10月24日、総理官邸で開かれた政府・民主三役会議に野田首相、輿石幹事長や前原政策調査会長など、政府・民主党の幹部が出席して、TPP交渉参加の是非について、来月のAPEC前までに党の意見集約を行い、方針決定することを確認した。
1.対立する民主党
意見集約というのは簡単だけれど、TPP交渉参加に意欲を見せる官邸と裏腹に、民主党内部では対立が激化している。
10月21日には、TPP交渉参加に反対する衆参議員約120人が、超党派の「TPPを慎重に考える会」を立ち上げ、決起集会を開いている。民主党からは鳩山由紀夫元首相をはじめ多くの議員が名を連ね、事務局は反対署名が民主党の194人を含む212人にのぼったと発表した。
会長を務める山田正彦前農水相は、10月23日のテレビ番組で、米などの国内の農業全体について「規模を拡大すればもうかる、というわけではない」と説明し、「一度参加したら簡単には抜けられない」と述べている。
司会者からの「妥協案はあるか」との問いに、山田前農水相は、「ありません」と応じ、離党の可能性を匂わせた上で、徹底抗戦に入る構えを明らかにしている。
さて、「TPPブロック経済圏と日本の未来」のエントリーでは、安全保障の観点からみたTPPの位置づけとその問題点について述べたけれど、このエントリーでは、TPPを推進する立場の意見を取り上げてみたい。
まぁ、マスコミが報じているようなTPP参加ありきの意見だとか、TPPに参加することで経済成長するのだ、などという今一つ論拠が弱い意見を除けば、TPP参加の利点について、述べられているものは殆ど見かけないのだけれど、それでも全くないわけじゃない。
例えば、キャノングローバル戦略研究所(CIGS)に於いて開催されている、TPP研究会で議論されている内容などがそう。
TPP研究会は、経済学、法学、政治学の観点から、TPPを巡る事実関係やTPPに参加することの論点を正確に分析・整理するために、立ち上げられたものだそうで、既に、こちらに中間報告的なものが出されているので、詳細はそれを見ていただきたいのだけれど、そこで述べられている報告で、筆者がポイントだと思った論点は次のとおり。
1.TPPを推進する理由
2.TPPに加入しないデメリット
3.ISD条項
2.TPPを推進する理由
まず「TPPを推進する理由」についてだけれど、TPP研究会は、戦略的重要性として、次の3項目を挙げている。
A)国際経済ルールによる大国の行動への規律・対抗
B)WTO+について、日本の利益を反映したルール作りが可能
C)我が国の交渉力の向上
A)についてだけど、これは、近年、中国が、レアアースなどの天然資源の輸出禁止や投資活動への制約など、大きな国力を背景に世界中の経済活動を脅かすといったような、覇権主義的傾向に対抗すべく、多くの国が合意する国際的な枠組みとしてTPPは有効な手段となるとしている。
現時点では、TPPに中国の参加は想定していないけれど、TPP参加国が拡大して、アジア太平洋地域のかなりの国と地域をカバーするようになると、今度は中国がTPPに参加したほうが自国の利益にかなうと判断すると考えられることから、最終的には、中国も入ったTPP、すなわちFTAAPを構築することで、アジア太平洋地域の経済的発展と政治的安定が生まれる狙いがあるとする。
B)についてだけれど、TPPでは、WTOのルールに上乗せして、投資、競争、知的財産権、貿易と環境、貿易と労働といった分野で、新たなルールを規定しようとしている。(これを便宜上"WTO+"としている。)
だけど、今や、WTOへの参加国は150ヶ国を超え、新興国の台頭を受けて南北問題が顕在化しやすくなった現在のWTOでは、日本の地位は後退し、かつ冷静なルール作りは困難となっていることから、TPPというWTOに毛の生えた(といってもその"毛"が問題なのだけれど)枠組みに参加することで、日本に有利なルール作りができないか、という狙いがあるという。
C)については割愛する。
3.TPPに加入しないデメリット
次に「TPPに加入しないデメリット」についてだけれど、次の2点を挙げている。
A)貿易転換効果
B)企業の海外移転による国内産業の空洞化
