「福の神が宿る税制とは何か」のエントリーのコメント欄にて、WiLL5月号に掲載された、小林よりのり氏の『「放射線は体にいい」説を嗤う』についてどう思うかと質問されたので、今日はこれについて考えてみたいと思います。
1.小林よりのり氏の反論
この小林よりのり氏の『「放射線は体にいい」説を嗤う』という寄稿には、「ホルミシス大論争」と見出しが付けられていて、内容を読む限り、明らかにWILL4月号に掲載されたWiLL4月号掲載の渡部昇一氏の「原発興国論!」に対する反論であると思われます。
渡部昇一氏の「原発興国論!」については、3月1日に『渡部昇一氏の「原発興国論!」について』のエントリーで述べていますけれども、その記事で示した、渡部昇一氏の「原発興国論!」の放射線被曝に関する部分のポイントとそれに対する、小林よりのり氏の反論について、対応させて整理すると次のとおりになるかと思います。
渡部昇一氏:一、「はてな」のはじまり
A)学生寮に広島で原爆を体験し、爆風で耳がやられて片耳が聞こえない学生がいたが、彼は耳以外で体の不調を訴えたことはなかった。
B)終戦後に疎開してきた同級生が爆心地から4.5キロぐらいのところにいたにもかかわらず80歳を過ぎても元気だった。
⇒小林よりのり氏「たまたま同級生にそういう人がいたというだけでデータでもなんでもない。日米共同の放射線研究機関による60年以上の調査の結果、原爆被爆者の余命は、放射線被曝の増加に伴い短縮すると報告している。」
渡部昇一氏:二、福島原発事故のあと -日本財団で聞いた話
C)日本財団はチェルノブイリの被害者20万人の追跡調査を20年以上続けている。その結果、甲状腺がんの死者は数十人、白血病は一人。
D)福島第一原発では急性放射線障害となった職員はおらず、それが原因で亡くなった人もいない。
⇒小林よりのり氏「ベラルーシ国立甲状腺ガンセンターの実態調査では、チェルノブイリ事故後10年間の小児の甲状腺ガン患者数は、事故前の10年間と比べて60倍に増加している。」
渡部昇一氏:三、福島原発事故のあと -ラッキー、茂木情報
E)ラッキー博士の調査では、年間100ミリシーベルトの放射線が一番体によいというデータがある
F)ラジウム温泉、ラドン温泉は通常の200倍くらいの放射線量がある。三朝温泉の人たちのがん死亡率は全国平均の半分。
⇒小林よりのり氏「ラッキー博士が例に挙げるNASAの宇宙飛行士の被曝線量はNASAが厳重に管理していて、NASAはホルミシス説を採用していない。三朝温泉のがん死亡率についても同じ研究グループによる再調査では、他の地区との差は見られないと発表されている。また、中国とインドの高放射線地域のガン発生リスクは他の地域と有意な差はないというデータが出ている。」
渡部昇一氏:四、どうしてこんな誤解が -量の問題
G)原爆やチェルノブイリの被害者は一時的に大量の放射能被曝をしたことによるもので、少量の放射線は体によい。
⇒小林よりのり氏「1920年代から30年代初頭にアメリカで放射線は体によいとブームになって、ラジウム226とラジウム228を主成分とする放射線水溶液が発売され広く飲用されていた。この商品を4年で1000本から1500本飲んだ億万長者は、骨ガンと思われる重病を患い非業の死を遂げた。また、1950年代後半にウラン鉱を発見して一攫千金を果たした東善作は、ウラン風呂に入り、ウラン鉱を混ぜた肥料で野菜を育て、常食していたが、のちに妻と幼い娘共々ガンで死んでいる」
渡部昇一氏:五、どうしてこんな誤解が -ノーベル賞の罪
H)ロシアの医学者アニチコフは卵や牛乳を食さない兎に、卵や牛乳を与えて、血中コレステロールが上がった結果から、「コレステロール神話」は始まった。しかし、鶏卵業者が追試験を行い、人は卵を食べてもコレステロールは上がらない結果が出ている。
I)アメリカの遺伝学者マラーはショウジョウバエの雄の生殖細胞にX線を当てることで奇形が生じ、それに遺伝性があるとの論文を発表した
