iPSストックの可能性

 
昨日のエントリーの続きです。

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10月11日、文部科学省は、山中教授が所長を務めるiPS細胞の研究所を中心に、今後10年間、約300億円を助成する方針を固めた。

国はこれまで、2008年度から5年間で約100億円を助成していたのだけれど、引き続き助成をする。これは、iPS細胞の臨床応用や安全性確保に向けた研究を加速させるためのもので、年間約27億円を10年に渡って投入する予定。

さて、山中教授は、今後、iPS細胞の実用化に向けた研究開発を進めていくのだけれど、その一番の課題として、iPS細胞を治療での利用に備えて用意しておく「iPSストック」の実現を挙げている。

iPS細胞は患者自身の皮膚などから作れるから、本人から作ったiPS細胞を移植することで、拒絶反応といった問題を回避できる大きなメリットがある反面、その作製には時間と費用がかかる。

例えば、脊髄損傷などに対する移植材料として注目を集める神経細胞だと、患者の皮膚からiPS細胞を作ってから、神経細胞にして増やすのに数ヶ月も掛かるのだという。

そこで、山中教授は、iPS細胞による再生医療の実用化に向けて、iPS細胞を予め用意してストックしておく「iPSストック」構想を提唱している。

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だけど、iPS細胞を予め用意しておくといっても、そう簡単な話じゃない。確かに、iPS細胞は体のあらゆる細胞になることはできるけれど、それは無事に移植できることが大前提。いくらiPS細胞から各種の細胞を作ったとしても、移植したあとに拒絶反応を起こして、細胞が死んでしまったら意味がない。

拒絶反応とは、移植を行った後に起こる一連の生体反応のことなのだけれど、これは、移植された臓器などの細胞を、バイキン等と同じく、"異物"だと認識して、それをリンパ球が攻撃することで起こる。

では、どうやって、移植された臓器などを"異物"だと認識するかというと、そこには、白血球が大きな役割を果たしている。普通、血液にはABOといった所謂「血液型」があるけれど、これは血液の中の赤血球の型による分類を指す。これと同様に、白血球にも「血液型」がある。

白血球の血液型は、HLA(human leukocyte antigen:ヒト白血球抗原)というのだけれど、これは赤血球とは違って、非常に多くの型がある。

HLAはA,B,C,DR,DQ,DPなど多くの組み合わせで構成され、さらにそれぞれが数十種類の異なるタイプを持っているため、最終的な組み合わせは、数万通りになるともいわれている。

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HLA分子は細胞の表面にでる蛋白質で、細胞の内や外に微生物などの異物が侵入すると、その異物が分解されて出来た断片を結合して細胞表面に並べてしまう。

このとき、白血球の仲間であるリンパ球に属するT細胞は、細胞表面のHLA分子に結合した異物を認識して、これを排除するように免疫反応を開始するのだけれど、T細胞は自分のHLA型と違ったHLA分子を見つけても、やはり異物と認識してこれを攻撃してしまう。

先にも述べたとおり、HLAの型は数万通りあるから、臓器移植の際、自分以外の細胞組織のHLAが全く同じになることは殆どない。従って、移植された臓器は、たちどころに異物だと認識され、攻撃されてしまう。これが、HLA型がマッチしていない人同士の間で臓器移植を行った際、拒絶反応が起こる主な原因。

では、HLAが100%完全に一致しないと臓器移植は全く出来ないのかというと、実はそうでもない。

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HLA型のうち、臓器移植では、HLA-A、HLA-B、HLA-DRの3種類(3座という)がマッチしているかどうかが重要だとされるのだけれど、HLAの遺伝子は9番目の染色体上にあって、父親から1本、母親から1本もらい、2本で一対になっている。

つまり、3種類のHLA型といっても、実際には、[HLA-A(父)、HLA-A(母)]、[HLA-B(父)、HLA-B(母)]、[HLA-DR(父)、HLA-DR(母)」という具合に、6種類あることになり、このために、子供同士でさえも、4つの組み合わせが発生して、ぴったり合う確率は25%しかない。これが赤の他人ともなると、50~1000人に1人しかマッチしないという。

ただ、最近は優れた免疫抑制薬が使われるようになったため、完全にHLAが合わない移植でも、十分に拒絶反応がコントロールできるようになってきている。

そこで、iPS細胞のHLA型も、完全にマッチしないまでも、最大公約数的なHLA型であれば移植可能だとして、進めようとしているのが、今回の「iPSストック」。

先程、HLA-A、HLA-B、HLA-DRのHLA型には6種類あると言ったけれど、ごくまれに、父親と母親からそれぞれ、全く同じ型のHLA-A、HLA-B、HLA-DRを受け継いだタイプのHLA型が存在する。このタイプの場合、HLA型は[HLA-A(父)=HLA-A(母)]、[HLA-B(父)=HLA-B(母)]、[HLA-DR(父)=HLA-DR(母)」の3種類になる。

このとき、移植元と移植先のHLA型がそれぞれ6種類づつある場合のHLAマッチングと、移植元が3種類、移植先が6種類でのHLAマッチングを比較すると、組み合わせが少ない分、後者の方がずっとマッチングは取りやすくなる。

山中教授が所長を務める、iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)は、この父親と母親からそれぞれ、全く同じ型のHLA-A、HLA-B、HLA-DRを受け継いだタイプのHLA型を"3座ホモ接合型HLA"と呼び、この型の細胞が140株あれば、日本人の約9割への細胞移植が可能だと試算している。

開発の進展を期待している。

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この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    山中教授の意欲にはただ頭が下がるばかりだ.
    しかし, 300億円の助成のうち如何ほどが
    山中教授のもとに届くか分からない. それほどに
    研究助成金の分配における東大の力は大きい.

    ところで, 「Will」緊急増刊号に「ここが変だよ
    ホルミシス論争」(西岡昌紀)があるが, 読んでみて
    どうにも「気持ちが悪い.」

    西岡氏はホルミシス効果を否定するものではないが,
    ホルミシス効果があるということは体がストレスを
    受けているからだが, それは(体に)良いのか?
    という循環論法を使ってみたり, 閾値以下の
    低放射能領域でも危険はあり, 例えば妊婦に
    ある時期にX線をかけると乳児に障害が現れたり,
    英の原発の従業員家族に白血病の増加があったりする,
    と難癖をつけたりする.

    前者はいわゆる低放射能ではないだろうし,
    後者は放射能がどの様に患者に届いたのかが不明だ.
    西岡氏は従業員に付着した放射能が家族に影響した
    のだろうから低放射能の影響だと言うのだが,
    メカニズムの分からないものを閾値効果の否定に
    使うのは如何がなものか. それを思い込みと言う.

    更に, 広島・長崎原爆の後遺症についても
    2015年08月10日 15:24

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