昨年12月に靖国神社の門に放火し、日本側が日韓犯罪人引き渡し条約に基づく身柄引き渡しを求めていた中国人の劉強元受刑者について、ソウル高裁は1月3日、日本に引き渡さないとする判断を下した。
劉強元受刑者は、4日午前の段階で、韓国から空路中国・上海へ出国しており、日中間に犯罪人引渡条約がないことから、日本側での靖国放火事件の全容解明は極めて困難となった。
犯罪人引渡し条約とは、国外に逃亡した犯罪容疑者の引き渡しに関する国際条約のことで、主に2か国間相互の条約として結ばれる。日本は現在、アメリカと韓国の2ヶ国とこの条約を結んでいる。
日本と韓国との間で結ばれている犯罪人引き渡し条約(正式名称:犯罪人引渡しに関する日本国と大韓民国との間の条約)は、平成14年に締結されている。
この条約は、平成10年に、金大中大統領(当時)が訪日した際の日韓共同宣言で、この条約締結の為の話し合いを行なうとしたことがその発端となっており、犯罪抑圧のための両国間の協力が実効あるものとすることを期待して結ばれている。
条約で引き渡しに該当する犯罪は、「両締約国の法令における犯罪であって、死刑又は無期若しくは長期一年以上の拘禁刑に処することとされているもの」と定義されているのだけれど、何が両締約国の法令における犯罪なのかというと、次のように定められている。
(a) 当該いずれかの犯罪を構成する行為が、両締約国の法令において同一の区分の犯罪とされていること又は同一の罪名を付されていることを要しない。簡単にいえば、細かい犯罪区分の一致は問わず、犯罪行為の全体を考慮する、と何とも曖昧な定義ではあるのだけれど、元々、法体系などの異なる国同士では、何をどこまで犯罪とするのかという線引きから難しいから、こうした曖昧な書き方になるのも仕方ないのかもしれない。
(b) 引渡しを求められている者が犯したとされる行為の全体を考慮するものとし、両締約国の法令上同一の構成要件により犯罪とされることを要しない。
そして、今回焦点となった引き渡しの拒否については、条約では「引渡しを当然に拒むべき事由」と「引渡しを裁量により拒むことのできる事由」の2種類の事柄について、次のように取り決められている。
第三条 引渡しを当然に拒むべき事由とこのように定められているのだけれど、今回ソウル高裁が劉強元受刑者の引き渡しを拒否した理由は、劉強元受刑者が「政治犯」だからということらしい。確かに、第三条c項には、政治犯罪であると被請求国が認める場合には「引渡しは当然に拒むべき」とされている。
この条約に基づく引渡しは、次のいずれかに該当する場合には、行われない。
(a) 引渡しを求められている者が請求国において引渡しの請求に係る犯罪について有罪の判決を受けていない場合にあっては、被請求国の法令上当該犯罪をその者が行ったと疑うに足りる相当な理由がない場合
(b) 引渡しを求められている者に裁判が行われることが十分に通知されておらず、又は法廷における防御の機会を与えられておらず、かつ、自ら出席して再審を受ける機会を与えられておらず、又はそのような機会を今後与えられることのない場合において、その者が請求国において引渡しの請求に係る犯罪について欠席裁判により有罪の判決を受けているとき。
(c) 引渡しの請求に係る犯罪が政治犯罪であると被請求国が認める場合又は引渡しの請求が引渡しを求められている者を政治犯罪について訴追し、審判し、若しくはその者に対し刑罰を科する目的で行われたものと被請求国が認める場合。この場合において、次の犯罪は、それ自体を政治犯罪と解してはならない。
(i) いずれかの締約国の元首若しくは政府の長若しくはそれらの家族に対し、そのような者であることを知りながら行った殺人その他故意に行う暴力的犯罪又はそれらの犯罪の未遂(当該未遂が犯罪とされる場合に限る。)
(ii) 両締約国が当事国である多数国間の条約により、引渡犯罪に含めることを両締約国が義務付けられている犯罪
(d) 引渡しを求められている者が被請求国において引渡しの請求に係る犯罪について訴追されている場合又は確定判決を受けた場合
(e) 引渡しの請求に係る犯罪について、被請求国の法令によるならば時効の完成その他の事由によって引渡しを求められている者に対し刑罰を科し又はこれを執行することができないと認められる場合(当該五犯罪についての管轄権を有しないことが理由である場合を除く。)
(f) 引渡しを求められている者を人種、宗教、国籍、民族的出身、政治的意見若しくは性を理由に訴追し若しくは刑罰を科する目的で引渡しの請求がなされていると、又はその者の地位がそれらの理由により害されるおそれがあると被請求国が認めるに足る十分な理由がある場合
第四条 引渡しを裁量により拒むことのできる事由
この条約に基づく引渡しは、次のいずれかに該当する場合には、拒むことができる。
