X線天文衛星「すざく」が、Abell2256という銀河団をX線で観測し、大小二つの銀河団が秒速約1500kmという高速で衝突している証拠を捉えたとの報道があったけれど、これについて。
1.さそり座X-1
20世紀半ば頃から、天文学は急激な発展を見せているけれど、その理由は、電波や赤外線、X線といった人間の目で捉えることのできない波長の光で宇宙を観測できるようになったことが大きい。
それまで観測しつくしていたと思っていたところでも、新しい現象が次々と発見されたことにより、可視光で観測していたものは、宇宙のほんの一部であったことが明らかになってきた。
X線天文学もこうした新しい分野の一つなのだけれど、X線は一般に、数百万度から数億度というとてつもない高温のガスから放射される。このような天体では原子や電子が非常に高いエネルギーを持っており、激しく活発な活動をしている場所と考えられている。
宇宙のX線源が最初に発見されたのは、1962年のことで、アメリカが打ち上げた観測ロケットに搭載されたシンプルなX線検出器が、さそり座にとんでもなく強いX線源があることを検知した。
そのX線源は、さそり座の左ひじ付近にある星で、「さそり座X-1」と名付けられた。「さそり座X-1」の地球からの距離は9,000光年程度と考えられており、実視等級は12.2等という暗い星なのだけれど、X線は可視光の放射強度の1万倍強く、X線の放射エネルギーは太陽の全波長での放射エネルギーの10万倍に達するというとてつもない強度を持つ。現在、宇宙全体から太陽系に届くX線の3分の1は、この星からのものだというからその凄さが分かるだろう。
「さそり座X-1」は、太陽質量1.4倍程度の中性子星と、太陽質量半分以下で、太陽と赤色矮星の中間にあたるK型主系列星の伴星から成っている。
これらの2つの星は約19時間の公転周期を持っていて、互いの距離は100万km程度しかないとされ、非常に近接しているがために、中性子星の膨大な潮汐力により伴星は主星である中性子星に向かって引き裂かれるように膨大なガスを放出し続けている。
その量は、毎秒数千億~1兆トンにも及ぶと見られ、理論上、25~30万年程度で全て吸い尽くされてしまう計算になるそうだ。
伴星から主星に膨大なガスが流れ込む関係上、主星の周囲には分厚い降着円盤が形成されていて、放出ガスの最も高い部分は数千万度にも達すると考えられている。
このように、可視光以外の波長で宇宙を観測できるようになったことで、それまで何もないと思われていた場所でも様々な現象が起きていることも分かるようになり、超新星爆発やブラックホール、また、活動銀河核や銀河間の高温のプラズマといった現象が星の生成や、銀河団や宇宙の大規模構造といった宇宙の構造や進化に大きな影響を与えていることも分かってきた。
今では、宇宙の90%はX線でしか観測できないとも言われている。
2.X線天文衛星「すざく」
地球には、宇宙から、非常にエネルギーの高いX線(30keV以上)が降り注いでいるのだけれど、地球の大気に吸収され、地球表面まで達するX線はない。そのため、宇宙からのX線を観測するためには、X線の検出器は大気圏外まで持っていかなくてはならず、必然的にロケットや気球、人工衛星に載せて観測することになる。
だけど、ロケットでは、大気圏外に出てから地球に向かって落ちるまでの数分間しか観測できない欠点があり、また、気球では、高度35kmくらいまで上げられるものの、その程度の高度では、X線スペクトルの多くは大気に吸収され、エネルギーで35keV以下のX線は気球には届かない弱点があり、観測域が限定される。
従って、現在のX線観測は人口衛星が使われるのが普通になっている。
今回の銀河団の衝突を捉えた「すざく」は、JAXAが5番目のX線天文衛星として、2005年7月10日に打ち上げられたX線天文衛星で、直径2.1 m、全長6.5 m、太陽パドルを広げると5.4 mの幅をもつ日本の科学衛星としては、大型衛星にあたる。
