今日は、3党合意の消費増税部分について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
1.デフレを深刻化させた民主党の政策
6月17日の「「社会保障と税の一体改革」の3党合意について」のエントリーで、筆者は、大きな政策については、自民党が主導権を握り、民主党政権を逆にコントロールする下地を作ったのではないかと述べたけれど、その中でも消費税引き上げに当たっての検討課題として確認された項目にフォーカスを当てて考えてみたい。
まず、その検討課題及び、附則18条で合意された内容について以下に引用する。
1)消費税の引き上げに当たっては、低所得者に配慮した施策を講ずることとし、以下を確認する。
《以下略》
2)転嫁対策については、消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保する観点から、独占禁止法・下請法の特例に関わる必要な法制上の措置を講ずる旨の規定を追加する。
3)医療については、第7条第1号に示した方針に沿って見直しを行うこととし、消費税率8%への引き上げ時までに、高額の投資に関わる消費税負担について、医療保険制度において他の診療行為と区分して適切な手当を行う具体的な手法について検討し、結論を得る。また、医療に関する税制上の配慮等についても幅広く検討を行う。
4)住宅の取得については、第7条第1号トの規定に沿って、平成25年度以降の税制改正及び予算編成の過程で総合的に検討を行い、消費税率の8%への引き上げ時及び10%への引き上げ時にそれぞれ十分な対策を実施する。
5)自動車取得税及び自動車重量税については、第7条第1号ワの規定に沿って抜本的見直しを行うこととし、消費税率の8%への引き上げ時までに結論を得る。
6)扶養控除、成年扶養控除、配偶者控除に関する規定を削除する。
7)歳入庁に関する規定を「年金保険料の徴収体制強化等について、歳入庁その他の方策の有効性、課題等を幅広い観点から検討し、実施する」
8)成長戦略や事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分する
これらの中の2から8迄の項目を、大きく次の3種類に分類してみる。
グループA:8
グループB:2、3、4、5
グループC:3、6、7
これらの政策を経済・財政の観点から見てみると、グループAは公共投資、グループBは内需維持・拡大策、そしてグループCが財政政策に相当すると思われる。つまり、これらは、政府支出の見直しをするとともに、投資を拡大および内需も維持拡大するというデフレ脱却を重点に置いたものと考えられる。
そこで、政権交代以来、この3年で民主党政権が行ってきたことを、この「公共投資」、「内需拡大」、「財政政策」の3つの観点から振り返ってみると、次のようになると思う。
まず、「公共投資」は投資どころか、事業仕分けで削減。「内需拡大」は何も有効なものを打ち出せず、麻生政権のエコポイントを継続しただけ。そして、「財政政策」は、コンクリートから人へをスローガンに、子ども手当等のバラマキを拡大したものの、財源確保のために、扶養控除、配偶者控除を廃止。それでも財源が足りずに結局子ども手当の額も縮小となってしまった。
こうして振り返ってみると、民主党はこの3年で、投資を削減して増税するという、"デフレをより深刻化させる"政策を採っていたことは疑う余地がない。
それをこの3党合意では、180度転換させている。だから民主党は3党合意を持ってマニフェストを撤回したという自民党の主張はその通りだと思うし、やはりこの時点で自民党が主導権を握って、民主党政権を逆にコントロールするようになったと見ていいのではないかと思う。
そして、もう一点注目すべきことがある。それは、内需拡大政策の中の4、5が何故態々住宅や車といった具体的項目で指定されているか、ということ。
2.財務省は増税しても景気後退しないスタンスを取っている
筆者は、この部分こそが、自民党が政治判断で盛り込んだ部分ではないかと思っている。というのは、財務省は、消費税増税しても、景気には関係ないというスタンスを取っていると思われるから。
参院予算委員会などでも、野田首相は、「将来への不安をなくしていくことで消費や経済を活性化させる要素もある」などと発言したり、週間ダイヤモンドが「『日本経済』入門」」なんて記事を出したりして、さも、増税と景気は無関係もしくは、増税しても景気は良くなるかのような論が巷で見受けられるのだけれど、こうしたネタ元はやはり財務省側から出ているもののようだ。
たとえば、週間ダイヤモンド4月14日号「『日本経済』入門」にその「消費税増税で景気はよくなる」という"新常識"なるものが主張されているのだけれど、そこでは、1997年4月の前回の消費税率引き上げ時には、97年4~6月期こそ、マイナスだったものの7~9期にプラスになっていることから「消費税率引き上げが景気の足を引っ張ったとは言い難い」と関連が薄いことが述べられているのだけれど、これと同じ趣旨の論文が財務省管轄の独立行政法人である財務総合政策研究所から出ている。
