
公開中の「はやぶさ/HAYABUSA」を観賞してきましたので、今日はレビューを兼ねてこの話題を。
これまで、日比野庵では、なんどか「はやぶさ」についてエントリーをしてきました。
こんなこともあろうかと、エンジン同士を繋いでおいた(小惑星探査機「はやぶさ」について 前編)
選手交代のない宇宙(小惑星探査機「はやぶさ」について 後編)
「はやぶさ」の耐熱技術
はやぶさ、おかえり・・・
「はやぶさ」小惑星イトカワの微粒子を回収に成功
これら予備知識を持っていたのですけれども、映画の「はやぶさ/HAYABUSA」は、また一段と素晴らしいものでした。
1.キャスト
「はやぶさ/HAYABUSA」は、ハリウッドの映画スタジオである"20世紀フォックス"が、企画開発から指揮をとる始めての邦画プロジェクトで、去年の6月に日本を訪れていた、フォックス・インターナショナル・プロダクションズ(FIP)のサンフォード・パニッチ社長が「はやぶさ」の話を知り、映画化に相応しい題材だと直感したそうです。
そこから、はやぶさの映画化のプロジェクトがスタートしたのですけれども、この映画の監督を務めた堤義彦氏は、「<はやぶさ>の物語ではなく、僕が作るのは人間のドラマです」と語り、キャスティングにも演出にも相当拘ったそうです。
映画に出てくる登場人物には、すべて、実際に<はやぶさ>運用に携わった、JAXAチームの方のモデルがいて、外見も演技も相当近づける拘りをしていました。堤監督は映画製作にあたってのインタビューに次のように答えています。
「・・・決めてからいろいろ調査しましたが、確かに「はやぶさが運用していた7年間の軌跡」は世界的な偉業で、ものすごく面白くて興味深い出来事なのですが、「それを支えていた学者や研究者のチームの人となりや人間味」といったものも調べれば調べるほど面白くて「じゃあ、もうこの人たちの完コピで行こうや」と言い切れるほどだったんです。それで「参加したい、やるんだ」と、自分も追体験し、見ている人にも追体験して欲しい、という気持ちになりました。」映画「はやぶさ/HAYABUSA」監督・堤義彦氏
堤監督は、以前から、撮影現場ですぐに簡単な編集までをして確認できる体制を取って撮影することで有名なのですけれども、今回の完コピ(完全コピー)においては、それが非常に有効だったそうです。
何でも、本来撮影が終わった後に延々とやる編集作業の何十%かを現場でやることで、プロデューサーに「どうですか、これで合ってますか」と見せたり、俳優に「皆さん訳も分からずにやっていると思いますが、こういうことです」と見せて「なるほど」と思ってもらうような意図があっての体制だそうで、今回は監修される学者、研究者の皆さんに必ず現場にいていただき、それを見て合っているかどうか判断して貰ったんだそうです。
たとえば、JAXAの管制室ひとつ取っても、本物は使用中のためロケでも使用できないことから、調布の日活スタジオに全く同じ大きさのセットを組んで、モニタ・コンピュータの数、天井の明かりの配置、壁の張り紙に至るまで完全コピーしたんだそうです。
管制室隣の第二運用室の壁に貼られたバスの時刻表を見つけた、<はやぶさ>プロジェクトマネージャーの川口教授も「本当にこういう感じでした」とお墨付きを与えた程で、そのあまりの完成度に、現場を訪れたJAXAスタッフ全員が「何分かいると、本当の管制室にいる気分になってくる」と驚いたそうです。筆者は、本物のJAXAの管制室でロケをしたと思っていました。
また、西田敏行演じる、的場先生が、管制室をモニタするカメラに向かってVサインをするシーンなどは、モデルとなった的川教授が完璧だと評したそうですから、相当なものです。
ですから、実際の<はやぶさ>プロジェクトも、この映画での映像イメージとほぼそのままだと受け取っても差し支えないのかもしれません。
キャストについては、実在のモデルと役者さんも外見から似ている人をキャスティングしていて、特に似ていると評判だったのは、やはり、川口プロジェクトマネージャーをモデルにした、川渕幸一役の佐野史郎で、本人は、現場で資料映像を見ながら、仕草まで真似するようにしたそうです。
筆者は、実在のモデルとそれを演じた役者さんの写真を並べてみたのですが、確かに非常によく似ています。
ただ一点、実在のモデルそのものがいなかった登場人物が、竹内結子演じる水沢恵で、彼女は、はやぶさ運用チームのカメラ班や広報スタッフの女性をミックスして作られているのですけれども、彼女の視点で、映画のストーリーを作っていることで、より一般の人にも判りやすく出来上がっていたのではないかと思いますね。
また、管制室のスタッフを演じていた人の中に、お笑いタレントの「夜ふかしの会」と「フラミンゴ」がいて、ある日、撮影現場で、彼らがJAXAネタでコントを披露し、その一部はメイキングにおさめられています。
