福の神が宿る税制とは何か

 
今日のエントリーでは、資産課税について考えてみたい。

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1.一生涯使い切り型人生モデルの限界

少し前、維新の会の「維新八策」の相続税強化策として、不動産を含む遺産の全額徴収を検討していると報道され、話題になったことがある。

維新の会は「一生涯使い切り型人生モデル」と名付けているようだけれど、どんな格好いい名前を付けたところで、個人資産の全額没収であることには変わりない。

維新の会が本当にやりたい事」のエントリーでも指摘したけれど、維新の会が志向する税制は、"フロー課税からストック課税への転換"にあると思われ、相続税強化策もこの流れの中にあると思われる。

維新の会によれば、相続税の強化によって、低迷する消費を促し、経済活性化が図れるとのことなのだけれど、維新の会の内部で議論されたときも異論や質問が相次ぎ、政策責任者は100%の資産課税を肯定する一方で、法人による土地所有などは課税対象外との見解を示している。

法人の土地所有に100%してしまうと、工場にせよ店舗にせよ、一代で店を畳まなければならなくなってしまうから除外するのは当然だとしても、個人資産を全額没収するような税制をすると、課税されるほうは節税対策をとるようになることはほぼ確実。

相続税の節税対策には色々な方法があるのだけれど、代表的な方法として次の3つがある。
1.会社を利用しての相続税対策
2.養子を利用しての相続税対策
3.株式を利用しての相続税対策

1の会社を利用しての相続税対策とは、たとえば、自分の保有する土地を管理する、不動産管理会社を設立して、その会社の役員に自分の親族を当てる。その土地から上がる収入は、給与という形で役員である親族が受け取ることになり、部分的に相続を行うことになる。同時に親族に給与として分配する分、自分の財産は圧縮されることになり、相続税を節税することになる。

2の養子を利用しての相続税対策とは、相続税の控除額を増やすことによる節税策。現在の税制では、相続税の「基礎控除額」は、法定相続人の人数に1000万円を掛けた額に5000万円を加えた額と定められていて、相続人が多ければ多いほど基礎控除額が増えることになっている。

つまり、法定相続人が一人増えるたびに基礎控除額の枠が1000万円増える仕組みになっているから、養子縁組をして法定相続人を増やしてやれば、その分節税できることになる。
※民主党は昨年末から、相続税の改正論議を開始しており、基礎控除額を「3000万円に、600万円×法定相続人数」へ縮小する方向で検討している。

最後に、3の株式を利用しての相続税対策とは、保有する株式の評価額を下げることで課税額を減らす方法。会社経営者の保有する株式は相続財産と見做されるのだけれど、たとえば、相続者が、自分の資産を出資して、元の会社で収益の高い事業を中心とする新会社を設立して、その株式を保有する。

この場合、新会社の株は相続されたものではないから、当然、相続税の対象にはならない。そして元の会社の従業員を順次新会社に移転させてやれば、次第に元の会社は小さくなっていって、評価額が下がってゆく。そして新会社の収益が上がってきたら、元会社の固定資産を買い取って、相続税対策は完了する。

勿論、これら以外にも資産そのものを海外に移転するとか色々な方法がある。

このように、ある程度の資産があって別会社を設立したり、沢山の養子を取るだけの余裕のある資産家や、個人の企業経営者クラスの金持ちであれば、相続税課税を強化されても、ある程度の対策はあるのだけれど、個人で少しづつお金をためているような、いわゆる中間層となると、こうした相続税対策を取ることは難しい。

だから、維新の会の相続税強化策を実施したとしたら、たとえ相続税が100%ではなかったとしても、結果として、中間層に大きなダメージを与えることになると思われる。

それに、お金を貯めるのは、もしもの時のためとか、老後の備えとかのためにやるもの。"一生涯使い切り型人生モデル"なんて言われても、自分がいつ死ぬかなんて分かりはしないのに、そんな人生モデルなんて立てられる訳がない。

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2.子孫に財を残すことは悪ではない

実際、相続税強化ついては、維新の会の内部でも、租税回避や地価下落などを危惧する声が上がっていて、松井知事などが富裕層の海外脱出を懸念したこともあって、除外する方針になってはいる。

