昨日のエントリー「民主党の底に残るもの」のコメント欄で、渡部昇一氏の「原発興国論!」について述べよとリクエストがありましたので、これについて。
Will4月号掲載の渡部昇一氏の「原発興国論!」では、その前半部で福島原発事故による放射能汚染についての論考が述べられていますけれども、今日は、この前半部に焦点を当てて、エントリーしたいと思います。
まず、渡部昇一氏の「原発興国論!」前半部の論点を列挙すると次のとおりになるかと思います。
一、「はてな」のはじまり
A)学生寮に広島で原爆を体験し、爆風で耳がやられて片耳が聞こえない学生がいたが、彼は耳以外で体の不調を訴えたことはなかった。
B)終戦後に疎開してきた同級生が爆心地から4.5キロぐらいのところにいたにもかかわらず80歳を過ぎても元気だった。
二、福島原発事故のあと -日本財団で聞いた話
C)日本財団はチェルノブイリの被害者20万人の追跡調査を20年以上続けている。その結果、甲状腺がんの死者は数十人、白血病は一人。
D)福島第一原発では急性放射線障害となった職員はおらず、それが原因で亡くなった人もいない。
三、福島原発事故のあと -ラッキー、茂木情報
E)ラッキー博士の調査では、年間100ミリシーベルトの放射線が一番体によいというデータがある
F)ラジウム温泉、ラドン温泉は通常の200倍くらいの放射線量がある。三朝温泉の人たちのがん死亡率は全国平均の半分。
四、どうしてこんな誤解が -量の問題
G)原爆やチェルノブイリの被害者は一時的に大量の放射能被曝をしたことによるもので、少量の放射線は体によい。
五、どうしてこんな誤解が -ノーベル賞の罪
H)ロシアの医学者アニチコフは卵や牛乳を食さない兎に、卵や牛乳を与えて、血中コレステロールが上がった結果から、「コレステロール神話」は始まった。しかし、鶏卵業者が追試験を行い、人は卵を食べてもコレステロールは上がらない結果が出ている。
I)アメリカの遺伝学者マラーはショウジョウバエの雄の生殖細胞にX線を当てることで奇形が生じ、それに遺伝性があるとの論文を発表した
六、マラーの実験の致命的欠点
J)人間にはDNAが傷ついたときにそれを修復する酵素があるが、ショウジョウバエの雄の生殖細胞にはそれがない。マラーの実験の致命的欠点とは、その修復酵素のない細胞を実験に使ったことである。
K)ラッキー博士の研究では、被爆者たちに先天性欠陥、死産、白血病、ガンなど統計的におかしい点は見当たらない。
L)世田谷の民家の床下でラジウムが発見されたとき、その家の人は50年も知らずに住んでいても元気だし、福島の草花は今年は異常によく育っている。
七、風評被害の原因
M)広島・長崎の原爆被曝者の調査によると、500ミリシーベルト以上被曝した場合は、被曝量に比例してガンの発生率が増加するが、200ミリシーベルト以下ではガン発生率の増加は認められないどころか、むしろ下がっている。
N)LNT仮説はDNA修復酵素のないショウジョウバエには適用できても、DNA修復酵素のある人間には適用してはいけない
O)フランスのモーリス・チュビアーナ博士は、10ミリシーベルト/h以下なら、どんなに細胞が傷ついても完全に修復させてしまうと発表している。
P)年間10ミリ、20ミリシーベルトの土壌の上層部を剥がすという日本政府の方針はナンセンスである。
とまぁ、こんな辺りでしょうか。これからひとつひとつ見ていきたいと思いますけれども、ほとんどが、これまで日比野庵で取り上げてきた内容だったりします。
まず、A)、B)についてですけれども、これは、渡部昇一氏の体験談でありますから、筆者には「そうですか」としかいいようがありません。まぁ、放射線による健康被害といっても、その殆どは、発症確率が上がる類のものですから、人によっては当然発症しない人もいるはずですね。
C)についてですが、ここで渡部氏が挙げている数字はあくまでも、死者の数で、発症者でカウントすれば、もっと多くなります。これについては、「放射線とDNA(放射線と健康被害について 前編)」の第一章で取り上げていますけれども、ガンなどの健康被害は、被曝後数年たってから発生率が上がることが知られています。それに、渡部氏が情報元として取り上げている、日本財団のサイトでも、すべてが放射線被曝だという確証はないとした上で、「甲状腺結節と甲状腺がんはゴメリ州でもっとも高率に発見された」との記載があります。