⇒小林よりのり氏「マラーの実験以外にも、100万匹のマウスに放射線を当てる「メガマウス実験」や人に近いカニクイザルによる研究があるが、いずれもマラーの実験を否定する結果は得られていない」
渡部昇一氏:六、マラーの実験の致命的欠点
J)人間にはDNAが傷ついたときにそれを修復する酵素があるが、ショウジョウバエの雄の生殖細胞にはそれがない。マラーの実験の致命的欠点とは、その修復酵素のない細胞を実験に使ったことである。
K)ラッキー博士の研究では、被爆者たちに先天性欠陥、死産、白血病、ガンなど統計的におかしい点は見当たらない。
L)世田谷の民家の床下でラジウムが発見されたとき、その家の人は50年も知らずに住んでいても元気だし、福島の草花は今年は異常によく育っている。
⇒小林よりのり氏「細胞の修復機能とて完全ではない。DNAの二本鎖の二本とも切断される「二本鎖切断」が起これば、突然変異をおこして、ガンの原因になる。低線量でも二本鎖切断が起こることは2003年に実証されている。台北のコバルト60アパートの住人のがん死亡率が低かった事例を引き合いに出すことが多いが、台湾国立陽明大学の張武修教授の研究グループの追跡調査では、リスク減どころか白血病は増加、乳がんも有意ではないが発生率が高まっている結果がある。植物の異常生育が放射線によるものとするならば、それは奇形発生を認めていることになる。」
渡部昇一氏:七、風評被害の原因
M)広島・長崎の原爆被曝者の調査によると、500ミリシーベルト以上被曝した場合は、被曝量に比例してガンの発生率が増加するが、200ミリシーベルト以下ではガン発生率の増加は認められないどころか、むしろ下がっている。
N)LNT仮説はDNA修復酵素のないショウジョウバエには適用できても、DNA修復酵素のある人間には適用してはいけない
O)フランスのモーリス・チュビアーナ博士は、10ミリシーベルト/h以下なら、どんなに細胞が傷ついても完全に修復させてしまうと発表している。
P)年間10ミリ、20ミリシーベルトの土壌の上層部を剥がすという日本政府の方針はナンセンスである。
⇒小林よりのり氏「現時点ではLNT説が圧倒的に主流で、ホルミシス仮説が異端である。アメリカ科学アカデミー委員会も、低線量被曝を過小評価しているICRPさえもLNT説は妥当だとしている。」
小林よりのり氏の反論に対して、筆者が『渡部昇一氏の「原発興国論!」について』で述べた内容と絡めながら、見ていきたいと思います。
2.小林よしのり氏の反論に対する筆者の見解
まず、「一、「はてな」のはじまり」部分についてですけれども、小林よりのり氏は、「同級生にそういう人がいたというだけでデータでもなんでもない。」と切って捨てています。これについては、筆者はくだんのエントリーで「渡部昇一氏の体験談でありますから、筆者には「そうですか」としかいいようがありません…人によっては当然発症しない人もいるはずです」と述べていて、言っていることは、小林よりのり氏と同じです。これについては、検証してもあまり意味はないと思います。
次に「二、福島原発事故のあと -日本財団で聞いた話」についてですけれども、小林よりのり氏は「ベラルーシ国立甲状腺ガンセンターの実態調査では、チェルノブイリ事故後10年間の小児の甲状腺ガン患者数は、事故前の10年間と比べて60倍に増加している。」と別データを出して反論しています。ところが、渡部氏は死亡者数はいないという論を展開しているのに対して、小林よりのり氏は患者数が増えている事例でもって反論していて、議論の土俵が実は微妙に違っています。
これについては、筆者は「渡部氏が挙げている数字はあくまでも、死者の数で、発症者でカウントすれば、もっと多くなります。…これはどの程度でリスクと感じるかという捉え方の問題であって、一律にどうと扱える問題ではないように思います。」と、奇しくも、小林よしのり氏と同じ指摘をしているのですけれども、筆者は「どの程度でリスクと感じるかという捉え方の問題」という認識であり、小林よしのり氏がこれを持って「トンデモカルトのホルミシス信者は。自分の都合の悪いデータには目をつぶり、…」と述べているのは、患者数の増加が大きなリスクとして捉えているということだと思います。
