光速を超えた素粒子「ニュートリノ」
今日は、最近のホットトピックスを…。
1.ニュートリノ振動
9月23日、名古屋大学などの国際研究グループは、ニュートリノが、光速より速いとする観測結果を発表した。
これは、スイス・ジュネーブ郊外の欧州合同原子核研究機関(CERN)の「OPERA実験」で得られたもの。
OPERAというのは、「長基線ニュートリノ振動実験(Oscillation Project with Emulsion-tRacking Apparatus)」の略で、その名のとおり、「ニュートリノ振動」を検証するための実験だったのだけれど、今回のニュートリノが光速を超えている結果は、その副産物として、つまり、オマケで発見されたもの。
「ニュートリノ振動」とは、1957年にイタリアのブルーノ・ポンテコルボ博士によって予測され、1962年に元名古屋大教授の故・坂田昌一氏、元京都大名誉教授の故・牧二郎氏、そして、元名城大学教授の故・中川昌美氏の3氏によって定式化された理論で、ニュートリノに質量があれば、ひとつの種類のニュートリノは、別な種類のニュートリノに変換する可能性を示した理論のこと。
ニュートリノは、電気的に中性な素粒子のことで、極めて小さく、ごく最近になって、ようやく質量を持つことが発見された。
ニュートリノは、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類、もしくはそれぞれの反粒子をあわせた6種類あると考えられているのだけれど、これらニュートリノは、飛行中にそれぞれ別の種類に変化するとしたのが、先の「ニュートリノ振動」説。
なぜ、こんな理論が提唱されたのかというと、ニュートリノの観測で、ある謎があったから。
ニュートリノは、核融合の副産物なのだけれど、太陽の中心で起こっている核融合反応によって放出される"太陽ニュートリノ(電子ニュートリノ)"を観測することで、太陽内の核融合反応を調べようという実験が行われていた。
というのは、太陽中心で行われている核融合反応で発生した熱が太陽中心から表面まで伝わるのに約10万年かかると考えられているために、光学的な太陽表面の観測では、10万年前の太陽中心で起きた核融合反応の結果を見ているとされる。
これに対して、核融合反応で放出された太陽ニュートリノ(電子ニュートリノ)は、約500秒で地球に到達することから、太陽ニュートリノを観測することで、今現在、太陽中心で起きている核融合反応を直接みることができるから。
ところが、実際に観測されたニュートリノ数は、理論計算の半分以下しかなく、ニュートリノが何処かに消えているという結果となった。この問題は「太陽ニュートリノ欠損問題」と呼ばれ、いろいろな仮説が出されていたのだけれど、その中でも 「ニュートリノ振動」説は、有力な仮説だった。
つまり、太陽から放出される"電子ニュートリノ"が地球にくるまでに、別のニュートリノに代わってしまうことで、地球で観測される電子ニュートリノが見かけ上減ったように見えているだけではないか、ということ。
こうした、ニュートリノが欠損するという観測は、地球に降り注ぐ、宇宙線が大気に衝突して発生するニュートリノ(大気ニュートリノ)でも観測されていた。
2.K2K実験とスーパーカミオカンデ
そこで、ニュートリノ振動が実際に起こっているかを確かめる実験が、いろいろ行われたのだけれど、その中のひとつが、スーパーカミオカンデを使った、K2K実験。
これは、筑波にある高エネルギー研究機構(KEK:Kou Enerugii kasokuki Kenkyuu kikou)の陽子加速器でニュートリノを人工的に作り出して、250km離れた岐阜県飛騨市神岡町のスーパーカミオカンデに打ち込んで、ニュートリノが飛行中に別の種類のニュートリノに変わるかどうかの実験。
スーパーカミオカンデとは、神岡鉱山内の地下1000mに設置された、ニュートリノ検出器のことで、5万トンの超純水を蓄えた、直径39.3m、高さ41.4mの円筒形水タンクと、その壁に設置された光電子増倍管と呼ばれる約1万2千本の光センサーなどから構成されている。
どうやって、ニュートリノを検出するかというと、それは光として検出する。
ニュートリノは、殆ど質量を持たず、電磁力も働かないため、ニュートリノをそのまま観測することは難しいのだけれど、唯一、"弱い相互作用"によって、放出される荷電粒子によって、間接的に観測することができる。
通常、高速で走る荷電粒子において、その荷電粒子と周囲の電磁場との間には光子が飛び交っている。荷電粒子の速度は、真空中では光速より遅いので、荷電粒子がどこへ行こうが光子がついて回っているのだけれど、荷電粒子がたとえば、水などのような物質を通過すると、周囲の原子中の電子は、光子のエネルギーによって、一時的にエネルギーの高い状態に励起され、一旦光子は消滅する。その後、電子はまた安定状態になろうと、元のエネルギーの低い状態に戻るのだけれど、その際、余ったエネルギーを再び"光子"として放出する。
