クールジャパンを生みだす「さざれ石」社会

 
今日は、昨日のエントリーに触発されて書いた関連記事になります。ただちょっと強引な展開になっているかもしれません。(苦笑)

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1.クールジャパン

世界各地で「クールジャパン」なる現象が起こっている。

「クールジャパン」とは"格好いい日本"という意味で、日本独自の文化が海外で評価を受けている現象、或いは、その日本文化を指す言葉。

「クール・ジャパン(cool Japan)」という概念は、アメリカのジャーナリストのダグラス・マクグレイ(Douglas McGray)が、2002年に外交専門誌である「Foreign Policy」に発表した"Japan's Gross National Cool(日本のグロス・ナショナル・クール)"という論文で発表されたのが、その始まりとされる。少し長くなるけれど、その論文の冒頭部分を次に引用する。
日本は、またもや、新たな超大国の地位を築きつつある。

広く報じられている政治、経済上の落ち込みにも打ちのめされることなく、日本のグローバルな文化的勢力は静かに力強さを増してきた。ポピュラーミュージックから家庭用電子機器、建築からファッション、アニメーションから和食にいたるまで、今日の日本は、経済大国だった1980 年代と較べて文化大国と言うのが正しいようだ。

しかし、はたして日本はメディアのすばらしい力をベースに、同様にパワフルなナショナル・メッセージをはっきりと発信することができるのだろうか?

毎週、日曜日の朝となると、ティーンエイジャーたちは渋谷の歩道を埋めつくし、はては車道にあふれでる。彼らはガラスとスチール張りの高層ビルの壁面のほぼ全体を占める街頭ビジョンが見下ろすハチ公前広場を起点とし、30~40 人ずつ横断歩道に散らばってゆく。

アメリカのナイキやニューバランス、ニューヨーク経由でヨーロッパから入ってくるプーマやアダィダスなど、真新しいスニーカーが陳列されている店のあたりをうろつく。東京の人気ソウルバーなどで流れる―グランドマスターフラッシュ、カーチス・メイフィールド、パーラメント等―にレコードを専門に扱う小さなミュージックストアに集う。スターバックスでは320円(約3$)を出してトーリーアイスラッテを飲む。味はアメリカ・ワシントンとまったく同じ。また、値段が高すぎるのも一緒だ。

大都会ならどこでもそうだが、東京もアメリカン・カルチャーを大量に、特に若者たちに提供する。スターバックスやナイキのように、純粋にアメリカンであることもあれば「Harbard University」と書かれたトレーナーや、ポテトサラダピザなどのように、そうでないこともある。だが、文化的見地から正しいかどうかはあまり問題ではない。純粋にアメリカンであるかどうかということよりも、更に重要でないものは、アメリカン・クールの香りである。

ハチ公前広場の前にあるスターバックスから数ブロック離れたところに、マンガやアニメ(日本のコミックやアニメーション)等のリサイクル販売をおこなう「まんだらけ」という店がある。店先に、ビニールカバーつきの使い古されたコミックがいっぱい並んでいるわけではなく、地下へ向かう入り口があるだけ。中に入ると人口の岩肌が壁面をおおう洞窟のようになっており、延々につづく階段をくだると地階にたどりつく。

そこには、天井に届くくらい高い棚いっぱいにマンガやビデオが並べられ、横には関連グッズがあるおもちゃやコレクティブルなどが置かれてある。最高に珍しい品物はガラスのショーケースの中。レアもののゴジラやウルトラマンのフィギュアなどはそれぞれ数百ドル相当で販売されている。
Japan’s Gross National Cool」 Douglas McGray より
と、まぁ、こんな感じ。2002年といえば、今からもう10年以上も前のことになるけれど、渋谷や"アキバ"を見たと思われるこのレポートは、今現在の姿でもある。
※ダグラス・マクグレイ氏は2001年春に日本に滞在していたようだ。

最近でこそ、漸くにして、ちらちらと「クールジャパン」を取り上げる日本のメディアも出てきているけれど、10年前から日本の文化力に着目していた外国の目のほうが正確に日本の"クールさ"を捉えているといえるのかもしれない。




2.経産省が進める「クールジャパン戦略推進事業」

経産省は、このクールジャパンの海外進出や人材育成を目的として、2010年6月に経産省内の製造産業局に「クールジャパン室」を設置し、11月にはクールジャパンを再発見し共有・発信する「COOL JAPAN TOKYO-CONFERENCE」を開催している。

そして、2011年からは、クールジャパンによって、日本の産業の付加価値を高め、国際競争力を強化することを目指し、クールジャパンを担う企業・クリエイター等の海外市場への展開を支援するクールジャパン戦略推進事業を展開し、対象案件を公募している。

