニン、シトシンが傷つけられたり、破壊されることで、正確な遺伝情報を保持できなくなって、オリジナルとは異なる細胞を複製したり、細胞を殺してしまうことにつながる。これも癌の元になる。

もっとも、こうしたDNAの損傷と修復は、正常な細胞の代謝過程でも一定の割合で日常的に起こっているもので、1日あたり、5万から50万回の頻度で発生するという。

DNAが切断された場合、細胞は1分以内にそれを検知して、細胞分裂を一時停止させ、DNAの修復に入るのだけれど、数時間経っても切断が残っていると自動的にその細胞は死ぬ(アポトーシス)ようになっているから、凄いもの。そうやって、細胞の健全性を維持してる。

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4.放射線は線香花火に似ている

さて、こうした、放射線によるDNAの損傷を修復機構について、かなり強引ではあるけれど、イメージしやすいように、別のものに例えてみる。

仮に、人体を、習字の"半紙"を何層かに重ねたものだとするならば、放射線は"線香花火"に当たるのではないかと思う。そして、放射線の人体に対する影響というのは、線香花火によって、どこまで半紙が燃えないで済むかどうかという問題に置き換えられるように思う。

火をつけた線香花火を半紙に近づけると、線香花火の火花で、半紙が焦げたり、穴が空いたりするだろうと思われるけれど、火花を「アルファ線」又は「ベータ線」、線香花火の"火種"を「ガンマ線」と考えると、半紙が焦げたり、穴が開くのは、丁度DNAの損傷にあたる。

この半紙は、少し経つと、自動的に穴が塞がるようになっているのだけれど、沢山の線香花火を近づけると、そこら中が穴だらけになってしまって、今度は修復が追い付かなくなる。ただし、所詮"火花"なので、穴があくのは精々一番上の半紙だけで、その下の半紙は無事である可能性は高くなる。

だけど、線香花火が燃え尽きると、火種自身が落っこちてしまうから、重ねた半紙を上から下まで簡単に突き破って地面に落っこちてしまうだろう。

これらは、ちょうど、透過力の小さい、アルファ線やベータ線を浴びてもダメージを受けるのは皮膚の表面くらいでとどまるのに対して、透過力の大きいガンマ線になると、人体の奥深くまでダメージを与えることに相当する。

これは「外部被曝」を例えたものだけれど、これが「内部被曝」となると、話は変わってくる。

この例えに従えば、「内部被曝」は、火のついた線香花火を、重ねた半紙の間に挟んで置いてしまうことに相当するだろうから、火種によるダメージは大穴一個で済むかもしれないけれど、火花は上下左右、四方八方に飛び散ってしまうから、ダメージは上の半紙にも、下の半紙にも及んでしまう。被害範囲は大きくなる。しかも、線香花火を内部に取り込んでしまっているから、火種が燃え尽きるまで逃げることもできない。内部被曝の怖さはここ。

だから、放射線が来るというのをイメージ的に表すとしたら、パラシュートのついた線香花火が風に乗って飛んできて、頭の上から落ちてくるようなものかもしれない。

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さて、ちょっと、分かりにくい例え話だったかもしれないけれど、なぜこんな例えをしたかといえば、一部で話題になっている、環境放射能水準を可視化したサイトがあったから。

それがこちらのサイト「マイクロシーベルト」なのだけれど、ちょっと見ていただきたい。

これは、関東各地の放射線量を、発表数値をもとにビジュアル化したもので、線量を上から降り注く雨のようなビジュアルで表している。

サイト上部には、「年間自然被曝量」と「放射線業務従事者の上限」、そして「健康に影響」「緊急に脱出が必要」な線量のサンプルを表示しているのだけれど、この降り注ぐ雨のような粒を、パチパチと火花を散らしながら落ちてくる線香花火の火種に置き換えて、それを、何層かに重ねた"半紙"である人体が受け止めるとしたら、どの程度の線香花火の雨であれば、大丈夫そうなのかのイメージが掴めるのではないかと思う。流石に、サイト右上の1000uSv/hのような土砂降りともなれば、いくらなんでも、半紙はボロボロになるだろうと思うし、100uSv/hでもどうかという印象を持つ人も多いのではないかと思う。

