東芝のレアアースを使わない磁石
8月16日、東芝は希少レアアースを使わない強力な磁石を開発したと発表した。
東芝は、電車やハイブリッド自動車などを動かすモーター用として、2013年3月までに発売を始める計画のようだ。
レアアース磁石は大きく、サマリウムコバルト系とネオジム鉄ボロン系の2種類に分類される。サマリウムコバルト系磁石は、レアアースのサマリウムと、鉄族元素であるコバルトからなる磁石だし、ネオジム鉄ボロン系磁石(ネオジム磁石)は、レアアースのネオジムと鉄および13族元素のボロンからなる磁石。
磁石に鉄、コバルト、ニッケルなどの鉄系元素が使われる理由は、鉄族元素が磁石に吸いつく性質(強磁性)を持っているから。
原子中の電子は原子核の周りを軌道運動しているのだけれど、更に自分自身も自転している。電子は電荷を持つから、フレミング右手の法則に従って磁場が発生するのと同様に、電子の軌道運動により磁気が生じる。
通常、閉殻となっている電子軌道には2つずつ対となる電子が入っているのだけれど、ペアとなる電子の自転(スピン)は、それぞれ上向きの自転(スピン)と下向きの自転(スピン)で、磁気は互いに打ち消しあってしまう。
一方、閉殻となっていない原子については、磁気を打ち消す相手の電子がいないから磁気を持つことになるのだけれど、鉄のような重い元素となると、ペアがいない電子(不対電子)が多く存在してしまい、強い磁気を帯びることになる。例えば、三価鉄(Fe3+)は3d軌道の1個と4S軌道の2個の電子が欠けることで、3d軌道の5個の電子がすべてペアのない電子となって強い磁気を持つ。同様にレアアース元素は4f軌道が閉殻とならず、やはり磁気を持つ。
このとき、3d軌道の電子によって強磁性を持つ鉄族元素と4f軌道の電子によって強磁性を持つレアアースとで化合物を作ると、3d軌道と4f軌道両方の電子による磁気の方向が同じになり、それぞれの磁気が合わさった強力な磁石が出来上がる。これが現在使われているレアアース磁石。
レアアース磁石は、1970年代前半にサマリウムコバルト系磁石が始めて開発されたのだけれど、サマリウムは産出量が少ない希土類元素であることに加え、コバルトも産地が局在しているという弱点があった。そこで、サマリウムコバルト以外で強磁性を持つ磁石が求められていたのだけれど、1982年に日本の住友特殊金属の佐川眞人氏らによってネオジム磁石が発明された。
ネオジム磁石はサマリウムコバルト磁石より強い磁石を持つ上に、安くて豊富な鉄が使える利点がある。更に、ネオジムはレアアースの中では、セリウム、ランタンに次いで3番目に多く地殻中に含まれていて、その産出量はサマリウムの10倍以上ある。
そうした事情から、ネオジム磁石が広く受け入れられ、今では、様々な分野で使われている。だけど、「レアアースレス磁石」のエントリーで触れたように、ネオジム磁石は温度が高くなると磁力が落ちるという欠点があり、自動車・鉄道車両の駆動モーターや産業用モーターのように耐熱性が求められる部分には使いにくかった。その対策として、ネオジム磁石に耐熱性を持たせるために、同じくレアアースのジスプロシウムを混ぜているのだけれど、ジスプロシウム鉱山の殆どが中国にあることと、中国による輸出規制と価格高騰によって、今後の供給が不安視されていた。
そこで、ジスプロシウムを使わずに、ネオジム磁石並みの強力な磁力を持つ磁石が求められていたのだけれど、今回、東芝は、ネオジム系ではなく、サマリウムコバルト系の磁石で、ネオジム並みの磁力を持つ磁石を開発した。
東芝は、サマリウムコバルト磁力を高める為に、鉄の配合量を重量ベースで従来の15%から20~25%まで増やし、焼結時の温度、時間、圧力などの熱処理条件を工夫して、磁力の阻害要因となっていた酸化物を低減したとしている。
一部のマスコミ報道では、レアアースを使わない磁石と見出しをつけて、さも凄い磁石を開発したかのように書いているのもあるのだけれど、正確に言えば、レアアースの中のジスプロシウムを使わない磁石を開発したということであって、サマリウムを使用したネオジム代替磁石を開発したということ。ただ、サマリウムはオーストラリアやアメリカに豊富にあり、供給不安という意味では、ジスプロシウムより不安が少ないだろう。
今後、このタイプのレアアース磁石も使われていくものと思われる。
←人気ブログランキングへ
この記事へのコメント