偵察衛星とイプシロンロケット
昨年12月12日、政府の情報収集衛星・レーダー3号機が鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられ、予定の軌道への投入が成功した。
これは、1998年に北朝鮮がテポドン1号の発射実験を行い、テポドンは津軽海峡付近から日本列島を越えるコースを飛行したのち、第一段目は日本海に、第二段目は太平洋に落下した事件を受け、日本政府が安全保障の一環として導入を決定した軍事偵察衛星のひとつ。
情報収集衛星は、光学センサ(超望遠デジタルカメラ)で画像を撮影する光学衛星と、合成開口レーダーによって画像を取得するレーダー衛星の2機を1組として運用するのだけれど、地球上のあらゆる地点を毎日最低1回は観測できるようにするため、光学衛星とレーダー衛星の組を2セット、計4機で運用する体制が取られている。
これまで、光学衛星は光学1号から4号機までの4機と、レーダー衛星が1号、2号と今回打ち上げが成功した3号の計3機が軌道投入されているのだけれど、内、レーダ1号と2号が電源系のトラブルで運用障害を起こしていて、実質、光学衛星の4機によって運用されている。ただし、その光学衛星のうち光学1号と2号は設計寿命の5年を超過しているのだけれど、なお稼働しており、そのまま運用されている。
今回のレーダー3号機の軌道投入に続いて、今年はレーダー4号機の打ち上げが予定されていて、それに成功してようやく当初予定であった、光学、レーダー衛星の組が2つづつの4機運用体制が整うことになる。
打ち上げに使用されたH2Aロケットは、今回で14回連続の成功を数え、2001年の夏に試験機1号機が打ち上げられて以来、20回中19回の打ち上げに成功。信頼性の国際的な目安である「20回の打ち上げで成功率95%」を達成した。
H2Aは、人工衛星打ち上げ用の2段式液体燃料ロケットで、第1段、第2段共に国産エンジンを使用している。
打ち上げ能力は、静止トランスファ軌道への投入で3.8~5.8tあり、打ち上げ費用は、約85億~120億で、それまでのH2ロケットの140億~190億と比べて大幅に低減されているのだけれど、これは、前身であるH2ロケットの設計コンセプトを受け継ぎつつも、再設計して、海外の安価な製品の利用や構造の簡素化など、調達・組立・打上げ費用を下げるための見直しを全体に渡って行った結果。これでようやく、打ち上げ費用が国際市場の相場である100億円以下に納めることができるようになった。
こうした液体燃料ロケットとは別に、日本は固体燃料ロケットの技術も保有している。
固体燃料ロケットとは、ポリブタジエン系の液体合成ゴムなどの燃料と過塩素酸アンモニウムなどの酸化剤を均一に混ぜ合わせて固めたものを推進剤として使用するロケットで、液体燃料ロケットのように、燃料と酸化剤を別々のタンクに入れて、それぞれパイプを通して燃焼室に送って燃焼させる方式よりも、部品が少なく、構造も簡単になっている。
したがって、固体燃料ロケットは、信頼性、開発・製作・取り扱いなどのコストが安価で信頼性が高いという特徴がある。その代り、燃料に一度火をつけると、線香花火のように燃え尽きるまでは消すことができないので、精密な軌道投入がしにくいという欠点がある。
それでも、科学観測のための衛星レベルだと、投入後の軌道が精確に分かりさえすれば観測に支障のないものが多いため、これまでも、固体燃料ロケットもそれなりに使われている。
日本が保有する人工衛星や惑星探査機打上げ用の固体燃料ロケットに、M-Vロケットというものがあったのだけれど、このM-Vロケットは、3段式の全段固体燃料ロケットで、全備重量139トン。世界最大級の固体燃料ロケットで、約2トンの衛星を低高度軌道に投入する能力がある。
M-Vロケットは1997年に、初の打ち上げ成功を納めて以来、2006年に現役を退くまで、7機打ち上げ6機成功という結果を残している。
このM-Vロケットの後継で、2013年夏に初号機の打ち上げが予定されているのが「イプシロン」と呼ばれているロケットで、これも3段式の全段固体燃料ロケット。1段目にはH2Aロケット用補助ブースターを活用し、2段目、3段目には世界最高性能と謳われたM-Vロケットの上段モータ構造をさらに軽量化し、製造プロセスを簡素化したものを用いており、打ち上げ能力は、地球周回低軌道で1.2トンとなっている。
そして何といっても、このイプシロンロケットの最大の特徴は、打ち上げ完成システムの大幅な革新。
