野田首相訪沖のゆくえ

 
「沖縄の人たちが可哀そう過ぎるもん。戦争中も戦後も、われわれの犠牲になってくれた。できるだけのことをするのは当然だよ。言うか、言うまいか、眠れなかった」
橋本龍太郎 於:1996年2月田中秀征経済企画庁長官との会話

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2月26日、野田首相は就任後初めて沖縄県を訪問した。

自衛隊機で那覇空港に到着した野田首相は、糸満市の平和祈念公園で約18万人を合祀した国立沖縄戦没者墓苑で献花。女子学徒を追悼したひめゆりの塔にも立ち寄り、当初予定にはなかった「ひめゆり平和祈念資料館」にも足を運んだ。

更に、同日夜には、仲井真弘多知事と夜に非公式に会食し、27日午前に沖縄県庁で会談する。その後、自衛隊のヘリコプターで普天間飛行場や辺野古の上空からの視察も予定している。

仲井真知事との会談で、野田首相は、これまでの経緯を踏まえたお詫びと、在沖縄米海兵隊のグアム移転や沖縄県中南部の5米軍施設・区域の返還を、普天間飛行場移設と切り離して先行実施する日米方針や、沖縄振興策の具体化を挙げ、辺野古移設に言及するようだ。

だけど、26日夜の非公式会食で、仲井真知事が、辺野古は大変難しいとし、普天間の移設には県外の方が早い、と伝えたそうだから、27日の会談でも互いに平行線のまま、何も決まらない可能性が高い。

自民党の石原幹事長は26日、岩手県宮古市での講演で、「『最低でも県外』とひっくり返したのは民主党政権だ。首相がふらっと行っても、県民が簡単に理解を示してくれるとは到底思えない」と述べているけれど、まぁそれはそうだろう。自民が長年かけてやっと合意したものを、民主がぶち壊したのだから、そのツケが回ってきている。

普天間の辺野古移設は、当時の橋本総理が何度も沖縄入りして、都合17回、数十時間にもわたって、当時の大田沖縄知事と会談して、まとめあげたもの。

橋本内閣が発足したのは、1996年1月、自民・社会・さきがけの連立政権だったのだけれど、前年9月に米海兵隊員による少女暴行事件の影響で沖縄県民の怒りがピークに達し、米軍基地の撤廃運動に発展していた時期。

橋本総理は、内々に当時の大田沖縄県知事から「普天間基地の返還と海兵隊の削減が実現すれば、沖縄県民の感情も和らぐ」というメッセージを受け取っていたのだけれど、当時、外務省は日米首脳会談で「普天問返還」を口にすることには強硬に反対していた。外務官僚達は、「そんなことを言っただけで『こんどの日本の首相は安全保障の”あ”の字も知らない首相だ』と米国から失格の烙印を押されますよ」 とまで橋本首相言って反対したのだという。



橋本総理も、クリントン大統領(当時)に普天間の返還を切り出すべきか否か、最後まで悩んだまま首脳会談に臨んだのだけれど、会談の最後に、クリントン大統領から「沖縄問題でなにかあったら言ってください」と声を掛けてくれたことに意を決し、「困難は承知だが、普天間を返還してくれればありがたい」と切り出した。

会談の3日後、クリントン大統領はペリー国防長官(当時)に普天間返還を検討するよう指示し、1ヵ月後に、代替機能を用意sするという前提があったものの「普天間を返還します」という話が内々に伝えられ、2か月後には日米合意にまでこぎつけた。

橋本元総理は、小さいときに自分を一番かわいがってくれ、南西諸島で戦死した従兄弟がいたこともあり、沖縄間題に深い関心と情熱を持っていた。何度も沖縄に行き、遺骨収集や慰霊にも熱心だった。

当然そうした橋本氏の真摯な姿勢は沖縄県民にも伝わる。

当時、総理秘書官を務めていた、現みんなの党の江田憲司議員によると、1996年12月4日、橋本総理が沖縄入りした時、ラグナホテルで行われた基地所在市町村会で各市長は次のような言葉を述べたという。
那覇市長 「総理は沖縄の心を十二分に理解してくれている。その情熱が心強い。」
名護市長 「沖縄に『お互いに会えば兄弟』という言葉があるが実感。沖縄の痛みがわかる総理にはじめて会った。あとは感謝で言葉にならない」
宜野湾市長「一国の総理が心を砕き、国政への信頼が倍加した。普天間の跡地開発をしっかりやりたい」
金武町長 「希望が見えた。町民全体が燃えている」
読谷町長 「日本の生きた政治を見る思い。村長をして22年になるが総理がはじめてボールを沖縄に投げた。やるしかない」