これは、上智大学准教授の中里透氏による「1996年から98年にかけての財政運営が景気・物価動向に与えた影響について」という論文で、その概要は次のとおり。
1)96年後半の公共投資の削減は景気を下押しする要因にはなったが、鉱工業生産は落ち込まなかった。その理由は、消費税増税による駆け込み需要の増加と円安による輸出の増加でそれを打ち消したからである。
2)駆け込み需要が終わり、97年4月の消費税増実施後、大きな反動減が起こり、特に、耐久消費財の需要は大きく触れた。ただし、家計消費全体でみると、増税後3ヶ月こそ消費は落ち込んだものの、97年夏頃からは持ち直しの動きが見られた。鉱工業生産も、雇用も大きな変化はなかった。ただし、回復にやや力強さを欠いていたことから、税率引き上げによる負担増が消費抑制の効果をもたらした可能性はある。
3)97年11月以降から消費が急に落ち込み、98年中頃に掛けて、生産も雇用も急速に悪化しているが、これは金融破綻が相次ぎ、景況感が悪化したからである。
4)97年12月に施行された財政構造改革法が景気対策を実施する制約になり、不況を悪化させたという指摘があるが、同じく12月17日に橋本総理が特別減税の実施を表明し、98年2月に特別減税を実施、98年5月には、その財政構造改革法自身も弾力条項を盛り込んだ改正案が成立している。従って、財政構造改革法は使う前にお蔵入りになったも同然で、不況を悪化させた要因ではない。
5)4とは別に財政構造改革法の制定そのものが不況発生要因だという意見もあるが、この時期は丁度金融破綻が起きた時期であり、そちらの要因も考慮しないといけない。
以上のことから、97年の消費税増による不況といっても、この時期はそれ以外の要因もあるから、それぞれの要因について研究する必要がある。「1996年から98年にかけての財政運営が景気・物価動向に与えた影響について」 中里透氏 より要旨抜粋
と、ぱっと見、消費税増と景気は関係ないと言っているようで、結論はもっと分析する必要がある、と逃げている。つまり、消費税増は関係ない説は中里氏自身断定していない。
3.財務省の精神論を押し返した自民党の政策
実は、これには少し裏があって、中里氏のこの論文の前に「90年代の財政運営:評価と課題」という論文を出していて、やはり、そこでも「1997年5月以降の景気後退局面において景気悪化をもたらした主たる要因が同期間中の財政運営にあるという証拠は見出せず、むしろ金融システムの不安定化に伴う景況感の悪化やアジア通貨危機等に起因する外需の減少の影響によるところが大きかったものと判断される」と、消費増税と景気悪化は関係ないという主張をしていた。
ところが、この論文に対して、大阪大学教授の八田達夫氏が「「90年代の財政運営:評価と課題」コメント」という論文で、「消費税率の引き上げが誘発した住宅・耐久財・半耐久財消費の低迷は、植草氏が指摘する97年の第3四半期の在庫投資の増大を生み出した。それがその後の投資の停滞をもたらした。97年の春に消費税率を引き上げたことが、日本経済の回復の芽をつみ、秋から冬にかけての外生的ショックに耐えられない体調に、日本経済を追いこんだのである。」と、消費増税が景気を冷やしたのだ、と指摘している。
先の中里氏の「1996年から98年にかけての財政運営が景気・物価動向に与えた影響について」の論文は、この八田氏の反論を受けてのもので(参考文献中にくだんの八田氏の論文が掲載されている)、八田氏の指摘を受けて、「消費税率の引き上げや特別減税の廃止等の負担増が、現在だけでなく将来にわたる家計の可処分所得を減少させる要因として認識され、消費を抑制する効果をもった可能性があることには留意が必要であろう」とエクスキューズをつけ、少しトーンダウンしている。
だから、財務省が「消費増税は景気後退させない論」を唱えるにあたって、"増税による負担増が家計を圧迫し消費を抑制する効果がある"と見るかどうかがポイントになるわけで、それを取り繕うために、財務省は「将来への不安をなくしていくことで消費や経済を活性化させる説」を拵えて、野田首相や安住財務大臣にレクチャーしてはそう発言させているのではないか。
八田氏は中里氏への反論で「消費増税は住宅・耐久財・半耐久財消費の低迷を誘発した」と指摘している。だとすると、逆に言えば、住宅・耐久財・半耐久財消費の低迷を誘発しなければ、景気後退しないともいえるわけで、そのために、財務省は先にも述べたように「社会保障を充実させて将来の不安を無くすこと」という、"精神論"をその方策としている。
だけど、精神論で全て解決するのであれば苦労しない。本当に財務省がこんなことで国民が金を使ってくれるなんて思っているのか。
