君が代の由来と舞神楽

 
安倍内閣発足以来、韓国が騒がしい。

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1月3日、靖国神社に対する放火犯を日本に引き渡さないとする判断をソウル高裁が下したかと思えば、翌4日には、安倍総理の特使として、額賀氏が韓国を訪問したことに反対する右翼活動家の男が自分の腹部を刃物で刺す騒ぎがあった。

そして7日には、自民党は党本部で開催した仕事始めの会合で、安倍総理が君が代を斉唱したことを韓国メディアが取り上げ、「安倍首相、君が代斉唱、“日本を取り戻す第一歩”」「安倍“日本に戻す第一歩”君が代斉唱」などの見出しで取り上げて「首相に復帰した強硬派の安倍首相の存在は、日本国内はもちろん海外でも日本の右傾化が懸念されている」との見方を示した。

隣国の宰相が国歌を斉唱しただけで右傾化とは、呆れて言葉もない。

日本の国歌である「君が代」の"君"が何を指すかについては、諸説あるようなのだけれど、歌詞については、10世紀に編纂された『古今和歌集 第七』賀歌(がのうた)の初めに収録されている短歌が、その由来とされる。古今和歌集の中の元歌は次のとおり。
「わが君は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔の生すまで」
読人知らず
と、現在の歌詞と比較して"君が代"の部分が"わが君"となっている以外は全く同じ。その後、この歌は、「新撰和歌集」や「和漢朗詠集」など、その他数々の歌集にも載せられたのだけれど、長い年月のうちに、"わが君"が"君が代"に変化したのではないかとされている。



「君が代」を国歌として選んだ経緯については、明治2年乃至3年に、当時、薩摩藩砲兵隊長だった大山巌が海軍軍楽隊教師の英国人フェントンに作曲を依頼したというのが通説となっているようなのだけれど、筆者は、昭和17年に刊行された、澤鑑之丞技術中将著の「海軍七十年史談」に記されている「君が代」成立の話のほうが本当だったのではないかと考えている。その経緯はおおよそ次のとおり。

明治2年、イギリスから来賓を迎える際(おそらく同年9月のエジンバラ公の来日と思われる)、当時横浜の英国公使館を護衛するために、来日していたイギリス歩兵隊の軍楽長、ジョン・ウィリアム・フェントンから「日英両国の国歌を奏する必要がある、日本の国歌は如何なるもので宜しいか」との問い合わせがあった。

当時の日本は、まだ藩政時代であり、各藩から英語に堪能な人物を選んで、接伴掛と呼ばれる担当官を設けてはいたのだけれど、国歌というものは存在しなかった。

担当官は慌てて、国家をどうすべきか上司(軍務官)に相談しにいったのだけれど、重要会議中で相談できない。急用だと重ねて申し入れると、後に海軍卿となる川村純義が出てきた。

川村純義は「おはん方を接伴掛としたのは、今度来朝あらせらるる英国貴賓饗応に付て万事不都合なかんごつ取計らって貰う為じゃ。それを何ぞや、そげん事を一々問合せに来る必要はない。何ごつによらず掛員が相談の上、饗応については総て手落ち無くよかように処弁し、御来著も間近きことぢゃからその辺を心得、手落ちのないよう取計ろうてよか」と告げ、会議に戻ってしまった。

そこで、やむなく担当官同士で協議したところ、古歌の中から選ぼうとなった。その時、担当官のひとりである英学者の乙骨太郎乙(おつこつ-たろうおつ)が、旧幕府時代に徳川将軍家の大奥で、毎年元旦に「おさざれ石」の儀式がされていたことを思い出す。

「おさざれ石」の儀式とは、御台所(正室)が将軍家に年賀の挨拶をする前に行われるお清めの儀式で、正月三ヶ日の間行われていた。

御台所は毎朝午前4時に起床して、お化粧・着替えを済ませた後、廊下の中央に置かれた石の3個入った盥をはさんで御台所と大奥中老が向い合って着座する。中老が「君が代は千代に八千代にさざれ石の」と上の句を唱えると、御台所が直ちに「いわほとなりて苔のむすまで」と繋ぐ。すると中老が上から水を注いで御台所の手を清め、小姓が手拭を捧げることで、この儀式は終了する。

この「おさざれ石」の儀式で唱われていた歌ならば、陛下に対しても失礼にはなるまいと評議は一決。

続いて、曲をどうするかということになったのだけれど、これも担当官のひとりで後の海軍造船総監となる原田宗助が、自分の故郷である薩摩の琵琶歌に「蓬莱山」と言う古歌があり、そこにも「君が代」の歌詞があるという。迷っている時間はないと、フェントン楽長を招いて「蓬莱山」を唄って聞かせたところ、いくつか注意するところがあるものの、作曲できると応えてくれた。そうして出来上がったのが、フェントン作曲の「君が代」。


※フェントン作曲の「君が代」。今の「君が代」と大分趣が異なる。

「君が代」の元曲となった「蓬莱山」は、戦国時代まで遡る。

後に薩摩を統一し、島津家中興の祖と呼ばれることになる島津忠良は、1536~37年に入来院重聡・重朝一族の協力を得て、伊集院一族を攻め落としている。その戦勝祝いの席で、入来院重聡は入来院家に、鎌倉時代から先祖代々伝わる神楽舞である入来神楽の「十二人剣舞」を舞方に命じて、島津忠良の前で披露した。島津忠良はこの神楽舞をいたく気に入り、のちに「春日野」「武蔵野」「蓬莱山」など数多くの歌を残したとされる。