このように、光が物質中を透過するときには、光子が電子に吸収されたり放出されたりすることを、玉突きで繰り返すために、光の速さは、真空中のそれに比べて遅くなる。真空中の光速度は秒速約30万kmだけれど、水中では秒速約22.6万kmと、25%程も光は遅くなる。
ここで、例えば、光速で移動している荷電粒子が、スーパーカミオカンデのような大量の水の中に飛び込むと、荷電粒子の速度は殆どそのままで、周囲の光子のスピードが遅くなってゆくのだけれど、このとき、光子のスピードが荷電粒子のスピードより遅くなってしまうと(ν>C/n)、光子だけ置いてきぼりにされてしまい、光だけ"残って"しまう。
このときに取り残される青白い光のことを「チェレンコフ光」といい、スーパーカミオカンデは、このチェレンコフ光を、周囲の壁に設置された光電子増倍管で観測する。
もしも、ニュートリノがスーパーカミオカンデに飛び込んで、偶然にもそこで、相互作用を起こして、荷電粒子を発生し、更に、荷電粒子の速度が、水中の光速度を超えていれば、「チェレンコフ光」が観測されるので、それによってニュートリノを捕まえることが出来る。
K2K実験では、高エネルギー研究機構の陽子加速器から2.2秒に1回とりだされる陽子を用いて、約1兆個のニュートリノを作り、スーパーカミオカンデに向けて発射した。
ニュートリノビームは100万分の1秒という極めて短いパルスで、生成されるニュートリノの98%以上がミューニュートリノで、若干の電子ニュートリノや反ミューニュートリノが含まれている。
それでも、ニュートリノは、元々、殆どの物質を透過し、ほとんど反応しない物質のため、スーパーカミオカンデで観測されたニュートリノは数日に1個程度なのだという。
K2K実験は1999年から2004年の11月まで行われ、この間、ニュートリノ振動がないと仮定すると、約156個のニュートリノ反応が観測されると計算されていたのだけれど、実際に観測された反応は112個と期待値の約7割と、ニュートリノ欠損が確認された。
仮にニュートリノ振動がないとしたとき、このような結果になる確率は0.003%であったことから、このK2K実験によって、ニュートリノ振動はあると認められることとなった。
3.OPERA実験
だけど、そのスーパーカミオカンデも電子ニュートリノとミューニュートリノは観測できても、タウニュートリノは観測できなかった。
その理由は、タウニュートリノの反応で生じるタウ粒子は、電子ニュートリノ、ミューニュートリノの相互作用で発生する電子やミュー粒子と比べて格段に重く、反応に高エネルギーが必要なことから、反応そのものが稀であることと、更には、タウ粒子の寿命が非常に短く、反応後の飛翔距離が1ミリくらいしかないために、仮にスーパーカミオカンデ内で反応しても、壁に設置された光電子増倍管まで届くことはまず有りえないから。
今回、欧州合同原子核研究機関(CERN)で行われた「OPERA実験」は、このニュートリノ振動を検証する為と、スーパーカミオカンデで観測された、ニュートリノ欠損がニュートリノ振動であるのかどうかを検証する実験なのだけれど、OPERAは、最初からタウニュートリノを観測できるように設計されている。
OPERAでは、ミューニュートリノがタウニュートリノに変化するという現象を、他の実験とは異なるアピアランス(appearance)と呼ばれる手法を用いて捕まえようとしていて、2006年からニュートリノの照射解析を行っている。
このアピアランス法は、チェレンコフ光のように、検出器に届いた光を観測する方法とは違って、ニュートリノの反応によって生成された荷電粒子が飛翔した軌跡を直接写真にして撮ってしまうところに大きな特徴がある。
更には、直接的に粒子の飛翔経路を解析できることから、これまで行われてきた、ニュートリノの減少量を測る方法に付き纏う、ニュートリノの減少する理由として、考えられうるありとあらゆる他の要素やノイズ等を排除しなければならない煩わしさがないというメリットもある。
この荷電粒子の軌跡を写真に撮るために、OPERAでは、「原子核乾板」という、特殊フィルムを用いている。
原子核乾板とは、実は、古くから素粒子実験に使われて来たもので、写真フィルムの一種。
普通の写真フィルムは、感光材として主に臭化銀、いわゆる、銀塩が使われているのだけれど、これに、光が当たると、一部が分解して銀になって、像の形になるように銀を含む臭化銀の結晶ができる(潜像)。これらは非常に微量であるために直接目で見ることが出来ないので、還元剤などの薬品に浸して、臭化銀を銀に変化させてやる。
このとき、銀への還元反応は、銀を含む臭化銀の結晶(潜像核)から先に反応が進むために、感光した臭化銀の結晶が銀になって、それ以外はそのまま残る。このように、目に見える量まで銀の量を増幅させることを「現像」とよぶ。
勿論、長時間現像液にフィルムを漬けてしまうと、今度は、光が当たらなかった臭化銀までもが還元反応をはじめてしまうから、頃合いを見計らって、フィルムを取り出して、洗ったり、定着液に漬けたりすることで現像を停止させる。
