日銀総裁人事を巡る思惑
日銀総裁人事が注目されていますね。
1.同意人事と部分連合
昨日から始まった、第183回通常国会。今年度補正予算案、来年度予算案に続いて、日銀の総裁人事に注目が集まっている。
自民党の石破幹事長は、後任人事について、「政府と責任を共有できる人。安倍晋三首相と考えの近い人でなければ意味がない」とし、公明党の井上義久幹事長も「デフレ脱却に向けて政府と目標を共有できる人」としている。
29日には、安倍総理が民放の報道番組で、「次元が違う金融政策を進めると判断したことで市場が動き始めた。同じ考えを共有し、強い意思を持つ人が望ましい。…2%の目標に向け、的確な手段を打っていくことができる人(がいい)。できるだけ早期に実現すると約束していただいているので、ちゃんとやっていただける方でないといけない。デフレ脱却に向け、これだったら大丈夫だという手段を打つ人がいい。」と述べ、自らと同じ考えの人物を後任にしたい意向を示している。
今の所、後任人事については、2月に政府案を提示する案が浮上しているのだけれど、どうやら、日銀総裁と副総裁の人事案を出す方向で検討しているようだ。これは、総裁と2人の副総裁のバランスを取るためで、5年前の日銀総裁・副総裁人事を巡って、当時野党だった民主党が「財金分離」などを理由に財務省出身の総裁候補に同意せず、結局約3週間、日銀総裁が空席になってしまい、総裁と副総裁のバランスをめぐって人選が難航してしまったから。
現在、日銀白川総裁の任期は4月8日までなのだけれど、山口広秀副総裁と西村清彦副総裁副の任期は3月19日までと、任期にズレがある。菅官房長官は、日銀総裁・副総裁人事の時期に関して「総裁、副総裁の任期に支障をきたさないよう、適宜適切に対応する」と空席を生じさせない手順を取る考えを述べている。
日銀の総裁と副総裁の人事に関しては、国会同意人事と呼ばれる、衆参両院の承認が必要になるのだけれど、人事案について、事前に報道があった場合には、その案は認めないとする「同意人事の事前報道ルール」なる不思議なルールがある。
これは、福田政権時代の2007年10月に、衆参両院の議院運営委員長が合意して作られたルール。当時、参院議院運営委員長だった民主党の西岡武夫氏が、「事前報道で既成事実化されると国会が形骸化する」と強く主張し、決められた。別名「西岡ルール」とも呼ばれている。
ただ、このルールによって、既成事実化は防ぐことができるようになった反面、元々本命に考えていた人事案が、周囲に迂闊に漏らせなくなった弊害も発生した。2007年の政府の地方分権改革推進委員会委員が差し替えになったり、2008年の日銀審議委員などの提案が遅れる事案が発生している。
特に、今回の日銀総裁人事は、「アベノミクス」を行う上でも再重要のもの。うっかりとリークして事前報道されたばかりに、本命が潰されてしまったら、元も子もない。日銀総裁はいくらでも"お取替え"が効くような、誰にでも務まるようなポストではないだろう。
菅官房長官は、「事前報道の場合、原則提示は受けないとなっているので、その部分を弾力的な取り扱いができないか、関係方面に相談していきたい」と西岡ルールの見直しを求めている。それを受けて、24日、自民党の佐田玄一郎衆院議院運営委員長と岩城光英参院議院運営委員長が会談し、新たな仕組みを検討することで一致。月内の取り纏めを目指すようだ。
また、政府は日銀人事の同意を取り付けるための下準備を着々と進めている。
日銀同意人事で一番大きな問題は、参院対策をどうするか。ねじれ国会のため、与党は衆院で過半数を持っているけれど、参院では102議席と、議長と欠員を除く過半数の118議席には、16議席足りない。
これを埋めるために、安倍総理は「部分連合」を模索し、みんなの党の渡辺代表や日本維新の会の橋下共同代表と会談している。
みんなの党は参院で12議席、日本維新の会は参院で3議席持っている。これにあと、新党改革の2議席が加われば、17議席で何とか過半数を超えるから、この線での同意取り付けを狙っているようだ。
勿論、こんな細かい部分連合をしなくても、参院で88議席を持つ民主党が賛成してくれれば、一発で決まるから、政府案で民主党が同意してくれるならこんな楽なことはない。
だから、与党自民党にとっては、部分連合を模索しつつも、なるべく政府案に近いところで過半数を超える組み合わせができればよく、何処何処の賛成を得ない限り二進も三進もいかないというわけじゃない。
逆に、野党にしてみると、今回の日銀総裁人事は、次の参院選に向けての自党のアピールの場にすることもできるわけで、自公に同調するのか、対決するのか、どう対応していくかは、結構考え処だったりする。
できれば、日銀人事に自分の党の意見を反映させることで、自党の存在をアピールしたいところだろう。
2.大人な海江田
1月29日、民主党の海江田代表は党の会合で、同意人事に関する党内の審査基準を改定し、これまで「新任65歳未満、再任70歳未満」など厳しい基準から、年齢制限を撤廃し、性別や出身組織に関する基準も緩和している。また、同日、海江田代表は、毎日放送のラジオ番組に出演し、日銀総裁人事について、「世界の会議ではっきりと日本が何を考えているかを説明できる能力だ」と述べ、財務省出身者でも容認できるとの認識を示している。