それに対して、3党合意での自民党の案はもっと直接的。3党合意の中での、増税に際しての検討内容に、住宅取得に便宜を図り、自動車税について見直すとしている。これははっきりと、八田氏の指摘する消費増税による住宅・耐久財・半耐久財消費の低迷を食い止めるための政策だと思われる。
実は、6月18日に行われた、自民党全議員・選挙区支部長懇談会で3党合意の内容の説明において、前回の消費税増税の際の個人消費について、駆け込み需要とその反動はあったものの、個人消費は減っておらず、税額の落ち込みの理由は設備投資と公共投資の落ち込みであり、「消費税増税により個人消費が落ち込み税収が減った」という議論は誤りという説明がなされている。
これは、中里氏の主張をその論拠にしているものと思われるのだけれど、そうであれば、自民党にも財務省の手が伸びていることになる。だけど、その中で、住宅取得と自動車税に便宜を図るという案を自民が3党合意にねじ込んだということは、100%財務省の言いなりになっているわけでもなく、八田氏が中里論文に対して、指摘・反論した部分についても汲み取った結果ではないかと思われる。
ゆえに、この部分にこそ、自民党が、ある意味、財務省の意向を押し返して、盛り込ませた項目ではないかと考えている。そう考えると、一口に3党合意といっても、水面下では相当な駆け引きと交渉があった上で仕上げられたものであり、もしも、ねじれ国会がなく、民主党単独で法案成立できるような状況であったならば、八田氏の指摘する"消費増税による住宅・耐久財・半耐久財消費の低迷"に対する手当もなく、ただただ、財務省の"精神論"に流されるまま、もっと日本が苦境に陥っていたかもしれない。
ただ、中里氏の主張にしても、財務省の主張にしても、増税して3ヶ月後や半年後どうだからといって、増税しても景気に影響あるとかないとか結論を出すのは強引に過ぎる。それに景気には国外要因だって関係する。仮に、中里氏の主張が正しいとした場合、当時と今回を較べると、当時は円安で輸出が伸びていたお蔭で、公共投資削減分を相殺していたのが、今回は円高。まぁ、一瞬日銀が金融緩和のポーズを見せたものの、輸出が伸びる程の円安には程遠い。従って、外部環境は、今回の方がより悪い。
また、前回は増税後でも、消費が持ち直した時期があるとしているけれど、それは、鉱工業生産も、雇用も大きな変化はなかったという前提のもの。今回は鉱工業生産も、雇用も落ち込みまくりで、これも今回の方がより悪い。
更に、前回の不況は、金融破綻が原因だという点についても、今回だって、EUが飛びそうな状況で、どうなるか分からない。連鎖破綻だってある。トータルでみると外部環境は前回より今回の方がより悪いと言える。
経済は生き物。前回がこうだからといって今回も同じとは限らない。だからどんな状況下になっても、都度、機動的かつ効果的な政策をうてる柔軟性を持っていたほうがいいと思う。今後の3党による政策検討でも有効かつ効果的な政策が打ち出されることを望んでいる。
世間は生きている。理屈は死んでいる。勝海舟
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この記事へのコメント
opera
これはしばしば指摘されることですが、財務省が極めて特殊な経済モデルを使っているためだと言われていますね。通常の経済モデル(どういう要素を加えるかによって若干の差があるようですが)の場合、3~5%程度の景気減速効果があるとされています。
また、公共事業の乗数効果についても、通常の経済モデルの場合3~5、集中投資の場合5~6程度見込めると言われているのに、財務省は1.1という発展途上国等で使われる(IMF推奨の)インフレ抑制を重視した非常に特殊なモデルを使用して、公共事業悪玉論を展開しています。
まぁ、民主党政権崩壊後になるでしょうが、こうした政府部内で使われる経済モデル等をきちんと是正しない限り、財務省やその御用学者を押さえることは難しいかもしれません。
sdi
地方自治体の中堅公務員の人がつい最近「バブルのようなことは二度と起こしてはならない」と言い切ったのを目の当たりにしたことがあります。
「バブルを二度と起こしてはならない」→「バブル発生の芽(景気上昇)は事前につみとる」
という論理展開です。
ちび・むぎ・みみ・はな
勿論, 特定の誰と言ふ話ではなく, 制約がなければ
官僚機構は世の中を法律で規制するものだ.
これが一見して大層愚かな振舞として現れる.
社会主義革命政権であった近衛文麿内閣の下で
官僚が社会主義的政策を実行したようなもの.
戦前の悪法の多くは近衛文麿内閣でできた.
嘘付社会主義革命内閣の下で悪政が量産される
のに不思議はない. 同様に, グローバリズムと言ふ
社会主義思想に染まった日経の機構が愚かな記事を
書くのは必然なのだろう.
彼らにとって, 国が危機的状況にある方が好ましい.