もちろん、1000uSv/hの線香花火の雨に打たれて、穴だらけになったとしても、直ぐに避難して、線香花火が降ってこないところで、じっとしていれば、多少時間はかかるにせよ、半紙の穴は自然に塞がってくることになるのだけれど、塞ぐべき穴が余りにも多すぎると、やはりいくつかは正しく塞ぐことができなくて、穴のまま残るか、変なシミや汚れになるかもしれない。要するに、パーセンテージは別として、癌のリスクが高まらざるを得ないということ。

現時点で、日本が採用している、一般住民の放射線年間被曝限度量である1ミリシーベルトというのは、1時間あたり、0.114uSvだから、小雨にもならない程度の線香花火の雨だけれど、これが年間20ミリシーベルトになると、2.28uSv/hだから、4月8日現在のデータでいえば、丁度福島市の線量(2.300uSv/h)に相当する。視覚的には小雨程度といったところ。

一般的には"確定的影響"としての閾値では健康被害が出るのは100mSv/h以上だと言われているけれど、それ以下の領域でも確率的影響を考えると、1ミリシーベルトと20ミリシーベルトとでは、やはりリスク差があることはあるので、極力リスクを減らしたいと思うのならば、やはり浴びる線量を減らす工夫は必要ではないかと思う。

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画像年間の被曝限度量、引き上げを検討 原子力安全委 2011年4月5日

原子力安全委員会は5日、放射線量の高い地域の住民の年間被曝(ひばく)限度量について、現在の1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げるべきか検討を始めた。
放射線の放出が長引き、「長く生活する観点で考えないといけない」とし、現実路線への見直しを検討する。

 会見した代谷誠治委員は「防災対策での退避は通常、短期間を想定している」と指摘。
すでに数週間に及ぶ退避や避難の考え方について、政府から見直しを検討するよう相談されていることを明らかにした。 原発から半径30キロ圏外の福島県浪江町の観測地点で放射線量の積算値が上昇している。先月23日から今月3日までの積算値は10.3ミリシーベルトになった。日本では人が年間に受ける被曝限度量は現在、一律1ミリシーベルト。
国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告では、緊急事故後の復旧時は1~20ミリシーベルトを目標としている。

URL:http://www.asahi.com/health/news/TKY201104050616.html

この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    大戸締り氏が以下のような論文を発掘しています.
    http://www.mri-jma.go.jp/Dep/ge/2007Artifi_Radio_report/Chapter5.htm

    放射線障害は良く分からないだけに恐いですが,
    街中の交通事故の確率を可視化すると, 多分,
    道なんか歩けませんよ.

    科学の役割は無用な恐怖を取り除くことにあると
    思います. 難しい説明で恐怖が増すのであれば
    中世の錬金術とあまり変わらないかも.
    2015年08月10日 16:46
  • 白なまず

    冷却方法の決定打があるとの事ですが、例によって進んでいない。冷却装置も1台のみですが製造済みで2台め以降も製造のGOサイン待ちのようです。

    【フルver 上原春男氏(福島第一原発3号機設計者)記者会見】
    http://www.youtube.com/watch?v=gn7-7Bf1nWI&feature=
    2015年08月10日 16:46
  • 日比野

    [承前]

    まだ、計算してないですけれども、今は落ち着いていますので、1年または5年の累積でみれば、今回のほうがずっと少なくなるだろうと思いますけれども、今回の事故で一番放出されたと言われる3/15ですとか、3/22ですとか、まだ「ただちに健康に影響はない」と言われていた時期に、知らずに(集中的に)曝露してしまった人に対する影響が分からないのです。それに、現地に近い福島市あたりだと、もっと曝露されているでしょうしね。

    私は、大気中の降下物が減ってきている今後は(1号機の再臨界云々の噂は別として)、外部被曝よりは、体内被曝の方がウェートが高いと考えてますので、実際に放射線によって、DNAがどんなダメージを受けて、どう修復されるのかを調べてみたのが、今回のエントリーの主旨です。

    政府は一般の被曝限度を20mSv/yに引き上げたいと思っているようですけれども、100mSv以下の領域でどう判断すべきなのか私にはよくわかりません。

    もちろん、20mSvでも問題ないかもしれませんし、100mSvでも大丈夫なのかもしれませんけれども、つきつめていえば、現状の規制値である1mSv/yの妥当性を問
    2015年08月10日 16:46

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