昨日につづいて、今度は「TPPの大局的見地とは何か」のエントリーのコメント欄で、opera様にいただいたコメントの返事をかいていたら、またまた長くなりましたので、これもエントリーさせていただきます。
まずは、いただいたコメントです。
今回のエントリーを読んで、「あぁ、なるほど」と思ったのは、保守系とされる一部の論客がTPP参加を強硬に主張する理由です。「TPPは中国包囲網」だと思い込んでいるんですね。
しかし、アメリカがTPPを持ち出してきた経緯を考えれば、これは完全に後づけの理屈です。また、仮にTPPに中国包囲網の意味があっても、その内容は完全に日本を従属化に置いた上でのものです。たぶんそれに気づいているから、産経の古森さんのようなTPP推進派は、その内容を頑なまでに論じようとせず、むしろ反対派に陰謀論者といったレッテルを貼って、議論を封じようとするんでしょうね。
アメリカがアジアの最前線から手を引くといったオフショア・バランシング的な考え方は、冷戦崩壊直後からありましたが、それを押止めていたのは一時的なアメリカの単独覇権国家としての隆盛です。
軍事的にはもちろん、経済的にそれを支えていたのがアメリカ国民の膨大な消費でした。ITバブルの崩壊直後からのサブプライム・ローン等による不動産バブルにおいて、アメリカ国民は年間100兆円規模で借金をして世界中からの輸入を拡大し、途上国等の成長を支えていました。反面、金融の自由化はアメリカから流出した富を再びアメリカに還流させる役割も持っていました(EU域内で起こっていたことも、これと相似形です)。
日本も国内は長期のデフレに苦しんでいましたが、輸出企業は途上国等に生産拠点を移すことでこの流れに乗り、こつこつと黒字を積み上げてきました。リーマン・ショック以降のアメリカに始まる世界的なバブル崩壊は、こうした構造が完全に崩壊したことを意味します。
アメリカはもはや消費を拡大することができません。金融の自由化の結果、膨大な不良債権が生まれ、アメリカは現在の日本同様に長期のデフレの危機にさらされています。
TPPはそうしたアメリカにおいて、オバマ大統領の輸入・消費大国から輸出拡大を目指す戦略のもとに考案されたもので、もちろんその最大のターゲットは日本です。ただ、日本に製品の輸出を拡大しようとしても限界があることから、日本の「国のかたち」を変え、金融やサービスの輸出を拡大することで日本の富を収奪することを主眼とする内容になっているわけです。
しかし、このやり方は日本はもとよりアメリカにとっても長期的にはプラスにはなりません。
日比野さんがおっしゃるように、今後の世界はブロック経済化していくことになると思いますが、その内容は、それぞれの国の内需拡大と発展段階に応じた緩やかな経済連携になることが望ましいと思います。その意味で、日本とASEANの関係はモデルケースになる可能性があります(ただし、アメリカ等を排除するものではありませんし、もちろん安全保障の問題も重要です)。
内需拡大は国民の中産階級化を促進するので、経済発展と民主化・自由化の問題は密接に結びつきます。極端な輸出依存による経済発展は独裁国家(典型例は中国、及び韓国)でも可能でしょうが、こうした国々は結果的に排除されるでしょう。
いずれにしても、今後の日本は、軍事的な問題だけでなく、経済戦略の上でも自立していく必要があり、独自の戦略を明確化していくべきだと思います。opera様より
1.アメリカの世界戦略
最初にアメリカがTPPを持ち出してきたのは、仰るとおり、ASEAN市場に活路を見出したいという理由でした。2010年1月27日の一般教書演説で、オバマ大統領は「5年で輸出を倍増させ、200万人の雇用を創出する」と言っていますね。
この辺りについては、2010年2月のシリーズエントリー、"アメリカの世界戦略について"の前半(その1~その5)で触れています。
「アメリカの世界戦略について その1:モンローシフトを始めたアメリカ」
「アメリカの世界戦略について その2:トヨタ・リコール」
「アメリカの世界戦略について その3:海賊版とグーグル」
「アメリカの世界戦略について その4:日本と第7艦隊」
「アメリカの世界戦略について その5:中華封じ込め戦略」
これらの中で、私は、次の点を指摘しています。
1)アメリカはモンローシフトし、国内産業、知的財産、石油、ドル覇権の囲い込みをするだろう
2)中国に対する戦略としては、知的所有権の保護を強化してゆくはず
3)アメリカは今持っている市場は捨てないし、今後有望な市場には更に介入してゆくだろう
4)アメリカは中国に対して、民主国家になって大国の責務を果たさなければ、これ以上の勢力拡張は許さないと決めたのではないか
5)アメリカは中国の封じ込めをしている間に、日本や東南アジア圏に影響力を強化してアジア市場の囲い込みをするだろう