(a) 被請求国の法令により、引渡しの請求に係る犯罪の全部又は一部が被請求国の領域又は船舶若しくは航空機において犯されたものと認められる場合
(b) 引渡しを求められている者が第三国において引渡しの請求に係る犯罪について無罪の判決を受けた場合又は有罪の判決を受け、科された刑罰の執行を終えているか若しくは執行を受けないこととなった場合
(c) 引渡しを求められている者の年齢、健康その他個人的な事情にかんがみ、引渡しを行うことが人道上の考慮に反すると被請求国が認める場合
(d) 引渡しを求められている者に関し、引渡しの請求に係る犯罪について訴追をしないこと又は訴えを取り消すことを被請求国が決定した場合
政治犯とは、ある国の政治体制の中で「反政府的」とされる態度・言動をとったり、「反政府的」とみなされる組織をつくるなど反政府活動を行なった理由で逮捕状が出されていたり、刑務所・収容所などに収監されている者を指す。
ソウル高裁は、靖国神社を「法律上は宗教団体の財産ではあるが、国の施設に相応する政治的象徴性がある」とした上で、劉強元受刑者の放火の動機について「日本が犯した歴史的事実に関する認識・怒りに起因したもの」であり、「犯行は政治的大義のため行われたもので、犯行と政治的目的の間に有機的な関連性が認められる」としている。
更に、「劉強元受刑者の認識と見解は韓国の憲法理念や国連などの国際機関、大多数の文明国が目指す普遍的な価値と脈絡を同じくしている。同元受刑者を日本に引き渡すことは、韓国の政治的秩序や憲法理念、そして大多数の文明国の普遍的な価値を否定するもの」とも述べている。
劉強元受刑者は、靖国に放火した後、ソウルの日本大使館に火炎瓶を投げ込んで実刑判決を受けているのだけれど、「劉強元受刑者の認識と見解が大多数の文明国の普遍的な価値と同じだ」と認めることは、今後、靖国に放火しようが、日本大使館に破壊活動を行おうが、それは、文明国の普遍的価値の発露なのだ、とお墨付きを与えたことと同じになる。
今回の判決に当たっては、中国が韓国に、劉強元受刑者を「政治犯」と認定し身柄を中国に送るよう圧力を掛けていて、韓国は、政治的判断でそれに従ったのだという見方が一部にある。
たとえそうであったとしても、この判断の影響は大きい。なぜなら、今後、韓国人による、同様な犯罪が行なわれたとしても、韓国はそれを犯罪として裁けなくなってしまうから。
仮に、靖国本殿に韓国人がトラックで突っ込んだり、韓国の日本大使館を爆破したりしても、容疑者が「日本の歴史認識に対する抗議活動だ」と言い張れば、「政治犯」として扱われ、日本に引き渡されることは無くなる。仮に引き渡しに応じれば、中国籍なら「政治犯」で、韓国人なら違うのか、と国内から批判を浴びる。
1月4日、韓国の金浦空港で、安倍総理の特使団の訪韓に反対し、自分の腹を刺して抗議した人が出たようだけれど、これからは、そんな人が日本国内で犯罪を犯しても、高跳びして韓国国内に逃げ込んでしまえば、「政治犯」扱いにして、日本への引き渡しを拒否できてしまう。今回の判決はそんな前例を作ってしまった。
だから、今回の判決は、日韓犯罪人引き渡し条約の締結時の目的である「犯罪抑圧のための両国間の協力の強化」を否定するものであり、ひいては日韓共同宣言をも傷つけるものになると思われる。
日本政府としては、単に抗議するだけではなくて、「劉強元受刑者は放火した犯罪人であるにも関わらず、韓国の司法が、政治犯と認定したことは間違いである」と政治犯ではないと言わなければならないし、更に劉強元受刑者の見解は、文明国の普遍的な認識ではないと主張する必要がある。おそらくそれは、河野談話の見直しや村山談話の見直しにまで繋がっていくのではないかと思われる。
単に、二国間の歴史観の違いだけで済んでいるうちは、まだしも、それが「文明国の普遍的な認識」とされてしまうとその悪影響は決して軽いものではない。
遺憾の意を示したり、何らかの対抗措置を検討するのもいいけれど、それ以上に世界観レベルで日本を否定されていることは無視してはいけない。世界観レベルでの反論や対抗策を検討すべきだと思う。
この記事へのコメント
洗足池
私が間違っているなら数字で反論して下さい。
日本側の統計では10年対韓貿易黒字額は2.96兆、11年は2.10兆に減っている。12年は更に減ると予測されている。韓国側の統計でも大差なし。
地方出身東京在住者で郷土愛から地方に納税しようという奇特な人がいない事は「ふるさと納税」の利用者が殆どいない事実からわかります。東京の富の分け前にあずかりたいというのは地方在住の人なのです。
WN
おかしな結論を導く人ですねえ。
日韓貿易の規模自体は特に減っているわけではないのというに。
たとえば2011年、韓国は過去最大の対日貿易赤字に陥っていますよ。
日本製の資本財を必要としなくなっているとしたら、なぜ対日貿易赤字が膨らむんでしょうね?
