あまりこの話題を取り上げる気はなかったのですけれども、注目を集めているようなので、簡単に…。
1.反対を振り切ってイラン訪問した鳩山氏
4月8日、鳩山元首相は、イランを訪問し、アフマディネジャド大統領と会談した。
詳しい会談の内容は明らかになっていないけれど、鳩山氏が、核兵器開発疑惑の払拭への努力を求めると、アフマディネジャド大統領は、「今後も努力を続ける。核兵器のない世界の実現に向け日本と協力したい」と応じ、14日に予定される国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国とイランとの協議についても前向きな反応があったとされる。
ただ、国際的に経済制裁をしているこの時期に、政府の特使でも何でもなく、野党はおろか、政府与党にまでも行くなとまで言われていたにも関わらず、「首相経験者として国益にかなう、との思いで行った」と、いつものルーピー節を唱えて訪問するあたり、常人の理解の範疇を超えている。
普通は、こういう状況下であれば、訪問するにしても、根回しをした上で内密に行うもので、国際社会の顔を立てた上で、したたかに国益を確保するという非常に難しい外交になるもの。
例えば、2010年の尖閣衝突事件の折、フジタの社員が中国当局の人質となったとき、民主党の細野氏が、菅首相の特使として訪中し、中国政府要人と会談したと伝えられたことがあった。
だけど、当時の報道では、細野氏の訪中に関して、当時の菅首相はまったく承知していない、とコメントし、細野氏本人も個人の判断で訪中したなどと言っていた。明らかに政府ぐるみで承諾を得た上での訪中だと、もうバレバレなのに、公にできない会談であれば、それくらいのシラは切るもの。
なぜ、公にしないかというと、人命がかかっていたというのもあるし、会談での交渉の中身が公にできない類のものであったから。細野氏訪中直後の2010年10月1日、「尖閣衝突事件での日本の対応について」のエントリーで、筆者は、中国が、フジタ社員の開放と引き替えに、日本は、衝突ビデオの開示や、証拠の類を公開しないとする密約を交わしたのではないかと述べたことがある。後に、この予想はそのとおりであったことが分かったのだけれど、水面下の極秘交渉ともなれば、そうした取引があるのは普通。
細野氏が特使として、中国と交わしたとされる密約の是非はあるにせよ、結果として、あの取引によって、フジタ社員の命が助かったことは事実。時には水面下での極秘交渉が必要になることは否定しない。
今の時期、たとえ、日本がイラクと裏交渉する理由があったとしても、それは、余程の根回しと下準備をした上でのものではなくてはならないはずで、鳩山氏のように、おおっぴらにイラク訪問する神経は、ちょっと理解できない。
小泉元総理の訪朝だって、当時は突然の訪朝に皆が驚いたものだけれど、その前段階で相当な水面下の交渉の積み重ねの上に実現したものだった。
小泉訪朝のお膳立てをした、当時、アジア大洋州局長だった田中均氏は、平成13年の10月前後に、北京、平壌などで北朝鮮側と、30回近く非公式の折衝を行ない、訪朝実現までの道のりを開いた。
では、今回の鳩山氏のイラン訪問についてはどうかというと、政府与党の慌て振りを見る限り、下交渉も何もなく、ノコノコと出かけていった印象は拭えない。
案の定、会談後イラク政府から、鳩山氏が会談で「国際原子力機関は特定の国々に二重基準を適用している。公平ではない」と述べたと発表され、物議を醸している。
鳩山氏は帰国後の記者会見で、「完全に作られた捏造記事であり、大変遺憾に思っている。こういう発言はしていないことを先方に伝えたい」と色をなして反論していたけれど、その鳩山氏自ら、大統領に対して「NPTが核保有国を対象とせず、非核保有国の平和利用を査察するのは公平ではないことは承知しているが、日本は疑念を払うために原子力平和利用を進めてきた」と発言したと認めている。
この「NPTが核保有国を対象とせず、非核保有国の平和利用を査察するのは公平ではない」と「IAEAは公平でない」というのは、意味的には非常に似ていて、ぱっと聞いただけでは、ほとんど同じ意味だと受け取られてしまいかねない。
たとえ、それが100%の捏造記事であったとしても、外交交渉において、そんな発表をされてしまった時点でアウト。情報戦は嘘でも相手を信じさせ、相手の内部に不信を生じさせられれば、それで十分だから。
だから、「NPTが核保有国を対象とせず、非核保有国の平和利用を査察するのは公平ではない」の発言ひとつとっても、余程注意して発言しないと、簡単に利用されてしまう。
2.グレートゲームに遊ぶハト
鳩山氏のイランでのすべての会談には外務省の駒野欽一駐イラン大使が同席したそうなのだけれど、流石のルーピーは抑えきれなかったのか。
また、鳩山氏は今回のイラン訪問で、大野元裕参議院議員を同行させている。
大野氏は、財団法人中東調査会で、上席研究員を務めていた人物で、中東各国の大使館員を歴任している。経歴はざっと次のとおり。
1989年 - 在イラク日本大使館勤務(専門調査員)
1990年 - 在アラブ首長国連邦日本大使館勤務(専門調査員、1993年まで)
1993年 - 財団法人中東調査会研究員に就任(1995年まで)
1994年 - 外務省国際情報局分析二課勤務(専門分析員)
1995年 - 在カタール日本大使館勤務(専門調査員、1997年まで)
1997年 - 在ヨルダン日本大使館勤務(書記官、2000年まで)
2000年 - 在シリア日本大使館勤務(書記官、2001年まで)
