今日は、「幻想の平和」纏めメモの第5回です。前回の「抑止安心から委任へ」の続きになります。
今節で、レインは、覇権的戦略の前提条件を挙げ、それらについて反論を述べていきます。
5.戦略と国際経済
レインは、今のアメリカが取る覇権的な大戦略には「アメリカがユーラシアから撤退した場合、3つの面で国益を損なう」という前提がある、という。
その前提とは次のとおり。
1)ユーラシアとの貿易と投資が中断される
2)ペルシャ湾への石油のアクセスが遮断される
3)ユーラシアの覇権国の台頭を許し、アメリカの安全保障の脅威となる
だけど、これらは説得力に欠けるとレインは言う。
アメリカの覇権的戦略は「オープンな国際経済システムに適した国際政治・安全保障の秩序が必要だ」との感覚から出てきているが、アメリカの覇権的大戦略は論理的に矛盾した前提によって成立しているとレインは主張する。
それは、アメリカが軍事・経済で圧倒的存在であると同時に経済面では、国際経済と「相互依存状態」にあるものの、平時の経済的繋がりが、戦争や国際的不安によって乱される可能性は「とりわけ高くない」とレインはいう。それは、ユージン・ゴルツやダリル・プレスとなどが「非交戦状態にある大国は国際貿易や資本の移動そして海外への直接投資の崩壊に殆ど影響されない」と論じているとおり。
実際は、交戦国が戦争の資金を得るために、海外に持つ資産などを売却するので、それらを買い上げることで、利益を得る方法を見つけることが多いのだ、と。つまり、大規模な戦争が起こっている間にそれを傍観できる大国は国家の富を増大させるチャンスを得るとレインは述べ、実際、第一次世界大戦時に中立の立場であったアメリカは1914年から1917年の間、多くの面で利益を得ていたと指摘する。
従って、将来ユーラシア大陸で大国たちが戦争を行ったとしても、経済的にオープンな状態を守ることは、アメリカに介入を迫る理由にはならない、という。
そして、今の覇権的戦略を採るアメリカは、将来の大国間戦争で一時的に経済が閉鎖された場合に失われるものより遥かに高い額を払い続けているとレインは言う。
こうした批判に対して、アメリカの覇権的戦略の推奨者達は反論を試みるのだけれど、それは主に次の3つの議論として現れる。
A)ユーラシアで大国間戦争が起きても、アメリカは交戦国の内、数か国とは経済活動を止めることが出来ず、そのために戦争に巻き込まれてしまうという「マグネット理論」の一種で、二つの世界大戦がその例だ。
B)ユーラシアでの大国間戦争後の国際システムは、軍国主義や独裁国家を生むかもしれない。それは、アメリカにとって不利だから撤退すべきではない。
C)ゴルツやプレスは「戦争に巻き込まれていない大国は経済的損失を受けない」と述べているが、今のアメリカは当時より遥かに国際経済に巻き込まれている。従って、戦争に巻き込まれなくても損をするはずだ。
A)についてレインは、アメリカの覇権的戦略の推奨者達が例に挙げる二つの世界大戦がそうだと見極めるのは困難だという。1941年12月7日以前のアメリカは、既にドイツから宣戦布告のない戦争に巻き込まれているけれど、それは、経済面からではなく、政治的・戦略的面が考慮されたからであり、日本との戦争についても、経済が関係していたことが確かであるが、開戦に至ったのは、当時のワシントン政府が日本政府に対して、経済を外交的な武器として使用する決断をしたからだ、とレインは反論する。
また、第一次世界大戦についても、ドイツがアメリカの商船を沈没させても、アメリカは反応せず、ドイツがメキシコに対して、反米同盟を組んで、1848年にアメリカに取られた領地を取り返す約束をした、いわゆる、「ツィメルマン電報」によって、参戦へと向かっていったのだと指摘する。
(※筆者注:1848年にアメリカに取られた領地とは、1846年から1848年の間にアメリカとメキシコの間で戦われた戦争終結後の"グアダルーペ・イダルゴ条約"によって、1848年にメキシコから割譲させた領地を指すものと思われる。現在のカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州全域およびアリゾナ州の南部地域を除く主要部分、コロラド州の旧テキサス共和国の境界以西、ニューメキシコ州のガズデン購入地を除くリオ・グランデ川以西、ワイオミング州の旧テキサス共和国の境界以西および北緯42度線以南の部分に当たる)
そして、もしも貿易がヨーロッパの紛争に介入する決定要因であったとしても、当時のアメリカは武装中立をしたり、イギリスと戦争したりなど、他に選べる選択肢を持っていたにも関わらず、そうしなかった、とどのつまり、「同盟国との貿易によって戦争に引きづりこまれた」のではなく、「自ら参戦を選んだのだ」とレインは強調する。
B)については、レインは、アメリカの国際システムの戦争と平和の全体についてのアメリカが与えることのできる影響は限定的なものであり、それもユーラシアの多極化によって減ってきていること、戦争後の「環境を形成すること」がアメリカの利益になったとしても、それは、戦争に巻き込まれるコストを上回らければ意味がないこと、アメリカの安全は、ユーラシアの覇権国によって脅かされると恐れているだけのこと、という3点を挙げて反論している。
C)については、アメリカのGDPに対する輸出入の割合は、第一次大戦時の3倍になっていることを認めつつも、貿易と投資のパタンは当時よりずっと多角化されていることと、今のアメリカ商品の輸出先はヨーロッパ、アジア、西半球へと3等分近くに分かれていて、仮に、ユーラシアで戦争が起こったとしても、東アジアとヨーロッパを同時に巻き込むことは考えにくいことから、既にアメリカ経済にとって「唯一の決定的重要地域」は存在しないとして、否定する。
