スピーディーに拡散した放射性物質
1月16日、福島第一原発事故直後の3月14日に、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の予測結果を、文部科学省が外務省を通じてアメリカ軍に提供していたことが分かった。
道理で当時、アメリカ軍が80km圏内を早々に立ち入り禁止にしたのも頷ける。
それにしても、原子力安全委員会が正式にSPEEDIの結果を公にしたのが3月23日であることを考えると随分と対応に差がある。
なぜこんなことになかったかといえば、どうやらこのSPEEDI情報について政府が公開を止めていたのが、原因だったようだ。
昨年4月に内閣官房参与を辞任した小佐古東大大学院教授によれば、事故直後に教授がSPEEDIのデータ公表を政府に進言したそうなのだけれど、避難コストがかさむことを恐れた政府が公表を避けたのだという。
そして、3月17日になって、枝野官房長官(当時)は原子力安全・保安院などに「情報はどこかで一元化して勝手に出さないように」と指示をしている。
福島第一原発の事故調査委員会の中間報告では、政府がSPEEDIをちゃんと活用していれば、地域住民の避難に際してより適切な経路を選べたとしている。
文科省からのSPEEDIデータは事故発生直後から官邸に送られていた筈。だけどその貴重な情報は、官邸のほんの一握りの人間の手で握りつぶされた。
住民の安全に関わるような重大な情報は、広く周知されてこそ実効力があるはずなのに、それが上流で塞き止められてしまった。対応が後手後手に回ったために、より汚染が拡散してしまった面は否定できない。
先日も、福島県二本松市若宮地区の昨年7月に完成した鉄筋コンクリート3階建て新築マンションの1階屋内部分から、屋外より高い最大毎時1.24マイクロシーベルトの放射線量が検出されたと報道されている。
これは、昨年12月に1階に住む女子中学生が個人線量計で測定した累積被ばく線量が高いことが判明したことを受け、詳しく調査したところ、屋外で毎時0.7~1.0マイクロシーベルト、1階は0.90~1.24マイクロシーベルトで2~3階は0.10~0.38マイクロシーベルトだった。
汚染の原因は、同じ砕石を使った市内の農業用水路でも、コンクリートの表面から毎時1.6~1.9マイクロシーベルトと、周囲より高い放射線量が検出されたことから、コンクリートが主因ではないかとされているけれど、1階の線量が一番高いのは、やはり基礎部分などで大量のコンクリートを使っているからだと思われる。
件のコンクリートの材料の石は、福島県双葉郡に本社がある砕石業者が、浪江町の「計画的避難区域」になった地区で原発事故前に採取したものだそうなのだけれど、事故後も屋外で保管していたため、放射性物質によって汚染されたものと見られている。
問題の汚染石は、原発事故後から4月22日の計画的避難区域指定までに、生コン会社2社と建設会社17社に計5200トン販売されたという。
砕石業者は「行政から指導はなかった。連絡があれば出荷はしなかった」と釈明しているけれど、浪江町といえば、汚染度の高い地域で、SPEEDIでもそう予測されていた。もしも早い段階でSPEEDIが公表されていれば、たとえ行政指導が遅れたとしても、砕石業者側で出荷を思いとどまったかもしれないし、保管するにしても、ビニールシートをかぶせるなりして、汚染を少なくする手立てを取ったかもしれない。
これも、初動で情報を止めてしまった弊害だといえる。
問題のマンションには、12世帯が住んでいて、うち10世帯が震災で元の住居に住めなくなった被災者。二本松市などでは砕石が使われたとみられる新築住宅やマンション、及び道路や水路などのモニタリング調査を始め、福島県はマンション住民に災害救助法を適用して、避難や転居を支援するという。
ただ、東日本でも放射性物質の汚染地域の広さを考えると、値の大小こそあれ、他の地域でも汚染された砕石を使ったコンクリートが使われている可能性は否定できない。
だから、国民の安心を確保する意味でも手間がかかっても出荷経路を追いかけて、どのくらいの線量のコンクリートが、どの辺りまで拡散してしまったのかは調査したおいたほうがいいだろう。
昨年4月に「小佐古内閣官房参与の辞任が意味するもの」のエントリーでふれたけれど、1982年から84年にかけて、台湾の台北市で、半減期5年の放射性物質で、廃棄されたコバルト60がリサイクル鉄鋼に混入して、約1700の建物の鉄筋に使われたことがある。その鉄筋を使ったアパートなどに9~20年間住んでいた約1万人の住人は20年平均で49mSv/y、累積では平均約400mSv放射線被曝したのだけれど、これらの人に対して、健康影響調査をしたところ、アパートの居住者の癌死亡率は、台湾の一般公衆より遥かに低く、3%程度にまで低下したという事例がある。
ただ、今回、砕石を汚染した放射性物質は、その飛散距離と半減期を考えると、セシウム137の影響が大きいと考えられるから、コバルト60のように20年で16分の1の線量にはならない。
セシウム137の半減期は30年。大雑把な見積もりになるけれど、20年たっても線量は変わらないと仮定すると、毎時1.24uSv/h換算で、年間10.8mSv、20年で217mSvくらい。台北のケースの半分くらいの外部被曝という計算になる。
また、昨年10月に世田谷の民家の床下からラジウムが見つかった件でも、その民家の壁面の放射線量は18.6uSv/hもあったのだけれど、長年そこに住んでいた女性は年間約30mSv程度外部被爆していたのではないかとされている。だけど、その女性に放射線障害か何かが出たという話は聞かない。
だからといって、このマンションは大丈夫だとは言わないけれど、どうしても転居が難しいというのであれば、少しでも線量を下げるために、壁面に放射線遮蔽効果のある、酢酸ジルコニウムを浸み込ませた珪藻土の漆喰を塗ってやるなどの手があるかもしれまい。
ただ、まぁ、それでも、汚染されたコンクリートの家に住んでいるというのは気分の良いものではないから、最終的には転居か、汚染されていないコンクリートでの建て直ししか手はないようにも思う。
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拡散予測、米軍に提供 事故直後に文科省
東京電力福島第1原発事故直後の昨年3月14日、放射性物質の拡散状況を予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による試算結果を、文部科学省が外務省を通じて米軍に提供していたことが16日、分かった。
SPEEDIを運用する原子力安全委員会が拡散の試算結果を公表したのは3月23日。公表の遅れによって住民避難に生かせず、無用な被ばくを招いたと批判されているが、事故後の早い段階で米軍や米政府には試算内容が伝わっていた。
URL:http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012011601002390.html
この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
当時の政府・官庁上層部を国民に対する背反行為
で刑事起訴すべきだ.
NGA
確かに毎時1.24マイクロは通常より高い、しかし大切なのは人体にすぐに影響する値ではないということ。
人間は人体は年間およそ 2.4 mSv(世界平均)の自然放射線にさ
らされている。だから人間はこの程度の放射線にはある程度免疫があるのではないかと考えると、今回の値は平時よりは高いが身体にはさほど影響がないにではないかと思う。
そもそも放射線で大切なことは瞬間的な最大値である。したがって今回の値は毎時1.24マイクロシーベルト全てを受けたのではなく瞬間的にはこの数値よりも低い値だと思う。しかしさんざん放射能、放射能汚染などと頭にきたたきこまれた国民はこの値は高い!!と考えてしまうのではないかと思うと更に誤解を招くと思う。放射能とは何か放射線とは何か放射能汚染とは何かをしっかり理解している人は多くない。
放射線の値より放射線とは何かを理解できてこそ放射線について正しく議論できるのではないのでしょうか。皆さんはどう思いますか?
白なまず