山中教授と萌えるiPS

 
「今の日本のiPS研究は1勝10敗です。」
山中伸弥京大教授


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1.タッチの差だったiPS細胞の開発

10月19日、田中真紀子文部科学相は記者会見で、ノーベル医学生理学賞を受賞する山中伸弥京都大教授に新しい洗濯機を買ってもらうため、閣僚有志から祝い金を贈ると明らかにした。

何故、洗濯機なのかというと、山中教授がノーベル賞受賞の連絡を受けたときは、自宅で故障した洗濯機を直している最中だった、と発言していたのが発端。それを聞いた、田中大臣が「研究に専念しなければならない山中教授に洗濯機を直させるわけにはいかない」として、洗濯機をプレゼントすることを提案し、野田内閣の閣僚16人が21日、1人当たり1万円ずつ出し合って、洗濯機の購入費を調達することにしたそうだ。

まぁ、これはこれで、ちょっと洒落た配慮ではあると思うけれど、本当に山中教授に研究に専念してほしいのであれば、それなりの環境を整える方がずっと大事。

10月10日、政府は、iPS細胞の実用化研究に対して今後10年間、総額で200億~300億円の研究費を助成する方針を決めているけれど、金を出したら、それで万事OKというのはちょっと考えが甘い。
 
今回、山中教授が開発したiPS細胞研究は、日本がトップを独走した結果では全然なくて、ほんの少しだけ、それこそ"タッチの差"で、世界より早かったというだけ。

2006年、山中教授が、マウスでiPS細胞を開発したときは、確かに世界に先行していたのだけれど、その翌年にヒトのiPS細胞の開発に成功したと論文を発表したときには、アメリカのウィスコンシン大学の研究グループと同着。そして、その後、iPS細胞から神経細胞を作って、動物の治療にトライしてみたり、患者からiPS細胞を作ったりする研究となると、いずれもアメリカが先行しているという。

山中教授がノーベル賞を受賞したのを世界中の研究者が認めているのは、マウスとヒトのiPS細胞を続けて、世界で一番に開発したからで、もしも、ヒトのiPS細胞の開発がアメリカに先を越されていたら、もしかしたらノーベル賞もどうなっていたか分からない。

それに、山中教授が、ヒトのiPS細胞の開発に成功した論文発表が、アメリカの研究グループと同着に出来たのも、山中教授が独自のネットワークを持っていたから。

山中教授は、論文発表の2ヶ月程前、研究のために毎月のように訪れるサンフランシスコで、iPS研究のライバルが、人間のiPS細胞づくりに関して、有力誌に論文を投稿したようだとの情報を入手する。

その時点で既に、山中教授たちは、ヒトのiPS細胞の開発に成功していたのだけれど、もう少しデータを積み重ねてから論文発表するつもりだったのだという。

だけど、その情報を掴んだ山中教授は、超特急で論文を仕上げ、すぐにライバルとは別の有力誌『セル』に投稿した。『セル』編集部のあるボストンとの時差は13時間。山中教授は、何度も徹夜して編集部からの質問に対応し、2007年11月に発表された。ライバルの論文は、山中教授の論文の翌日に『サイエンス』で発表される予定だったのだけれど、なんと『サイエンス』が掲載を一日早めるという異例の行動を取り、結局同着ということになったのだそうだ。

普通、ノーベル賞ものの成果を出した研究者は、発表前のデータはトップシークレットにして、外部には絶対漏らさない。

なのに、山中教授はなぜ、ライバルの動向を掴むことができたのか。その秘密について、山中教授は、「ある米国の友人が耳打ちしてくれたんですよ」と打ち明け、「有力誌の編集部の人たちと普段からファーストネームで呼び合える関係を築いておかないと、情報戦には勝てません」と指摘する。

では、どうやって、そんな関係を山中教授は持つことができたのか。山中教授によると、それは、「プレゼン力」なのだそうだ。

海外の学会や講演会では、目立つプレゼンをすれば、演壇を降りてから聴衆が声をかけてくれる。立ち話をきっかけに顔見知りになったりもする。その後はメールや電話で連絡し合えるような関係になり、自分が相手の国を訪れたり、相手が来日したりするようになる。その時、できるだけ会って話をすることで関係を深めていく。

山中教授はそうやって独自のネットワークを築いていった。




2.山中教授の「プレゼン力」

山中教授は、自身のプレゼンには自信があると語る。その「プレゼン力」は、アメリカ留学中に身に着けた。留学中、山中教授は、UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)で開講されていたプレゼンのゼミと論文のゼミを受講している。

そのプレゼンのゼミは、普通に行なわれているような、発表者がプレゼンした後、その内容について受講生と互いに批評しあうといった類のものではなくて、プレゼンが終わると発表者は退席させられ、受講者だけで批評をする形式だった。

時には、プレゼンの様子を録画され、それを見ながら、受講者達が批評する回もあり、それもまた録画される。発表者本人も、受講者達が批評している録画を後で見ることができるのだけれど、まぁ、本人がいないのをいいことに言いたい放題。

山中教授のプレゼンも、やれ「文字ばかりのスライドは避けよ」とか、やれ「発表で説明しないことはスライドに書き込むな」とか、やれ「ポインターをくるくる回すと聴衆の目が回るから、なるべく動かさない方がいい」などなど、一挙手一投足まで批評されたのだという。

このゼミを受講して以来、山中教授は、プレゼンの仕方は勿論のこと、論文の書き方まで変わった。後に、山中教授が奈良先端大学の研究者募集面接でプレゼンをしたとき、ポインターをなるべく動かさず、ぴたっと止めるようにして発表したところ、プレゼン後、選考委員長の先生に、「あなたはしっかりとした教育を受けていると思った」と褒めて貰ったと述懐している。