この中で、2から5の指摘は、丁度、アメリカのTPP参加とIDS条項、及び中国包囲網と符合しているように思われます。
アメリカがTPPへの参加表明をしたのは、2010年3月の第一回会合ですから、時期的にもドンピシャですね。
私は、この時点で、アメリカには、中国包囲網が頭にあった、と考えていたのですけれども、今の与野党のドタバタ振りをみると、2010年の2月、3月の段階で、アメリカのこうした世界戦略について、どこまで考えていたのか非常に不安です。
また、保守系とされる一部の論客が「TPPは中国包囲網」だと、何時頃思い込まれたのかどうかについては残念ながら私には分かりません(笑)
2.リアクション外交の野田政権
operaさんの仰る「TPPが中国包囲網の意味合いがあったとしても、それは、日本を従属化に置いた上でのもの」というのは、全くそのとおりで、今の野田政権の外交は自分からアクションを取るのではなくて、周りの状況に合わせて反応するだけの「リアクション外交」となってしまっているように思いますね。
ただ、なんというか、今の野田政権の動きをみると、TPP参加はもう確定事項になっている雰囲気を感じます。
というのは、野田首相が左程動揺しているように見えないことと、TPPについての国内対策が足して2で割ったものには見えないからです。
前者については、たとえば、先日の朝霞宿舎建設問題にしても、国会でちょっと野党の追及を受けただけで、あたふたと視察なんかして、早々に凍結を決めてしまいました。ところが、TPPでは1100万人もの反対署名が集まっているのに、野田首相は、殆ど反応を示していないですよね。
そして、後者についていうと、野田首相が"足して2で割る"方式でTPP問題を片付けるとするならば、それは、TPP参加ではなくて、FTAになるはずなんですね。賛成派、反対派双方の言い分を聞いた上で、それぞれの言い分を半分づつ聞くためには、例外を認めないTPPでは土台無理で、例外規定があるFTAでないといけません。
ところが、政府は、25日に「食と農林漁業の再生推進本部」を開いて、農業の競争力強化を含めた基本方針と今後5年間の行動計画を決定しています。これは、個人や法人に農地を集約して、一戸当たりの農地を今の10倍以上に拡大するものですから、アメリカやオーストラリアの大規模農業に対抗するもので、明らかにTPP対策と思われます。
つまり、政府は、TPP参加を前提とした対策を打ち出しているわけですね。日本BS放送報道局長で、政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏によれば、「野田政権にとって『TPP参加』は決定事項だ。11月中旬のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、オバマ米大統領に正式表明する。その決定スケジュールは、仙谷氏と枝野氏が裏で申し合わせている」と官邸スタッフは明言しているようです。
ですから、私は、実は政権内部では、もうTPP参加は決まっているのではないかと恐れています。
3.日本の未来を決める重大な岐路
次に、オフショア・バランシング的な考え方は、冷戦崩壊直後からあり、それをアメリカの単独覇権国家としての隆盛が推し留めていた、というのは、これもその通りで、これまで優勢だった、いわゆる「単独覇権」推進者達に対して、クリストファー・レインが「幻想の平和」で厳しく批判していますね。これについては、何度か日比野庵でも取り上げているとおりです。
御指摘のとおり、世界的なバブル崩壊で、アメリカはもうこれ以上、消費の拡大は無理でしょう。したがって、TPPを使って、金融・サービス部門の開放を日本に迫り、金を引っ張ってくるだろうという狙いはあると思います。
私自身、TPP参加を押し切られる可能性があると思い、対抗策はないかと考え、金融・サービス部門の防壁に成り得るのがあるとすれば、"日本語ファイヤーウォール"がそれではないか、と「TPPブロック経済圏と日本の未来」で述べました。
勿論、TPPに参加しないという選択も当然あるわけですけれども、その場合は、日中韓FTAへの参加圧力が強まることになるでしょう。ただ、日本の安全保障を考えた場合、それでも上手くやっていけるのかどうかについては、まだ考えが纏まっていません。
また、これまでの日本の外交方針では、中国の拡大戦略を抑止できなかったことは事実ですし、今後も出来ない可能性は高いだろうと思いますね。
そんな状況で、アメリカは、TPPによる東南アジア市場の囲いこみと、日本に対してオフショア・バランシングを仕掛けてきている。中国は中国で、日本をTPPから引き剥がして、自分のところに取り込もうとしている。
日本はTPPに乗っかるのか、それとも独自の戦略で経済および安全保障を図るのか、実はそういう選択を突きつけられていると思うのですね。
