脳に知識を生じさせる技術 - デコーデッド・ニューロフィードバック
ボストン大学と日本の脳情報通信総合研究所は、脳に知識を「生じさせる」技術を開発したと発表した。
1.DecNef法とMRI
これは、脳情報通信総合研究所が、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの課題『日本の特長を活かしたブレインマシンインターフェースの統合的研究開発』として、研究開発を進めてきたもので、「DecNef法」(Decoded Neurofeedback)と呼ばれている。
この技術は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)のデータから脳内情報を解読し、それを短時間で脳に報酬としてフィードバックして、特定の空間的脳活動パターンを誘起する方法で、薬物などは一切使わず、眠っている状態でも利用が可能なのだという。実際、ボランティアを募って行われた視覚能力テストでは、DecNef法を利用した人の方が利用しなかった人より、テストスコアが良かったという結果を得ている。
人の考えていることは、その人の脳の活動をスキャンすることで知ることができる。
2010年11月、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)のエレナー・マグワイヤ氏らの研究によるもので、マグワイヤ氏らは、「機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)」を用いて、ひとつひとつの記憶と関連した 脳活動を特定し、さらに、それをもとに思考のパターンを特定できることを発表している。
マグワイヤ氏らは、10人の被験者に対し、3本の短編映画を見せたあとで脳をスキャンする実験を行った。3本の映画はよく似たごくふつうの生活の場面を撮影したもので、別の女優が出演していたのだけれど、それらの映画を見た後、被験者はそれぞれの映画を思い出すよう促され、同時に脳をスキャンした。
スキャン結果はコンピューターによって画像化処理が行われ、それぞれの映画の記憶に対応する脳活動のパターンを識別したところ、脳の画像パターンから被験者が、3本の映画のうちのどの映画を想起しているかを正確に特定できたのだという。
この研究結果は、人が過去の記憶のうちどの記憶を呼び起こして いるかを、脳活動のパターンだけで特定することができることを示唆していて、マグワイヤ氏は、脳の海馬において、ぞれぞれの記憶が異なった形で表されていることをつきとめたとコメントしている。
近年、人間の脳機能に関する興味深い成果が数多く出ているのだけれど、その背景には、身体を傷つけずに脳の形態や活動を見る技術の発達がある。「機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)」による磁気共鳴画像法もそのひとつ。
普通、体内を画像でみるといえば、コンピュータ断層撮影、すなわち、病院によくあるCT(Computed Tomography)をイメージするかもしれないけれど、体内を見る方法はCTだけとは限らない。
一般のCTの多くは、X線を使ったX線CTのことを指すことが多いのだけれど、X線CTでは、検査機を身体の周りを一周させて、X線をいろんな方向から照射した結果得られるX線画像をコンピュータ処理して、立体的な映像を再構成している。
これに対して、MRI(Magnatic Resonance Image)、すなわち、磁気共鳴画像とは、人体に磁場を掛けることで得られる断面画像。人間の体の約7割は水で構成されていると言われているけれど、水は、水素と酸素から出来ている。MRIはこの水素を利用する。
人体を一定の強さの磁場の中に置くと、人体の中の水素原子核は、バラバラな方向にスピンしていた状態から、磁場と同じ向きの安定な状態(αスピン)と逆向きの不安定な状態(βスピン)に分かれてしまう。そして、磁場をなくすと、また元の状態、すなわち、バラバラな方向にスピンする状態になるのだけれど、その元に戻るまでの時間は人体の組織ごとに異なっている。
MRIは、この復帰時間の差を測定し、コンピュータ処理することで立体画像を得ている。勿論、この方法は水素原子核以外でも可能なのだけれど、人体にふんだんにある水素以外の原子を使うのは、その量が水素と比べて少ないこともあり難しい。
※実際のMRIでは、「静磁場」、「回転磁場(ラジオ波)」、「傾斜磁場」の3つの磁気が用いられる。
2.機能的磁気共鳴画像装置
さて、今回の「DecNef法」で使用される、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI:functional Magnatic Resonance Image)は、水素原子核ではなくて、血液中のヘモグロビンの磁気をキャッチすることで映像を得る装置で、1992年、当時アメリカのベル研究所に在籍していた、東北福祉大学特任教授の小川誠二氏が開発した。
ヘモグロビンは体内の隅々に酸素を運ぶ役割をしているのだけれど、このヘモグロビンには、鉄が含まれている。当然のことながら、鉄は磁石に吸いつけられて自分自身も磁石になる磁性体なので、MRIのように磁気が掛かっているところでは、自分も磁化してしまって、MRIの磁気を乱してしまい、ヘモグロビン周囲のMRI画像を暗くしてしまう。
ところが、ヘモグロビンが肺から酸素を受け取ると、ヘモグロビン内の鉄と結びついて、酸化ヘモグロビンとなるのだけれど、この酸化によって、鉄の磁性体としての影響も消えてしまい、MRI画像は暗くならない。
血液中のヘモグロビンは、毛細血管内で酸素交換して、体内の組織に酸素を渡している。酸素を渡したヘモグロビンは、還元されてしまって、また再びヘモグロビン内の鉄によって磁性を持つことになる。このようにヘモグロビンと酸素の結合の程度によって、MRIの画像の明るさが変化するのだけれど、この現象をボールド効果と呼ぶ。