昨年も110件の応募の中から15件が採択されている。その15件は次のとおり。
1)仮)TOKYO shibuya ×singapore/株式会社パルコ
2)「HARAJUKU +」/アッシュ・ペー・フランス株式会社
3)TOKYO FASHION WEEK/一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構
4)クールジャパン・インドネシア/楽天株式会社
5)上海におけるコンテンツ×地域情報発信事業/森ビル株式会社
6)「VOCALOID Trans-Pacific」プロジェクト/ビープラッツ株式会社
7)インド市場 ジャパコン・キッズTV事業/株式会社 ビーエスフジ
8)日本のコンテンツのためのニュー・アジアン・プラットフォーム/株式会社ティ・ジョイ
9)「料理の鉄人~Iron Chef」等インドネシア日本食産業インキュベーション/株式会社インドネシア総合研究所
10)クール・ジャパン流コンテンツ×車による相乗的プロモーション/トヨタモーターセールス&マーケティング(株)
11)日本食産業海外展開システム実証プロジェクト/株式会社ぐるなび
12)日本食文化普及プロジェクトin France/在日フランス商工会議所
13)「知られざる日本」アジアと日本の各地方の“架け橋”事業/株式会社ブレインワークス
14)京都ものづくりのブランド化による中国進出中小企業支援プロジェクト/株式会社 細尾
15)おもてなしによる日本旅館海外展開プロジェクト/株式会社加賀屋
と、まぁ、ファッション、エンタメ、食、サービスなど幅広い分野から選ばれている。

これまで日本は、貿易立国として様々な製品を海外に輸出して、その技術は高く評価され、世界にしられていたけれど、技術だけでなく、文化も非常に高度なものがあると知られるようになってきたということだろう。

それに、東日本大震災で、被災者がパニックになることも、略奪することもなく、秩序を持って対応していった姿は、海外に広く配信され、驚きと共に高く評価された。

技術に文化、そして民度。日本はこれらにおいて、世界最高峰の国のひとつといっていいのではないかと思う。

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3.「さざれ石」は千代に八千代に

では、なぜ、日本は、それほどまでに高度な国であるのか。

ひとつには、長い歴史があり、そこで育まれた文化や伝統が受け継がれ堆積しているという文化的豊かさがあるというのもあるだろうし、また、匠の拘りが緻密で高度な製品を生み出しているというのもあるだろう。

だけど、それらは、周辺環境であって、それだけでは十分ではない。もう一つ重要な要素がある。それは人。どんなに優れた文化や技術に囲まれていても、そこにいる人達が何もしなければ、その優れた文化も技術も残らないし、更なる高みを目指す人達がいなければ、新しいものは生まれない。

だから、国というのは、優れた文化や伝統を礎として、それを受け継ぎ、活かし、発展させてゆく人々との相互作用によって、その高みを形作るのではないかと思う。

そして、その相互作用は、ある意味において、君が代で唱われている「さざれ石」とよく似ている部分があるのではないかと思う。

「さざれ石」とは、漢字で「細石」と書くことから明らかなように、元来は"小さな石"のことを表すのだけれど、その小石が集まって、1つの大きな岩の塊に変化したものが、一般的に「さざれ石」と呼ばれている。

小石に限らず、堆積した泥・砂・れき・火山灰・生物の遺骸などの粒子は、長い時間とともに互いに癒着して固まることがある。

この作用のことを、地質学では、続成作用(ぞくせいさよう、diagenesis)というのだけれど、通常、堆積物が溜まってくると、まず、その重みによる圧力で、堆積物内の粒子間の隙間が詰まったり、粒子間の水が排水されて抜けることで、堆積物が固まっていく(物理的続成作用)。次に、地下水に溶け込んだ炭酸カルシウムや二酸化ケイ素などの成分が、粒子間に浸み込んで固化して、長い時間をかけて、それらをくっつけてしまう(化学的続成作用)。

「さざれ石」は、石灰岩が破砕して出来た角ばった岩石片(角礫岩)が、これら続成作用によって、ひとつの岩として固まってできたもので、学名では、「石灰質角礫岩」という。

日本では滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山が「さざれ石」の主要産地だそうで、各地の神社などで見ることができる。

筆者も、岐阜城天守閣傍の「岐阜城資料館」にある「さざれ石」を見たことがあるのだけれど、まるで、小石の混ざったコンクリートのようであり、非常に硬い岩だった。

続成作用によって土粒子が固結するためには、一般的に、10万年程度かかるとされる。君が代では、さざれ石が巌となるには、一千代から八千代かかるとなっているけれど、一世代を30年と考えれば、一千代では3万年、八千代では24万年に相当する。だから、たとえ、長い年月を表すために、比喩として"千代に八千代に"と詠んでいたのだとしても、その長さが地質学的にもその通りであることは、とても面白い。