そして、最後に橋本総理が挨拶に立ち、「私がひねくれていた頃、数ある従兄弟連中と片っ端から喧嘩をしていた。その中で岡山にいた源三郎兄い、彼は海軍の飛行練習生だったが、唯一私をかばってくれた。最後に会ったのは昭和19年の初夏、その時彼は、継母になじむように私に小言を言ってくれた。そして、今度会うときは靖国でと言って、その年の10月、南西方面で還らぬ人となった。だから、これまで春と秋の例大祭には必ず私は靖国を参拝してきた。それが我が国の外交に影響するのであれば自制したいが、彼が戦死した南西諸島というのが沖縄だということを知ったのは、戦死公報が届いた後のことだった。」と述べた。

出席した市町村長の何人かは、総理の言葉に感動して涙とも嗚咽ともつかない声を押し殺していたという。そして、地元新聞社社長は「こういう雰囲気は40年のマスコミ生活を通じて空前の出来事だ。これまでは被支配者の苦悩の歴史だった。総理本当にありがとう。どうか健康には留意してください、それがここにいる皆の願いです」と語ったのだそうだ。



こうした経緯を踏まえての辺野古移設だったことを考えると、確かに、野田首相がちょっと沖縄にいっただけで、簡単に解決するとは思えない。

辺野古移設は難しい。県外移設先も見つからないとなれば、必然的に普天間固定ということになる。それが危険ということであえば、普天間近辺の住民の方を辺野古なりどこかに移転してもらう他なくなる。

元々、基地建設以前の普天間は、いくつかの泉があり、それらを水源とした畑作や、なだらかな丘陵地でサトウキビ畑やサツマイモ畑が広がる村だった。

1945年の沖縄戦の最中に、宜野湾一体が米軍の支配下に置かれ、民間地を接収して、普天間飛行場建設が始められた。終戦後の1972年に、琉球の日本復帰が決まり、那覇基地の所在海兵部隊を普天間飛行場に移転することが決められ、現在に至っているのだけれど、歴史的には、建設当時、畑だらけだった普天間周辺に人々が徐々住み始めて集落ができ、学校や病院なども建設されてきたという経緯がある。

野田首相は、普天間移設とアメリカ海兵隊のグアム移転、そして沖縄の米軍5施設の返還問題をそれぞれ切り離して対応することで、沖縄側を説得する方針でいると伝えられているけれど、今のところ、事態打開の見通しはたっていない。

ただ、いくら県民感情があるとはいえ、いつまでも地方自治体が中央政府の方針に従わずにグタグダやっている今の状態は好ましくない。首相が現地を訪れ頭を下げて、振興策を持ってきても駄目となれば、それこそ橋本元総理のような人物に首相になって貰うまで、普天間は、絶対解決しないことになる。だけど、そんなときがいつやってくるかなんて誰にも分からない。

本当は、苦労に苦労を重ねて合意した辺野古移設をひっくり返した張本人、沖縄や日米関係、そして、日本の安全保障をここまでガタガタにした張本人が、真っ先に後始末をするべきではないかと思う。

その張本人様は、都内で開かれた民主党の代議士のパーティーで挨拶し、「人生はリハビリだ。私自身も今、リハビリ中だ」と呑気に語っている始末。

本当にリハビリしたいのなら、沖縄振興担当大臣でもなんでもいいから、何年でも沖縄に張り付いて、一緒に汗を流してリハビリに勤しんではどうなのか。

まぁ、それは冗談にしても、日本の外交・安全保障を考えるといつまでもグズグズしてはいられない。

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画像野田首相:沖縄を初訪問…27日、知事と会談

 野田佳彦首相は26日、就任後初めて沖縄県を訪問し、糸満市の平和祈念公園や「ひめゆりの塔」など戦跡を視察した。首相は那覇市内のホテルで記者団に対し、仲井真弘多(ひろかず)知事との27日午前の会談では、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の「県外移設」を撤回したことなどを陳謝するとともに、同飛行場の名護市辺野古への移設に理解を求める考えを示した。

 首相は、仲井真氏との会談に向け「まず、これまでの経緯を踏まえたおわびと日米協議への私の決意をお伝えしたい」と記者団に述べた。さらに在沖縄米海兵隊のグアム移転や沖縄県中南部の5米軍施設・区域の返還を、普天間飛行場移設と切り離して先行実施する日米方針や、沖縄振興策の具体化を挙げ、「沖縄の負担軽減を早期に図り、普天間の危険性を一刻も早く除去しないといけない」と強調。「辺野古(移設)に言及する」と明言した。

 しかし仲井真氏は会談で、普天間飛行場の県外移設を改めて求める見通し。地元では、首相の沖縄入りが就任から半年近くたってようやく実現したことにも批判が出ており、辺野古への移設に理解が得られる見込みは全く立っていない。首相は26日夜には仲井真氏と非公式に会食した。