これは、与党が出す人事案について、党内の審査基準であるとか、財務省出身者であるから駄目だとか、予め自らを「縛る」要素を排することで、裁量を確保しようとしたのではないかと思われる。
確かに、党内基準が厳しすぎると、それだけで政府案に乗れなくなってしまうケースだって有り得るから、これはこれで妥当な処置だと思う。
それに今の民主党の状況は決して楽観できるものじゃない。先の衆院選で大惨敗し、次の参院選でも負けるのではないかと噂されている。海江田代表が「午後2時くらいの太陽だ」と口にするほど退潮傾向にある。それ故に、次の参院選は、絶対負けるわけにはいかない。次負ければ、党そのものが危うい。
だから、民主党は、国民に対して、2大政党に成り得る政党であると見せつつ、自民党との対立軸を出していかなくちゃいけない難しい立場にある。アクセルとブレーキの加減が難しい。
そんな状況下で、昔の野党時代のように、何でも反対していればいいんだなんて気楽な立場でいられるわけがない。そんなことをしたら、今度こそ、国民から完全に見放されてしまう。その意味では、与党を経験したということは、ほんのわずかではあっても、民主党を大人にした部分はあるかもしれない。
ただ、民主党の皆が皆、そんな"大人"になったとは言い切れない部分もある。昨年の12月29日、民主党の前原氏が、読売テレビの番組に出演し、日銀総裁の後任人事について、「事前に相談してもらうということだ。相談なく出されても、ノーだったらノーという」と述べている。
前原氏が、何を考えて、こんなことを言ったのかは分からないけれど、この発言は、とても傲慢に聞こえるし、"大人の"態度とはお世辞にもいえない。
だから、今回、民主党が党内の審査基準を見直して、財務省出身者でも容認する、といった"大人な"態度を示しているのは、単に、海江田代表がそのように考えているから、というだけかもしれない。
3.俺が俺がの「みんなの党」
この代表の考えが党の対応を大きく左右する、という意味では、みんなの党はもっと露骨。
みんなの党は、今国会直前に無所属の米長晴信氏がみんなの党の参院会派に入ったことで、今国会から、参院議院運営委員会での委員の割り当てが1人増えている。
これにより、参院議院運営委員会の各党の委員数は、自民、公明合わせて12に対して、民主が11、みんなの党が2となって、野党が1人上回ることになった。
議院運営委員会は、国会法に定められた常任委員会で、衆参、それぞれ25人の委員で構成される。議院運営委員会は、本会議を開催する日時や法案の審議日程などを決定する権限を持っている。
だから、参院議院運営委員会で、野党が過半数を握ったということは、参院での法案審議日程については、予め野党の賛成を得ないといけなくなる。
みんなの党の渡辺代表は「参院でキャスチングボートを完璧に握らせてもらった」と述べているから、相当気を良くしていると思われる。
ただ、筆者は、渡辺代表について、これまでの国会答弁やその他の発言を聞く限り、我が強すぎるというか、自分の事ばかり主張するきらいがあるように感じている。何かにつけて、「みんなの党はこう言ってます」と口にし、他の人がいい事をいったときでも、「そんなことはみんなの党は昔から言っている」などと、"自分が、自分が"的な発言が多いような印象がある。
それをもって良い悪いという積もりはないけれど、"我の強さ"は時として判断を誤らせることがあることには注意しないといけない。
渡辺代表は、1月23日、ロイターのインタビューで、次期日銀総裁有力候補の武藤氏について「人格・識見とも申し分ない。しかし、典型的な天下り人事だ」と述べ、政府が武藤氏を総裁として提案した場合には「同意できない」と明言している。
だけど、人格・識見とも申し分ないのに、天下り人事だけで駄目だということは、人事判断において、人格・識見よりも天下りの有無を上においていることを意味している。
人事には最高の人材を選出すべきであって、それを天下りかどうかで判断するのが正しいというのであれば、天下りというものが、日銀総裁としての最高の人格・識見をも上回る程のマイナスであることを説明する必要がある。
たとえ、参院議院運営委員会でのキャスチングボートを握り、後任人事でみんなの党の意向を反映させて、党のアピールに大きく貢献させることが出来たとしても、それで日本が沈んでしまっては、何の意味もない。
人事判断において、最初から可能性を狭めてしまうのは得策ではない。
この記事へのコメント
opera
この前の日銀と政府の共同声明の内容から考えても、おそらく日銀法の再改正は不可避になったと思いますが、日銀総裁・副総裁の改選時期と重なっているために、そのタイミングがすこぶる難しい。
また、日銀総裁・副総裁人事は、衆議院・参議院の双方で同意を得なくてはならない同意人事ですが、日銀法改正自体は衆議院で3分の2を持つ自公だけでできるといういう違いもあります。
まぁ、「俺が、俺が」で自民党にいられなくなった渡辺氏をどう使うかが、一つのポイントかもw