人間の脳の重さは、1200~1500グラム程度で、体重に対する脳の占める割合は大したことないのだけれど、脳にある血液量は半端じゃない。
脳には、心臓から拍出される血液量の15%があり、1日に消費する酸素の量は約120リットルで、肺が摂取する全酸素量の20%を占めている。これは脳細胞が、体の細胞に比べて平均約7倍の酸素を消費するためなのだけれど、これは、脳が一番、ボールド効果を起こしているとも言える。
脳には多くの神経細胞があるのだけれど、神経細胞が働くためにはヘモグロビンによって運ばれて来た酸素が使われる。従って、神経細胞のまわりの毛細血管には、酸素と結びついたヘモグロビンと、酸素を放出したヘモグロビンとが混じり合った状態になっている。
このとき、脳のある場所のはたらきが活発になると、そこへの血流が増え、酸素と結合したヘモグロビンがたくさん運びこまれることで、酸素を放出したヘモグロビンはどんどん押し出されてゆく。その結果、脳活動が活発な場所に、酸化ヘモグロビンが集中して、MRIの画像は明るく変化する。
この変化は、当然、脳の活動と連動するから、たとえば、被験者に休憩を入れながら、手を握ったり開いたりするという運動を行ってもらい、このときの脳をfMRIで測定して、fMRI画像の中で、運動しているときと同じタイミングで"変化"している部分があれば、その部位は運動に関係していると判断できる。
このように、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を使うことで、脳の機能部位を正確に測定することが可能になった。今では、現fMRIを用いた研究論文が、世界中で沢山発表されている。
3.人間とロボットを分かつもの
機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で、脳の機能部位を正確に測定できるようになると、今度は逆に、外部から脳を"特定のパターン"に刺激することで、知覚能力などを変化させられないかという発想が出てきてもおかしくない訳で、今回のDecNef法も、この外部からの刺激によって、脳機能の向上および変化を生み出す技術だと思われる。
脳情報通信総合研究所は、このDecNef法について、神経科学において、因果関係を証明する画期的な実験手法になると期待しており、視覚と学習に限らず、意識、自由意志、意志決定、運動学習、神経経済学、社会神経科学、疾病の理解など様々な脳科学・神経科学の重要な問題に適用されていくだろうとしている。
また、脳活動の空間パターンを誘起し、新しい原理に基づくリハビリテーション法、運動・スポーツ訓練法、精神・神経疾患の治療法などの基礎になるとしている。
一部報道では、このDecNef法を使って、脳活動パターンを変化させる信号を脳に送り込み、脳活動パターンを世界ナンバーワンのサッカー選手者やチェスプレイヤーなど、欲しい技術を持つ人の脳活動パターンにするだけで、脳にその技術を「ダウンロード」できるようになるかもしれないとしているけれど、同時に、「努力」や「修行」という言葉の概念も大きく変わるかもしれないと指摘している。
以前「人として生きるということ」というエントリーで、人間とロボットを分けるものについて考察したことがあるけれど、筆者は人間とロボットを分ける差は、自分の人生を主体的に生きることができるか否かにあると考えている。
確かに、この技術は、リハビリや精神・神経疾患の治療に役立つ素晴らしいものになる可能性を秘めているとは思うけれど、その人の人生の主体性を奪わない方向で、有意に使用されていくことを望みたい。
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まさにマトリックスの世界! 将来新しい技術を脳に「ダウンロード」できるようになるらしい 2011年12月14日
これから武道、航空機の運転、言語などありとあらゆるものの習得方法が激変するかもしれない。というのも将来、脳にその技術を「ダウンロード」できるようになるかもしれないからだ。
映画『マトリックス』に登場するようなこのスーパー技術を発表したのは、ボストン大学と日本のATR脳情報研究所の科学者たち。彼らは機能的磁気共鳴装置というものを使って、脳活動パターンを変化させる信号を脳に送り、知識を「生じさせる」技術について研究してきた。
これは視覚皮質を通して起こるものであり、専門家たちはこの画期的な脳科学の方法を「Decoded Neurofeedback」もしくは「DecNef法」と呼んでいる。このDecNef法では薬物は一切使われず、眠っている状態でも利用できる。
必要なことは、利用者の脳活動パターンを世界ナンバー1のサッカー選手者やチェスプレイヤーなど、欲しい技術を持つ人の脳活動パターンにするだけ。
DecNef法に関して、研究に参加しているボストン大学のワタナベ・タケオ氏は「成人の初期視覚野は、視覚認知学習を行うのに十分な柔軟性を持っています」と話しており、その技術に向けられる期待は大きくなっている。
ちなみに、実際にボランティアの人たちに協力してもらい、視覚能力テストを行ったところ、この技術を利用した人の方が利用しなかった人より、そのテストスコアは良かった。
未来に様々な夢を抱かせてくれる今回のDecNef法。しかしこの技術が本当に誕生したら、人々の生活だけでなく、「努力」や「修行」という言葉の概念も大きく変わることになるのかもしれない。
URL:http://rocketnews24.com/2011/12/14/162531/
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白なまず