「すざく」の観測対象はX線なのだけれど、X線の波長は1nmから0.01nmで、可視光線の1000分の1から10万分の1。またX線は、レントゲンなどで使われるように、透過力が高く、屈折しにくいという特徴を持っているため、普通の望遠鏡のように、レンズで集めたり、鏡で反射させたりして集光することが難しい。
厳密にいえば、レントゲンや空港の手荷物検査などで使うX線の波長は0.01nmぐらいで、透過力が強く、人間の体も突き抜ける一方、波長が1nmあたりのX線の透過力はそれほど高くない。前者のX線は硬X線、後者のそれは軟X線と呼ばれているのだけれど、「すざく」には、5つの軟X線検出器と1つの硬X線望遠鏡が搭載されている。
軟X線望遠鏡は、5つのX線反射鏡(XRT)と5つの焦点面検出器(4つのXIS検出器と1つのXRS検出器)から成っている。XISとは、X線CCDカメラのことで、0.4~10keVのエネルギー帯域をカバーし、4台のCCDカメラを合わせると、高エネルギーX線に対して、世界でも最大級の有効面積を持つのだそうだ。
そして、XRSは、「X線微少熱量計」と呼ばれるセンサを用いたX線分光装置(X線マイクロカロリメータ)を並べたもので、日米国際協力によって開発が進められた。この検出器は、絶対温度約0.06度の極低温に素子を冷すことで、X線入射に伴う素子の微弱な温度の上昇から入射X線のエネルギーを極めて精度良く決めるという原理で動作し、X線の分校能力、すなわち、「X線のエネルギー(波長)を見分ける能力」に優れ、X線CCDカメラ比べて20倍以上の分光精度を持っている。
ただ、残念なことに、2005年8月8日、XRSで使用している液体ヘリウムが消失するという不具合が発生し、このXRSによる観測は現在不可能になっている。
3.プラズマ構造の衝突速度を観測
宇宙の星々はそれぞれ集まって、銀河を作っていることはよく知られているけれど、その銀河もまた、個々の銀河同士が集まって、銀河団という集団を作っている。
銀河団には数十個から数千個の銀河が含まれ、可視光で観測すると、銀河団は互いの重力によって銀河が引き合っている集団のように見える。だけど、銀河団内の銀河の運動速度は、銀河同士の重力だけでは説明できないくらい速いことから、可視光では観測できない別の質量成分が存在するのではないかとされていた。
1960年代になって、銀河団からX線放射が見つかり、そこに高温のプラズマが存在することが発見されたのだけれど、その後の観測で、プラズマの質量は星の総量を超えており、このプラズマが宇宙の通常物質の主要成分であることが明らかになった。
プラズマの温度は1000万度から1億度というとてつもない高温なのだけれど、星よりも多くの質量をもつ星間物質を、どうやったらここまで加熱させることができるかについて、多くの天文学者は小さな構造同士が衝突・合体を繰り返して、より大きな構造へと成長する過程でプラズマが加熱されたと考えているという。
これまでの観測では、プラズマの温度分布はよく調べられてきたのだけれど、その元になったと銀河団プラズマの運動については、 X線画像の解析から銀河団プラズマの形状の微妙な変化から推定することしかできなかった。
今回「すざく」が観測したAbell2256は、こぐま座にある、大小の二つのプラズマ構造を持った銀河団で、その二つのプラズマ構造が、合体する途中にあるようにみえる、いわゆる「衝突銀河団」の代表とされる。
「すざく」は、優れたX線分光能力を使って、二つのプラズマ構造の速度を精密に測定して、その運動状態をとらえることに挑戦した。その結果、大小二つのプラズマ構造はおよそ1500 km/sという高速で衝突していて、数億年後には合体すると予想されることが分かった、というのが今回の報道。
銀河団プラズマの速度を測定したのは、今回が世界初で、「すざく」の観測精度が世界最高レベルであることの証明でもある。
今後も「すざく」による、宇宙の謎に迫る発見を期待したい。

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