iphoneのデザインが人を惹きつける理由
今日は、久々に文化系のエントリーです。
1.デザインで遅れをとった日本の家電
日本の家電メーカーが苦境に立っている。
というのも、近年、安いテレビを桁違いの規模で市場に投入する韓国メーカーとの過当競争をし、価格破壊が進んだ結果、売れば売るほど赤字になる構造に陥ってしまっているから。
ある家電大手の担当者は、「世界規模のたたき売りに巻き込まれては、とてもやっていけなかった…国内のライバルを意識して、ひたすら画質、音質にこだわって開発競争に明け暮れていた。そして気がつけば、海外市場で消費者に選ばれたのは画面でも音でもなく、安くてデザイン性に優れた韓国・サムスン電子のテレビだった」という。
最近では、PC、テレビ、自動車など、製品ジャンルを問わず、日本以外のアジアメーカーの製品に対するデザインの評価が高いのだそうだ。例えば、PCなら台湾のアスースやエイサー、中国のレノボ、薄型テレビであれば韓国のLG電子や、サムスン電子の薄型テレビのデザインは、業界関係者の間では以前から評価が高い。無論、アメリカのアップルのデザインは別格の高評価を受けている。
今年6月に社長に就任したパナソニックの津賀一宏社長は、「パナソニックは、デジタル家電市場という、新たなインフラを立ち上げることに取り組み、それをリードする役割を担ってきた。…しかし、それが一段落すると、今度は端末競争になる。そこでは、技術がモノをいうのではなく、デザイン、マーケティングが重要になる。そのフェーズにおいて、パナソニックは、技術やモノづくりに自信を持っていたために、お客様視点の商品を十分に展開できていなかった。これが2006年~2011年であった」と指摘する。つまり。デザインやマーケティングで遅れを取ったのだということ。
では、デザインの良さとは一体何か。
発売当初から一世を風靡し、今なお、高い人気を誇るアップルのiphoneのデザインが何故、人を惹きつけて止まないのか。それについて、株式会社ユビキタスエンターテインメント社長の清水亮氏は、自身のブログで、その秘密は、美意識であり「愛のクオリア」なのではないかと述べている。
確かに、アップルの創始者であるスティーブ・ジョブスは、元々、いかにも工業製品という感じのソニー製品が好きだったのだけれど、1981年6月、コロラド州アスペンで毎年開催される国際デザイン会議に参加する。
その年の会議は、イタリアのスタイルがテーマだったのだけれど、ここでジョブスはバウハウスの流れをくむすっきりと機能的なデザイン哲学と出会い、それに傾倒してゆく。
2.ジョブスの目指したシンプルなデザイン
バウハウスとは、1919年に建築家ヴァルター・グロピウスを中心としてワイマールに設立された国立総合造形学校の名前のこと。そこではアブストラクト・アート(抽象画)の巨匠ヴァシリー・カンディンスキーやパウル・クレー、建築家のミース・ファン・デル・ローエ、色彩論を体系化したヨハネス・イッテン。更には、フォトグラムを生み出したモホリ=ナギ、大量生産家具の基礎を作ったマルセル・ブロイヤーといった20世紀のデザイン・美術の歴史に残るマイスターたちが教壇に立ち、生徒を指導した。
バウハウス自身は創立わずか14年で、ナチスの弾圧によって閉校に追いやられてしまうのだけれど、単なる教育という枠組みを超えて多くの作品を生み出した。その特徴は、個々の装飾を放棄・断念して、シンプルかつ、美しい造形、そして、大量生産を前提とした知的な設計、高い機能からくる合理性であり、現代の日常生活にデザインという概念を与えたとされている。
