安倍総裁の代表質問と煮詰まる野田首相

 
10月31日、衆院本会議で各党の代表質問が行われた。

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1.安倍氏の世界観と谷垣氏のロジック

筆者は、安倍総裁と甘利自民党政調会長の代表質問と野田首相の答弁を見たのだけれど、その様子を見る限りでは、安倍総裁の覇気や、甘利政調会長の勢いの強さが印象に残った。

特に安倍総裁の代表質問は、果たして、質問なのか、所信表明なのかどっちがどっちか分からないくらい力強いものだったのだけれど、安倍総裁の代表質問を改めて見直してみると、質問の仕方に非常に特徴的な部分があることが分かる。

それは、世界観、もしくは政策(ポリシー)の提示。

安倍総裁の代表質問の全文はこちらの自民党のサイトで公開されているけれど、これをみると、安倍総裁は、各々の質問について、前半で自らの世界観を提示し、後半で質問をするという構成を取っていることが分かる。

例えば、外交・安全保障に関する質問では、安倍総裁はまず、「日米同盟を再構築し、その揺るぎない信頼関係を内外に示すことが第一であります。そのため、集団的自衛権の行使を認めるべく、解釈を変更する必要があります。」と政策を提示し、その上で、野田首相にどう考えるのかを問うている。

また、経済政策の質問では、「強い外交力を裏打ちする強い経済力」という世界観を述べ、そのために「デフレ脱却と成長戦略がある」と政策を提示して、それから野田首相に信を問うよう詰め寄っている。

更に、社会保障・税一体改革の質問では世界観として、「自助・共助・公助」の基本理念を打ち出し、その上で野田首相に、社会保障政策における基本的な考え方を質している。

このように、安倍総裁の代表質問は、質問の前に、自身の世界観や政策の提示をしてから質問に入っている。恐らくは、この質問構成が、聞く者をして、代表質問なのに所信表明演説であるかのように感じさせたのだろうと思われる。

これが、谷垣前総裁となるとその構成は随分異なる。

以前、「何を審議してもダメっぷりは変わらない」のエントリーで述べたことがあるけれど、谷垣前総裁の質問は、「相手の答えとロジックをそのまま自分の質問に用いることで、相手の矛盾点を炙り出す」構成を取るという特徴がある。

こちらに、前の国会での谷垣氏の代表質問の全文があるのだけれど、ここにも、その特徴が随所に表れている。

例えば、「二、信を問うべし」の質問では、「野田総理は、先の衆議院総選挙において『4年間の任期中に消費税の税率引き上げを決めることに賛成か反対か』という新聞社の候補者アンケートに対し、『反対』と答えていますね。これはいまだにホームページにも掲載されており、こうした回答にもかかわらず、今は総理として自らの手で消費税率引上げを決めようとされていますが、あなたの言を信じて1票を投じた千葉4区の有権者にどう答えられるのですか。」と、野田首相自身の言動を提示した上で、それに反することを自分でやっているじゃないか、と問い詰めている。

また、「五、公務員人件費削減について」の質問でも、「まず、『素案』では、『身を切る』改革として、国家公務員給与の8%削減を内容とする給与臨時特例法案の早期成立を掲げていますが、この法案は、主として復興財源の確保を目的としており、削減期間は2014年3月末までとされています。すなわち、第1段階の消費税率引上げが行われる2014年4月には、消費税率が8%に上がると同時に公務員給与は復元して8%上がる、こんなことでは国民感情を逆撫ですることは必至です。この点についての総理の認識をお答えください。」と、身を切ると言ったくせに、実態は逆であると指摘している。

谷垣前総裁は、このように、相手の土俵や相手のロジックをそのまま辿ることで起こり得る矛盾を炙り出しては、野田政権の"嘘つきぶり"を満天下に知らしめていた。

この、相手の矛盾をさらけだす「谷垣式質問」と、世界観を提示して上で、相手の見識を問う「安倍式質問」とは見事なコントラストを示しているようで中々興味深い。




2.煮詰まる野田首相

さて、この安倍総裁の「安倍式質問」に対して、正しく答弁するためには、安倍総裁の世界観に対しては、自分の世界観を答え、安倍総裁の政策に対しては、自分の政策を答えるという具合に、質問における"戦略の階層"を一致させなければいけないのだけれど、野田首相の答弁の階層はそれぞれ一段階程度低く、若干ズレていた印象を受けた。

例えば、外交・安全保障に関する答弁では、安倍総裁の主張した「日米同盟を再構築し、その揺るぎない信頼関係を内外に示す」という世界観の部分には触れず、「日米同盟関係を進化発展させたい」とだけ述べている。