ですから、これはどの程度でリスクと感じるかという捉え方の問題であって、一律にどうと扱える問題ではないように思います。死者が大量発生しなければ大丈夫と思う人は、渡部氏の指摘で安心するでしょうけれども、発症しただけでも駄目なんだと思う人は、発症率を問題視すると思われます。
D)については、そのとおりです。一時、福島第1原発事故直後から現場で指揮を執っていた吉田所長が、昨秋食道がんで、現場を離れたというニュースがあったとき、すわ放射能か、と一部で騒がれましたけれども、公式には因果関係はないことになっています。まぁ、食道がんが被曝の影響だとしても潜伏期間が5年から10年ある筈ですから、筆者も直接の影響はないだろうなと思います。
E)については、「人体の放射線抵抗力(放射線と健康被害について 後編)」の第3章と、「放射能を怖がるな」の両エントリーで取り上げていますので、改めて取り上げませんけれども、あくまでもホルミシス効果がある、という前提での話です。けれども、公式にはホルミシス効果は認められていません。
ですから、コンサバティブにみるなら、ホルミシス効果はないとして、この結果は除外して考えることになります。逆にホルミシス効果はあると受け取るのなら、安心材料にはなるでしょう。
正直、筆者は自身で調べた結果および直観から、ホルミシス効果はあるのではないかと感じているのですけれども、万が一を考え、コンサバティブな立場を取っています。
F)については「玉川温泉になった東京都」と「小佐古内閣官房参与の辞任が意味するもの」でおおよそ同趣旨の内容を取り上げています。ただ、台北のコバルト60アパートの実例がある一方、労災認定およびICRP基準が20mSv/年に置かれていますので、これも個々人のリスクの取り方によるかと思います。
G~K)のDNA修復酵素については、「放射線とDNA(放射線と健康被害について 前編)」の第3章と、「放射能を怖がるな」で取り上げています。細胞ががんになる可能性があるDNAの傷つき方はDNAの二重らせんの二本ともやられるケースですけれども、その確率はうんと低く、仮に修復に失敗しても、その細胞はアポトーシスによって死滅していきます。
したがって、自然に暮らしている分には、ほとんど問題はないと考えてよいと思います。このときの"自然"というのは地球上の自然放射線環境下でのことですけれども、日本の自然放射線量は世界平均(0.5mGy/年)より少ない地域で、多いところですと、数m~10mGy/年くらいあります。ですから、それくらいの線量であれば、おそらく大丈夫でしょう。この辺りについては「大気中の放射線量低下」で触れています。
L)についても「世田谷ラジウム」のエントリーで触れていますけれども、これも先の台北のコバルト60アパートと同様の事例と考えます。
M、N)についてですけれども、おそらく放射能リスクを考える上で、このLNT仮説を認めるか認めないかでその受け取り方が変わってくるかと思いますけれども、渡部氏は低線量領域でLNT仮説を使うのは間違いで、むしろホルミシス効果説を採るべきだと言っているわけですね。筆者は先程も述べたとおり、万が一を考え、コンサバティブな立場を取っていますので、LNT仮説に準拠した側のリスクで考えています。たとえ、ホルミシスが本当であったと後々分かったとしても、それはそれで、ちょっと過剰に反応しすぎたよねぇ、と笑い話になるだけのことですからね。まぁ、本人がストレスに感じない限りはそれでよいと思っています。
O)については知りませんでした。評価は保留します。
P)については、汚染範囲の広さから考えて現実には20mSv以上の土壌を剥がすのとて、非現実的のような気がします。ただ、最近になって、南相馬市などで、1キロ当たり108万ベクレルの黒い物質が道端にあるなんて話があるようですけれども、本当であれば、それくらいは除染すべきかと思います。
