中国包囲網を成功させる条件

 
更に昨日のエントリーのつづきです。

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その前に、昨日のエントリーについて、冒頭で、小野寺防衛相の信号弾発言を取り上げましたけれど、どうやら「信号弾」という発言はなかったようです。伏してお詫びいたします。

朝日をソースにしたのですけれども、質問した香港記者が「朝日の誤報」と指摘したことから、誤報だと発覚しました。エントリーでは、小野寺防衛相の発言の動画を貼り付けていますけれども、散々探しても、国内ニュース動画は見つけることができず、香港メディアの動画を見つけて貼り付けたまではよかったのですけれども、この時点で気づくべきでした。動画を再度見直してみましたけれども、確かに「信号弾」という言葉は一言も使っていません。申し訳ありません。



1.兵は詭道なり

昨日のエントリーでは、中国の戦争も辞さないという強気発言と、その裏返しとして「対中包囲網」を恐れているのではないか、と述べたけれど、どこまで本気で戦争する気でいるのか。

孫子の兵法の「始計篇」に「兵は詭道なり」という一節があるけれど、そこには、次のように書かれている。
「兵は詭道なり。故に能くして之に能くせざるを示し、用ひて之に用ひざるを示し、近くして之に遠きを示し、遠くして之に近きを示す。利して之を誘ひ、乱して之を取り、実ならば之に備へ、強ならば之を避け、怒らして之を撓(みだ)し、卑しうして之を驕らし、佚(いつ)して之を労し、親しまば之を離す。其の備へ無きを攻め、其の不意に出づ、此れ兵家の勝、先づ伝ふ可からざるなり。」

<口語訳>
 戦争はだましあいである。
 ゆえに、能力があってもできないふりをし、必要だと思ってもいらないと見せかける。
 近くにいても遠くにいるように見せ、遠くにいても近くにいるように見せる。
 有利と思わせ相手を誘い、混乱させて奪い取り、充実している相手に対しては備えを固め、強い相手との争いは避け、相手を怒らせ心を乱し、卑屈な態度で相手をおごらせ、休養がとれている相手は疲れさせ、チームワークのとれている相手の仲を裂く。
 相手の備えていないところを攻め、敵の不意をつく。
 これが兵法家の勝利をおさめる方法であるが、あらかじめこうだと決め付けずに臨機応変に対応しなければいけない。
孫子-「始計篇
このように孫子は、戦争は騙し合いであり、本音と真逆の態度を取って敵を欺け、と説いている。

中国は、ここのところずっと、尖閣周辺の海域・空域を執拗に侵犯しては、日本に批難を浴びせ続けているけれど、筆者には、これらの行動が孫子の兵法に則ったもののように見える。

どういうことかというと、中国が実際にやっていることは、強い相手である自衛隊とアメリカ軍との争いは避け、日本に対して罵詈雑言ともいえる批判を浴びせることで、日本を怒らせ心を乱させている。また、休養がとれていた海保や空自に対して、度重なる領海侵犯、領空侵犯をやって疲れさせ、日本を右傾化だのファシズムだの批難することで、チームワークのとれている日本とアメリカの仲を裂くことをやっている。

これは、正に「孫子の兵法」そのもの。それを日本に対して行っている。

これが本当であるとするならば、この次の動きも、孫子の兵法に倣ったものになると推測できる。では、その次の動きとは一体何か。

それは、おそらくは「相手の備えていないところを攻め、敵の不意をつく」ということではないかと思われる。





2.日本の弱点を補強せよ

では、日本にとって、備えが薄いところは何かというと、筆者は、軍事的にはサイバー攻撃であり、経済的には中国へ進出している日系企業ではないかと思う。

サイバー攻撃については、近年、日本は中国からの攻撃に晒されている。特に、尖閣国有化以降は攻撃件数が急増しているという。

アメリカの調査機関メディアス・リサーチは、2010年に「中国・サイバー・スパイと米国の国家安全保障」のレポートの中で、2009年から2010年にかけて米国の政府・軍機関や民間企業に対して頻発したサイバー攻撃の発信源は中国人民解放軍海南島基地の陸水信号部隊であると報告している。

だから、イザ、戦争という事態となれば、航空戦力や海上戦力だけでなくて、サイバー攻撃を駆使して、自衛隊の指揮系統を混乱させてくるかもしれない。

また、指揮系統を混乱させるという意味では、軍事衛星を破壊してくることも考えられる。事実、中国は2007年と2010年に低軌道の気象衛星破壊実験に成功している。さらにロイター通信によれば、中国が高軌道上で、米国の衛星を破壊する能力を向上させているとみられ、ある専門家は近日中に軍事衛星破壊実験を行う可能性が高いと指摘しているようだ。

