ニコニコ動画での、安倍vs野田の党首討論に暗雲が立ち始めた。
11月22日、野田首相側から、自民安倍総裁に対して、1対1の党首討論を申し込み、24日に安倍総裁がニコニコ動画でやりましょうと返答していたのだけれど、ネットでの党首討論の話になった途端、急に民主党は逃げ腰になった。
翌25日には、野田首相は、民放テレビ番組で「テレビ中継も入れて、もっと幅広い人に見てもらったほうがいい…29日に限定することもない」と言い出し、26日には、安住幹事長代理が記者会見で「会場は都内のホテルで、すべてのメディアに公開したい。…『ネット右翼』がすごい書き込みをしていて、そこに来いというやり方は解せない。…偏った動画サイトに投稿するやり方はよき伝統の党首討論を崩す。…政治的な別の意図があると思う。」と発言した。
安倍総裁がネット上での党首討論を提案したのは、理由がある。ひとつは政治的公平の問題。一応、放送法の第4条には「国内放送等の放送番組の編集等」として次のように定められている。
第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。そして13条に「候補者放送」として次のように定められている。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
第十三条 放送事業者が、公選による公職の候補者の政見放送その他選挙運動に関する放送をした場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、料金を徴収するとしないとにかかわらず、同等の条件で放送をしなければならない。と、このように「国内放送」及び「内外放送」においては、政治的に公平でなければならず、また、他の候補者の請求があれば、同等の条件で放送をしなければならない、と規定されている。
ここで、規定されている「国内放送」及び「内外放送」とはどういうものかというと、放送法の第2条4項と12項で次のように定義されている。
第二条 この法律及びこの法律に基づく命令の規定の解釈に関しては、次の定義に従うものとする。また、テレビ放送については、18項で次のように定義されている。
一 「放送」とは、公衆によつて直接受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。)の送信(他人の電気通信設備(同条第二号に規定する電気通信設備をいう。以下同じ。)を用いて行われるものを含む。)をいう。
四 「国内放送」とは、国内において受信されることを目的とする放送をいう。
十二 「内外放送」とは、国内及び外国において受信されることを目的とする放送をいう。
十八 「テレビジョン放送」とは、静止し、又は移動する事物の瞬間的影像及びこれに伴う音声その他の音響を送る放送(文字、図形その他の影像(音声その他の音響を伴うものを含む。)又は信号を併せ送るものを含む。)をいう。よって、これらの定義から、放送法第4条が適用されうる放送とは、「国内及び外国において受信されることを目的とする放送」であると見ていいだろう。そして18条でテレビは、「音響を伴う事物の影像を放送するもの」と定義されているから、テレビは放送法の適用範囲であることは間違いなく、テレビでの民主・自民の2党だけの党首討論は、第4条の政治的公平に抵触する可能性は極めて高い。
しかも、今回のテレビ党首討論を民主・自民の1対1で行おうと民主が提案したことについて、25日、みんなの党の山内国対委員長が、「選挙を前に、恣意的に相手を選ぶのは著しく公正に欠け、不適切だ」と民主党に対して、中小7野党と民主党との党首討論を行うよう申し入れをしている。
この点についても、放送法13条に従えば、テレビで党首討論をするのであれば、全政党と党首討論を行わなければならないことになる。だけど、野党7党を相手に公平かつノーカットで党首討論をテレビでやるのは事実上無理だろう。
これに対して、インターネット放送はどうなっているかというと、放送法の中ではネット放送はまだ定義されていない。敢えてそれに近いものがあるとすれば、第2条19項の「多重放送」になると思うけれど、「多重放送」は「超短波放送又はテレビジョン放送の電波に重畳して、音声その他の音響、文字、図形その他の影像又は信号を送る放送」と"電波に重畳して"と規定されているから、ネット放送をこれに含めるのはちょっと苦しい。
ということで、放送法の未整備をついた"抜け穴"的解釈をすれば、ネット放送は放送法の対象外だから、1対1の党首討論も可能だろうと言えなくもない。
