不足するヘリウムガス

 
遊園地等で定番だった、風船が無くなろうとしている。

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11月21日、東京ディズニーリゾートは、開演以来初めて、風船販売の中止を決定した。その理由は、風船に使うヘリウムガスが手に入らなくなった為。東京ディズニーリゾート側は、早急に供給を確保して販売を再開したいとしているようだけれど、ヘリウムの供給が不足しているのは事実のようだ。

ヘリウムは、無色、無臭、無味、無毒で最も軽い希ガス元素。すべての元素の中で最も沸点が低く(-268.93℃)、不活性の単原子ガスとして存在している。ただし、ヘリウムは大気中には殆ど存在せず、その含有率は0.0005%と極めて低い一方、天然ガス等には比較的多く含まれ、天然ガスの副産物として産出する。

一般人にとってヘリウムは、風船に入れたり、声色を変えるパーティグッズなどでよく知られているけれど、実際には、主に工業用・研究用として使われている。

ヘリウムを液化した、液体ヘリウムは他の超低温物質よりも低温で、超伝導や低温学など、絶対零度に近い環境での研究や、光ファイバーや半導体の製造工程での材料冷却用の材料として用いられる。また、医療用のMRIに使われる超伝導磁石の冷却用としても使用される。勿論、気球や風船としての用途もある。

ヘリウムが初めて産出されたのは、1903年。アメリカのカンザス州デクスターで石油掘削のボーリングを行った際に発見された。この発見以後、アメリカはヘリウムの一大産地となったのだけれど、1925年に軍事利用を目的として国家備蓄を開始し、戦後はテキサス州の国家備蓄基地に集約するようになった。各地で回収し、集められたヘリウムは純度の向上と貯蔵を兼ねて、国家備蓄基地周辺のガス田に再注入されている。

次の図は世界のヘリウム生産量を示したものなのだけれど、世界生産の実に8割近くはアメリカで生産されている。

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自然界において、ヘリウムは単体のガスとして存在し、化学合成できない。従ってヘリウムを生産するためには、大気や天然ガスなどに含まれるヘリウムを単離して取り出すことで生産することになる。けれども、ヘリウムは空気より軽いので、どんどん上空に拡散していってしまって、地表付近には殆ど残らない。こうしたことから、大気中からヘリウムを取り出すのは非常に効率が悪く、採算も取れないために、生産手段としては行われていない。

また、ガス田の天然ガスに含まれるヘリウムも、同様な理由で、ガス層の上部に濃く溜まる。現在のヘリウムの生産は、ガス田の浅い層から取り出したガスから分離して取り出している。

ヘリウムの製造は、まず、天然ガス中の酸性ガスおよび湿分を除去したガスから、メタン等の炭化水素を分離して、主にヘリウムと窒素からなる「粗ヘリウムガス」を製造する。この「粗ヘリウムガス」から、さらに窒素ガスを分離して高純度ヘリウムを精製している。

ヘリウムガスの分離処理には、大きく、次の3つの方法がある。
 1)深冷分離処理
 2)PSA(圧力スイング吸着(Pressure SwingAdsorption))処理
 3)ガス分離膜処理
1の深冷分離処理とは、混合ガスを極低温にして液化することで、含まれる気体それぞれの沸点の違いを利用して分離する方法。まず、空気を-200℃くらいまで冷却して、空気中の酸素、アルゴン、窒素を液化させる。冷却途中で固体となる二酸化炭素や水分は、予め取り除いておく。次に液化空気を精留塔に入れて、ゆっくりと温めていくと、まず、沸点が-195.8℃の窒素が気化し、次に沸点が-185.7℃のアルゴンが気化する。そして、-183℃になると酸素が気化していく。このように沸点の差を利用して、各成分を分離していく。この深冷分離処理は、天然ガス中のヘリウムを濃縮し、粗ヘリウムを得る段階で多用される。

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2のPSA処理とは、例えばゼオライトのような選択吸着効果を持つ吸着材を、ガスを充填した容器に入れ、圧縮‐吸着‐減圧-脱着といった具合に圧力を変動させることで分離する方法。まず、取り出したいガス成分だけを吸着する吸着材を容器内壁に取り付けて、混合ガスを充填して加圧する。この時、吸着材には、取り出したいガス成分だけ吸着される。その後、容器を開けて、残ったガスを逃がしたあと、蓋を閉めて真空減圧することで、吸着材に張り付いたガス成分を引っぺがす。これを繰り返すことで所望のガス成分を取り出すのがPSA処理。この方法を使えば、高純度の目的成分を得ることができるため、粗ヘリウムガスから高純度ヘリウムを得る手段として使用されている。

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3のガス分離膜処理とは、特定の大きさや性質をもつ分子や化合物を選択的に通す分離膜を使用して、混合ガスから目的の成分を選択的に取り出す方法。ガス分離膜の多くは、ポリオレフィン系、セルロース系、シリコン系などの高分子物質を薄層化したものが用いられていて、粗ヘリウムから、ヘリウムを濃縮する手段として利用されるのだけれど、高度精製には適さないとさrされる。

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今回のヘリウム供給不足の原因として、アメリカのヘリウムプラントの不調が挙げられる。まず、アメリカ土地管理局(BLM:Bureau of Land Management)の粗ヘリウム貯蔵庫からヘリウム精製プラントに延びているパイプラインに問題があり、生産量が20%低下している。また、アメリカ土地管理局とは別にヘリウムを生産しているエクソン・モービル社が保有する世界最大のヘリウムプラントが昨年秋の定期修理後の再稼働が遅れ、未だフル稼働になっていない。こうしたことから、ヘリウムの生産が世界の需要に追い付かず、結果として、ヘリウムが不足する事態となったと見られている。

ただ、こうしたヘリウム不足は過去にもあった。日本は、過去2度に渡って、ヘリウム供給逼迫を体験している。1度目は2002年にアメリカ西海岸での湾岸ストによる供給停止。2度目は、2007年にアメリカを始めとする世界各国の生産プラントでトラブルが発生したため、産業ガスメジャーが出荷制限によるヘリウムの在庫が底をついたこと。

今回のヘリウム供給不足も同様な事態になる可能性があり、日本のガス会社は対策を急いでいる。

大陽日酸のアメリカ子会社、マチソン・トライ・ガス社は、2010年10月からエアプロダクツ・アンド・ケミカルズ社との合弁でアメリカ・ワイオミングでのヘリウム生産設備の建設に着手していて、2012年末に稼働の見込み。2014年には生産量を現在の600万m3から倍増するとしている。

また、岩谷産業は2010年5月に「カタールヘリウム2プロジェクト」の入札に参加。アジアで初めてヘリウムを直接輸入する権益を取得している。こちらは、世界最大の能力を有するカタールのLNG生産工程の随伴ガスからラスラファン工業地区で液化ヘリウム生産を行うもので、能力は年間約4000万m3。2013年初頭から生産を開始し、岩谷産業は、生産量の20%に当たる年間800万m3を、2032年までの20年間輸入するとしている。

ただ、しばらくは、ヘリウムの供給不足は続くことは間違いなく、入手したヘリウムはMRIを始めとする医療設備などの重要施設に優先的に供給する他ないと思われる。と同時に、ヘリウムの使用を極力少なくする新型装置などの研究開発も進んでいくことも期待したい。




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