光学迷彩技術と透明「プリウス」

 
慶応大学の研究チームが、後部座席が透明になる「プリウス」の試作車を開発した。

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これは、RPT(Retro-reflective Projection Technology:再帰性投影技術)という技術を使ったものなのだけれど、平たくいうと光学迷彩。

光学迷彩とは物体を光学的にカモフラージュする技術なのだけれど、物体が透明になるということは、物体の向こう側の景色が見えるということだから、向こう側の景色、すなわち向こうからの光を、遮蔽物体を飛び越してこちら側に持ってこなくてはならない。

無論、光は、そのままでは遮蔽物体を透過することはできない。そこでどうするかと言うと、例えば車だと、車体の表面にカメラか何かを仕込んでおいて、カメラで撮影した映像を、社内に設置したプロジェクターなどで投影する方法などが使われる。

だけど、プロジェクターで投影するといっても、フロントガラスに投影したら運転に支障をきたすだろうし、カーナビの画面に映すのでは、巷のバックモニタやサイドモニタと何も変わらない。やはり、横を見たら横が、後ろを見たら後ろが透けてくれないと光学迷彩をしたことにはならない。

また、プロジェクターで投影した映像を直接見るだけなのであれば、車内一面にぐるりとモニタを設置して片っ端から外部の映像を映してやればそれで済む。だけど、そうしたところで、バックモニタやサイドモニタの拡大版以上のものにはならない。

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それに、光学迷彩は、用途によっては、100%透明にしないほうが良い場合がある。例えば、車に光学迷彩を施す場合、完全にスケスケにしてしまうと、今度は逆に、どこからどこまでが、自分の車なのか分からなくなってしまって、車幅感覚を失うことにも成りかねない。却って危ない。

だから、光学迷彩といっても、車に適用する場合には、ある程度は、遮る物体そのものも、向こうの景色と重なって見えなくちゃいけない。その為には、人の視線に合わせて、その視線の先の映像を、遮蔽する物体の"内側"に投影する必要がある。そうすることで、遮蔽する物体の"内側"と、投影した映像が合成され、結果として、"適当に"透けて見えるようになる。

だけど当然のことながら、折角合成した「透明化映像」が、視線を向けた本人に見えないと意味がない。

普通、何かの物体に、プロジェクターなどからの映像を投影した場合、その光は物質の形状や素材によって乱反射したり、吸収されたりするから、映画のスクリーンのようにフラットで光を良く反射するようなものでもない限り、上手くは映らない。

当然、車内には映画のスクリーンなんてないから、外部映像を投影したところで、乱反射したり吸収されたりするのがオチ。

つまり、光学迷彩は、ただ映像を投影して合成させてやればいいわけではなくて、物体の"内側表面"で合成した映像を、更に、そのまま視線を向けた人にまで戻してやる必要がある。これが光学迷彩技術のキモになる。

そのための素材が「再帰性反射材」と呼ばれるもの。これは、極小のガラスビーズあるいはコーナキューブを敷き詰めた構造を持っていて、「再帰性反射材」に当たった光は、そのまま元来た方向に180度反射する。

これによって、物体の"内側表面"で合成した映像は、乱反射させたりや吸収されたりすることなく、映し出すことが出来るようになる。

だけど、ここでもう一つの問題が残っている。それは、見る人の視線方向とプロジェクターの投影方向を一致させる必要があること。

再帰性反射材は、入射した光を180度反射する特性を持っているから、例えば、プロジェクターを車の天井に取り付けたとすると、そこから再帰性反射材に投影した映像は、そのまま天井方向に戻ることになるのだけど、これでは、折角の映像が運転者の目には届かない。だから、プロジェクターを見る人の視線と同一方向に置かないと、合成した「透明化映像」は見ることができない。

そのためにどうするかというと、一番手っ取り早いのは、見る人にプロジェクター付のメガネなりヘルメットなりを被せて、無理矢理、プロジェクターを視線と同じ方向に置くやり方。即ち、HMD(Head-Mounted Display)を使う方法。

その代わり、3D映画を観賞するときには、専用の3Dメガネを掛けないといけないように、この方式による光学迷彩は、HMDをわざわざつけるという煩わしさが残る。

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もうひとつ、HMDを使わない方法として、最初から横なら横、後部なら後部と、透明化する方向を決めておいてそこに合わせた映像を投影する方法もある。

例えば、後部座席を透明化すると決めたとすると、運転者が後部座席を見るときの視線は、大抵、運転席と助手席に間から覗くことになる。だから、運転席と助手席のヘッドレストの間くらいの位置にプロジェクターを置いてやれば、大体、視線と投影方向が一致する。ここで、後部座席に再帰性反射材を貼っておけば、透明化した合成画像は、180度反射して見る人に届かせることが出来る。

今回、慶応大学の研究チームが開発した後部座席が透明になる「プリウス」というのはこちらの方法。ただ、運転席と助手席のヘッドレストの間にプロジェクターを置いてしまうと、そのプロジェクターが視界を遮ってしまうので、実際には、運転席と助手席の間の天井もしくは床に設置して、45度に傾けたハーフミラーを運転席と助手席のヘッドレストの間に置いてやることで、合成画像を見ることができるようにしているようだ。

現時点では、SF漫画に出てくるような、光学迷彩服や透明マントと同じという訳にはいかないけれど、理屈の上では、視線と投影の問題がクリアできればいい。将来的には何らかのブレイクスルーが行われて、もっと凄い光学迷彩技術が出来上がる日がくるかもしれない。


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