今日は報道とリテラシーについてです。
1.アメリカは中国の日本威嚇を止めねばならない
アメリカ保守派のシンクタンクである「ハドソン研究所」は24日までに、尖閣諸島をめぐる日本と中国の対立へのオバマ政権の姿勢を批判する「アメリカは中国の日本威嚇を止めねばならない」と題した報告を発表した。
それによると、オバマ政権が昨年からアジア旋回(ピボット)と名づけた中国の勢力拡大に対するアジア・太平洋での抑止力増強策について、最近になって、中国の機嫌を損ねないという方向に軟化したとし、尖閣の対立について、日本が中国の好戦性の標的であり、中国の言動が緊張を高めてきたと指摘。その実例として、2010年の中国漁船による尖閣諸島周辺の領海侵入をきっかけにした反日的な強硬言動や、日本側の尖閣国有化を理由とする反日破壊活動、日本側の主権や施政権への空と海からの侵害、射撃管制用レーダーでの日本側艦艇捕捉などを挙げた。
しかし、オバマ政権が中国側新指導部との対決を避ける方向へと姿勢を弱めることは、尖閣をめぐる緊張の原因が中国側にあることを直視せず、中国が日米両国間にクサビを打ちこもうとして日米同盟の強さを試している現実をみていないと批判、もしアメリカが日本との間に距離を置く態度をとれば、中国の侵略を激励する効果を招き、軍事行動を助長し、結果として、アメリカが最も避けたいとする事態を生みかねないと警告している。
また、中国の政治研究で知られるコロンビア大学のアンドリュー・ネーサン教授と、中国軍事研究の権威でランド研究所のアンドリュー・スコベル上級研究員は、新刊の共著「中国の安全保障追求」にて、中国の対日外交について分析している。
この書では、中国が「日本の台湾への支持、領土問題での対中衝突、米国との同盟に基づくアジアでの安保面の役割拡大」などを理由に日本への反対の立場を取ってきたとし、中国共産党政権は一貫して「中国の政策や立場に同調する日本側の政財界の勢力や人物には経済的利権や政治的特権を与え、その一方、非友好的とみなす企業などには貿易や投資での妨害、政治家には冷遇や非難の措置で懲罰を与えてきた」との見方を示した。
さらに「中国当局は日本の政策が好ましくない方向に動くと、海軍、空軍を動員しての示威行動のほか、 国民一般の反日感情を最大限に利用して反日デモや日本の戦時中の『残虐行為』の宣伝を強めるが、 その民族主義的感情は強いとはいえ、当局がその表明の時期、長さ、強さを調整する」とし、尖閣問題などでの一般市民レベルの「反日」が当局に操作され、共産党の独裁支配の正当性誇示をも目的としている点も指摘している。
そして、「中国当局は日本側から政治や経済での譲歩、修正を奪うために日本側の『戦時の残虐』を持ち出し、日本側の罪の意識をあおり、中国側の道義的優位を主張する」とし、「日中間の歴史や記憶をめぐる紛争は中国側の政策の動因ではなく、信号なのだ」と総括している。
日本の側からみれば、こうした見方は普段から体感していることであり、当たり前に感じていることではあるのだけれど、こうした見方はアメリカでは、わざわざ本にして発表しなければならないところに、日本とアメリカの中国に対する認識の差が垣間見える。
ただ、こうした認識について、たとえそれが正しかったとしても、シンクタンクや評論家がいうのであれば兎も角、国家首脳が口にするときには、余程注意しないと摩擦を呼びこむことにもなりかねない。それは、本人が話していない内容を捏造・曲解して報道された場合にも同様に起こり得る。
2.ワシントンポストの歪曲記事の余波
最近では、2013年2月21日のワシントンポスト紙が掲載した安倍総理のインタビューに関する記事などがそう。これは「中国の紛争へのニーズは『根深い』 (Chinese need for conflict is ‘deeply ingrained’)」と題した記事で、本文の書き出しでも、安倍総理の発言として「中国には、日本とアジアの近隣諸国が、領土をめぐって争うことへの『深く根付いた』必要性(“deeply ingrained” need)がある。中国共産党は、強い国内の支持を得るために紛争を利用しているからだ」となっている。
この記事に対して、中国メディアは、安倍総理が「領土紛争は中国の根深いニーズ」と発言したと報じ、これを受ける形で中国政府が「事実をねじ曲げている」と猛反発する事態となっている。
ところが、安倍総理はそんな発言はしていない。
外務省は2月22日、ワシントンポスト紙に対し、「発言を正確に引用しておらず誤解を招きかねない」として、執筆したハーラン東アジア総局長に注意喚起している。
こちらに、そのインタビュー記事があるけれど、問題となっている"ingrained"という単語は、記事の中でたった2回しか登場しない。発端となったと思われる箇所について、次に引用する。
Q: What is their larger purpose, do you think? What is China trying to achieve with what it is doing in the Senkaku Islands?これをみても分かるとおり、根深い(ingrained)と最初に発言したのは、ワシントンポストの方。安倍総理が言ったのは、「中国の愛国主義が経済成長を阻んでいる」ということであって、それをワシントンポストの記者が自分で「根深い(ingrained)」と解釈し、そう発言した。
要約:WP「彼らのより大きな目的は何だと思いますか? 中国は尖閣諸島における一連の行為で何をしようとしているのでしょうか?」