まず、A)についてだけれど、TPPに参加しなかった場合、当然のことながら、関税を撤廃しているTPP参加国との貿易競争において、自国に関税が掛かる分、価格競争力が低下する。実例として、対メキシコとのFTAの例がある。
日本は、2004年にメキシコとFTAを結んでいるけれど、それ以前に、メキシコは、EUやアメリカとFTAを結んでいて、日本は、彼らとの競争で不利な立場に置かれていた。実際、メキシコの輸入に占める日本のシェアは1996年の6.1%から2001年には4.8%に低下したという。
逆に、日本がTPP参加を検討するという発表を受けた途端、これまで日本とのFTAに消極的だったEUが積極的になったのは、日本にTPPを結ばれてしまうと、TPP参加表明をしているアメリカやオーストラリアとの競争に不利になると判断したからだろう、TPP研究会は述べている。
このあたりは、「TPPブロック経済圏と日本の未来」でも指摘したように、やはりTPPはブロック経済圏の意味合いを含んでいて、対外的に何も言わなくても、実質的にブロック経済圏を作ることになると思われる。
次に、B)についてなのだけれど、輸出業において、TPPに参加せず、海外市場の高い関税が掛かってくると、昨今の円高で、輸出は益々困難になるばかり。したがって、企業は海外に工場を移転して、進出先の国で生産・販売するようになり、その結果、国内が空洞化するという問題を指摘する。今の日本の加工品に対する関税は、加工食品を除いて、既にゼロ又は、かなり低い水準にあるのでTPPを結んでも、国内の企業が海外に移転して空洞化することはない、としている。
4.ISD条項
さて、筆者が一番気にしている、ISD条項についてなのだけれど、規制の導入や変更によって、外資が被害を受ける場合(間接収用)、それらが訴訟の対象になるという懸念について、TPP研究会は、「国有化に匹敵するような"相当な略奪行為"がなければ、それには該当しない、という。そして、どのような規制を行なうかは、WTOやTPPで踏み込んだ規律が合意されない限り、その国の自由であり、その国の国内企業が受忍するような規制は外国企業も受忍すべきなのだ、と結論づけている。
この辺りについて、本当にTPP研究会の言うとおりなのかどうかについて、筆者には、まだなんとも分からないのだけれど、「国有化に匹敵するような相当な略奪行為」というレベルとなると、日本よりは中国の方が多いだろうと思われる。
そして、ISD条約の被害例としてよく挙げられる、カナダがアメリカのガソリン添加物の規制を巡って、アメリカ燃料メーカーに訴えられた、所謂、エチル事件は、規制が外資企業に一方的に負担を課すもので、のちに和解が成立していることや、また、NAFTAでメキシコが、ごみ収集を手がけていたアメリカ企業に訴えられて敗訴したメタルクラッド事件でも、外資企業に対して、恣意的または差別的な扱いをしたケースであるとしている。
更に、NAFTA 締結後、アメリカ自身がISD条項によって20件程度提訴されたことがあり、その結果、アメリカもISD条約を修正していて、たとえば、2004年のモデル投資協定では、安全保障や信用秩序の維持のための規制については例外と規定している。
したがって、国家が正当な規制権限を行使した場合には、ISD条項で敗訴しないようになっている、という。
とはいっても、筆者としては、本当にそうなのかについての見通しがないまま、TPPに参加すると闇雲に表明することはやはりリスクがあると思う。ただ、交渉に参加しないと情報が取ってこれないという面も確かにあるだろうから、悩ましいところではある。
5.アメリカは日本のTPP参加を望んでいない
最後に、この報告書で興味部会指摘があったので、簡単に触れておくと、アメリカがTPPに力を入れているのは、アジア太平洋地域が、大きく市場拡大すると期待し、TPPが将来APEC全体に広がっていくことを見越しているからで、アメリカにとってTPPは日米FTAではない、としている部分。
昨今の日本国内のTPP議論は、TPPは実質日米の二国間FTAだという論調が主であったので、この指摘は頭の片隅に留めておいてもよいかもしれない。
TPP研究会によると、オバマ政権がTPPに踏み込んだのは、現在交渉中の9カ国に工業分野で競争のある国がなく、民主党最大の支持団体である労働組合が容認したためとし、日本を入れたTPP構想を打ち出せば、労働組合や連邦議会の議員から反対を受ける可能性があるという。
