有益と昂揚と煽り

 
現代ビジネス1月11日付で掲載された神戸女学院大学の内田樹名誉教授の「呪いの時代に」とい記事が話題になっているようだ。

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内容を掻い摘んでいうと、「現代日本社会は、憎悪や嫉妬といった『呪い』の言葉がネット世界から現実の社会全体に広がっている。呪いは、一個の記号として扱った人間に投げかけられ、呪いの言葉を吐く者は、その全能感から逃れられなくなる。自己評価が高い人達は、その高すぎる自己評価と低すぎる外部評価の落差を埋めるために、呪いの言葉に手を出すようになる。しかし、呪いを発する人間は相手の生きる気力を奪うだけでなく、それ以上に、自分の生命力も傷つける。この呪いを解くには、弱さや愚かさ、邪悪さを含めて『このようなもの』でしかない"
正味の自分"を受け容れ、自分を『祝福』するしかない。」というもの。

これについて筆者は、2008年8月に「格差について考える」というエントリーで述べたことがあるのだけれど、その内容も殆ど内田樹氏と同じであるので、特にコメントすることはない。

格差について考える(前編)
格差について考える(後編)

だけど、内田樹氏の指摘する「呪い」の言葉がネットにどう溢れているかについて、少し考えてみたい。

ブログなどのネット上の記事というものを、読む側からみた場合、筆者は大きく、3つに分類されるのではないかと考えている。

ひとつは「役に立つ記事」、もうひとつは「読んで気分が良くなる記事」、そして最後に「煽る記事」。

「役に立つ記事」というのは文字通り、情報価値がある記事のことで、余り知られていない貴重な情報であったり、知っておいて損はない、或いは、得する情報などがある記事のこと。「読んで気分が良くなる記事」というのは、読むことで元気が出たり、慰めになったり、感動したり、或いはガス抜きになったりするもの。

そして、最後の「煽る記事」というのは、何らかの目的を達成するために、人々を意図した方向に誘導することを狙った記事。残念ながら世の中には、この種の記事も少なからず存在する。

ネット上では、これら3種類の記事がごちゃまぜに存在しているのだけれど、それらのどれをどれくらいの頻度で読むかによって、受ける影響に微妙が差が生まれてくる。なぜなら、これら3種類の記事は、それぞれ人の心にアプローチするポイントが異なっているから。

人の心の作用として、知・情・意の3つがあるとは良く言われることだけれど、これら3種類の記事はそれぞれ知・情・意のどれかに強く訴えかける。

「役に立つ記事」には、そのベースに情報があり、その情報そのものに価値があるから"役に立つ"と認識される。故に、それは、読んだ人の心の「知」の領域にアプローチしている。

次に「読んで気分が良くなる記事」は、小説や詩、又は歌などのように、読んだ人を感激させたり、感動させたりして心を揺さぶっていくのが基本だから、それは人の心の「情」の部分に強く訴えかける。

そして「煽る記事」というのは、人々を意図した方向に誘導し、その気にさせるという目的があるから、そこには必ず「何々しなければならない」という結論が存在する。そして、その意図した方向に人の心の「意思」を向けさせようとするのだけれど、大抵は人々の「不安」を煽る記事になることが多い。



なぜなら、不安に駆られている人がそれを解消しようと思い、行動するのは当然のことであるから。その意味では、不安を煽るという手法は、人間の生存本能を利用した部分があるといえる。

したがって、「煽る記事」は、目一杯、人の不安を駆り立ててから、"それっぽい"生存への道筋を示してやることで、人々を一気にそちらの方向に誘導しようとする。

ただ、まぁ、現代のように情報化が進んだ社会になると、単純に"何々せよ"と煽っても、一般人でもそう易々とは引っかからない。だから「煽る記事」は往々にして、自分に"都合のよい情報"と"市井の人の声"といったものを付け足して、それらしき記事を仕立て上げ、「知」と「情」にも訴えかけることで効果を発揮しようとする。

例えば、こちらの「Jの衝動書き日記」というブログでは、「煽り記事の作り方」というエントリーで、現代ビジネスの放射線量についての記事が、一読すると、ふざけるなという気分にさせるけれど、その根拠の部分について、肝心な部分の注意書きを載せていないと指摘し、放射線量について印象操作しているのではないかと述べている。

また、こちらの「たつをの ChangeLog」というブログでは、先の放射線量の記事について、自然界からの放射線量を無視していると指摘している。

とまぁ、このようにちょっと注意深く読めば「煽り記事」とて、そのカラクリが直ぐにばれてしまうのだけれど、自分が知らない領域であるとか、あまり関心が無い領域で、こうした煽りをされると、知らず知らずのうちに引っかかってしまいかねない。

特に今は、福島原発事故による放射能汚染関係で、様々な意見が飛び交っているから、よくよく気をつけないと、うっかりと煽られてしまう危険がある。

こちらの「天漢日乗」というブログでは、「被災地の方に積極的に発注します 放射能の恐怖を煽るblog記事1本500円 4本書いてください」という募集があるという記事を載せている。

筆者には、こんな募集が実際にあるのかどうか俄かには信じがたいのだけれど、万が一、本当ならば、こうした不安を煽って得する誰かが居るということなのだろう。

メディアリテラシーが大事だとはよく言われることだけれど、筆者自らも注意したい。




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この記事へのコメント

  • 白なまず

    悪の構造:何らかのグループ(組織など)で主導権を取ろうとする場合、自らの主張を流布し理解させて、その論理の中に取り込むと相手は信じて疑わなくなる。組織で偉く成りたいばかりに悪と知りながらも相手を蹴落とす為に平気で嘘をつき、子分どもを従わせる馬鹿なお山の大将や、新興宗教の教祖の教義、マスゴミのミスリード。全てこの世の呪いですね。自らは決して悪の暗黒面へ行かないぞ宣言ご立派です。まあ、悪の力で地位を築いても後から来るより強力な最悪の力で滅ぼされる道理ですから。最初から悪の力である「呪い」を使わないのが一番ですね。人を呪わば(墓)穴二つですよ。クワバラクワバラ。
    2015年08月10日 15:26
  • ちび・むぎ・みみ・はな

    本人が自覚しているかどうかは知らんが,
    全てを否定するのは社会主義革命戦術の一つ.

    国の文化は「その国の道理」の上に築かれる.
    そして, 道理が否定されれば国は滅びざるを得ない.
    昔の米国左翼はこの革命理論を持って
    独と日本の戦後再建に根本に毒を入れた.
    表題の「文化人」はそのナレの果てではないかな.
    昔から深刻ぶる「文化人」は信ぜざるを良しとする.

    ユーロのゴタゴタを見ると,
    独は今や「その種の文化人」が支配するらしい.

    大元の米国は国民の90%が簒奪されているという.
    社会主義革命には「不幸な市民」が必要なのだ.

    我々は仁徳天皇の御世から続く「日本の道理」
    を信じれば良い.
    2015年08月10日 15:26

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