だから、その意味で、今は結構日本の未来を決める重大な岐路に居るはずなんですけれども、マスコミは少しもそうしたことを報じません。
それはさておき、少なくとも、私は、今の野田政権から「独自の戦略」なるものを聞いた覚えがありませんし、それを「明確化」していくだけの力量があるかどうかも怪しいと思っています。
それ以前に、国民に対する説明さえ、十分にしているかどうかさえ疑問ですね。今回のTPP参加問題にせよ、政府からの説明は殆どありません。24の作業部会に何があるかの情報さえ、ついこの間出てきたばかりで、野田首相はぶらさがり会見さえも拒否したまま、何のアナウンスもありませんし、前原政調会長にしても、途中で撤退すればいいなどと、方法論を述べるだけで、なんらTPPに参加する理由を説明していないですね。
第一、GDPが伸びるなんてのは、関税が撤廃されるのだから当たり前の話で、それに伴うデメリットとセットで何が国益になるかを説明しないと、説得力がありません。そもそも、2.7兆円GDPが伸びると言われても、10年間での話ですから、年間換算で考えると数千億円程度。これなら円高をなんとかしたほうが、よっぽど話が早いですね。
以前、「野田首相の一字」のエントリーで、私は野田首相の一字は「定」としていたんですけれども、最初は、中々決断できない野田首相をみていて、さすがに「定」はちょっと違うかなぁ、と内心思っていたりしたのです。
けれども、ここにきてこの「定」が、何やら不気味な一字に見えてきました・・・。
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この記事へのコメント
日比野
ただ、これは現時点では、"種"だと思うんですね。まず種を撒いて、双葉をだして、次第に周辺国を取り込んでゆく。TPPの次はFTAAP(拡大TPP)があるといわれていますから、将来的にはインドネシア、インド、ベトナムあたりも狙っていると思うのですよ。しかも、ミャンマーに対してはアメリカが経済制裁していましたけれども、ミャンマーが政治犯釈放を始めたのを受け、態度を軟化させて、輸出再開の動きがあります。
要するに、親中国だったミャンマーを中国から引き剥がしに掛かっていると思われるのですけれども、日本のミャンマーへのODA再開もこの流れの中にあると見ています。
ですから、やはり、軍事と経済両面で、中国包囲網が同時進行で進んでいて、経済方面のTPP包囲網、ASEANからインドに掛けての軍事協力同盟と、向こう10年くらいかけての完成を見ているように思います。これは、中国海軍の空母建設スケジュールとも符合しますね。中国の空母艦隊が出来上がったときには、周辺国ががっちりとTPPブロック経済圏+インド・ASEAN軍事安全保障同盟を組んでいるという具合に。
日本も今のように、種の段階でな
ちび・むぎ・みみ・はな
背後の省庁の野望がブレないからだ.
現在, 嘘付党の首脳部が何を決めようと省庁
への影響力は非常に少ない様に見える.
官僚のようにプライドの高いもの達が
明らかに自分達よりも劣り, 国民の支持も
失っている政治家の言うことを聞くとは
とても思えない. だから, 野田首相の
キャラクタを議論しても無駄だろう.
TPPは本来は身を寄せあって互いを守る
小国同士のものであって, 現TPP参加国に
理性があるなら, 米国の参加は断ら
なければならないものだ.
日本としては, もう少し日本文化の
独自性を認識して, 現在のWTOのおかしな
ところを修正していくべきだろう.
相手の国民に目を向けることのできる
日本の外交を日本の外交戦略の中心に
位置付けることができれば, 次の指導国は
自ずと日本にならざるを得ない.
それほど世界中の小国の国民は大国の我儘に
振り回されて辟易していると思う.
opera
いや、そんなつもりはまったく無かったのですがw
ともかく拙いコメント取り上げてくださって、ありがとうございました。
以下、先走りにならないよう注意しつつ、二・三の点について。
まず、アメリカがASEAN市場に活路を見出したというのはその通りかもしれませんが、かなり早い段階でインドネシアを離脱させてしまっていますね。これはかなり痛いのではないでしょうか。しかもタイは参加の検討すらしていないようですし。
よくベトナムとインドネシアが揃うと対中強硬路線になるなどと言われますが、インドネシアが離脱したTPPに中国包囲網の意味があるのかどうか。
また、最近のミャンマーの上からの民主化をアメリカの対中政策の現れとする意見もあるのですが、そもそもミャンマーの国情を考え、軍事政権ではあってもODAなどで支えて中国寄りにならないように努力していたのは日本でした。これを(イギリスに唆されたのかどうかは分かりませんが)強硬に圧力を加えて止めさせたのはアメリカです。今回の民主化直
とおる
国内では財務省に中心を定め、国外では米国に中心を定め、後はノラリクラリ。
白なまず