1983年のアスペン国際デザイン会議でジョブズは、バウハウススタイルを信奉していると語り、次のように述べている。「いま主流の工業デザインはソニーのハイテク型で、ガンメタかブラックあたりで塗り、いろいろと加工をおこないます。加工は簡単ですが、すばらしいものは作れません。・・・ハイテクな製品とし、それを、ハイテクだとわかるすっきりしたパッケージに収めます。小さなパッケージとすれば、ブラウン社の家電製品のように、白くて美しい製品を生み出すことができます。…明るくピュアな製品、ハイテクらしさを包みかくさない製品とします。ソニーのように、黒に黒に黒に黒の工業製品的外観にはしません。…当社はこのようなアプローチとしています。とてもシンプルです。また、近代美術館に収められてもおかしくない品質をめざします。会社の経営、製品の設計、広告とすべてをシンプルにするのです。とてもシンプルに・・・」
このシンプルさというのは、アップル製品に脈々と受け継がれていることは、ipadやiphoneのデザインを見てもよく分かる。
この意味において、iphoneのデザインには、「愛のクオリア」とまで言えるかどうかは分からないけれど、少なくとも「シンプルのクオリア」が流れているといえるだろう。
さて、清水氏の「iphoneのデザインの秘密は"愛のクオリア"だ」説に対して、理論的に説明しようと手を挙げたのが「もしドラ」の著者であり、作家の岩崎夏海氏。
岩崎氏は、iphoneは、筐体そのもののデザインといった静的な要素と、アップルのアイコンの現れ方や表れるタイミング、あるいは快感を覚えるような仕掛けを含めた演出全般といった、動的な要素が相互に補完的に演出されているから優れているのだ、という。
だけど、筆者は、岩崎氏の説には同意しない。なぜなら、「アイコンの現れ方」だの、「快感を覚える演出」だのは、所詮、"飾り"であって、シンプルさではないと思うから。
ジョブスはマッキントッシュの開発当時、大勢集まったデザインの専門家を前に、次のように語っている。
「我々がデザインの主眼に据えていますのは、"直感的に物事がわかるようにする"です。…机の使い方なら、誰でも直感的にわかります。事務所に行くと、机に書類が載っていますよね?一番上に置かれた書類がだいたい一番重要なわけです。優先順位の切り替え方も、誰でも知っています。我々がコンピュータでデスクトップという机などのメタファーを採用しているのは、皆が持っている経験を活用するためです。」
直感的に物事がわかるようにするということは、一目見ただけで使い方が分かるということ。突き詰めていえば、使用者に負担を掛けないこと。ストレスを与えないこと。それがジョブスの目指したデザインではないかと思われる。
iphoneの操作性の良さはつとに有名だけれど、使用者にストレスを与えない、という意味では、その哲学は本体そのものにも宿っていると筆者は思う。
たとえば、iphone3Gの背面は滑らかな曲面になっているけれど、プラスチックは冷えて固まるときに歪み易いため、ここまでの曲面精度を出すのは非常に難しいのだそうだ。
慶応大学教授の山中俊治氏はiphone3Gを分解した結果、この曲面を作るために、ボディを少し厚めに一定の厚さに成形した後、薄くする必要があるところだけをドリルで削って薄くするという、電子機器メーカーの常識では、コスト的にあり得ないような手間をかけることによって実現していると指摘している。
果たして、そこまでして美しく仕上げる必要があるのか。
3.iphoneが持っているステルス・デザイン
実は、「人に癒しを与えるデザインの多くは、レーダーやソナーに映りにくい形状をしている」という理論がある。これは、物理学者の長沼伸一郎氏が提唱している理論で、通称「ステルス・デザイン」。
※今はエコー・デザインと呼んでいるようだ。
「ステルス・デザイン」とは、要するに、最新の戦闘機や艦船などに使われているステルス技術を建築に応用すれば、建造物の閉塞感が吸収され、周囲の空間全体に広がり感が与えられるという理論。
ステルス戦闘機がレーダーに映らない(映りにくい)のは、レーダー波をあさっての方向に反らしてしまうからなのだけれど、このレーダー波の経路を、人の視線の軌跡と置き換えて考えてみると、ステルス的な形状・構造の建造物は、非ステルス的な建造物より、閉塞感が少なく見えるという理屈。そのデザインの基本は、軍事でいうステルス技術と同様に「直角」を極力無くすことが主眼となる。
