山口・習近平会談と戦略的互恵関係

 
昨日のエントリーの続きです。

画像


1月25日、公明党の山口代表は、北京の人民大会堂で習近平総書記と会談した。山口氏は安倍総理からの親書を手渡し、日中関係の改善に向け、日中首脳会談の実現を呼びかけた。

会談では、山口氏が「大局的な観点から日中関係を改善する必要性」を強調し、「今回の訪中は日中間の扉を開く第一歩だ」として、首脳会談を呼び掛けたのに対して、習近平氏は、「ハイレベルの指導者の交流を重視し、真剣に検討したい。そのために積極的な雰囲気をつくっていくことが大事だ」と応じ、「安倍首相によろしくお伝え頂きたい。2006年に中日関係の改善、発展に積極的な貢献をしたことを高く評価している。再び首相になられ、新たな貢献を期待している。大局に立って戦略的互恵関係を推進していきたい。」と述べ、尖閣問題についても、「立場の違いがあるが、対話と協議により解決する努力が必要だ」と述べた。

これに山口氏も「お互いに立場の違いはあるが、外交上に生じた問題であり、対話を重ねれば必ず解決できると思う」と応じた。山口氏によると、懸案の尖閣棚上げ論については、特に習近平氏は言及せず、山口氏も触れなかったようだ。ただ、中国外務省のHPでは、習近平氏が尖閣について厳しい意見を述べたと公表していて、どちらが本当なのかは定かではない。

ただ、会談時間がおよそ1時間10分にも及んでいることを考えると、明らかにされた内容以外で、つっこんだ話がなされた可能性はある。

それでも、報道されている映像を見る限りでは、山口代表が、おそらく会談前であろう親書手渡しの場面で、やや緊張した面持ちであったことと、会談後の記者会見では、ほっとしたような表情を見せていたことからみると、予想していた程には厳しい内容ではなかったのではないか、という印象を受けている。

一方、習金平氏の方は、山口代表と握手する場面や、冒頭発言であろう部分の映像しかみていないけれど、山口代表よりも、更に緊張した表情にも見え、もしかしたら、日本の出方を相当警戒していたのではないかとさえ思えた。

まぁ、これは、映像をみての単なる印象にしか過ぎないからアテにはならないだろうけれど、筆者的には、初の会談としては、まずまずだったのではないかと思っている。

ただ、勿論、本当のところはどうだったかについては、今後、様子を見る必要はあるだろう。それでも、今回の会談で、山口氏が親書を手渡し、首脳会談を呼びかけ、習近平氏が「真剣に検討したい。そのために積極的な雰囲気をつくっていくことが大事だ。」と答えた以上、例えば、尖閣で、執拗に領海侵犯や領空侵犯を繰り返すような、挑発的行動をこれからも続けるのかどうかなどは、ひとつの指標になるのではないかと思う。

実際、先日の鳩山氏の訪中や、今回の山口氏の訪中に先立ち、中国共産党中央宣伝部は国内の各メディアに対し、日中関係に関して火に油を注ぐような報道を控え、大局を乱さないよう指示したと伝えられている。中国もそれなりに、対話モードに入ろうというサインを出してはいる。



安倍総理は去年の12月22日に、故・安倍晋太郎元外相の墓参りをした折、記者団に対して、日中関係については「戦略的互恵関係の原点に戻れるように努力していきたい」と述べている。そして、今回の山口氏と習近平氏との会談で、習近平氏は「戦略的互恵関係を推進していきたい」と口にした。

だから、まずはこの「戦略的互恵関係」の再設定がとりあえずのスタート目標になるのではないかと思われる。

「戦略的互恵関係」とは、第一次安倍内閣時代の2006年10月に行われた安倍・胡錦濤会談で打ち出された概念で、平成19年6月の「新日中友好21世紀委員会第6回会合」において、安倍総理のメッセージとして「日中両国がアジア及び世界に対して厳粛な責任を負うとの認識の下、アジア及び世界に共に貢献する中で、互いに共通の利益を拡大していくという考え」だと表明されている。