2.GC・画像・演出について
映像については、まず、非常にCGが綺麗だったことが印象に残りました。宇宙空間でロケなんて当然出来る訳ありませんから、<はやぶさ>は全GCで作られているのですけれども、打ち上げシーンや打ち上げ直後に<はやぶさ>が太陽電池パネルを広げるシーンなど、動きが非常になめらかで、違和感がありません。近年のGC技術の進歩を感じましたね。
あと、感心したのは、<はやぶさ>が地球の引力を利用して加速する"スイングバイ"のシーンで、宇宙空間にターゲットスコープのような電子映像の輪っかを浮かべて、ドーナツ状に並べ、その中を<はやぶさ>が通過していくという演出が施されていました。おそらくは、地球から計算し、指示された予定軌道どおりに<はやぶさ>が通過していくことを表現したんだと思うのですけれども、上手いなぁ、と思いました。
また、打ち上げシーンや、<はやぶさ>の帰還シーンなど折々に"本物の"映像が使われており、映画をしてフィクションではないのだ、と気づかせてくれます。
<はやぶさ>は7年にもわたる長いプロジェクトだったのですけれども、映画では、雪や桜など季節感のあるカットを挟んだり、鬘を使用して、登場人物の髪の毛の量や白髪の増え方などで、時の流れを表現していました。佐野史郎演じる川渕先生なども、プロジェクトスタート時は、黒髪でした。
そのほか演出でいいなと思ったのは、火星探査機<のぞみ>のエピソードを入れたことですね。
<のぞみ>は、1998年7月打ち上げられた火星探査機ですけれども、火星へ約1,000 kmまで接近したものの、最終的には火星周回軌道への投入ができず断念しています。この<のぞみ>の運用チームに、後の<はやぶさ>チームのプロジェクトマネージャーとなる川口教授や、的川教授が携わっていて、その一部始終のエピソードが入っていました。
あの<のぞみ>のシーンがあったお蔭で、一段と<はやぶさ>に掛ける熱い思いが協調され、素晴らしい作品に仕上げているのだと思います。
また、いい演出だと思ったのは、打ち上げに際して、的場先生が各地の漁協との交渉に奔走するシーンがしっかりと描かれていたことですね。これは、打ち上げたロケットの1段目は付近の海に落ちるため、打ち上げ時には、漁船が入れなくなり、地元の漁業に大きな影響を及ぼすからで、そのため、当時、対外協力室室長だった的川教授はなんども、各地の漁協の方を酒の席で接待したんだそうです。
西田敏行は、コミカルかつ暖かい演技で、的場先生を演じていました。漁師さんと酒を飲んで、カラオケを歌うシーンで、的場先生が「兄弟船」を歌おうとして、漁連の会長の持ち歌だからと止められるシーンがあるのですけれども、実際は、的川教授は「兄弟船」を歌ってしまったとコメントしています。
的川教授はこうした接待がたたって、糖尿病を患われたらしいのですけれども、こういった水面下の努力の部分をしっかり描いたのは良かったと思います。
映画では、的場先生が文科省との予算交渉するシーンが何回か出てくるのですけれども、あれを見ると、実際の交渉でも相当苦心されたのだろうなと思いますし、あれも、的川教授だからこそできたのではないかとも思えてくるのですね。それくらい西田敏行演じる的場先生の人柄の暖かさが滲み出ていました。
3.印象に残ったシーン
また、印象に残ったシーンとしては、イトカワへの一回目の着地の際、高度ゼロになって、着地した筈なのに、そこから更に高度が下がって、マイナスになっていくシーンで、サンプル回収担当の田嶋先生が一人になって、何が起こっているか考えた結果、急いで<はやぶさ>をイトカワから離脱させるべきだと進言する場面があります。
田嶋先生のモデルは、サンプラーホーン開発を担当した矢野創准教授なのですけれども、矢野准教授は、その時の状況をこう語っています。
「まるで探査機が地下に潜っていくように見える状況で、でもそんなことあるわけない。じゃあこれは一体なんなんだ、そして次の一手はどうするんだ、早くしないと通信できなくなってしまうという状況で、川口先生から「ちょっとひとりで考えてみて」と言われたんです。
絶対時間としてはそんなに長くなかったと思います。10~15分くらいだったかもしれませんが、僕にとってはとても長い時間に感じられました。僕は理学の人間ですから、ネジ一本まで探査機を知り尽くしているわけではない。だけど、トレーニングの甲斐もあって、宇宙機を扱うすべてのシステムについて大枠は知っていて、自分はどこまでがわからなくて、わからないことは誰に聞けばいいのかはわかっている。
そして状況はわからないけど、「はやぶさ」に何が起きていると考えられるだろう、そのケースに沿って「はやぶさ」を救うとしたら何をすればいい、と僕なりに考えて出した答えは、川口先生と同意見でした。