これに対して、原子核乾板は、ニュートリノなどの荷電粒子を捉えるものなのだけれど、原子核乾板を荷電粒子が通過すると、その通った跡が点々とした線として見える。
原子核乾板は、約200ミクロンのプラスチックの板の両面に、感光材(写真乳剤層)を塗った構造をしていて、写真乳剤層の厚さは片面40ミクロンの計280ミクロンなのだけれど、今回の実験で用いられたニュートリノ検出器は、この原子核乾板57枚と1mm厚の鉛板56枚とを交互にサンドイッチした構造(ECC:1個8Kg)を持たせている。
もちろん、それでもニュートリノは、質量が非常に小さく、電磁相互作用もないので、他の素粒子と殆ど反応せずに、なんでも突き抜けてしまうから、簡単には捕まえられない。
だから、やはり、このニュートリノ検出器(ECC)であっても、ニュートリノを出来るだけ数多くキャッチするためには、沢山の数が要る。
今回のOPERA実験では、このニュートリノ検出器(ECC)を15万個、計1250トンのECCを並べて標的とし、そこに人工ニュートリノをぶつけることで行っている。
ぶつける人工ニュートリノは、スイスのCERN研究所のニュートリノ発生装置(CNGS)によって作り出した、高エネルギーのミューニュートリノで、それを、730km離れたイタリア中央部のグランサッソー地下研究所の、幅15m、長さ100mの細長い実験室に設置されたECCの壁に向けて発射して、タウニュートリノに変化するかどうかの観測をした。
その結果、高エネルギーのミューニュートリノが、光の速さで予想されるよりも60ナノ秒(1億分の6秒)早く到達しているという結果となり、今回の発表へと繋がった。
これは、ミューニュートリノの速さが、光速より約0.0025%(正確には0.00248%±0.28%(統計誤差)±0.30%(系統誤差))速いことを示している。
今回のOPERA実験ではCERNの度量衡学の専門家及び欧州の精密測量の専門家等と協力して、検出器までの距離とニュートリノ飛行時間の精密測定を行っていて、距離に関しては、GPSと光学測量の組み合わせで、ニュートリノの発生源とOPERA検出器との距離730kmを20cmの精度で測っている。
また、GPSにも原子時計を持たせ、CERN研究所にある時計とグランサッソー研究所にある時計を1ナノ秒の精度で同期させ、更に、ニュートリノを生成するCERNのビームラインと、ニュートリノを検出するグランサッソーのOPERA検出器の全ての装置の時間応答性も高精度に測定し、トータルで、ニュートリノの飛行時間を、10ナノ秒(1億分の1秒)以下の誤差にまで追い込んでいるとしている。
しかも、過去3年で蓄積された、約15000ニュートリノ反応のデータ解析を行い、約6か月をかけて再検証や再テストなどを行った結果、やはり、60ナノ秒、秒速にして、毎秒6キロ、ミューニュートリノが光より速いという結論が得られたということで、今回の発表となったようだ。
それでも、今回の発表を行った研究者らは、なお自分達の結果に慎重で、世界中の物理学者らに精査してもらおうとデータを公開することとしている。
相対性理論と矛盾する今回の実験結果は、物理学における理解が根本から覆され、特殊相対性理論が修正される可能性を秘めている。
今後の展開に注目したい。
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ニュートリノの速度は光の速度より速い、相対性理論と矛盾 CERN 2011年09月23日 12:19 発信地:パリ/フランス
【9月23日 AFP】(オペラ)の研究グループは22日、ニュートリノの速度が光速より速いことを実験で見出したと発表した。確認されれば、アインシュタイン(Albert Einstein)の相対性理論に重大な欠陥があることになる。
実験では、スイスの欧州合同原子核研究機構(European Centre for Nuclear Research、CERN)から730キロ先にあるイタリアのグランサッソ国立研究所(Gran Sasso Laboratory)へ、数十億のニュートリノ粒子を発射。光の到達時間は2.3ミリ秒だったが、ニュートリノの到達はそれよりも60ナノ秒ほど早かった(誤差は10ナノ秒以下)。ニュートリノの速度は毎秒30万6キロで、光速より毎秒6キロ速いことになる。
OPERAのスポークスマンを務める物理学者のアントニオ・エレディタート(Antonio Ereditato)氏は、「ニュートリノの速さを知るための実験だったが、このような結果が得られるとは」と、本人も驚きを隠せない様子。発表に至るまでには、約6か月をかけて再検証や再テストなどを行ったという。
研究者らはなお今回の結果には慎重で、世界中の物理学者らに精査してもらおうと、同日ウェブサイト上に全データを公開することにした。結果が確認されれば、物理学における理解が根本から覆されることになるという。
■物体を貫通するのに加速?