鳩山氏が何故、大野氏を動向させたのかは分からないけれど、鳩山氏はイラク訪問前、自身のホームページで、大野氏を中東の専門家としているから、その経験を見識を買っている部分があるのかもしれない。鳩山氏は首相時代、相手に合わせてコロコロ発言を変えることで有名だった。終いには、鳩山氏の頭の中は、最後に会った人の意見になるのだ、とまで言われていた。
そういうことを考えると、鳩山氏のイランでの会談の発言にも、大野氏の影響が出ている可能性があるかもしれない。
では、その大野氏がイラン問題をどう見ているかというと、去年の12月、BSフジのプライムニュースに出演し、次のように発言している。
「アメリカの思惑として、すぐに武力行使をするということは、おそらく財政上の制約それから人為上の制約からできない。その一方アメリカの盟友であるイスラエルが何をするかわからない。おそらく今回の制裁と言うのは、もともとイスラエル側が同じようなことを言っていたんですね。それをオバマ政権は、自分の大統領選挙を睨みつつ、受け入れざるを得なかった。つまり、中央銀行と石油をターゲットにしたと思うんですよ。
それに対し、共和党側はイランの政権は転覆すると言っている。政治的なリップサービスなので、それが実現できるかどうかと言うのはある。ただ、単に空虚な議論だけかと言うと、イラクは中国とか、ロシアとかを手玉にとってアメリカに対抗しようとしたけれども、実は、中国もロシアも口では言っても、体を張ってイラクを守ることはしなかった。徐々に制裁が効いてくる。そうすると、イラクは弱体化してくる。
中国もロシアも離れていくあるいは多くのものをイラクから獲ろうとする。イラクは身銭をきって引き止めようする、ということでどんどんイラクは弱体化して、哀れな姿になってアメリカに潰されているんですよ。共和党が政権をとった場合は別ですが、仮に現在の政権が続いた場合は、現在はリップサービスかもしれない。しかしながら、国際秩序をアメリカが上手く使える場合はイランの弱体化を根気強く待つ可能性はあると思います。ロシアにしても、中国にしてもイランのために体を張ることはないですから・・・
これはアメリカ1か国でできることではなく、アメリカがどこを味方に付けるか、あるいはロシアや中国みたいなものを徐々にどうやって引き離すか、逆にイラン側から言えば、自分達が中国を中心とした新しい秩序を造り上げる、そういったことができれば彼らとしては生き残る可能性があるわけですよね。
そうすると日本はどちらに乗っていくか、または自分達がもしかすると日本はゲームメーカーとしてこういったものに関与することができるかもしれない。その辺をやはりうまく日本は使っていかないと。
単純に1か国だけのものじゃなくて他の国との連携を強めながら、しかもそれが最終的に北朝鮮も含めてどういった形で自分の所に跳ね返ってくるかということを見る、ある意味パズルを現在日本は解いているのだと思います。そのパズルの舞台がこの国際秩序だと思います」2011年12月15日、BSフジプライムニュース 『対イラン追加制裁発表 世界と日本への影響は』より
大野氏の発言で筆者が気になったのは、大野氏が、イラン問題を"アメリカによる世界秩序構築"なのか、"中国を中心とした新しい世界秩序構築"なのかの鬩ぎ合いの一局面であり、日本がどちらに乗っていくのか、ゲームメーカーになれるかもしれないとしている部分。
何やらどこかの半島の「バランサー論」を思い出してしまうのだけれど、「東アジア共同体」だの、「日米中等距離外交」だの唱えていた鳩山氏が如何にも喜びそうな論に見える。
家でひとりボードゲームをやる分にはお好きなようにしていただいてちっとも構わないのだけれど、世界を舞台としたグレートゲームの中では、安易な行動は国家を滅ぼす原因にもなりかねない。
飛んで火に入るのは「春のハト」だけで十分。グレートゲームで遊ぶハトは丸焼きになる。ハトはもうゴールしていい。

この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
> あの取引によって、フジタ社員の命が助かったことは事実。
これは頂けない. もしフジタ社員に危害が
加えられるようなことがあれば, 普通の国際問題
であり, 支那は大変に弱い立場になる.
特に, 今から考えれば, 主席・首相は
進退極まる事態になったに違いない.
あの取引で嘘付政権の情けなさがはっきりした
というだけの話.
これは明確にしなければならないことだと思う.
sdi
「下準備ができていたか?」
「その下準備を生かすことができたか?」
すくなくとも、友愛殿はともかく随行者の人選については落第ですね。民主党内でイランに手蔓のありそうな人材についての選択肢が皆無だった可能性が高いですが。
下準備ができた上での訪イかどうかは、今後の日本外交の成果むに現れてくるでしょう>
クマのプータロー
白なまず
とおる
「できるだけ国の上の方に直接言わないと、こちらの意見が伝わらない。従って、首相経験者・閣僚経験者と一緒に行くことにし、鳩山元首相が応じてくれた。」
なにやら、野田首相が自民党の谷垣氏に会談を求めているような状況に似ています。
日比野
本文でも"中国と交わしたとされる密約の是非はあるにせよ"と但し書きをつけていますように、私は、あの取引のやり方を認めているわけではありません。取引の結果として解放されたことを言っているだけです。
もちろん、他にも方法はあったかもしれませんけれども、当時の菅政権があの取引をしたことで、その"情けなさ"は十分証明されましたし、その後、一色氏による尖閣ビデオの流出で、結果的にその密約も吹っ飛びましたね。