カナダのトロント市に本部を置く、民間軍事研究機関・漢和情報センター(KWIC)は、11月22日、空母開発を進める中国が、艦載機の着艦に不可欠な機体制動用ワイヤをロシアから購入しようとして拒否されたことをロシア当局者らの話として明らかにした。
漢和情報センターによれば、中国は、ロシアに対して、2007年の段階で、機体制動用ワイヤ4セットの売買交渉をしていたそうなのだけれど、ロシアは、中国がロシア製戦闘機「スホイ33」をコピーして艦載機「殲15」を製造していることへの不満があり、売却を拒否したという。 漢和情報センターは、これにより、「中国の空母開発計画は大きく妨げられる」としている。
空母への着艦というのは、実はノウハウの塊だったりする。
今の艦載機の機体重量は平均20トンあり、着陸時でも約240kmの速度がある。そんな機体をわずか数百メートル程度の空母甲板上で制動を掛けて停止させるのは、着陸脚のタイヤのブレーキでは間に合わない。
だから、艦載機には、タイヤのブレーキとは別に急制動を掛けるために、艦載機にアレスティング・フック (arresting hook) と呼ばれる、機体尾部下方に装備される可動式の機体制動用拘束フックを、空母の着艦用甲板後部に、艦載機の進行方向に対して直角に、左右に張った、アレスティング・ワイヤと呼ばれるワイヤに引っかけて、急ブレーキをかけ、短距離で停止させる仕組みを持っている。
今回、中国がロシアに売却を断られたのは、このアレスティング・ワイヤで、このワイヤがないと、空母へ着艦することはできなくなる。
たとえば、F18ホーネットの着艦は次のように行われる。
1.空母上空を一周旋回して、右舷後方から高度約250m、時速600kmで接近。アレスティング・フックを下ろす。
2.空母を一度通過して、左へ180度ターン。着陸脚を降ろして、時速450kmに減速。
3.空母の左舷を通過したら、再び180度ターンして、機体を着艦エリアに向ける。
4.着艦誘導電波をキャッチしたら、着艦誘導士官(パドルス)の指示に従い着艦する。
5.着艦直前にパイロットは、エンジンをフルスロットルにして機体を加速する。
6.フックがワイヤに引っ掛かっていれば、ワイヤの力で強引に甲板に引き下ろされ、着艦成功。
7.ワイヤにフックが引っ掛からなければ、着艦は失敗で、加速した機体はそのまま離陸し、再度やり直し。
とまぁ、空母への着艦は、ワイヤーで無理矢理、空母に引きとめるという「力技」によって行われている。アレスティング・ワイヤにフックが拘束された時は、急速なGがパイロットを襲い、その負荷は、1.5トンにもなるという。
アレスティング・ワイヤは、ピンと張ったまま固定されているわけではなくて、甲板の下にアレスティグ・エンジン・ルームというものがあり、艦載機がフックでワイヤーをとらえた瞬間にワイヤーを繰り出し、アレスティング・エンジンの油圧ポンプがワイヤーに張力を与える仕組みになっている。
つまり、フックが引っ掛かった瞬間はワイヤのテンションを緩め、その後拘束力が働くようになっていて、さらに、着艦する機体の状態に合わせて、ワイヤのテンション等を細かくコントロールするという。
要するに、アレスティング・ワイヤの運用には、相当なノウハウが必要だということ。
そして、アレスティング・ワイヤが機体のアレスティング・フックを引き戻す力は50トンにもなるというから、当然、ワイヤにもそれなりの強度が求められることになる。
アメリカ海軍の仕様では、アレスティング・ワイヤ単体の強度は、最新仕様(MOD4)で約97トン、ワイヤ直径はわずか3.65cmという厳しいもので、しかも、テンションを調節したり、ワイヤを繰り返し巻き取ったりすることから、ワイヤは金属ではないそうなのだけれど、具体的な素材が何かについては、軍事機密となっていて分からない。
それでも、着艦の際、アレスティング・ワイヤにきちんとフックが掛かったにも関わらず、ワイヤが切れて、機体が空母甲板を通過して海に落下する事故も起こったりするという。
着艦の際、空母甲板後部にある数十メートルの着艦エリアに通常4本張られた、アレスティング・ワイヤのどれかにアレスティング・フックを引っかけて、ブレーキを掛け、着艦するのだけれど、アメリカ海軍では、後ろから3番目のワイヤにフックをひっかけるのが理想的な着艦とされ、この後ろから3番目のワイヤーに引っかけて着陸を続けた優秀なパイロットは「Tailhooker」なるワッペンが授与されるそうだ。それほど、空母への着艦は難しい。