最終決断をするのは川口先生と、探査機を熟知しているNECのシステム担当の方。どちらも考えはまとまっていて、川口先生は僕の答えを聞いて、「そうだよね。じゃあ、やろうか」と。最大能力で緊急離脱。持てる力で、とにかく地球側にジャンプさせようと。」
映画では実に淡々とトラブルを乗り越えて、実際も傍目からはそう見えたかもしれませんけれども、内心は気が気でなかったと思います。あれも熱いシーンでした。
更には、<はやぶさ>帰還の際、イオンエンジンDが壊れて、イオンエンジンAとBをニコイチで動かす際の、鶴見辰吾演じる喜多先生も良かった。窮地を救う、バイパス回路を仕込んでいたという、大ホームランをしたのに、川渕先生に今まで黙っていたことを「すみません」と謝るところ、そして、バイパス回路を仕込んでいたことを知らされたスタッフの、安堵と驚嘆が入り混じった反応。最高のシーンでしたね。
このイオンエンジンのニコイチ運転については、イオンエンジン開発担当で、鶴見辰吾演じる喜多先生のモデルとなった國中教授は、学会誌(J. Plasma Fusion Res. Vol.86)で、次のように述べています。
2009年11月,軌道計画上でより高い推力が必要となったため,温存していたイオンエンジンD の再点火を試みたが,プラズマは点火するもののイオンの加速ができない状態に陥った.このとき,イオンエンジンD の中和器電圧が異常に高い値を示しており,この中和器が完全に劣化してしまったことが判明した.復旧運用で,イオンエンジンA とBについても単体での起動を試みたがすべて失敗に終わり,地球帰還が危ぶまれる事態となった.しかし,「こんなこともあろうかと」回路中に追加したバイパスダイオードと,それぞれの中和器が個別の電源を持っていたことが功を奏し,イオンエンジンB のイオン源とイオンエンジンA の中和器を組み合わせた作動モード(我々は「クロス運転」と呼んでいる)で加速を開始し,窮地を脱した.イオンエンジンA はイオン源の不具合により,数時間しか作動させていなかったため,中和器はほぼ新品のままであったことも僥倖であった。J. Plasma Fusion Res. Vol.86 イオンエンジンによる小惑星探査機「はやぶさ」の帰還運用より
「こんなこともあろうかと」というのは劇中でバイパス回路を説明する喜多先生が喋ったセリフだったのですけれども、モデルの國中教授自身が使われていたのですね。
最後に<はやぶさ>が地球に帰還してくるシーンでは、これまでの数々シーンが思い出され、胸に迫るものがありました。映画を見ただけでそう思うのですから、実際に<はやぶさ>を運用されたスタッフの方はより一層のものがあるのではないでしょうか。
田嶋先生役の山本耕史は、<はやぶさ>帰還シーンを撮り終えたとき、実際の<はやぶさ>プロジェクトメンバーの一員でもあり、モデルとなった矢野准教授の奥様から、「あの日を思い出した」と感極まって号泣された、とコメントしていますから、やはりそうなのでしょう。
あれだけのドラマが全て現実のものであり、決してあきらめない心がそれを乗り越える。はやぶさと一緒に成長してゆく。
この「はやぶさ/HAYABUSA」は、そうしたことを伝える、よい映画だと思います。
「アメリカにしろ中国にしろ、宇宙先進国の元首というのは、必ず宇宙開発について演説で触れますけど、日本の総理大臣の演説には出てこない。」JAXA名誉教授 的川泰宣氏

この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
最後の的川氏の一言で日本の現実に戻った.
原発推進させたJAの責任問題を問う
その経費を3県に請求する手続きを進めている。朝日新聞社の調べでは、
これまでに22都県が約44億円を請求し、今後も増える見込みだ。
災害救助法に基づく手続きで、最終的には国が費用の大半を負担する見通しだが、被災県に請求することに疑問の声も出ている。
厚生労働省によると、こうした請求は1995年の阪神大震災でも例がない。今回は厚労省が同法の規定を踏まえた
積極的な救助を都道府県に要請したことが影響したとみられる。
県別請求額一覧
http://www.asahi.com/national/gallery_e/view_photo.html?national-pg/1008/TKY201110080232.jpg
http://www.asahi.com/national/update/1008/images/TKY201110080232.jpg
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1318183265/
当然であろう。
特に、フクシマ県に対しては