このように、レインは、アメリカが現在の国際経済の解放の守護者を放棄しても、国際経済活動は止まることはなく、また、ユーラシアの覇権国とて、自国の経済発展のためには国際的貿易関係から完全に手は引けない。従って、アメリカはユーラシアに対して覇権を維持しなくても利益を得られるのだ、と説く。
そして、アメリカのユーラシアに対する前進的なプレゼンスは、逆にアメリカをユーラシアの大国間戦争に巻き込むだけだと断じ、大切なのは、ユーラシアへの介入を自分で決めるための「決定権」を持つことだという。
今回はここまでです。
「幻想の平和」まとめシリーズ
・第1回:幻想の平和
・第2回: 「マグネット理論」は本当に妥当か
・第3回:ユーラシアにあるアメリカの同盟国たち
・第4回:抑止安心から委任へ
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この記事へのコメント
日比野
>この様な一見理路整然とした米国人の議論はなんだか信用できませんね
前にもコメントした様な気もしますけれども、レインの論を信用するしないに関わらず、こういう考えがアメリカで為されていること自体を知っておく必要があると思い、勉強も兼ねて、エントリーしているだけです。
何も、私が、レインの意見に賛成している訳ではありませんよ。
>米国ほど不条理で決起に逸り易い国はないと思う. 自分で設定したルールを自分で破るのは日常茶飯事.
この部分は、私自身も危惧しているからこそ、「TPPブロック経済圏と日本の未来」のエントリーで、日本語を非関税障壁と言い出さないかと触れました。
>google で調べてみたら, 以下の様なまとめサイトがあった.
>http://togetter.com/li/164986
この方ツイートは、私もフォローしてますので、このように纏まった形ではありませんけれども、見ています。概ね同感です。レインの論がアメリカの外交政策に採用されたら、日本にとっては非常に拙いと思っています。
ちび・むぎ・みみ・はな
なんだか信用できませんね. 米国ほど不条理
で決起に逸り易い国はないと思う. 自分で
設定したルールを自分で破るのは日常茶飯事.
どこの国でも「大学の知識人」は身体的激情
というのを軽視し過ぎる. 事が起きれば
当事者達は物理的に危機に遭遇するのだが.
まあ, こちらは無責任に批判するだけなので
申し訳ありません.
google で調べてみたら, 以下の様なまとめ
サイトがあった.
http://togetter.com/li/164986
自民党議員の外国人からの献金には触れない欺瞞大国
福島第一原子力発電所事故に関連して原子力賠償法に基づく
1200億円の支払いを政府に月末までに申請する意向を示した。
西沢社長は、原子力損害賠償支援機構からの資本注入については、
できるだけ避け、民間会社として存続したいとも述べた。
ソースは
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920019&sid=aBsWTH.uoi00
東京電力 http://www.tepco.co.jp/index-j.html
株価 http://www.nikkei.com/markets/company/index.aspx?scode=9501
関連スレは
【電力】東京電力、機構に最大1兆円規模の財政支援を要請へ[11/10/18]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1318900508/l50
【裁判】国側「異常に巨大な天災地変でない。株価下落は東京電力の責任」と主張[11/10/20]
http://to
名無し
上記「善悪の基準すら無い原発利権」の要約?として
なかなか良いと思いましたので書き込みます。
-以下、書き込み-
すでに政府側はヘタレてて何とか政権にダメージのない形で
幕引きをしたいんじゃないか?
そのために九電社長と佐賀県知事の首がほしい、と。
どっちにしろ直近では原発を再稼動させないと
電力が足りなくなってくるわけだし、
形だけでも何らかの結果がほしいんでしょ。
で、二人ともやめる気はまったくなしだから困っていると。
善悪の基準すら無い原発利権
「やらせメール」問題の報告書について「監督官庁の指導には従うが、
どこを直す必要があるのか。取締役会で決めたことを覆す理由を直接聞きたい」
と語った。週明けにも経産省側と調整に入りたい考えだ。福岡市内で記者団の質問に答えた。
九電が14日出した報告書は、第三者委員会が指摘した佐賀県や古川康知事の
やらせへの関与を認めず、枝野幸男経済産業相が厳しく批判。
九電は再提出する報告書では第三者委の指摘を受け入れる方針だが、松尾氏は
「見解の相違はいまでもある」として、表現などをめぐって社内で検討を続けていることを認めた。
松尾氏は6月26日の原発説明番組をめぐるやらせ投稿の発端について
「九電が過剰反応してつくった知事発言メモが原因だ」との考えを改めて示した。
第三者委は古川知事の発言が「やらせに決定的な影響を与えた」としており、
関与をめぐる表現などについて、経産省と落としどころを調整したい意向と見られる。
2011年10月23日11時20分
http://www.asahi.com/na