「無知の知」の資格と問責決議

 
4/5に行われた、フジテレビ「新報道2001」が行なった世論調査では、野田内閣支持が32.0% 不支持が61.8%。次期衆院選投票先として民主が14.0%、自民が20.2%となった。

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また、北朝鮮への制裁を強化すべきかどうかについては、90.0%が制裁を強化すべきと答え、田中防衛大臣に対する問責決議についても、 61.4%が提出すべきと答えている。

内閣支持率は、野田政権誕生以来、一貫して下がり続けていたのが、ここ1、2ヶ月ほどは横這いもしくは、やや持ち直している傾向が見受けられる。

支持率が上がるような特にこれといったものをやっている印象はあまりないのだけれど、2月14日の日銀の金融緩和とインフレターゲット発表を切っ掛けとして、それまで去年の夏頃から76円から78円台をうろうろしていた円相場が急激に戻して、82円台くらいまで来ているから、もしかしたら、そちらに助けられている面があるかもしれない。

ただ、政党支持率が14%と自民の20%に対して大きく水を空けられていることと、田中防衛大臣に問責決議を出すべきだと6割以上が答えている。政府与党が支持されず、閣僚も問責に値すると思われているのに、内閣支持率が30%で踏みとどまっているのは、不思議としかいいようがない。

4月5日の参院予算委員会では、自民党の山本一太氏が「ミサイル防衛の法的枠組みも答えられない。本当に適材適所と思うなら見識を疑う」などと、これまでの田中防衛相の問題発言を列挙して批判したのに対して、野田首相は、「無知の知、という言葉もある…率直に知らないことを知らないと言う。条文までは分からなくても判断力は持っている。そういう意味で適材適所だ」と庇いだてしている。

有名なソクラテスの「無知の知」とは、 ソクラテスが四十歳弱の頃、ソクラテスの友人であるカイレポンが、ポリスのデルフォイ神殿で「ソクラテスより知恵のある者はいるか?」と巫女を通して神に尋ねたところ、アポロン神が「ソクラテスよりも知恵のあるものは誰もいない」と答えたとされる「アポロンの宣託」がその切っ掛けであった。

アポロンの宣託を知ったソクラテスは、自分は知恵のある者ではないと自覚していたから、いったいこれはどういうことだろうと疑問を抱き、アポロンの宣託の真意を確かめるべく、世間で知恵ある者だと思われている政治家、詩人、手職人の3者のもとを訪れ、彼らとの対話を通じて、自分より知恵ある者を見つけようとした。

彼らは、ソクラテスとの対話で、自分が知っていると思っていたことが、実はよく知らなかったということを次々と露呈してしまう。そうした対話を続けるうちに、ソクラテスは、知恵がないことは同じでも、「自分に知恵がある」と思いこんでいることと、「知らないことを知らない」と知っているという、「知恵」に対する態度の違い、すなわち「無知の自覚」こそが、神の言う知恵のあるなしであると気づく。この自覚がある分だけ、ソクラテスが周りの人々よりも知恵のある者だというのが、アポロンの託宣の答えだとされている。

だけど、ソクラテスの周りの人々は、そもそもソクラテスを無知だとは思っていなかった。アポロンの託宣では、「ソクラテスより智慧のあるものはいるか」と問うていて、ソクラテスは知恵者であることが前提となっている。そしてソクラテスは、実際に他のソフィスト達と対話して、彼らを"論破"している。全くの無知であれば、論破どころが問うことすらできない筈。



翻って、田中防衛大臣に対してどうかというと、率直にいって、防衛に関する知識があるとは思えないし、周辺からもそう思われてはいない。

基本的に、人は知らないことに関して、判断を下すことは出来ない。判断をするためには、"結果が見える"ことが必要になるから。そのためには、物事の道理を知っていなくちゃいけない。

今回の北朝鮮のミサイル発射に関しても、北朝鮮のミサイルが多段型であるということ、そして、ミサイルを南に向けて発射するということを知らなければ、切り離したブースターなどの破片が沖縄などに落下する危険があることを"予測"すらできなくなる。畢竟、PAC3やイージズ艦を展開するなんて判断など出来ようはずもない。

野田首相は、田中防衛相について、「条文までは分からなくても判断力は持っている」と答弁している。確かに、北朝鮮のミサイル打ち上げに備えて、PAC3やイージズ艦を展開するという判断は間違っていない。たとえ、その判断が、田中防衛相が中身がチンプンカンプンで、防衛官僚に言われるがままにハンコだけを押した結果の判断だったとしても、正しい判断が出来れば、正しい結果を導いてくる。

その意味では、福島第一原発事故当時、当時の菅首相が、知りもしない癖に、自分が知っていると思い込んで、あれこれと口を挟んでは、結果的に対応を遅らせてしまったことと比べれば、田中防衛相のほうが、知らないことを知らないと自覚している分だけ、知恵があると言えるかもしれない。

ただ、哲学と違って、政治は現実のもの。特に国防ともなれば尚更。一瞬の判断のミスや遅れが命取りとなる。自分に判断能力がないという自覚があるのなら、代わりに判断できる人間を補佐としていつも手元に置いておくか、自分が判断しなくても、自動で物事が進むような体制を予め取っておく必要がある。

そこまでの備えをしているのなら、まだ分からないではないけれど、それくらいの甲斐性があるのであれば、事前に十分なレクチャーを受け、それなりの準備をした上で国会答弁に臨む筈。あそこまでの珍答弁の連発はちょっと有り得ない。

4月8日、自民党の石破茂氏はフジテレビの番組で、田中防衛相について 「『無知の知』と言わねばならない首相の立場になってみろ。問責決議が出る前に自分から辞めるべきだ」と述べているけれど、北朝鮮や中国といった、いつなんどき、有事即応になるか分からないこの御時勢に、「無知の知」の人を防衛相においておくのは、リスクが高い。

自民党の山本一太氏によると、田中防衛相の迷走発言で、予算審議が40回以上も中断しているそうなのだけれど、ここまでやらかすと、フォローにも限界がある。このまま留任させても、野党の反発は激しくなる一方だし、問責が可決されてしまったら、参院は動かなくなる。当然増税法案も通らない。

田中防衛相の辞任或いは解任は避けられそうもない。


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この記事へのコメント

  • とおる

    野田首相: (消費税増税について)「政局より大局」
    野田首相: (田中防衛相の任命について)「適材適所」
    野田首相の言葉自体は、間違いは無く何も問題ありませんが、言葉を適切に使っているか、言動一致しているかという問題があります。(「無知の知」も同様)
    「政局より大局」という人が、田中防衛相という不適格な人を任命し罷免もしないことの何処が「適材適所」であり「大局」なのか?
    嘘つき・詐欺師に騙されても、多くの人は何度も騙されないでしょう。(一部には何度も騙される人はいます)
    2015年08月10日 15:25
  • クマのプータロー

    日銀の金融緩和に助けられているのは輸出企業の経営者の皆さんも同じですね。
    決算が1ドル76円のままだったらかなりひどかったでしょうから。経営者の人事については新聞にかなりショッキングな見出しが乱れ飛んでいますが、それで済んだというべきでしょう。
    経営者の皆さんも、財政均衡主義から思考が進まないせいでしょうか、消費税増税を経団連幹部が声高に主張しておられましたが、結果としてソブリンリスクを下げる方向の政策は円高誘導になっていることに気づかないのはご愛敬というべきでしょうか。
    ここのところ、「政治は最高の道徳」という言葉がしみる状況が続いており、大変勉強になります。
    2015年08月10日 15:25

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