したがって、空母艦載機のパイロットには高度な技能が要求され、アメリカ海軍では、艦載機パイロットの資格として発着艦技能資格制度を採用していて、更には、長期間の休暇後、空母に帰艦するパイロットには、陸上での着艦訓練(Field Carrier Landing Practice = FCLP)を課している。
着艦訓練では、滑走路の一部を空母の飛行甲板に見立て、滑走路の定められた一点を基点に離着陸を繰り返す。これは、いわゆる、タッチ・アンド・ゴーと呼ばれるもので、機体の車輪が滑走路に着くと同時にエンジン全開で離陸する訓練。
特に、夜間における着艦は、最も高度な技能が必要とされ、たとえば、厚木基地での着艦訓練は、日没後から22時ぐらいまで行われることが多い(夜間連続離着陸訓練:Night Landing Practice = NLP)。アメリカ海軍では、空母が出港する前にパイロットは、平均24回のタッチ・アンド・ゴーをおこなうことが義務づけられているという。
中国は、ウクライナ海軍航空隊訓練センターで艦載機パイロットの訓練を行っていたのだけれど、このセンターは、スキージャンプからの発艦とアレスティング・ワイヤによる着艦及び緊急対応の訓練をするシミュレーターを備えているから、中国はアレスティングワイヤによる着艦を前提にしていた筈で、それが今回購入できなかったということは、かなりの打撃だと思われる。
たとえ、中国が、アレスティング・ワイヤを自作しようとしたとしても、唯でさえ、細くて強度が必要な上に、おそらくは、ウクライナ海軍航空隊訓練センターのシミュレーターに登録されているアレスティング・ワイヤと同等のスペックでないと、これまで中国軍がおこなってきた、シミュレーターによる着陸訓練そのものの妥当性も失われるから、事は、単純にワイヤが買えなかったという問題に留まらない。
いくら中国が空母を建造しても、艦載機が着艦できなければ、それは、最早、空母ではない。確かに、漢和情報センターのいうように、「中国の空母開発計画は大きく妨げられる」可能性は高い。


空母開発を進める中国が、艦載機の着艦に不可欠な機体制動用ワイヤをロシアから購入しようとして、拒否されたことが22日、分かった。民間軍事研究機関、漢和情報センター(本部カナダ)がロシア当局者らの話として明らかにした。購入失敗で「中国の空母開発計画は大きく妨げられる」としている。
ワイヤは甲板に設置され、艦載機の機体フックを引っかけて急停止させる仕組み。製造には特殊な技術が必要で、中国の空母はワイヤ装備のめどが立たなくなっているもようだ。
同センターによると、中国側とロシアは2007年にはワイヤ4セットの売買交渉をしていた。ロシア側の拒否理由の一つに、中国がロシア製戦闘機「スホイ33」をコピーして艦載機「殲15」を製造していることへの不満があるという。(共同)
URL:http://sankei.jp.msn.com/world/news/111123/chn11112300130000-n1.htm
この記事へのコメント
mayo5
お邪魔しました。
ちび・むぎ・みみ・はな
それにしても arresting wire ね.
あちらさんのネーミングは何とも.
美月
戦闘機が如何に厳しい条件で運用されているかが良く分かりました。このような苛酷な運用条件だと、戦闘機の喪失も劣化も早いはずだと、そちらの方でも大変納得いたしました。それにしても、着艦用のワイヤって何で出来てるんだろうと不思議です。失敗例の動画をじーっと見ていると、どうもワイヤは、戦闘機にくくりつけられている方がちぎれやすい傾向を持っているみたいですね(空母側でワイヤを固定する部分は、さすがに頑丈なのでしょうか…)。
(失敗例の動画では、ちぎれて跳ね飛んだワイヤで人が吹っ飛んでいたので、さらにビックリしました。確実に骨折していそうな勢いですが、大丈夫なのかなとハラハラ…汗)
確かに、中国の脅威を感じている国々にとっては、中国軍がこのような技術をモノにすることは、恐怖だろうなと思いました(中国軍が本当に必死で努力しているのならば、いずれにせよ、いつかは、着艦の技術を手に入れるかも…ですが…)
黒騎士
Su-33のコピーも巧く行ってないという話ですし。
着艦ケーブルがない、そもそも艦載機が無いという状況では
単なる無駄遣いでしかない。
変に色気出さず、全てロシアにちゃんと金払って購入していれば
歴とした空母が持てたでしょうにねぇ。
まあ、周辺国には朗報です。
ただ、開き直ってヘリ空母として使われるとちょっと厄介。
あいつに攻撃ヘリ搭載して、尖閣沖の公海上に浮かべられると
ちょっと対処に困ります。