Abe: China, as a nation, is a country under the one-party rule of the Communist Party, but it has introduced the market economy. As a country that is under the one-party rule of the Communist Party, normally what they should be seeking is equality of results. And I believe it is fair to say that is probably what constitutes the legitimacy of one-party rule by the Communist Party. But as a result of introducing the market economy, China, has dropped one of its pillars of legitimacy, which was equal results for all.
This has led them to require some different pillars — one of which is high economic growth, and another of which is patriotism.
As part of their effort to seek natural resources needed for their high economic growth, I believe they are moving into the sea.
And the other pillar they are now seeking is teaching patriotism in their education. What is unfortunate, however, is that in the case of China, teaching patriotism is also teaching anti-Japanese sentiment. In other words, their education policy of teaching patriotism has become even more pronounced as they started the reform and opening policy.
In that process, in order to gain natural resources for their economy, China is taking action by coercion or intimidation, both in the South China Sea and the East China Sea. This is also resulting in strong support from the people of China, who have been brought up through this educational system that attaches emphasis on patriotism.
This, however, is also a dilemma faced by China. That is to say, the mood and atmosphere created by the education in China attaching importance on patriotism — which is in effect focusing on anti-Japanese sentiment — is in turn undermining their friendly relationship with Japan and having an adverse effect on its economic growth. And the Chinese government is well aware of this.
要約:安倍総理「中国という国家は共産党の一党支配下にある国ですが、市場経済を導入しました。共産党の一党支配下にある国として、通常目指すべきものは、結果の平等です。そしてそれが、共産党による一党支配の正当性を構成するものではないか、と言ってよいと思います。しかし市場経済を導入した結果、中国は「万人に平等な結果」という正当性を支える柱の一つを失ってしまいました。
そのため、彼らには別の支柱が必要になりました。その一つが経済成長であり、もう一つが愛国主義です。
高い経済成長に必要な天然資源を求めるための努力の一環として、彼らは海洋進出したのだと思います。
そして、彼らが追求しているもう一つの柱が、愛国主義教育です。しかしながら不幸なことに、中国の場合は、愛国主義を教えることは反日感情を教えることでもあるのです。言い換えると、中国が改革開放政策を開始したと同時に、愛国主義教育という政策がより顕著になったということです。
そうした過程において、経済に必要な天然資源を得るため、中国は南シナ海においても、東シナ海においても、威圧と恫喝による行動をとっています。これは、中国人民による強い支持を生むことにもなりました。彼らは、愛国主義を強調する教育制度で育ってきたのですから。
しかしこれは、中国が直面するジレンマでもあります。つまり、愛国主義を重視する中国の教育は、事実上は反日感情に焦点を当てるものであり、これによって造成された雰囲気が、次第に日本との友好関係を蝕み、中国の経済成長にとって逆効果となったのです。そして中国政府はこのことをよく分かっています。」
Q: Okay, so if you are going to follow this theory through, it means the problem in China is very ingrained. How does Japan counter that, and do you see any solution to the maritime issue, and more broadly, between Japan and China in their overall relationship?