これまで、ロケットの打ち上げは、打ち上げ前の点検作業を地上で多くの装置を用いて人手で点検し、また、沢山ある部品を発射場でひとつひとつ手作業で組み立てて行っていた。膨大な人手と時間が必要だった。
例えば、M-Vロケットだと、第1段ロケットを発射台に立ててから打ち上げまでに、2ヵ月近く掛かっていたのだけれど、イプシロンロケットは、自身に人工知能を持たせ、自分で自分を点検するセルフチェック機能を持たせている。
ロケットの点検で最も熟練の経験を必要とするのは、可動ノズルや姿勢制御バルブの駆動電流の波形の診断で、高度の技術的判断が求められるそうなのだけれど、イプシロンロケットは、この部分について、マハラノビス・タグチ・メソッド(MT法)と呼ばれる手法を用いて、人工知能による判定を可能にしている。
これは、「正常なものはどれも同じように平凡である(均一である)が、異常なものはどれ一つとってもユニークである(不均一である)」という事実に着目した方法で、複数のパラメータ間の(正常ならばあるはずの)相関曲面からの距離(マハラノビス距離)をもとに診断を行って、正常ならばあるはずの相関が崩れていれば異常だと判断する手法を取っている。
既に、可動ノズルの波形データを用いて、この異常検出方法の有効性は確認済みであるそうで、こうした自己診断機能を採用することで、人手による管制作業は激減し、実にパソコン1台(実際には冗長系のために2台)でロケットの発射管制を行うことができるのだという。この管制システムは「モバイル管制」と呼ばれ、次世代の新管制システムとして期待を集めている。
更に、これに加えて、ロケットの部品を減らすため、出来上がりに近い形で発射場に持って行ける仕組みを取ることで、組み立ての簡素化を実現している。
これら、「モバイル管制」と組み立ての簡素化の結果、第1段ロケットを発射台に立てた後、1週間での打ち上げが可能なのだそうだ。
イプシロンロケット・プロジェクトマネージャの森田泰弘・JAXA教授は、「年2機のペースで打ち上げ、1機30億円までコストを抑えれば外国とも競争でき、大学や民間が宇宙産業へ、より参加できるようになる」とコメントしている。
こうした安価で簡単な打ち上げシステム技術を日本が保有すれば、今後の宇宙開発にも弾みがつく。期待したい。
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JAXA:低コストで高性能、新型ロケット「イプシロン」が作る未来
◇森田泰弘教授が講演で紹介
13年夏に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)から初号機が打ち上げられる新型固体燃料ロケット「イプシロン」。同ロケットプロジェクトマネージャの森田泰弘・JAXA教授(53)が9日、鹿児島市内で講演し「宇宙をもっと身近に」と、低コストと高性能のイプシロンが目指す宇宙ロケットの未来像を紹介した。【村尾哲】
◇従来のロケット開発「ガラパゴス化」と指摘
講演会は県天文協会の主催で、会員ら約40人が集まった。
イプシロンは、06年に運用を終えた固体燃料ロケットM5ロケットの後継機。M5に比べ衛星の軌道投入能力は3分の2程度だが、打ち上げコストは約38億円で半分以下。射場での準備期間も2カ月から1週間へ短縮可能で、打ち上げ頻度の向上が期待されている。
森田教授は、従来のロケット開発を「最新技術を使わずガラパゴス化している」と指摘。イプシロンは、他産業の民生部品を活用したり、打ち上げシステムを簡略しており「大きな一歩になる」と語った。
特に注目されるのは「ロケットの知能化」で、イプシロンは搭載機器の点検をロケット自身が行う「自律化」を試みている。例えば、燃料の点火系統の点検をロケットが行うことで点検設備が不要になり、点検期間が数日から数秒になる。また、打ち上げ後の飛行の自律化も実現すれば、テレビ中継車程度のアンテナ設備とパソコン1台あれば十分で、従来の管制風景が一新されるという。
森田教授はイプシロンについて「年2機のペースで打ち上げ、1機30億円までコストを抑えれば外国とも競争でき、大学や民間が宇宙産業へ、より参加できるようになる」と話した。
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URL:http://mainichi.jp/select/science/news/20120110mog00m040017000c.html
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