そして「三、福島原発事故のあと -ラッキー、茂木情報」については、小林よりのり氏は、「NASAがホルミシス説を採用していないことと、三朝温泉の再調査での発生率や中国とインドの高放射線地域のガン発生リスクに、他の地域と大差がないデータがある」と別データを出して反論しています。筆者は、この部分について、くだんのエントリー「あくまでもホルミシス効果がある、という前提での話で、公式にはホルミシス効果は認められていません。」として、データ提示はしていないものの、内容自身は、小林よりのり氏とほぼ同じ趣旨ですね。ただ、筆者はホルミシス効果はあるのではないかとしつつも、万が一のことを考えて、コンサバティブにみる立場を取っているのに対して、小林よりのり氏はホルミシス効果はない、という立場に立っているという違いはあります。
更に、「四、どうしてこんな誤解が -量の問題」についてです。小林よりのり氏の反論は明らかに「内部被曝」を想定したものと思われるのですけれども、その亡くなった方が実効線量で何シーベルト相当の「内部被曝」をしたのかが数値ベースで示されているわけではありませんので、何ともいえません。いくらホルミシス効果があったとしても、限界値を超えれば、やっぱり病に倒れてしまいますから。ただ、渡部昇一氏は、「内部被曝」についての論が少ないというのは、筆者も指摘しているのですけれども、そこを小林よりのり氏に突かれている面があるように見受けられます。
「五、どうしてこんな誤解が -ノーベル賞の罪」では、小林よりのり氏は、「メガマウス実験」やカニクイザルの研究の例を出して反論しています。「メガマウス実験」というのは、アメリカのオークリッジ国立研究所のラッセル博士が1950年代後半に100万匹のマウスを用いて、親に放射線をあてたときの遺伝的影響について調査した実験のことなのですけれども、その結果、線量と放射線の影響の出る頻度との関係は「線量が大きいと頻度は高くなる」、いわゆる比例関係にあることが確認されています。
けれども、実験で照射した線量は、375ミリシーベルトから数千ミリシーベルトといった範囲で行われていて、厳密には、福島原発事故以来、話題になっている100mSv以下の低線量での影響と同列に語れない筈なのですけれども、「メガマウス実験」で得られた、比例直線を線量ゼロまで真っ直ぐ伸ばすと丁度、線量ゼロで自然に起きる遺伝的影響確率になったそうです。
「六、マラーの実験の致命的欠点」で、小林よりのり氏が反論している、DNAの「二本鎖切断」については、筆者もこれまで何度も取り上げていて、くだんのエントリーでも指摘しています。ただ、筆者が、インドや中国などの高線量地域を含む、自然放射線程度の線量(数m~10mGy/年)であれば大丈夫だろうとしているのに対して、小林よしのり氏は、高線量地域での調査も、代々その土地に住んでいる人を対象にした調査であり、別の地域からの移住者がいればまた別の結果が出たのではないかとしていますから、筆者よりも更にネガティブに見ていることになりますね。
尤も、東京大学アイソトープ総合センターセンターの児玉龍彦教授によれば、DNAのある特定の部分が破壊されることで、がんになるというメカニズムが分かってきているそうです。(染色体7番qの11領域という染色体がやられてしまうと甲状腺がんになる等。)
最後に「七、風評被害の原因」についてですけれども、結局はLNT仮説を妥当とするかどうかが最大のポイントになるということだと思いますね。渡部昇一氏と小林よしのり氏の論争も、つまるところ、LNT仮説を是とするか、ホルミシス仮説を是とするかの論争になっています。そして、双方の仮説を補強するデータがそれぞれに存在してはいるのですけれども、現時点では決定的なデータというか、データの蓄積が不足しているというのが現状ではないかと思います。
3.LNT仮説を採用する根拠