 首相は26日昼、自衛隊機で那覇空港に到着し、糸満市の平和祈念公園で約18万人を合祀(ごうし)した国立沖縄戦没者墓苑で献花。戦没者の名前を刻んだ平和の礎(いしじ)を見回り、女子学徒を追悼したひめゆりの塔にも立ち寄った。【松尾良】

毎日新聞 2012年2月26日 20時53分(最終更新 2月26日 20時57分)

URL:http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120227k0000m010070000c.html



画像野田首相が初の沖縄入り 普天間迷走「おわび」 2012.2.26 18:46

 野田佳彦首相は26日、就任後初めて沖縄県を訪問した。仲井真弘多知事と夜に非公式に会食。27日午前には県庁で会談する予定で、那覇市内で記者団に、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)移設問題の迷走を踏まえ「まず、おわびしたい」と述べた。名護市辺野古への移設に関して、理解を求める考えも明らかにした。

 首相は27日の仲井真氏との会談に向け、記者団に「抑止力を維持しながら沖縄の負担軽減を早期に図り、何としても普天間飛行場の危険性を一刻も早く除去しなければならない」と述べ、名護移設の早期実現を働き掛けたい意向を示した。また、在沖縄米海兵隊のグアム移転の先行実施など在日米軍再編見直しに関する日米協議に触れ「私の決意、思いを伝えたい」と述べた。沖縄振興の取り組みも説明するとした。

 27日には、自衛隊のヘリコプターで普天間飛行場や辺野古の上空からの視察も予定している。

URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120226/plc12022618460005-n1.htm



画像沖縄知事が首相に県外移設要求 「辺野古は大変困難」(02/26 20:37、02/26 22:32 更新)

 野田佳彦首相は26日、就任後初めて沖縄県入りした。仲井真10 件弘多知事と27日午前に県庁で会談し、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設について理解を求める方針だ。だが、仲井真10 件氏は26日夜、那覇市内で首相と2人だけで会食し「辺野古は大変難しい」と県外移設を求めた。就任から半年を前にようやく足を運んだ姿勢に地元から反発の声も出ており、理解を得るのは容易ではない。

 仲井真氏によると、会食では首相に、普天間飛行場の移設を実現するには「県外の方が早い」と伝えた。首相から明確な返答はなかった。

URL:http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/353452.html



画像首相訪沖でも理解得られぬ=自民・石原氏

 自民党の石原伸晃幹事長は26日、岩手県宮古市で講演し、野田佳彦首相の就任後初の沖縄県訪問について「首相がふらっと行っても、県民が簡単に理解を示してくれるとは到底思えない」と述べ、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の県内移設に理解を得るのは困難と指摘した。
 石原氏は、自民党政権下で日米が同県名護市辺野古への移設で合意したことに触れ「『最低でも県外』とひっくり返したのは民主党政権だ。『やっぱり辺野古だ』と言っても理解は得られない」と強調。「日米関係は表面とは違い、内部ではうまくいっていない」とも語り、関係改善への努力を首相に求めた。(2012/02/26-17:23)

URL:http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012022600132



画像民主はリハビリ必要=鳩山元首相 時事通信社: 2012年2月25日(土)19時43分配信

民主党の鳩山由紀夫元首相は25日、都内で開かれた同党の山口和之衆院議員のパーティーであいさつし、山口氏がリハビリの専門職、理学療法士出身であることを踏まえ、「人生はリハビリだ。私自身も今、リハビリ中だ」と自らの現状を自虐的に語った。また、「もっとリハビリが必要なのは民主党かもしれない」と強調した。

鳩山氏はこれまで、野田佳彦首相が目指す消費増税に反対する考えを重ねて示しており、リハビリ発言は、野田政権や党執行部に対する不満を改めて示したものだ。

URL:http://news.nicovideo.jp/watch/nw203194

この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    外交を外務省に任せるとろくな事はないらしい.
    真珠湾攻撃に至る迄の瀬戸際外交に関する
    三冊ほどの本を読んで見たが, どうも,
    当時の外交を邪魔していたのは外務省らしい.
    外務省は役人以外が外交にタッチするのを嫌がる.
    反面, 偉い役人は決まったことしかできない.
    嘘付政権が見苦しいのは重要な所を役人に
    握られているためだろう.

    日本の害悪「嘘付党」駆除に命をかけない
    谷垣氏も駆除の対象ではないか.
    2015年08月10日 15:25
  • NGA

    正直言って沖縄に関心を持っているのは、沖縄県民だけな気がする。関心を持っている人がいたとしてもそんなに多くない。こんなときこそ野田総理には国民にその重要性を伝える意識を見せて欲しい。これは日本の国防の話であり沖縄県民だけの話にとどまらない。県外とか国外とかいろいろ言われているが、アメリカが愛想を尽きたときには、もう余裕を持って話してはいられない死活問題だ。この国を守るのは言ったいだれなのか考える必要がある。
    2015年08月10日 15:25

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