要約:WP「OK、あなたのその理論に従うなら、中国の問題は実に根深い(ingrained)というわけですね。日本は海洋問題をどう解決しようとお考えでしょうか。また、より広い意味で、日中関係にどう対応しようとしておられるのでしょうか?」
Abe: What is important, first of all, is that their leaders as well as business leaders recognize how deeply ingrained this issue is. Because without having this recognition, they will not be able to find a solution that can produce results. In this context, I wish to make the point that without economic growth, they will not be able to control the 1.3 billion people in China under the one-party rule by the Communist Party.
What is important, first and foremost, is to make them realize that they would not be able to change the rules or take away somebody’s territorial water or territory by coercion or intimidation. Accordingly, for the first time in 11 years, I have increased our defense budget, as well as the budget for the Japan coast guard. It is important for us to have them recognize that it is impossible to try to get their way by coercion or intimidation. In that regard, the Japan-U.S. alliance, as well as the U.S. presence, would be critical.
要約:安倍総理「まず重要なのは、中国の政府・ビジネスリーダーたちが、この問題がいかに深く根付いた(deeply ingrained)ものであるかを理解することだ。この認識がなくては、結果のともなう解決策は見いだせない。経済成長なくして中国は13億人の人々を共産党一党体制のもとに統治することはできないことを指摘しておきたい。
さらにもっと重要なことは、威圧や恫喝によってルールを変えたり、人の領海や領土を奪うことはできない、ということを中国側に理解させることです。そのために、私は11年ぶりに、海保の予算だけでなく防衛費も増加させました。威圧や恫喝によって自分の思い通りにしていくことは不可能だ、ということを認識させることが重要なのです。そうした意味において、米軍の存在だけでなく、日米同盟が決定的に重要となります。」
そして、その次の質問に対して、安倍総理は「この問題がいかに深く根付いた(deeply ingrained)ものかを中国が認識しなくては解決策は見いだせない。なぜなら、経済成長なくして13億人の人々を統治することはできないからだ。」と答えた。この安倍総理の"deeply ingrained"発言が、前段のワシントンポストの記者の"ingrained"発言を受けて、同じ単語で返したものなのか、それとも、安倍総理自身がそう感じていて、あるいは一言で纏める意味で使ったのかどうかは分からない。
だけど、このインタビューで、「中国が紛争を起こす必要性がある」というのはちょっと飛ばし過ぎだと思うし、ましてや、記事の見出しに使うなんて煽りにしか見えない。まるでスポーツ紙のような見出し。
3.政治紙はスポーツ紙ではない
今回火種となった「中国の紛争へのニーズは『根深い』」記事を書いた、ハーランとはどんな人物なのか。
現在、ワシントン・ポストの東アジア総局長であるチコ・ハーラン氏は、アメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグ出身で、2004年シラキュース大学卒業後、故郷の「ピッツバーグ・ポスト・ガゼット」、オーストラリア・シドニーの「デイリー・テレグラフ」の記者を経て、2008年ワシントンポスト入社、スポーツ記者として2年間、メジャーリーグのワシントン・ナショナルズを取材。2010年6月からワシントンポストの東アジア総局長に就任している。
ハーラン氏は、日本に赴任して間もない頃(2010年9月頃)、財団法人・経済広報センターの取材を受けているのだけれど、次のように述べている。一部引用する。
-来日して3カ月、日本の取材・報道には慣れましたか?