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4.神々の仕事がクールジャパンを生む

さて、この「さざれ石」の構造が、どうクールジャパンを生み出し得るのか。

先程、筆者は、国の高みは、優れた文化・伝統とそれを受け継ぎ、発展させる人の2つの要素の相互作用によるのではないかと述べた。そこで、そうした優れた人を"小石"だと考えてみると、「さざれ石」は丁度、それら多くの優れた人々の"集合体"ということになる。従って、この優れた人々が一つに集まった「さざれ石」が形作る社会は、一種の文化的、文明的高みを作りだしているといえるのではないか。それが日本なのではないか、と。

世の中には、優れた業績を残す偉大な人が数多くいる。そうした人物は尊敬され、後世に伝えられ、時として祠がつくられたり、神様として祭られたりすることさえある。まぁ、今の世で神様として祭るというのはピンとこないかもしれないけれど、よく、何とか記念館であるとか、なんとか講堂であるとか、個人名を冠した建物なんかが、あちこちにあるけれど、さしずめ、あれが現代における、"神様として祭る行為"に相当するのではないかと思われる。

例えば、手塚治虫であるとか、藤子・F・不二雄は、彼らの名前を冠した記念館やミュージアムが建てられている。昔であれば、彼らは、芸能の神として、お祭りする神社が建てられたかもしれない。現に、手塚治虫は"漫画の神様"と呼ばれ、生前から"神様"とされていた。

後に神社に祭られるような優れた人、徳高き人物を「神」と呼ぶならば、日本の歴史の中に、そうした「神」は沢山見出すことができる。

だけど、もっと大事なことは、そうした「神レベル」の人々が古代から連綿と出続けたことにある。例えば、学問なり、事業なりなんらかの領域で、「神レベル」にある人がいたとする。大抵、その人には弟子ができる。弟子は当然その「神レベル」の人から教えられ、或いは薫陶を受けて成長する。また、その「神レベル」の人の仕事は、一角の業績となって、周囲の人々に恵みを与える。つまり「神レベル」の人が生きて仕事をするということは、その周囲を感化し、良き影響を与え、周りを高みに引き上げる。そうした効果がある。

もちろん、その影響範囲には個人差があり、広さも長さも異なるのだけれど、そうした「神レベル」の人があらゆる地域に、そして、それほど時を置かずして次々と現れたらどうなるか。

それは、「神レベル」の遺産が、次々と国に堆積していくということであり、また、それらが、その「神レベル」の人物から薫陶を受けたり、恩恵を受けた人達を接着剤として、それぞれくっついていくということでもある。これは「神レベル」の遺産という"小石"が、どんどん堆積して、その恩恵にあずかる人達という"炭酸カルシウム"で互いに固化して「さざれ石」となっていくプロセスに似ているように思える。

「神レベル」の人の出現が連綿と続いていくと、初めは小さな細石であったのが、時代と共に、成長して巌となる。国土と歴史が神の仕事で埋めつくされていく。

勿論、これは、日本だけではなくて、他の国でも同じで、優れた人物によって「さざれ石」構造の社会を作れるのだけれど、長い歴史の中で、その国が滅んでしまうと、新しい征服者によって、折角、時間をかけて成長した「古いさざれ石」が壊されてしまうことが往々にしてある。その時は、また一から「さざれ石」を作っていかなくちゃならない。

日本は、神話時代、古代から何千年もかけて「さざれ石」を巌とし、壊さずにいた。敗戦の憂き目にあってさえも、生した苔くらいは洗い流されたにせよ、さざれ石の"巌"を壊すことはなかった。

長い歴史と伝統、そして「神レベル」の人が日本に数多くいた。私たちはこれに深く感謝して、また次の「さざれ石」をくっつけていくことが、後世の人達への義務でもあり、贈り物ではないかと思う。




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この記事へのコメント

  • たまや

    「クールコリア」とか「さざれ石は韓国が起源」に発展する予感...
    2015年08月10日 15:23
  • ちび・むぎ・みみ・はな

    結局, 過去が現在に生きている事が日本の
    強みなのだと思う. これは日本に絶対座標
    としての皇室が存在するからに他ならない.
    絶対座標を持たない国は, その時々の国民の
    移り気によって文化がフラフラと浮遊する.
    パリも, 仏国王国の記憶が薄れていくに従い,
    面白い都市でなくなっていく.
    米国も, 建国神話が薄れていくに従い,
    薄汚れた街の連なりに変わっていく. 最近は
    カリフォルニアに憧れる日本人はいない.
    まさに, 「君が代」が唱うものは「真理」だ.

    我々が生きている日本は決して現在の我々の
    物ではなく, 過去・現在・未来の日本人の
    ものである ― そんな事実が忘れられかけて
    いたが, やっと見直されようとしている.
    2015年08月10日 15:23

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