まぁ、これは冗談ですけれども、ルンバのような自動掃除機に土壌を薄く剥ぎ取る機能をつければ、365日24時間勝手に走り回らせてやって除染することができるのになぁ、とも思ったりもしますけれども…。
ということで、渡部昇一氏の指摘している事項は、これまで日比野庵でも取り上げていた内容でもあり、異論はありません。そのとおりです。ただ、今回の渡部氏の論文では内部被曝に関する記述があまりないようなので、その点はもっと伺いたいところではありますね。
筆者としては、これまでも述べているように、今の線量では外部被曝はおそらく問題なく、注意すべきは内部被曝になる。ただ、それも4月から厚労省が放射性物質の食品基準値を国際基準に合わせることから、そのリスクも減ってくるだろうと思っています。あとは数年後にガンなどの発症率がどうなるかをみて、特に有意差がないとなって、ようやく本当の意味での収束になるのではないかと考えています。
念のため、繰り返しておきますけれども、筆者は、現時点でも、実効上問題ないレベルである可能性が高いと感じていますけれども、万々が一を考えて、厳しめに対策を取るに越したことはないと言っているだけです。
事実、「牛乳からの内部被曝について」 でも触れましたけれども、早めに対策をとればそれだけリスクを回避できているという結果がでています。まぁ、そういうことですね。
筆者が、去年いろいろと自分なりに調べてみた感触から言えば、「あなたが子供だった時、東京の「放射能」は一万倍」について」で述べているように、福島原発事故の影響による汚染は、1960年代くらいで、当時、子供だった人の多くが今も元気でいらっしゃることを考えると、おそらく、その程度に収まるのではないかと思っています。
←人気ブログランキングへ
この記事へのコメント
日比野
調べてみて、記事に出来そうなら、エントリーしてみたいと思います。
…これで白なまずさんからの宿題はしんかい6500のとこれで2つですね。(^-^;)
ちびむぎみみはなさんからの地震の宿題と、こたつかめさんの宿題とどんどん宿題が溜まっています。あてにしないでお待ちくださいませ(苦笑)
白なまず
http://ja.wikipedia.org/wiki/4S_%28%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89%29
4S(よんえす)は、東芝が開発中であるとされている小型ナトリウム冷却高速炉。4Sの意味はSuper-Safe, Small & Simple。
「「超小型原子炉」なら日本も世界も救われる!」
http://www.hikaruland.co.jp/books/2011/10/25132732.html)
燃料交換もなく、運転員もいらない原子炉がすぐ実現化される。日本の原子力開発の中枢に50年いた服部楨男が始めて口を開いた。核不拡散であり、超小型ゆえの臨界時暴走も無い自然停止の安全性!それはすべての懸念を払拭するような夢の超技術であった。しかもすでにUS PATENTを取得して実現可能な本物の技術である。従来の原発がなぜ、大型・複雑化・ハイコストなものになってしまったのか、すべて
ちび・むぎ・みみ・はな
問題は「だからどうするか」と言う点になる.
その点は個人の選択だと思うのだが,
専門家が「用心しておいても良いですよ」と
言うと途端に風評問題となる.
地表の放射能汚染は何シーズンかの風雨で
当時の半分以下にはなると思う.
とすれば, 福島原発の周辺でさえも居住に
問題はないと思う. だから, 政府としては
現在の知識では実害があるとは言えない.
住みたい人には十分な復興補助をするが,
もし心配ならば移住の補助もする, と言うのが
正しい選択だと思う.
科学の知識には常に曖昧さが残る.
政治はそれを以下に切り分けるかにある.
地球温暖化でも科学者だけに任せると
何時まで立っても結論は出ない.
科学者には社会運動化がいるからだ.
放射能も同じだと思う.
ダイオキシンや地球温暖化の空騒ぎを見て,
知識が政治に正しく活かされないなら
錬金術と変わらないと思うこの頃.