直立浮上式防波堤

 
8月29日、三菱重工業と大林組、東亜建設工業の3社は和歌山県海南市の和歌山下津港海岸の海南地区に、世界初の「直立浮上式防波堤」を10月初旬から建設することを発表した。

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工事の事業主体は、国土交通省近畿地方整備局で、計画では、「和歌山下津港海岸 海南地区津波対策事業」の一環として、港湾入口の航路部分に総延長230mの可動式防波堤を建設することになっている。

今回3社が受注した工事は、航路隣接部の約10mを対象に、海面下13.5mから海面上7.5mまで、10分以内で浮上する設備を造るという。工期は2011年11月から2013年2月までの16ヶ月。

「直立浮上式防波堤」とは、その名のとおり、津波などの異常が起こったときだけ、防波堤が浮き上がってくるというもの。

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この防波堤は、海底に設置した下部鋼管の中に直径の小さい上部鋼管を格納した二重鋼管構造になっていて、下部鋼管に取り付けた送気管から上部鋼管に空気を送り込むことで浮力を与え、それによって上部鋼管が浮上する仕組みになっている。逆に沈めるときは、上部鋼管内の空気を排気するだけで、鋼管の浮力は無くなり、自重で沈降する。

この直立浮上式防波堤は、従来の防波堤と違い、いくつかの利点がある。まず、平常時は海底地盤内に格納されているため、船舶の航行の邪魔にならず、しかも地震の影響を受けにくいこと。次に、潮汐や海流に影響を与えないため、港内の海水交換の妨げとならないこと。更に、上部鋼管の浮上・沈降に浮力を利用し、機構が単純なため、大規模な駆動装置を必要とせず、運用管理が容易なこと。そして最後に、主要構成材料は一般的な鋼管を用いているため、信頼性および安全性が高いことがある。

今回設置される、和歌山県海南地区の津波の浸水予測地域には、住居地区に加えて、行政・防災機関や主要交通網があり、加えて臨海部には企業も立地していて、早くから津波対策が望まれていた。

だけど、従来の護岸かさ上げ等の対策では船舶の荷役などへの支障が大きいことから、複数の可動式防波堤について技術検討が行われ、最終的に、航路への影響がない「直立浮上式防波堤」を港口部に配置して、浸水予測地域の前面で防護ラインを形成する津波対策を進めることになったようだ。

これだけ聞くと、何やら非常時には、港全部をシャッターでも締めるかのように、端から端まで浮上式防波堤で閉じてしまうかのような印象を受けるのだけれど、実際は既存の堤防の間に挟まれ窄まった、湾入口部分だけ。それでも、湾の入り口を閉じるような形にはなるから、それなりの効果は期待できると思われる。

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この直立浮上式防波堤の耐久性、信頼性については、平成18年9月から平成19年12月にかけて、静岡県の沼津港で実証実験が行われている。

そこで行われた、上部鋼管の可動試験では、毎分8立方メートルで空気を送った状態で、およそ200秒で上部鋼管が水面下8mから海面上3mに浮上することを確認している。鋼管そのものの浮上は、送気後170秒から始まり、200秒後で完了していて、浮上だけに要する時間は30秒程と驚く程早く、のべ100回以上の浮上・沈降試験を行っても一度もトラブルはなかったそうだ。

8月29日、内閣府の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」は南海トラフで最大級の地震が起きた場合の震度分布と津波高の推計を公表しているのだけれど、それによると、津波到達にかかる時間は、津波高1メートルで串本町と太地町が2分、那智勝浦町が3分、新宮市とすさみ町、白浜町が4分で、津波高10メートルの場合では、串本町で4分、那智勝浦町と太地町で5分、すさみ町で14分となっている。

串本町と太地町の津波1メートルの最短到達時間2分は、全国でも静岡県と並んで最も早いそうなのだけれど、直立浮上式防波堤の浮上時間200秒では少し間に合わない。ただ、浮上にかかる時間は送り込む空気の量によって変化するようだから、もっと一気に空気を送れるコンプレッサーを使うなど、何らかの対策は必要になるかもしれない。

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また、波浪中耐久性試験として、上部鋼管を2週間浮上させたままの状態にして波浪時の波圧、加速度、ひずみを計測したところ、上部鋼管が下部鋼管に接触する際に衝撃的な加速度が生じるらしく、ゴム等の緩衝材の設置や上部鋼管と下部鋼管の間の隙間を狭くするなどの衝撃緩和対策が必要になるようだ。

更に、上部鋼管を沈降させて1年間放置した後、浮上させて鋼管側面部に付着生物等がないかの調査を行ったのだけれど、付着生物等は確認されていない。これは、上部鋼管が、光も射さず、酸素も極めて少ない下部鋼管にすっぽりと格納されていたためと考えられ、メンテナンスの面からも大きな利点になるという。また、上部鋼管と下部鋼管の隙間から土砂が侵入することを防ぐために隙間にシールブラシを設けていたのだけれど、これもしっかりと機能して土砂侵入もなかったという。

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こうしたことを見ていくと、世界初の可動式防波堤とはいえ、相当実用に耐えるものになっているのではないかと思われる。あとは、実際の津波で流された船舶や車が可動式防波堤にぶつかるなどといった不測の事態にどう対応するかなど、二重三重の対策を検討する必要があるかもしれないけれど、それでも、こうした可動式防波堤があるとないとでは全然違うだろう。

2012年4月29日に、宮城県気仙沼市で、「気仙沼市魚町・南町内湾地区復興まちづくりコンペ」が行われ、その最終審査会で、この直立浮上式防波堤を設置するメリットを生かしたまちづくり案「気仙沼ドラゴンポート」が最優秀に選ばれている。

こちらの案での直立浮上式防波堤は総延長120mで建設コストは約40億円だそうなのだけれど、和歌山下津港海岸と比べて、湾口部が狭いため、こちらの方が設置効果が高いようだ。気仙沼市はコンペの応募案を参考としながら、地元住民などと話し合ってまちづくりの方向性を探る予定だという。こうした防波堤が他の港にも採用されていくことを期待したい。

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