その後、福田内閣で、この戦略的互恵関係は、『「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明』として、次の5つの方針が示されている。
1)政治的相互信頼の増進
2)人的、文化的交流の促進及び国民の友好感情の増進
3)互恵協力の強化
4)アジア太平洋への貢献
5)グローバルな課題への貢献
2007年10月、自民党の猪口邦子氏は、上海で行われた『21世紀中日「戦略的互恵関係」国際シンポジウム』で基調講演し、2006年の「戦略的互恵関係」提案以来、日中与党間で協議を繰り返し、個々の問題についても政府間協議が進みやすい環境を整えることができた旨を述べている。

猪口氏は、基調講演で、戦略的互恵関係を成功裏に発展させていくための条件として、「透明性」「心の和解」「成功事例の積み重ね」「互いの向上を脅威と捉えない」「公正な仲介者へ」の5点を挙げている。

翻って、今の日中関係を見てみると、昨年中国で起こった、例の反日暴動によって、互いの「心」は閉ざされ、「失敗事例」として歴史に刻まれた。また、中国の度重なる尖閣への領海侵犯や、安倍総理の中国包囲網外交によって「互いの存在に脅威」を覚えるようになってしまっている。更に、中国国内マスコミの南方週末の記事を中国政府が改竄するなど、依然として「透明性」に疑念があり、北朝鮮のミサイル問題や日韓の従軍慰安婦問題、その他において、「公正な仲介者」たる役目を果たしているとは言い難い。

つまり、猪口氏が挙げた、戦略的互恵関係を成功裏に発展させていくための5条件は、現時点でその殆どが損なわれているのが現状で、これを修復するとなると、やはりそれなりの時間は必要になるだろうと思われる。

2006年10月に初めて「戦略的互恵関係」の概念が打ち出された後、2007年4月に温家宝首相、2008年5月には胡錦濤主席の来日が実現しているけれど、今回もそれと同じくらいか、又はそれ以上の時間を擁するかもしれない。

ただ、今回の山口・習会談で、習近平氏に、首脳会談を真剣に検討したいとし、戦略的互恵関係を推進したいと言わせたことについては、一定の成果としても良いように思う。




画像

この記事へのコメント

  • 日比野

    operaさん、コメントありがとうございます。

    >これを明確に否定しなかったため実質的に棚上げ論が機能し、この地域の係争地化の根本的な原因になってきました。
    >領土問題の棚上げ論を持ち出してきた中国の真意は、それを落とし所として考えているというよりも、日本側にそこに戻って欲しいという悲鳴のように私には聞こえます。

    なるほど、この御指摘は重要ですね。ただ、現状はもう不可逆に近いようにも見えますね。元に戻すにはいくらなんでもやり過ぎでしょう。どうも習外交は、前時代的というか、劣化したというか、ちと強引に過ぎます。

    中国が棚上げ論で悲鳴を上げているのなら、かつて小泉政権時に「靖国参拝」がこちらの外交カードになったように、「尖閣問題」もこちらの外交カードになったと見ることもできますね。
    2015年08月10日 15:23
  • opera

    マスコミを含め誰も指摘しないので、この問題を少し整理したいと思います。

     まず、安倍政権の「尖閣諸島に領土問題は存在しない」という宣言は、鄧小平以来続いてきた領土問題の棚上げ論を日本側が明確に否定した画期的なものだったという点です。確かに日本政府はこの問題を容認する積極的な発言はしてこなかったかもしれませんが、これを明確に否定しなかったため実質的に棚上げ論が機能し、この地域の係争地化の根本的な原因になってきました。

     次に、日本が棚上げ論を明確に否定してしまうと、中国側には外交的に取り得る手段がほとんど無くなってしまうということに中国が気づいたということが、最近の中国の外交的な動きの背景にあるという点です。
     つまり、領海・領空侵犯を繰り返して日本の実効支配を覆すといっても、領土問題が存在しない以上、かつてのソ連や北朝鮮と同じ違法行為に過ぎません。また、そもそも中国側に尖閣領有に関する明確な法的根拠があるのなら、ICJに提訴することもできる(しかも日本は選択条項受諾宣言国なので自動的に応訴することになる)のですが、これは不可能です(この点が竹島問題との根本的な違いです)。さらに、
    2015年08月10日 15:23
  • sdi

    「戦略的互恵関係」といっても、中国の基本姿勢は「相手が中国の方針に合わせてくれる」ことであって中国のほうが相手に歩み寄る、ことではないですからね。
    2015年08月10日 15:23

この記事へのトラックバック