曖昧戦術は危機突破の力となるか

 
12月25日に予定されている自民党と公明党の連立合意書の文案が明らかになった。

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連立合意書では、両党の選挙公約を踏まえながら、互いに一部配慮した内容になっているようだ。

TPPについては、「国益にかなう最善の道を求める」と明記され、 自民党公約の「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り交渉参加に反対」よりも幅が広くなり、原発・エネルギー政策は「原発ゼロ」を掲げる公明党と脱原発に慎重な自民党の間をとって「可能な限り原発依存度を減らす」となった。また、憲法改正については「憲法審査会の審議を促進し、国民的な議論を深める」の表現になったようだ。

一方、経済政策については、割とはっきりしていて、金融政策は2%の物価上昇率目標を設定。景気対策に関しては「本格的な大型補正予算を2013年度予算と連動して編成・成立させ景気対策に万全を期す」とし、「名目3%以上の経済成長を実現する」との目標を掲げている。但し、12年度補正予算については「大型」とすることで一致したものの、具体的な規模などは政権発足後に新首相が経済対策を指示してから詰めの作業に入るため、連立合意には盛り込まないようだ。

更に、 税と社会保障の一体改革では「消費税引き上げ前の景気回復を着実に実現する」とし、時期についての言及は見送ったものの、公明党が要求する、生活必需品の税率を低くする複数税率(軽減税率)の導入を盛り込んだ。

これらを見る限り、経済対策については、物価上昇率および経済成長率を数値目標で掲げるなど、ほぼ自民の公約どおりの内容になっていることから、安倍政権は、まず経済対策を優先して、TPP、エネルギー政策、憲法改正などその他の政策については、優先順位を落としたように見えなくもない。

自民党の甘利政調会長は、先日、民放の番組収録で、消費税率を再来年の4月から8%に引き上げるかどうかについ
て、「引き上げを判断するいちばんの基準は、 デフレから脱却したかどうかであり、来年の4月から6月の経済指標の数字がかぎになる。あらゆる手を尽くして経済環境をよくしていくことが大事だ。…来年の4月から6月の数字だけをよくして、あとはどうでもいいというのは絶対にだめだ。安倍総裁は、その後の数字が悪くなったら引き上げを緊急停止するかもしれない。そういう緊張感を持つべきだ」と、仮に来年の秋に消費税率の引き上げを判断したあとでも、景気の動向を示す経済指標が悪化した場合には、先送りすることもありえるという認識を示している。

これは、景気回復あってこその増税であるという安倍政権の認識を示したものであるといえ、消費増税ありきではなく、景気回復を最優先に置いたという意味で好ましいと思う。

甘利政調会長は、合意文書について「安倍内閣の間に両党で努力すべき項目」とし、原発政策など自公で隔たりのある政策に関しては「将来的に、両党が考えていることは違いがあってもいい」としている。

その他の政策について、どのような内容が合意されたのかは詳しい報道がないので分からないけれど、連立合意文書で掲げた政策は、復興、経済・景気対策、社会保障・税一体改革、原発・エネルギー政策、教育再生、外交・安全保障、憲法、政治・行政改革と公務員制度改革の8項目と見られている。

ただ、国内事情として、後回しにしたくても、外部事情がそれを許さないものだってある。外交・安全保障の分野がそう。とりわけ、険悪になっている、中国、韓国、北朝鮮にたいする対応は国内事情云々は関係ない。

外交に関して、安倍総裁は、まずアメリカとの関係を修復するとしているけれど、中国・韓国に対しては、特使を派遣するとともに、いたずらな刺激は避ける方向でいくようだ。



21日、安倍総裁は「韓国にとって初の女性大統領でわれわれも期待している。日韓関係を発展させ、改善させたいと
いう思いを込めて額賀氏に訪問してもらう」と、額賀氏を年明けにも特使として派遣して、朴槿恵次期大統領宛ての親書を託すと共に、衆院選公約に掲げた2月22日の「竹島の日」の政府主催式典の来年開催も見送る方針を示した。更に、河野談話についても、新たな談話の表明を当面は見送るようだ。

また、中国についても、高村副総裁を同じく、来年1月にも中国に特使で派遣することとし、戴秉国国務委員らとの会談を調整していることが明らかになった。同時に、尖閣諸島への公務員常駐も当面は見送る考えとしている。