この「ステルス・デザイン」理論は、今のところ、世の中には広く認められているわけではないようなのだけれど、2008年に長沼氏は、東京大学の西成研究室との合同企画という形で、ステルス・デザインの検証実験を行い、直角を減らしたデザインの方が奥行き感を感じるという結果を得ている。
では、このステルス・デザインという観点から、iphoneの外観デザインを見るとどうなるか。そこで、iphone3GSとIS05及びIS03の外観を比較してみると次のとおり。
iphone3GSの薄さは元より、やはりiphone3GSの曲面の美しさが際立っているように見える。それに特にIS03との比較に顕著に表れているけれど、IS03には、前面パッケージと背面パッケージの継ぎ目がはっきりと見えるのに対して、iphone3GSには、明らかな継ぎ目なんて見当たらない。
この継ぎ目は、形状としてみれば凸凹になるから、ステルス的には、電波の乱反射を生む要因になる。つまり、ステルス・デザインという観点からみると、iphone3GSの方が、より"ステルスデザイン"されている。仮に、長沼氏の「ステルス・デザイン」理論が正しいとすると、iphone3GSは"ステルスデザイン"された人に癒しを与えるデザインになっていると言える。
これは、使用者にストレスを与えない、という意味で、ジョブスの目指したデザインの一つではないのかと思えてならない。
電子機器メーカーからしてみれば、携帯のパッケージなんかは、大量生産しやすいように簡単なデザインにしてコストを抑えるのが常識であって、iphone3Gのように。ボディを少し厚めに一定の厚さにしてから、薄くする必要があるところだけをドリルで削って薄くするなんて、わざわざコストをかけるような真似はしないだろう。
だけど、冒頭で述べたように、技術ではなく、デザインやマーケティングが勝負になるのであれば、こうした人に癒しを与える、ステルスデザインも十分検討に値するのではないか。
元々、日本には、おもてなしの文化がある。ジョブスが愛した"禅"がある。そうした文化資産を家電に生かす道もあるのではないかと思う。
←人気ブログランキングへ
この記事へのコメント
ちび・むぎ・みみ・はな
であるなら, メーカーは日本人にとって
もっとも良いデザインを考えれば良いと思う.
本来ならそれで良い筈だが, そうは行かないのは
日本企業が国際的な資本競争に巻き込まれ,
常に成長しなければならなくなっているからだ.
つまり, 株価(海外投資者が決める)が落ちれば
買収の危険がある.
だから, 日本国内の産業資本を国際資本の侵略から
守る仕組みを作れば, 日本のローカル標準に
戻ってやり直すことができる.
日本産業の苦境は不自然なグローバリズムに
載せられたからだと思う.
大学の先生はこの本質的なところを捉えずに
世界的なものが何でも良いと煽て上げる.
白なまず
opera
ジョブズのカリスマ性のお陰か、アップルの強さの根源をデザインに求める意見が多いのだけれど、個人的には、アップルの強みはハードとOS等のソフトを総合的に製作しているコンピュータ屋さんだという点にあると思っています。
これに対して、日本のメーカーは基本的にハード屋(ないし家電屋)さんでしかなく、ソフトはウインドウズその他に乗っかっているだけ。これでは、安価でそこそこ動くハードが海外で量産されるようになると苦境に陥るのは当然、という気がしています。
iPodがWalkmanに代わって爆発的に普及した背後には、iTunesの無償配布が大きく影響していたように、iPhoneの基本OSもアップルの独自技術。日本のメーカーも、この辺のところを考えないとこの分野での先は無いでしょう。
GAMEの世界を見ても、ハードと最小限の基本ソフトは自社で製作できるようにしないと、一世を風靡することは困難でしょうね。