ワシントンのスポーツ記者だったので、全く違う状況の日本に来て、まず日本の政治や経済について、ワシントンとの細かな違いを理解することが必要だ。民主党の党代表選の期間中に日本の政治で起こっていることは、なかなか面白いと思った。党分裂の脅しもあり、両候補の正面からの対決もあり、“ソープオペラ”(テレビの連続メロドラマ)みたいなところもあって、記者には書くことがたくさんある。しかし、着任してまだ間がないので、ワシントンの政治と比較して何かを書くまでには、もう少しよく見ないといけない。
-日本に来ることになったきっかけは?
ワシントンポストに入って2年足らずだが、メジャーリーグの野球しかカバーしていなかったので、何か違うことをしたいと考えていた。前任者のブレイン・ハーデン総局長が6月で異動することになったため、志願した。もちろん日本は初めて。来日までの数カ月間に、日本の歴史や政治についての本をたくさん読んできた。来日してからは、前任者に1カ月間、日本取材の手ほどきを受けた。実際の取材で記事を書くたびに大量のリサーチをするので、それによって、少しずつ学んでいる。
とまぁ、ハーラン氏自身が述べているとおり、彼は、ワシントンポスト入社後、メジャーリーグを担当するスポーツ記者だった。
だからとまでは言わないけれど、もしかしたら、ハーラン氏はスポーツ記者時代のノリが抜けず、自分の記事に、人目を引くような「過激な」見出しを付ける癖があるのかもしれない。
ダイヤモンドオンラインには、「英語メディアが伝える日本」というコラムがある。
例えば、2010年10月6日のコラム「一般市民の集団が闇将軍に打撃を しかし有罪は?」では、小沢一郎・元民主党代表に対する「起訴議決」について、いくつかの英語メディアの記事を取り上げているのだけれど、各英語メディアがどんな見出しをつけているかも紹介している。
そこでは、イギリス『フィナンシャル・タイムズ』のミュア・ディッキー東京支局長は「政治資金事件で小沢起訴へ(Ozawa to be charged over funding dispute)」、オーストラリア『オーストラリアン』ではリック・ワラス東京特派員が、「日本政治の闇将軍、小沢一郎が詐欺裁判の法廷へ」、アメリカ『ニューヨーク・タイムズ』のマーティン・ファクラー東京特派員は、「日本の審査会、疑惑にまみれた政治首領の起訴を後押し」など列挙し、最後にアメリカ『ワシントン・ポスト』ではチコ・ハーラン特派員が、「政治資金をめぐる疑いで日本の代議士起訴」と紹介している。
だけど、このコラムでは、ハーラン氏の見出しについて「(若干、勇み足な)見出し」と表現しているから、やはり、他の人の目から見ても、ハーラン氏は「勇み足な見出し」を付ける傾向があるのかもしれない。
だけど、ちょっとした"勇み足"の見出しによって、戦争にまで発展したら、一体どうするのか。政治報道をスポーツ紙のノリでやられたら堪らない。先日も、小野寺防衛相が「中国機に信号弾を撃つ」と発言したと、朝日新聞が捏造デマ報道をして騒ぎになった。
こうした「勇み足」をフォローすることを考えると、やはり政府は、最低限、各国首脳とホットラインを設けておくことが必要だと思われるし、民間レベルでも間違いがあれば、それを即正せるだけのリテラシーを育成しておく必要があるだろう。
この記事へのコメント
洗足池
してるのです。2月28日付のJbpressの記事をみれば安陪訪米に対する米国政府の反応が分かります。記者は中国メディアが「安陪は米国で冷遇された」と報道しているのも尤もだと書いています。
日本の漁船が尖閣近海で中国監視船に追い回されていることも報道されてます。(今朝の朝日新聞) 日本が尖閣を実効支配しているというのも事実ではないのです。