ニュートリノは、太陽などの恒星が核融合を起こす時の副産物だ。電気的に中性な粒子で、極めて小さく、質量を持つことが発見されたのはごく最近のこと。大量に存在しているが検出は難しいことから「幽霊素粒子」とも呼ばれる。
ただし、アインシュタインの特殊相対性理論に沿えば、物質は真空では光より速く移動することができない。
ニュートリノは地球の地殻を含めて物体を貫通して移動しているが、「移動速度が(貫通により)遅くなることはあっても光速以上に加速することはあり得ない」と、データの再検証に参加したフランスの物理学者、ピエール・ビネトリュイ(Pierre Binetruy)氏は、疑問点を指摘した。
2007年に米フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)で同様の実験に参加した英オックスフォード大(Oxford University)のアルフォンス・ウィーバー(Alfons Weber)教授(素粒子物理学)は、光速より速いニュートリノが現行の理論と相容れないことを認めた上で、測定誤差の可能性を指摘し、同様の実験を行って結果を検証する必要性を説いた。
フェルミで行われた実験では、やはりニュートリノの速度が光速をやや上回っていたが、結果は測定誤差の範囲内だったという。
■4次元とは別の次元?
理論物理学者は、ニュートリノの予想外の速さを説明するための新たな理論を構築する必要に迫られるだろう。
先のビネトリュイ氏は、ニュートリノが4次元(空間の3次元+時間)とは別の次元への近道を見つけたのかもしれないと話した。「あるいは、光速は最速とわれわれが思い込んでいただけなのかもしれない」
(c)AFP/Marlowe Hood
URL:http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2830135/7817623
この記事へのコメント
ど素人
生きている内に結果をしりたいです。
ちび・むぎ・みみ・はな
しかし, 時間同期に問題がある方に一票.
不可思議
質問なんですが、光の速さを変える、遅くするといったことは
現実には不可能なのでしょうか?
もし良ければ回答をお願いいたします。
日比野
>質量が無限とならない理由を…。
私にも理解不能です。ご指摘のとおり、相対性理論によれば、光速に近づくにつれ質量は増大し、無限大になっていくはずなので、全く理論に反しています。今回の結果が本当なのであれば、どなたか偉い先生が修正理論を出していただくのを待つしかないのかもしれません。
>超新星1987Aが爆発時に発した光とニュートリノは同時に光速で地球に到達した。
厳密にいえば、ニュートリノの方が3時間ほど、光より速く地球に到達していたようです。
http://www.ipmu.jp/webfm_send/41
の冒頭に「1987年2月23日に、私たちの住む天の川銀河の伴銀河、大マゼランに超新星SN1987Aが発見されました。この光学観測による発見より3時間以上前の午後4時35分(日本標準時)に、小柴昌俊先生がリーダーを務めるカミオカンデは、SN1987Aから放出されたニュートリノをとらえることに成功していました。」
との記述があります。
尤も、今回の計測結果どおりにニュートリノが速いとすれば、超新星1987Aからのニュートリノは何年
伝右
超新星1987Aが爆発時に発した光とニュートリノは同時に光速で地球に到達した。一方、ニュートリノは極々僅かながら質量を持っているとWikipediaに記されている。相対性理論からは物質が光速に近づくと質量が激増する。すると光速のニュートリノの質量は無限大?
表面だけ捉えるとこのように考えてしまうのですが、質量が無限とならない理由をお教えいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。