ただ、「維新の会が本当にやりたい事」でも指摘したように、維新の会はストック課税の強化にあると思われるので、100%にはならないまでも、相続資産への課税を強化する可能性は高いし、或いは、相続税とは別に何らかの形でのストックへの課税を打ち出してくることも考えられる。実際、橋下氏は、資産没収を言い出す前には、貯金に税金をかける貯蓄税を打ち出していた。

ストックへの課税を強化する場合、一般に、資産と社会階層の流動化を促す効果があると言われている。

資産の流動化とは、資産に高額の税を課すことによって、その税率以上の資産収入を出せない人には、その資産を手放さざるを得なくなる方向に圧力を掛けて、必然的に、資産の流動化を促すということ。

また、社会階層の流動化とは、資産家の息子は最初から金持ちであるのは、身分(社会階層)の固定化に他ならないから、資産をその代限りで没収してやれば、みんなゼロからのスタートになるだろうというもの。

前者には、ある個人の手から離れた資産が、最終的に税率以上の資産収入を出せる人の手に渡ることで、社会全体の資産収益が上がる利点があり、後者には、個人資産が循環することで、機会平等な社会が訪れるとされる。

だけど、筆者は、この考えには与しない。

なぜなら、資産を残すのも減らすのも、個人の努力及び甲斐性の結果であり、自由に立脚して成立し得るものだから。どんな資産家だって、最初から資産家であったわけじゃない。創業者はみな苦労し、努力を重ねて資産を築き上げた。資産は、その努力に報いる形で結果として与えられたもの。

また、「売り家と唐様で書く三代目」という言葉があるように、資産家の子供に生まれたとしても、本人にそれを守り育てるだけの甲斐性がなければ、その資産は散逸し、やがて没落してゆく。

資産を築くのも、没落するのも、個人の自由に立脚し、それが保証されている限り、資産の流動化も身分の流動化も担保される。

個人が子孫の為に財を残すことは悪いことじゃない。それはインフラとなって、後の世代の発展の土台になる。国が興隆するときは、親の世代が残した資産を土台として、子の世代がそれを超えていくことで創られていくもの。

道路や鉄道、電気・水道・ガスといったインフラは人々の生活を助け、余剰時間を生み出すことで、更に価値ある何かを生み出すための下支えになっている。

もしも、"一生涯使い切り"という発想が許され、それが全ての資産に適用されてしまったらとしたら、理屈の上では、道路や鉄道、電気や水道が"一生涯使い切り"だといって、世代が代わるたびに壊しては、また一から作り直すなんてことになってしまう。だけど実際にそんなことをする馬鹿はいない。

筆者は、個人に資産を残させない税制は、公と私をごちゃまぜにしている部分があるのではないかと思っている。

橋下氏は資産課税の話をするときによく「あの世に金は持っていけない」と言う。確かに、個人のレベルでは、お金はあの世に持って帰れないから、資産なんて残すべきじゃないという考えは成り立つ。

だけど、それを是とするのなら、資産を税として取らなくても、どぶに捨てたり、どこかの施設に投げ込んだりしても同じことになる。別に国が召し上げる道理はない。実際、草むらに何億円も捨てたり、施設に投げ込まれる事件が時々起きたりしている。

だから、個人資産の一部を税金として取るべきだと考えるのは、国が集めたお金を再投資したり、再分配したほうが良いという考えがあるからなのだろう。




3.福の神が宿る税制

公共の福祉のために、個人資産へのある程度の課税は止む無しとしても、資産を全部没収するようなやり方は、個人の努力を否定するだけでなく、個人が公のために資本を残したり、投資したりすることをも否定する。

それが是とされることがあるとするならば、政府が国民の誰よりも効率良く、集めた税金を再投資して、富を生み出す能力がある場合くらいだろうけれど、今の民主党政権は、兎に角、バラマキばかりで富を生む方向に国家運営しているとはとても思えない。