ついでに言うと、中国も台湾も対日貿易赤字国で、かつ赤字は概ね拡大傾向にありますよ。
そもそも、経済規模の大きな国ほど貿易の比率は小さい(内需が大きい)のが普通です。中国も韓国も異常な国なのですよ。その異常な国同士が貿易依存度を高め合っていることはさらに異常であり、日本が手本にすべき事象ではありません。
>貴殿は、地方出身で東京在住者は郷土愛から東京人の納税の一部を地方に廻すのは当然だと言ってるが
いいえ、そんなことは言っていませんね。「地方出身で東京在住者は郷土愛から東京人の納税の一部を地方に廻す」のは当人にとって合理的な行為であり、東京人であっても貴方の主張を支持しない可能性があることを指摘しただけですよ。
ロモラオ
白なまず
参考【 Pcafe story 大宇宙の神々と宝珠 1968年 パプアニューギニアの兵隊さんたち】
http://drecop.xsrv.jp/pcafestory/?p=10679
【ZX帝国=第四帝国 代十九回 靖国神社】 動画
http://dragon-cross.jugem.jp/?eid=142
sdi
宣伝戦の分野では両国とも「指桑罵槐」のテクニックにもたけていますね。直接的でなく間接的に日本を罵るのも得意。しかし「彼らと同じレベルまで堕ちて不毛な罵りあい合戦をするか?」というと私はそんなのは避けたいですね。なにしろこちらにメリットなんてない。得るもの皆無です。個人的な感想を言わせて貰うと「バカらしい」の一言ですね。
国際世論に関しては、やはり欧米を味方につけないまでも中韓両国側に組しないように手を打たねばならないでしょう。「我々は彼らと違う」という点を強調するのと「戦線を拡大する」ことでしょうか。宣伝主砲についても、共和制ローマの大カト-式の「~ゆえにカルタゴは滅ぼさねばならない」というのは論外ですね。「繰り返す」という点はともかく、あのレトリックがそのまま現代に通用すると思えません。
opera
韓国については、盧武鉉の時に事後法を成立させて法治国家としての実質を失い、李明博政権では反日的であれば国際的な外交ルールを無視しても行う国ということを再確認したわけですから、日本はそれ相応の対応をすれば良いだけだろうと思います。
ところで、昨日までのエントリーについて少し感想を述べると、安倍政権では外交・安全保障等の問題も山積していますが、アベノミクスと呼ばれる経済政策一つとっても、外交的に波及するだけでなく自民党政権時代を含む十数年ぶりの政策的な大転換(レジーム・チェンジ)であり、それが過去二十年以上続いてきた経済思想的な趨勢の劇的な変化(パラダイム・シフト)に基づくものだという事の重大性が、マスコミはもちろん、一般にもまだあまり理解されていない気がしています。
こうした問題を考えるのに非常に参考になる良い動画があったので紹介します。
内閣官房参与・藤井聡(京都大学大学院教授)、宍戸俊太郎(筑波大学名誉教授・国際大学名誉教授)出演
1/2【新春特番】維新・改革の正体を語る[桜H25/1/2]
http://www.you
とおる
ちび・むぎ・みみ・はな
特使の到着ゲートを一般ゲートに戻して
騒動を助長したために腹きりが出た様だ.
李という大統領は最低の人間だし, その回りに
集まったもの達も最低だね.
次に成立する政権とはじっくりと事務的に
議論していかなければならない.