つまりは、TPPに参加したいと言い出しているのは日本の方で、アメリカは日本の参加を望んでいるわけではないとしている。
なぜなら、アメリカ農業界は日本の参加表明を歓迎しているけれど、それはTPPによって、牛肉関税の撤廃とBSE問題の解決が見込まれる食肉業界が利益を得るのであって、アメリカ農業界の全てが利益を受けるわけではないからと指摘している。
確かに、トウモロコシや大豆は既に関税なしで日本に輸出しているから、TPPなんて関係ないし、乳製品になると、オーストラリアやニュージーランドからの輸入が増えると予測している。
また、米や小麦についても、これまで日本は、国家貿易制度(ミニマム・アクセス)や関税割当制度(カレント・アクセス)によって、毎年ほとんど変わらない国別シェアの輸入をしていて、そのうちアメリカのシェアは小麦で60%、米で50%という。
だけど、日本がTPPに参加すると、今度は、そんな割り当ては無くなって、オーストラリア、カナダ、EU、タイ、ベトナムなどの国々と対等に勝負することになる。したがって、トータルでみると日本のTPP参加によって、アメリカの農業は却って打撃を受けるのではないかと指摘している部分は着目してもよいと思われる。
TPP賛成・反対いずれにせよ、政府は、こうした情報をオープンにして、広く国民の間で議論すべきはずなのに、やれお化けだ、途中で離脱すればいいとか、外側の話ばかりで、本当に大切なことを等閑にしている。
もっとオープンな議論を望む。
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この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
が多い気がする.
> A)国際経済ルールによる大国の行動への規律・対抗
最大の大国米国から沢山の要求がなされている点を
無視した論点.
> B)WTO+について、日本の利益を反映したルール作りが可能
TPPはWTOより過激だから, そりゃ主導権は発揮できるだろうが.
> C)我が国の交渉力の向上
生き残りたければ頑張れよ, と言う話.
獅子は我が子を千尋の谷底へ..., と言う話にしか聞こえない.
> A)貿易転換効果
問題は円高なのだが, 巧妙にすり替えている.
> B)企業の海外移転による国内産業の空洞化
空洞化の定義をしないで空洞化を議論するのは如何がなものか.
空洞化は難しい現象だ.
> 更に、NAFTA 締結後、アメリカ自身がISD条項によって
> 20件程度提訴されたことがあり、その結果、アメリカも
> ISD条約を修正していて、たとえば、2004年のモデル
> 投資協定では、安全保障や信用秩序の維持のための規制
> については例外と規定している。
これは, 米国が訴えられたら例外を作り, 相手を訴える時
opera
本当に民主党政権というのは、やるべきことをやらず、やる必要の無いことを次から次へと小出しにしてくる、そしてその動機は場当たり的な“保身”だけなのだから、始末に負えません。
今の日本はデフレ(需要不足)、しかも1000年に一度の大震災、近年では稀な大規模な台風被害からの復旧・復興が急がれているのに、TPP(自由化の促進=供給力の強化)を議論している馬鹿馬鹿しさ。
脱原発を議論する以前にやらなければならない除染等の復旧作業を行なわず、被災地を放置する無惨さ。
泥鰌内閣は、震災復興を第一とする内閣ではなかったのか。最優先されるべき第三次補正予算の審議はどうなっているのだ、ということをもう一度確認する必要がありそうです。
本来、それを指摘し、それができないなら解散総選挙を行なえ!と追求するのがマスゴミの役割のはずなのですが…
このような状況は、近年10年近くに亘って日本の政治を誤らせてきた「ショック・ドクトリン」が最終段階に至っていることを想起させます。
日比野さんにも、取り上げて頂きたいように思います(すで
八目山人
これは100%、日本を引き込みたいと思っている人達のプロパガンダだと思いますよ。
http://news.livedoor.com/article/detail/5963792/
かめを愛する者