世界初の人工衛星による300V発電成功

 
7月10日、九州工業大学は、同大学の学生らが製作した小型衛星「鳳龍弐号」が、表面の太陽電池で350ボルトの発電に成功したと発表した。

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これは、5月18日にJAXAが「H2A」21号機で観測衛星「しずく」を打ち上げた際に、相乗りした小型衛星のひとつで、「世界初の300V発電」をメインミッションとしていた。

地球を回る人工衛星は、自分自身が発電する電気によって様々な観測機器を制御しているのだけれど、近年の衛星は、多機能化・高性能化が進んでいて、それに伴って大電力が必要とされている。

電力は、電圧と電流の積[電力P(W)=電圧E(V)×電流 I (A)]だから、大電力を作るためには、電圧を上げるか電流を増やすしかないのだけれど、電流を増やしてしまうと、こんどは配線経路中のジュール熱損失によって、電力ロスが激しくなる欠点がある。従って、電流を増やさずに、電力を上げるためには、電圧を高くする必要がある。

ところが、衛星軌道で、低軌道の領域では、静止軌道に比べて非常にプラズマ密度が濃く、この軌道では発電電圧とプラズマとの相互作用で、衛星は帯電する。このとき、衛星周辺の電子とイオンは衛星に流れ込んで、プラズマ電位より電位が正の部分では電子が、負の部分ではイオンがそれぞれ集まってくるのだけれど、太陽電池には絶縁体、金属、真空が重なるトリプルジャンクションと呼ばれる部分が数多くあって、この部分に電界が集中することで、放電してしまうことがあるそうだ。

これまで、宇宙空間で、太陽電池を使った発電電圧は、国際宇宙ステーション(ISS)の160ボルトが最高値なのだけれど、これは放電しないギリギリの電圧なのだという。

だけど、今後、ISSよりもさらに大きな1MWクラスの電力を扱う宇宙機になると300~400Vの発電電圧が必要になると言われていて、宇宙空間での高電圧発電は喫急の課題だった。

そこで、「鳳龍弐号」の太陽電池パネルには、トリプルジャンクションが帯電して電界が集中しないように、半導電性のコーティング及びフィルムでカバーされていて、これによって放電を防ぐようになっている。

ただ、いくら放電を抑えて、300V発電ができたとしても、それが実用レベルであるといえるためには、300Vが長時間、安定出力されるのは勿論のこと、コーティング/フィルムが劣化しないことや、放電しないことが確認できなくちゃいけない。

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そこで、「鳳龍弐号」は試験モードとして次の5つが用意されている。
(a) 初期動作確認モード
(b) フィルム劣化試験モード
(c) 300V発電モード
(d) 放電抑制試験モード
(e) オーロラ帯放電試験モード
(a)の初期動作確認モードは、300V系が正常に動作することを確かめるためのモードで、電位と基板温度を一秒毎に測定し、合計25回測定して終了するごく短い試験。

初期動作試験で正常が確認されると、次に(b)のフィルム劣化試験モードに移るのだけれど、これは、300V動作を60分行ない、これまた一秒毎に発電電圧、電位、基板温度の測定が行なわれる。この試験は数週間に1回サンプリングし、フィルムの経年劣化がないかを確認する。また、この試験モードでは、セーフガードとして、放電回数が30回を超えると、試験は強制終了されるように設定されているようだ。

フィルム劣化試験で問題ないと確認されると、いよいよ、(c)の300V発電モードに移行する。これも、フィルム劣化試験と同じく、60分間の試験が行われる。

300V発電モードでは、300V発電太陽電池が日照時に安定して発電し、放電が発生せずに発電が行われることを確認する試験で、もし、300V発電太陽電池が60分で10回以上という、高い頻度で放電がした場合は、それ以降のテストは行わない。

300V発電試験で問題なかった場合は、(d)の放電抑制試験モードに移るのだけれど、これは、放電抑制能力の実力評価に相当する試験で、予め、フィルム/コーティングされた太陽電池パネルと、コーティングしていない太陽電池パネルそれぞれで発電し、互いの放電回数を比較することで、フィルム/コーティングがどこまで有効かを確認する。

最後の、(e)オーロラ帯放電試験モードというのは、太陽電池パネルのフィルム/コーティングが「高エネルギー電子環境下」すなわち、オーロラ帯を通過するときでも、放電を抑制できるかを確認する試験。

「鳳龍弐号」の300V発電といっても、細かくみれば、以上の5つのミッションがある。

このように、衛星軌道上での300V発電は、元々、放電を伴う危険なものであることから、衛星に搭載される他の機器に多大な影響を与えるリスクがある。したがって、こうした実験は、中・大型衛星では敬遠されがちなのだそうだ。

今回の発表では、7月8日に高度約680kmの軌道上で発電実験を行い、約30分間にわたって、330~350Vの電圧を安定して出力していることが確認されたそうだけれど、これを持って、手放しで喜んでいいのかというと、それはまだ早い。

フィルム劣化試験モードだけでも数週間かかることを考えると、おそらく今回の発表は、フィルム劣化試験モードの1回目又は、300V発電モードの1回目ではないかと思う。それに300V発電を60分行なう筈なのに、安定出力した時間を30分と発表したところをみると、或いはまだ本格的な実験にまでは至っていないのかもしれない。

それでも、学生が制作した小型衛星が、世界初の300V発電に成功した事実は変わらない。これは素直に快挙だといっていいと思う。

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