こちらで、ICRPがLNT仮説を採用する根拠について述べられているのですけれども、それによれば、大きく次の3つを根拠としているようです。
1.電離放射線による遺伝子損傷は、いかなる低い線量においても一定の確率で生成される。それを生体の修復機構で完全に修復することは困難である。
2.原爆疫学的見地から、500mSv以下の線量範囲での全ての固形がんに対する解析結果では、0~100mSvの範囲で統計的に有意な増加が示されている。これは、LNT仮説と矛盾しない
3.BEIR-Ⅶ報告書では、広島・長崎の被爆者の健康影響調査の他に、旧ソ連のマヤック原子力施設事故の健康影響調査なども総合的に見直した結果、100mSvの被曝における発がんリスクの推定は、有意なリスクであると報告している。
ここで、3のマヤック原子力施設事故というのは、いわゆる1957年に起きたウラル核惨事のことで、旧ソ連ウラル地方チェリャビンスク州のマヤーク核施設で、当時、高レベルの放射性廃棄物である、ストロンチウム90などを濃縮してタンクに貯蔵していたところ、冷却装置が故障し、タンク内温度が上昇爆発して、大量の放射性物質が大気中に放出された事件です。
放射性廃棄物は約1000m上空まで舞い上がり、南西の風に乗って、北東方向に幅約9km、長さ105kmの帯状の地域を汚染、約1万人が避難する事態となりました。
近年、このマヤック原子力施設での作業者の疫学調査および、同施設などからの放射性物質で汚染を受けたテチャ川流域住民の疫学調査などから、放射線被曝のリスクの推定値は、全体として、原爆被爆者の調査から得られている値と異ならないか、異なっていても統計学的誤差の範囲に収まるという結果になっているそうです。
これらのことから、LNT仮説は、現時点までに行われた、実態調査から類推でき、かつ安全面に配慮した結果、妥当とされているように思われますね。
全体を通して、小林よしのり氏の反論のポイントは、筆者が『渡部昇一氏の「原発興国論!」について』のエントリーで述べた内容と重なるところも多く、単独データに関しては異論はありません。ただ、そのデータをなんと捉えるか、どう判断するかの部分で、若干の違いが出ているにしか過ぎない印象です。
福島原発事故起因の、低線量の人体に対する影響について、筆者がおそらく大丈夫だろうけれど、万が一を考えて、コンサバティブの立場を取っていることに対して、小林よしのり氏は、よりネガティブに、本当に危ないと認識しているということになります。
まぁ、低線量の影響について、はっきりした結論がでるまでは、やはり、現状をどう認識するかという問題に、結局は帰着するように思います。
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この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
福島程度の放射能洩れの影響を考える上では,
現在の知見では分からないと言うのが結論の様.
しかし, 「外挿」は問題を沢山生む.
地球温暖化でも外挿が問題を起こしている.
初期の実験物理学者は外挿を科学としなかった.
結局は政治と国民の意志が重要な要素になる.
国に要求ばかりする国民だと線形外挿で
果てしもなく保障を要求するだろうし,
生きる危険を当然と考えるなら, ある点で
割り切ることになるだろう.
LNTの積極的な利用法としては, 平均余令
と組み合わせて, 高齢者への制限解除と
優遇処置だろうか. 優遇してくれるなら
住んでも良いと思う. (寒いが)
或は, 危険率に応じて危険手当のような
減税処置するのはどうか.
いずれにしても, 我々の国は支那やロシアに
加えて北朝鮮の核にも睨まれた国であること
を忘れてはいけない. 核を一発くらい
食らっても負けないと言う意志がなければ
日本は存続し得ないだろう.
クマのプータロー
残った人を諦めさせるような発言を飛ばす人たちは、言葉で表す前に行動で示して欲しい、誰も止めません。