もしも、中国が高軌道上の衛星を破壊することに成功すれば、例えば、弾道ミサイル発射探知用の早期警戒衛星が無力化されることにもなるから、軍事的に大きな脅威となる。

だから、通常戦力による殴り合いだけじゃなくて、中国は、真っ先にこちらの目と耳を潰してくるかもしれないことを警戒する必要がある。

次に、経済的な弱点、すなわち、中国へ進出している日系企業も弱点になる可能性がある。昨年夏の反日暴動で、チャイナリスクが明らかになったように、一朝事あれば、いつ何時襲撃されるかもしれない。店舗の破壊といった物理的被害だけならまだしも、もっと懸念すべきは、在中邦人が拘束されたり、出国できなくなるかもしれない。こうなってしまったら、体のいい人質と何ら変わらない。

中国の労働問題に詳しいジャーナリストの青木直人氏によると「日系企業に撤退されると、税収のほか雇用の受け皿もなくなる。中国政府はすでに阻止する方策を打ち、企業内に『企業党委員会』という中国共産党の組織を配置した。ここで企業内部を監視し、撤退の動きを察知すれば、労働者を動員して大規模な労働争議を起こす構えでいる。…『愛国無罪』の名のもとに1000人単位の中国人労働者たちが暴走を始める可能性がある。工場や会社を占拠し、経営者や工場長の拉致監禁などの暴挙に出る。現地駐在員たちは命の危険もある」と述べている。人質なんて絵空事だと笑ってはいられない。

だけど、あれから半年たって、日系企業が、そうしたリスクに対応しているかというと、企業によってまちまちなのが実情のようだ。

イトーヨーカ堂は、北京の食品スーパー1店舗を1月12日に閉店、北京で事業を展開する現地法人2社のうち、「王府井ヨーカ堂」を清算、大型店舗を展開する「華糖ヨーカ堂」に事業を集約する方針を固めている。一方、イオングループで、スーパーマーケットを運営するマックスバリュ東海は1月12日、広州市で中国1号店となる食品スーパー「マックスバリュ(中国名:美思佰楽)」の試験営業を開始した。広東省の珠江以西を中心に2020年までに100店、年間売上高1000億円を目指すという。

中国からしてみれば、反日暴動を起こしたあとも、ノコノコとやってくる日系企業など、それこそ鴨ネギに見えているのではないか。

だから、中国が戦争を仕掛けるとすれば、軍隊同士でドンパチするよりも、こうした日系企業の従業員なり、社長なりを拉致監禁して、返して欲しければ尖閣をよこせ、と脅したほうがずっと楽だし、実際そうする可能性は捨てきれない。




3.中国包囲網は「信なくば立たず」

安倍総理の対中包囲網には2つの狙いがある。ひとつは勿論、東南アジア諸国などと安全保障面での連携を強化することによって、中国の海洋進出圧力を封じ込めようとする狙い。もう一つは、東南アジア諸国と経済連携を推進して、中国へ進出した日系企業の撤退先を確保する狙い。

中国は安倍外交に対中包囲網の意図がある、と見做している。それはその通りなのだけれど、それは同時に先程述べたようなチャイナリスクを自ら呼び込んでしまうことを意味する。だから、今後、日系企業が中国からの撤退を検討する可能性は高いと思われるのだけれど、それには撤退先が必要になる。もちろん、国内に撤退してもらうのが、日本経済的にはいいのだけれど、人件費等の生産コストを考えると、全部が全部、国内回帰というわけにもいかない。そこそこ人件費の安い他の外国があれば、そこに工場を移転することで、チャイナリスクは回避できる。

それが「チャイナ+1」。

「チャイナ+1」とは、中国向けの投資やビジネスを行いつつもあえて中国一国に集中させず、平行して他の国においても一定規模の投資や商取引を展開し、リスクの分散化と低減を図る企業動向のことで、チャイナリスクを回避するためのリスクマネジメントの手法の1つ。

プラス1の1が何処の国になるのかは、各企業によってまちまちなのだけれど、大体、インド、ミャンマー、ベトナム、インドネシアなどの国々がターゲットになっているようだ。

例えば、「ユニクロ」は、中国に代わる生産拠点としてミャンマーにシフトする方針を出しているし、クボタは、ミャンマーがコメを食べる農業国である点に目を付け、農機輸出を計画している。伊藤園などは、ご飯に合う「お~いお茶」など清涼飲料を売り込もうと、生産、販売拠点を設けるという。

また、ユニチカは、2012年7月に、タイに樹脂工場を建設・稼働させているし、ベトナムでは佐川急便が日系企業初の宅配事業を開始している。

更には、世界第4位の人口2億4000万人を擁する、インドネシアに進出する日本企業は、2012年3月時点で1266社にも及ぶという。

こうした「プラス1」の国々に投資し、市場を上手く取り込むことができれば、中国からの撤退先になる可能性は広がるし、そうしなくちゃいけない。

だけど、この、安倍総理の「自由と繁栄の弧」と連動した中国包囲網を構築するためには、大事な点が一つある。それは、日本がこうした外交戦略に本気であり、かつそれをやり遂げるだけの力がある、とASEAN諸国に信頼される必要があるということ。