だから、安倍総裁が、テレビだと放送法の制約があるから、インターネットではどうか、という提案はまるっきり根拠のないものではないし、むしろ、放送法を考慮すると、この方法しかない。建前としても筋は通っている。
民主党はこれを拒否したのみならず、あろうことか、安住幹事長代行は、ネット放送を「偏った動画サイト」と発言した。
この発言にニコ動側はブチ切れた。ニコ動を運営するドワンゴ取締役の夏野剛氏はツイッターで「『偏向サイト』とはどういうことか。民主党の議員さん、答えてください。…今回の騒動で民主党は自民党の手のウチに乗って失敗したばかりか、若者世代の支持を完全に失ったな。…国会中継、事業仕分けなどまったく政治的意図を入れない生中継で政府には随分協力してきたつもりですが。…中継はニコ動の独占ではなくフルオープンのはず」と厳しく批判した。
そして、ドワンゴ社長名で民主党の輿石幹事長に対し、「何を根拠に『極めて偏った動画サイト』と批判しているのか明確にしていただきたい」と5日以内に回答を求める抗議書を提出している。
はっきり言って、安住氏は盛大に墓穴を掘ったという他ない。言わなくてもいいのに、わざわざ偏った動画サイトなどと発言して、多くの人を敵に回した。既に、ニコ動側から正式な抗議文書が出ているから、もう、しらんぷりすることはできない。遠からず、謝罪に追い込まれることになるのではないか。
それに、ネットによるノーカット生中継は既に3年前に行った実績がある。2009年の総選挙直前に、麻生総理と鳩山党首との党首討論が行なわれた時に、ネットだけ完全生中継をしている。
安住氏のいう「よき伝統の党首討論」はもうとっくに崩れている。
民主党は、民主、自民の両党だけで党首討論を行う理由について、「多党化の中で十分な討議の時間を確保することは難しい」としているけれど、であれば尚更のこと、放送法に抵触しない媒体を使うべきであり、ネット以外の選択肢は事実上皆無に近い。それでも、テレビでの党首討論云々というのであれば、自ら放送法を破りますと言っているようなもので、流石、これまでの慣例を悉く覆してきた民主党ならではといえる。
自民党はあくまでもネットでの討論を主張して譲らない方針でいるようだけれど、まぁ当然の対応だろう。もしもこれで、党首討論が出来なくなったとしても、元々、民主党から持ちかけてきた話。痛くも痒くもない。
因みに話題に上がっていた29日には、22時から民主党の岡田副首相がニコ動の生放送に出演する予定になっている。仮に、29日の党首討論がお流れになった場合、この件について、岡田氏に視聴者からの多くの質問(ツッコミ)が入ると思われる。
まぁ、視聴者の質問を受け付ければの話ではあるけれど、その時、岡田氏がなんと答えるか少し聞いてみたい。
その意味では、ニコ生の同時コメント設定で出演した鳩山氏が、視聴者コメントでボコボコにされながらも最後まで喋り切ったのは、実は大した事だったのかもしれない。
この記事へのコメント
sdi
>2009年の総選挙直前に、麻生総理と鳩山党首との党首討論が行なわれた時に、ネットだけ完全生中継をしている。
このときの経験があるからこそ「偏った動画サイト」云々を言い出した(もしくは思わず本音が漏れた)のでしょう。あの時期の民主党に対して追い風一色の世論の中で、ニコ動で鳩山党首がユーザーからコメントその他でぼこぼこにされたのですから。当時の民主党関係者にとって大ショックだったのは想像するのは容易でしょう。なにしろ「政権を取れば何でもできると思っていた」と今になって愚痴を漏らすくらい総選挙前から舞い上がっていた方々ですから、ネットメディアに対して「なんでこんなに貶されるんだ?ワケガワカラナイヨ」となるでしょう?
ニコ動が「偏って」いるのはまるきり嘘でもありません。ただし偏っているのはニコ動本体というよりニコ動の視聴者層でしょう。ネットの中でもニコ動視聴者層の「偏り」を指摘する意見もやはり存在しますよ。ドワンゴの出資者云々の話は論外としてもです。というか「ニコ動を見
日比野
>というか「ニコ動を見る」「ニコ生の党首討論を見る」という時点で、すでにある程度視聴者層にふるいが掛けられてしまっています。
それはそうですよ。だからこその"14%"なのですから。
コメ禁設定でノーカットフル放送して、それを後で地上波で再放送でいいんじゃないですかね。サッカーだと45分CMなしで放送してますから、ある程度の長さで3、4分割してノーカット版を流すこともできるかと思いますね。
ス内パー
ニコ動側も自民党も最初っからTVでの同時放映(や時間差放映)を許可しているからこそ
ニコ動は「フルオープンである」と威張ってられるわけで
そこを「ニコ動独占だ!」とするTVの筋の悪さはいかんともしがたいですねー。