こうした、プレゼン力やネットワーク力を駆使して、iPS細胞開発の第一人者となった山中教授なのだけれど、日本の生命科学の研究体制は「1勝10敗」なのだという。特にアメリカと比較すると、人も金も桁が違うのだそうだ。

山中教授によると、北アメリカには受精卵から作るES細胞などを扱う研究センターがおよそ50あって、世界中から人を集めて、チームを作っている。今や、それらがiPS細胞研究になだれこんでいる。

また、一般人や政治家の基礎科学に対する関心も高く、幹細胞研究に対して、カリフォルニア州では10年で3000億円、マサチューセッツ州でも10年で1200億円を投ずる計画がされているというから、日本政府が10年で200~300億円助成を決め、破格の待遇だとか言っているのとは、全然次元が違う。

山中教授は、iPS細胞研究の環境整備と加速のため、2009年4月から京都大学基金「iPS細胞研究基金」を設立し、寄付を募っている。また、趣味のランニングを生かして、「マラソンを完走するので、研究資金の寄付を」とインターネット上で呼びかけたりもした。

例えば、今年3月には、山中教授は自身の京都マラソン完走を条件に研究費の寄付を募り、レース前までに約900万円を集めていた。ところが、今回のノーベル賞受賞が発表されるや否や、寄付金が殺到し、わずか1日で、312件、計282万4800円が集まった。

寄付をした人たちは、山中教授の受賞はもとより、会見での発言に感銘を受けたとの声が殆どだったというから、これも、一種の山中教授の「プレゼン力」なのかもしれない。




3.萌えるiPS細胞

だけど、こうしてきちんとアピールすることができれば、日本だって、基礎研究にも寄付金は集まる。だから、山中教授のiPS細胞研究のみならず、もっとこうした民間から研究資金の寄付を募るようにできればよいと思う。

例えば、寄付金付商品だとかタイアップ商品なんかを作ってみるのはどうか。

寄付金付商品というのは、その名のとおり、商品の値段の一部を寄付すると決めた商品のことで、寄付金付年賀はがきなどは身近にある寄付金付き商品。最近では、東日本大震災の被災地支援のための寄付金付商品なども出回っている。

また、近頃のコンビニなんかでは、なにかのアニメとのタイアップ商品だとか、清涼飲料水にちょっとした食玩をオマケにつけたりして売上を伸ばしたりなんかしているけれど、これらは研究への寄付として使えるのではないか。

スーパーなんかだと、健康食ブームや、安心食材ブームで、野菜なんかでも、「鈴木さんがつくったトマト」だとか「佐藤さんのジャガイモ」とか生産者の名前付の商品なんか普通にある。

だから、たとえば、この缶コーヒーの売り上げの1割は何々研究室へ寄付されます、なんて商品があってもいい。ただ、研究に寄付しますだけだと、一般の人には、何の研究なのか分からないから、バーコードやURLを書いたシールか何かをつけておいて、そこにアクセスすれば、研究者本人が、自分の研究がどんなものかを「プレゼン」する動画を見れるようにしておく。

その研究者の「プレゼン力」が優れていて、誰にでも分かりやすく、面白そうなものであれば、それこそ、口コミやYoutubeなどで拡散して人気になるかもしれない。研究者のプレゼンが上手ければ上手い程、寄付が集まる可能性が高くなるから、畢竟、研究者のプレゼン力も磨かれる。

今、日本の清涼飲料水の出荷額は、大体年間でおよそ2兆円、酒類は約3兆6千億円、お茶やコーヒーで、5600億円ほどあるから、たとえば、出荷本数の3割くらいを、販売価格の10%程度を寄付金分として上乗せした商品にすることができれば、年間で1850億円程の寄付金が出来てしまうことになる。

これは、文科省の年間の科学研究費である2600億円の7割にも及ぶ。ドリンク類だけでも、これだけあるのだから、その他商品に展開することができれば、更に可能性は広がる。

また、アニメなどと企画段階からタイアップして、研究内容を物語の設定として活かすことだって出来なくもない。例えば、「機動戦士ガンダム00」では、ガンダムへのエネルギー供給手段として、現実に研究が進められているSSPS(宇宙太陽光発電衛星)が登場する。

同様に、最新の科学知識をネタに織り込んだアニメ作品を、研究者とタイアップして作ることができれば、作品を見ながら、最新の研究動向を知る事だってできるようになる。もしかしたら、iPS細胞だって、「萌えアニメ」になるかもしれない。(ちょっと想像できないけれど…)

ともあれ、ノーベル賞を貰ってから、その価値に気付くのではなくて、その前の段階から、結果としてモノにならなかったとしても、基礎研究を寄付という形で応援する文化は、日本にもあっていいと思っている。

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この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    寄付と言っても米国の寄付と日本の寄付とでは
    桁も違うし寄付する資産家階層も違う.
    日本は, やはり, 政府が出資しなければかなわない.
    その時「東大の壁」をどうやって越えるかが問題.
    中抜きどころか元抜きをやるからね.

    日本の大学は協力が苦手だ.

    協力するためにの基本は「独占しない」こと
    「支配しないこと」だが, 日本のお偉いさんは
    現場から離れた人が多いから, 独占し支配しがち.
    米国では, 研究のお偉いさんは即現役で, 支配より
    は「成果」を重視するから, 良い協力者を拒まない.
    2015年08月10日 15:24
  • あきら

    いいですね。がんばてね。
    2015年08月10日 15:24

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