資本は蓄積され、集中投資されることで、より大きな富を生む。何とか手当とかいって1億人に1万円をばらまくよりは、有望なベンチャー企業家を100人集めて、100億円づつ10年間無利子融資でもして、新しい産業を起こしてもらったほうが雇用も生まれるし、経済は上向く筈。或いは、軍事開発、宇宙開発などに集中投資したほうがよっぽど経済は活性化するだろう。

橋下氏は、貯蓄税やら、相続資産の全額没収案について、「貯蓄に課税、消費は全て経費算入で所得税の課税対象外、しかし消費税で徴税。使ったら消費税以外は課税されませんと言う税制ですね」とツイッターで発言している。

要するに、高齢者がその7割を持っているといわれる日本の個人金融資産を動かすために、貯蓄税やら、相続資産の全額没収案を打ち出している、ということなのだろうけれど、そのやり方にはひとつ注意すべき点がある。

それは、「使えば得する」税制と「使わないと損する」税制には大きな違いがあるということ。

使えば得する税制というのは、例えば、投資減税やエコポイントのように、投資したり消費したりすることで、減税という何某かのリターンがある税制のことで、いわゆるインセンティブのこと。

それに対して、"使わないと損する"税制というのは、橋本氏の提唱している、貯蓄税とか、相続税のような、持っているだけで税金を取られていく税制のこと。

「使えば得する」と「使わないと損する」は似ているようで、その底流に潜む考えは全く違う。

使えば得するお金は投資と同じ。資金を使ってリターンを得る思想がある。だけど、使わないと損するお金は、持っているだけで貧乏になることを意味してる。

使えば得するというお金は、勿論、使えば得するけれど、使わなくても特に損はしないから、使っても使わなくても自由。使う使わないは、プラスかゼロかの選択にしか過ぎないから、お金を使う使わないについては、個人の自由意思が働く余地が大きい。

だけど、使わなければ損するお金はその逆で、使うと損しないけれど、使わないと損してしまう。つまりゼロかマイナスの選択になる。畢竟、そのお金は強制的に追い立てられるような使用を迫られる。そこには、個人の自由意思が介在する余地は少ない。

前者には富が富を呼ぶ思想があるけれど、後者には、富を持つ者を貧乏にする考えが潜んでいる。

使えば得するお金には、福の神が宿り、使わないと損するお金には貧乏神が憑りついている。この差は大きい。

筆者が、ゲゼル通貨で気に入らないところがあるとすれば、時間と共に減価するというシステムの中に、貧乏神を呼び込みかねない発想があると感じるところ。

これまでも、筆者は、何度かゲゼル通貨を取りあげたことがあるけれど、その使い方は使えば消費税を安くするといった、使えば得する通貨を述べていた。それは、使えば得するという発想が富を生むことに繋がると考えているから。

今のところ、維新の会は、資産課税について、全額没収を推し進めようとまではしていないけれど、その考え方の中に、使わないと損する課税というものがある限り、長期的には国が衰退する方向に向かうのではないかと危惧している。


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この記事へのコメント

  • 白なまず

    あやつ等がスットックを無くしたい理由は、、、旧財閥が脅威だった為に、二度と日本に財閥を作らせたく無いんでしょうね。三菱のような土佐藩の財産を受け継いだ企業はどう考えても今後出てくる事は難しいと思います。ほぼゼロから大成功の松下だって規模や技術では財閥には及ばないし、何を恐れているんでしょうか?そんなに日本人が怖いんでしょうかね。
    2015年08月10日 15:25
  • ちび・むぎ・みみ・はな

    「WiLL」5月号, 今度は小林よしのりが渡辺昇一の
    放射能無害説に反論している. ヤレヤレ.
    LNT仮説は学会の定説だと目に入ったので
    既に興味が失せているのだが, 日比野庵氏は如何.

    しかし, 情報が溢れると少し調べただけで人を
    批判できると考える増長満が世に溢れるようだ.
    科学的思考は本を読んで身につくものではなく,
    長い試行錯誤の末に身に付けて行くものだと思う.
    そこには注意深い自己抑制が必要だろう.
    「よしのり」氏は大変に渡辺氏を怨んでいるようだ.
    2015年08月10日 15:25

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