この「蓬莱山」の歌詞は次のとおり。
目出度やな 君が恵みは久方の 光り長閑き春の日に

不老門を立ち出でて 四方の景色を眺むるに

峰の小松に雛鶴棲みて 谷の小川に亀遊ぶ

君が代は 千代に八千代にさざれ石の 巌となりて苔のむすまで

命長らへて 雨塊を破らず 風枝を鳴らさじと云へば

又 尭舜の御代も 斯くやあらん

斯程治まる御代なれば 千草万木花咲き実り 五穀成熟して

上には 金殿楼閣甍を並べ 下には民の竈を厚うし 

仁義正しき御代の春 蓬莱山とは是とかや 

君が代の 千歳の松も常盤色 変らぬ御代のためしには 

天長地久と 国も豊かに治りて 弓は袋に剣は箱に蔵め置く

諌鼓苔深うし 鳥も中々驚くやうぞなかりける
その後、このフェントン作曲の「君が代」は、日本人の音感にふさわしくないということになり、明治13年に、宮内省雅樂課に作曲を委嘱して、現在の「君が代」の曲が出来上がる。



国歌において、自分の国の正統性を謳い、建国の精神を掲げるのは当たり前。だから、国歌にそうした意味合いの詞が入ることは何ら不思議なことじゃない。特にその国が長い歴史を持ち、神話を持つ国であればあるほど、神話や古歌をベースにした国歌を作るのは自然なことだといえる。

その意味からいけば、君が代は、その成立過程をみても、古歌と神楽舞、および儀典をベースにしている。神話と長い歴史を持つ日本には、実に相応しい国歌だと思うし、戦火と砲弾の果てに建国された国の"勇ましい"国歌よりは、よっぽど平和な国歌だと思う。

韓国国歌には「この気性とこの心で忠誠を尽くさん 辛くとも 楽しくとも 国を愛さん」という一節がある。自分の国の歌詞で、国を愛せと愛国心を唱っている。どこの国だって、自分の国の永続を願い、愛国心を求めるのは普通のこと。

1月6日の、韓国統計庁の発表によると、韓国での、2011年の就業者2378万7000人のうち、実に11.2%にあたる266万2000人が離職を経験し、四年制大学を卒業した就職希望者28万人以上のうち、実際に就職できたのは、その半分程度。しかも就職できた人の殆どがコンビニでのアルバイト社員やインターンだという。

韓国では、今でも日本語試験が過熱していて、試験を受験した若者たちは、日本で生活したいとか、日系企業で働きたいと口にするそうだ。祖国から出たいと願う若者の愛国心はどれほどあるというのだろうか。

君が代を斉唱しただけで右傾化なんて騒ぎ立てるなんて、バカバカしいとしか言いようがないけれど、韓国は日本にイチャモンをつける前に、自国民の愛国心を振り返ってみるべきではないかと思う。




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この記事へのコメント

  • 白なまず

    ご存知の方も多いと思いますが、、、この動画。
    たちあがれ!国家 「君が代」ヘブライ語訳.wmv
    http://www.youtube.com/watch?v=esNHTnMlO5g
    2015年08月10日 15:23
  • 日比野

    えまのんさん。コメントありがとうございます。

    なるほど、隆達節ですか。いろんな人に歌われていたということは、素晴らしいことかと。国歌が血生臭い歌ではなくて、祝歌であり恋歌ということは、それだけ平和を愛する国だという証明以外の何物でもないと思いますね。

    中国の国歌は
    「…我等の血と肉をもって
    我等の新しき長城を築かん

    中華民族に迫り来る最大の危機
    皆で危急の雄叫びをなさん

    起て!起て!起て!

    万人が心を一つにし
    敵の砲火に立ち向かうのだ!…」

    ですから。

    こんな歌を国歌にしている限り、中華人民共和国という国の集合想念というか集合認識は「敵に包囲攻撃されている」というものを刷り込まれてしまうのではないかとさえ思ってしまいます。

    今後ともよろしくお願いいたします。
    2015年08月10日 15:23
  • えまのん

    日本共産党大阪府委員会のサイトより「「君が代」のルーツが堺の寺に!? 顕本寺の僧創作の隆達節」
    http://www.jcp-osaka.jp/2007/05/post_237.html

    こちらでも「君が代」は古来より歌われてきた祝歌であり恋歌であるとの解釈がされているようです。
    酒席で歌われていた歌を小学生に歌わせるのはいかがなものか と〆るあたりが共産党ですが(笑

    いずれにせよ、「君が代」で軍国主義だの戦争賛美だと右傾化と騒ぐほうがどうにかしていると思います。
    2015年08月10日 15:23
  • ちび・むぎ・みみ・はな

    半島の国は所詮は周辺国でしかないから,
    申し訳ないが, 話題にする必要性は少ない.
    竹島単独提訴が延期になったことも, 単に,
    対支那戦略の一環として判断されたことであり
    半島がおごり高ぶろうが日本には関係ない.
    対支那戦略こそ世界の平和に大きく影響する
    世界の重要事項であり, 米国が主義者の
    オバマ大統領を選んでしまった以上, 日本が
    世界平和を守る要石になる運命である.
    半島のことはこの観点から考えるべきだろう.
    2015年08月10日 15:23

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