どんなに素晴らしい構想であったとしても、最後までやり抜かなければ、意味はない。呼びかけられた国々へ多大な迷惑をかけることになる。この戦略の肝は、日本の"やる気"をASEANに信じて貰うことにある。

では、どうすれば、信じて貰えるのか。勿論、約束を守るというのは大前提にあることは間違いないけれど、今現在、一番端的にそれを象徴するのは、やはり、尖閣になると思う。

今は、尖閣を巡って、日本と中国が対立している。当初、中国としては、日本なんて脅せば簡単に譲るだろうと思っていたかもしれない。だけど、豈はからんや、日本は頑強に抵抗した。故に膠着状態に陥っている。

けれども、この日本の姿勢。理不尽な要求には決して屈しないという姿勢そのものが、ASEAN諸国にとって、日本の本気度を示すものであり、勇気を与えているのではないか。

そして、安倍政権が、世界最強の軍事力を誇るアメリカとの関係を改善し、アジア太平洋地域への安全保障に今まで以上に関係することをコミットさせるところまで持っていければ、ASEAN諸国の日本に対する信頼は増々高まるだろう。実際、日本政府は、アメリカに、尖閣は日米安保の適用対象だと言わせ、何だかんだでオスプレイを沖縄に配備させる方向で進んでいる。現実に、アジアへのアメリカのプレゼンスを呼び込む働きをしている。

であるからこそ、日本はその信頼を裏切ってはいけない。それを反故にすることは、同時に「自由と繁栄の弧」や、中国包囲網を崩壊させることに繋がる。だから、今後、万が一、尖閣問題で中国と何某かの妥協なり何なりをすることがあったとしても、それは脅しに負けたという形ではなく、戦略的、互恵的といった、中国以外の国々をも安心させ得る形でないといけない。

それが具体的にどういうものなのか、分からないけれど、少なくとも、言っていることと、やっていることが一致しない振る舞いは、人であろうが国であろうが信頼されることはない。




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この記事へのコメント

  • クマのプータロー

    マックスバリュ東海は元のヤオハンです。イオンは何を甘い夢見ているんでしょうか。私の地元でスーパーを展開しているので、そっちが倒産の危機を迎えるなんて事態も考えられます。今思えば、海外に積極的に展開するくせに、駐在員には非常に(人事面で)厳しい会社でした。
    2015年08月10日 15:23
  • ス内パー

    兵は詭道なり 政は王道なり

    兵法および君主論はタイマンで相手を打ち負かす技術としては最高に近いのですが
    相手の信用を0に落とし、覇道以外を歩めなくするという大きな弱点があります。
    故に戦乱に明け暮れた孫子の時代ですら兵法を国の柱とする国はありませんでした。
    孔子の儒家もたいがい理想論過ぎて採用されませんでしたがまぁ極端に走ると誰もついてこないという例なんだろうなと。
    習近平は知りませんが前の指導者層はその辺本能的には理解してたと思うんですがねぇ(故にあまりやりすぎないよう気配りはしてた)
    2015年08月10日 15:23
  • ちび・むぎ・みみ・はな

    日本のやる気のある安倍政権に対して,
    最も危険な組織が真っ赤な(嘘の)朝日であり,
    毎日(嘘つき)新聞である. 今回の誤報事件も
    中共政府を駆り立てるための意図的なもの
    であったろう. 真っ赤な(嘘の)朝日の報道には
    眉に唾つけてからかかるのが良い.

    阿呆な政治家と

    「真っ赤な(嘘の)朝日に気を付けろ」

    という大東亜戦争の最大の教訓を貴い若者の
    血を通して学んだ筈ではなかろうか.

    尖閣ではまたぞろ若い自衛隊員の血を流させ様と
    した. 何でこんなのが「報道機関」なのか?
    2015年08月10日 15:23
  • sdi

    あえて先の話をします。「自由と繁栄の弧」構想が実を結び、対中包囲網としての形が整ってきたら北京の党中央はどんな手でくるかは想像がつきます。合従策に対して連衡策があったように、対中包囲網構成国に対して硬軟両面から一本釣りをしかけてくるでしょう。では、それに対する対策をどうするかです。
    人類史上最も成功した軍事同盟NATOの目的は「アメリカ人を呼び込んでロシア人を追っ払い『ドイツ人を押さえつける』」でした。外からの脅威「ソ連」と内なる脅威「ドイツ」の両方に対抗するためアメリカを巻き込んだ軍事同盟を結成したともいえます。つまり、ソ連の一本釣りに引っかかってNATOを裏切った国はドイツの軍事力の脅威をまともに浴びる、という恐怖が潜在的にありました。
    対中包囲網を外交レベルから集団安全保障レベルまで高た場合、「この同盟を裏切ったらただじゃすまない」という恐怖をわずかでも加盟諸国に持たせる必要があります。NATOにおけるドイツの役を誰が演じるか?、日本にその役ができるのか?、日本以外にできそうな国は?。同盟は結成するまでが大変ですが、結成してからが正念場です。
    2015年08月10日 15:23

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