本来ここは、日米同盟関係が今現在崩れているから再構築すべきか否かという世界観(現状認識)を述べた上で、だからどうするという答弁でなければ、"戦略の階層"が一致しないのだけれど、野田首相はそれには踏み込まなかった。まぁ、敢えて好意的に見るのであれば、「現状の日米関係で何ら問題ないという世界観を持っているから、今の日米同盟関係を進化発展させたい」と言っているのだと解釈できなくもないけれど、それを明らかにしないと、肝心要の部分は討論されないことになる。

一方、社会保障・税一体改革についての答弁では、安倍総裁の「自助・共助・公助」という世界観については、「自助・共助・公助」の好循環を目指していると答弁しているから、ここに関しては世界観は一致しているので、あとは方法論の問題になる。尤も、社会保障・税一体改革については3党合意した内容であるから、もとより世界観は一致しているべきで、野田首相がこれを否定していたら、3党合意の精神を自分から投げ捨てたと見做されたであろうと思われる。

ただ、野田首相の答弁の全体の印象としては、野田首相の答弁は、やや原稿の棒読みに近く、ハッキリ言って覇気は感じられなかった。

時折、代表質問を聴いている野田首相の姿も映し出されていたのだけれど、原稿に目を落とすものの、どことなく上の空であるかのような印象を受けた。

野田首相に覇気がないと感じたのは筆者だけじゃない。ここ最近、民主党内でも、野田首相は「燃え尽き症候群」ではないかという見方が浮上してきているという。

10月30日、野田首相は民主党両院議員総会で「実りある国会にしたい」と語ったものの、具体的な展望には言及せず、ある中堅議員は「消費増税に向けて『不退転の決意』を強調していた頃とは別人のように感じた」 と語っている。

また、29日に、野田首相は衆院当選1回生と懇談しているのだけれど、「首相に『これをやりたい』という前向きなエネルギーを感じなかった」という感想が伝えられている。

何でも、官邸筋の話では、「野田首相の酒量が1、2カ月前から、ストレスで極端に増えている。一時、控えていたタバコの量も格段に増えた。そのせいで、『目が痛い』『のどが痛い』とこぼしている」とのことで、それなりにストレスを感じているらしい。

筆者は野田首相は、何を言われても堪えない、"スーパー鈍感神経"の持ち主ではないかと思っていただけに、少々意外には感じた。

また、民主党幹部によれば、最近、野田首相は、「周囲にすがるように『(支持率回復の)アイデアを出してくれ』と言い始めた。支持率20%台割れと、本気でアテにしていた北朝鮮拉致問題の劇的進展に失敗した。このことが響いた」ということだから、これが本当であれば、支持率の低下は相当嫌に思っていることになる。

だけど、そんなことを招いたのは、つまるところ、野田首相自身の言動にある。

「嘘つき民主党が支払う『代償』」のエントリーでも述べたけれど、一度、国民から嘘つきと見做されてしまったら、どんなに格好良いことを言ったり、何かの政策を実施しただけでは、支持は上向かない。巧言令色鮮し仁。結果を出して始めて支持に結びつく。

野田首相は代表質問の答弁では、年内解散の言質を与えず、民主党の政策批判をされても、「そんなことはない。やっている。」と反論するだけだった。だけど、国民はその言葉自体が嘘ではないかと思っているから、実際に結果がでない限り、支持率はジリ貧のままだろう。




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この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    嘘付増税首相は何と言われても居座るつもりだし,
    安倍総裁は何を言っても首相とは議論にならない
    ことを理解していると思う.

    谷垣氏の質問スタイルは自分の考えを表に出さず
    に相手をやり込めようとしているところから来る.
    その原因は自身の主義主張が古い自民党のそれを
    脱皮していない事を自覚しているところにある.
    その証拠は前総裁の時には総裁の考えが首脳人にも
    分からなかったことが多いことだ.

    安倍総裁は全く反対で, 現在の自民党で総裁の考え
    が分からないと言う人は一人もいない筈だ.
    (もっとも, 思い込みで批判する人も多いのは事実.)

    安倍総裁が現実主義者であれば, 国会でいくら
    嘘付増税首相をやり込めても早期解散に持ち込むのは
    難しいことを理解しているだろう.
    国民が, 自民党がまともな政策を持っていると理解し,
    詐欺師が政権についているという事実を知れば,
    詐欺師は国会に居座れなくなる.

    だから, 安倍総裁はあらゆる機会に自分達の主義信条と
    政策を「国民に」訴えるスタイルを採ることになろう.
    そう考えれば, 今回の代表質問の構成は当然.
    2015年08月10日 15:24

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