一部報道では、安倍総裁は外交では、現実路線に戻るのではないかという観測もあるようだけれど、筆者としては、相手の出方を探りつつ、時間を稼ぐ「曖昧戦術」を取ろうとしているのではないかと見る。

曖昧戦術は、安倍総裁が前の安倍政権時、中韓両国に対してとった戦術。小泉元総理が2001年の総裁選で靖国参拝を公約し、実行したことで、中韓両国との首脳外交も途絶えてしまったことを受け、安倍氏は靖国参拝を自らの在任中は「参拝する、しないは言わない」とする「曖昧戦術」をとった。

後に、安倍総裁はその理由について、「日中関係を安定的な関係に戻し、拉致問題や日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの支持を得るためだった。その上でしかるべきときに参拝しようと考えていた」と明かし、「(平成)18年10月に訪中し、日中関係改善という所期の目的は果たした。翌19年は春秋の例大祭か夏に参拝をと思っていたが、秋の例大祭の段階では首相を辞めていたので時機を逸してしまった」と述べている。

実際、当時の政府高官によると「安倍内閣時代はそれまでに比べ、中国は拉致問題に関してかなり詳細な情報を伝えてくるようになった。北朝鮮にも拉致問題解決を相当強く要求するようになった」というから、この曖昧戦術は効果があったといっていいだろうと思われる。

当時の安倍氏の曖昧戦術について、評論家の石平氏は、「もし、安倍首相が靖国神社に参拝したら、胡錦濤・温家宝体制は国内からの突き上げで大きな打撃を受ける。安倍首相が、『靖国参拝をするか、しないか、行ったか行かないか』も言わないという曖昧戦略は、胡・温体制にとって、いつ爆発するか分からない時限爆弾のようなものだ。そのため、今回の温首相の来日でも、『戦争責任に対する日本の反省とお詫びを積極的に評価する』ことを中国首脳として初めて表明したり、日本の経済援助について感謝の意を率直に表したりと、かつてない友好姿勢を示した一方、靖国参拝問題については、避けて通った。」と、安倍氏が恩家宝首相を手玉にとったと評価している。

当時と今回とで日中・日韓関係が拗れている、という意味ではよく似ている。だから、安倍総裁が、また同じように曖昧戦術を取るというのも分からなくはない。だけど、当時と違う点は、日本は同じく総理が安倍氏であったとしても、中韓、およびアメリカの首脳が当時と同じではないこと。

特に、中国の習近平主席は、反日強硬派で、胡錦濤氏のように穏健派じゃない。国内からの突き上げで怯んで退けばいいけれど、逆に更に強硬に出てくるかもしれない。

今年夏に起こったあの反日デモも、習近平氏が裏で指揮をしていたと伝えられている。とすれば、安倍総裁が、今回も曖昧戦術を取ったとしても前回と同じように幕引きを図ってくれるとは限らない。

とはいえ、今回の安倍政権は、ねじれ国会を抱え、政権基盤は盤石ではないし、民主党政権のお蔭で、国内は当時より遥かに疲弊している。とても直ぐに外交に注力できる状態ではない。安倍政権を取り巻く状況は前回より、ずっと厳しい。

まさに今こそ、危機突破内閣が必要になると思われる。

もしかしたら、マスコミ(或いは保守派の一部)は、「竹島の日」の政府式典や、尖閣への公務員常駐の見送りを取り上げて、公約違反だと叩きまくるのかもしれないけれど、事はそう単純なものではなくて、非常に微妙なバランスの上を乗り切っていかなければならない状況であることを、国民もよく知っておく必要があるのではないかと思う。




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この記事へのコメント

  • ちび・むぎ・みみ・はな

    > 時間を稼ぐ「曖昧戦術」

    これは正しい言い方ではないが如何だろうか.
    時間を稼ぐなら持久戦術と言う事になる.
    あるいは様子見か.

    曖昧と言うのはメディアの安倍攻撃の
    キーワードだったから気持ち良いものではない.

    安倍総裁自身は
    ・河野談話は既に基礎を失っている
    ・尖閣・竹島は日本の領土
    ・靖國参拝は他国に関係無い
    とはっきりと説明している.
    だから, 中共と半島政府の今後の方針を
    見定めてから対応を決めるのだろう.
    一番効果的な方法は相手が前向きになって
    発した言葉にかぶせて有効な手を打つこと.
    後の先戦術と言うべきだろう.
    2015年08月10日 15:23

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