TPP交渉参加に条件はあるのか

 
3月18日、衆院予算委員会のTPP集中審議で、民主党の松本剛明議員から、TPPに関する日米共同声明についての質疑があった。

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松本氏は、政府のTPPの下交渉のやり方が拙いのではないかと批判し、TPPに関する共同声明を取り上げた。その共同声明の内容と次に引用する。
日米の共同声明

両政府は,日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には,全ての物品が交渉の対象とされること,及び,日本が他の交渉参加国とともに,2011 年11 月12 日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。

日本には一定の農産品,米国には一定の工業製品というように,両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ,両政府は,最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから,TPP交渉参加に際し,一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。

両政府は,TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが,自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し,その他の非関税措置に対処し,及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め,なされるべき更なる作業が残されている。
松本氏は、第3段落の内容について、日本がTPP交渉に参加するための条件になっているのではないかと質した。
第2段落では、最終的な結果は、TPP交渉参加後の交渉で決定される内容になっているのに、第3段落では、自動車部門や保険部門、そして、その他の非関税措置日本がTPP交渉に参加に対するアメリカの同意を得るための条件になっているように読めなくもない、として、第3段落についても、TPP交渉参加後に決めるべき内容であるべきだ、と質した。

つまり、松本氏は、第3段落にあるように、TPP交渉参加前に自動車、保険、非関税障壁で譲歩してしまったら、いざ本番のTPP交渉となったら、更に上積みして譲歩を求められるのではないかと指摘し、そんな条件がないのであれば、そうならないと明言して欲しいと迫った。

これに対して、安倍総理は、第3段落は、これまで日本政府が下交渉において話し合われていたことを文書化したに過ぎず、先日、TPP交渉参加表明をした段階で、アメリカから賛成するとのコメントを貰っていると答えた。

要するに、TPP参加表明をした何も始まっていない段階で、アメリカから歓迎のコメントを貰ったのだから、そんな条件など要求されていない、と言いたかったのだろう。だけど、これだけでは、少々説得力に欠ける。それに、安倍首相は、これらは条件ではない、とは明言しなかった。

では、やっぱり裏ではそうした条件があったのか、ということになるのだけれど、そのヒントは既に1年以上前に提示されている。



平成23年12月14日、アメリカ連邦下院の歳入委貿易小委公聴会の冒頭で、ブレイディ歳入委貿易小委員長が次のように発言している。次に引用する。
(1)ブレイディ歳入委貿易小委員長
非関税障壁に取り組み,合理的なプロセスと市場主義のルールによって貿易を進める必要があり,この観点からTPPを強く支持する。

TPPは,世界で最も急速に成長を遂げている地域と米国との関係を深める。TPPのもう一つの強みは,TPPの高い水準を満たせば,アジア太平洋地域の他の国も参加できることである。我々は,アジアや米州からの新規参加国を模索していくべきである。

また,この結果として,カナダ,日本及びメキシコによる発表を歓迎する。しかし,新規参加国は,これまで交渉されてきた高い水準へコミットし,野心を下げたり,交渉の妥結を遅らせたりしてはならない。また新規参加国は,未解決の二国間の課題を解決する意思がなくてはならない。同様に,過去の困難によって,今日の新しい解決へ道が閉ざされることは避けなければならない。

私は,USTRはすでに議会やステークホールダーとともに,カナダ,日本及びメキシコとの未解決の二国間の課題を特定する作業を開始していると理解している。これらの課題を解決すべく,USTRと緊密に連携していきたい。
ここで、ブレイディ歳入委貿易小委員長は、「新規参加国は,未解決の二国間の課題を解決する意思がなくてはならない。」と述べている。つまり、TPPに参加する為には、2国間の未解決問題を解決する"意思"がないと駄目だ、と言っている。

だから、TPP交渉参加をアメリカに認めて貰うためには、TPP交渉参加前の下交渉の段階で、対アメリカでの2国間の未解決問題を解決する意思を持っていることを示さなければならない。

おそらく、その意思を示すために、共同声明に「自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し,その他の非関税措置に対処し,及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了する」という第3段落の文章になったのではないか。

本当であれば、「二国間の懸案事項及びその他の非関税措置に対処し…」という具合に、具体的に触れないように出来れば良かったし、また、政府としてもそうしたかったのではないかと思うのだけれど、結果は、具体的な産業分野を名指しで、共同声明に捻じ込まれてしまった。この辺り、曖昧表現では納得してくれないくらいにアメリカの日本に対する信頼が揺らいでいるか、または、オバマ大統領自身の非常にビジネスライクといわれる性格に依拠したものではないかと思われる。

いずれにせよ、この具体的産業分野にまで踏み込んで共同声明として文書化させた部分は、オバマ大統領の勝ちであったように思う。

だから、松本氏が指摘した、共同声明の第3段落は、日本がTPP交渉に参加するための条件になっているというのは、あながち的外れではない可能性がある。

だけど、日本は、この共同声明で「自動車部門や保険部門、その他非関税措置」が二国間の懸案事項だと宣言してしまった。だからこれらの分野では、"逃げ道"は殆どなくなってしまったように思われる。

ただ、ポイントは、日本に二国間の課題を解決する意思があるということをアメリカに認めさせることであり、それが出来るのであれば、TPP交渉参加前に譲歩する必要は全くない。だけど、それでは無理だとなると、目に見えてだれにも分かるだけの証拠を出してでも、アメリカを説得しなくちゃいけなくなる。そうしないとTPP交渉参加したくても断られてしまう可能性がある。

いずれにせよ、これらは、TPP交渉参加決定までには明らかになるだろう。

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この記事へのコメント

  • opera

    >…たまに食べる280円の牛丼が唯一の贅沢という学生や勤労者がたくさんいるんですよ。

     デフレ下では失業率(あるいは非正規雇用)が拡大し、こういう状況が生まれるということもありますが、さらに自由化・グローバル化(つまりTPP)を進めれば進めるほどこうした状況は悪化します。
     『底辺への競争』あたりをググッてみてください。

     それから、規制緩和や構造改革といった新自由主義的政策は、基本的にインフレ対策であって、デフレ期には効果が無いどころか状況をさらに悪化させるという点(需要が無い時に供給力を拡大させるから)も確認しておいてください。

    >…はるかに豊かな地方の農家に補助金が支払われる。勤労者所帯よりも農家の所帯収入の方が多いのです。

     勤労者よりも農家の収入が多くなって何が悪いのか(大規模化すればそうなるだろうし、就業希望者も増えるでしょう)という点はさて置き、事実の確認として、いずれの国においても、食糧安全保障や環境保全等の観点から、農業に補助金を出すのは当然のことと認められています。
     そして、日本の補助金は(それが合理的かどうかは別にして)決して多くはありません。面倒なので
    2015年08月10日 15:23
  • 日比野

    operaさん
    > ほっとけば無条件で自由化の対象になってしまう分野を、日本側が「それは駄目」といった結果、協定に盛り込まれたのですから、日本側の得点…

    確かにTPPはネガティブリスト方式でしたね。失念してました。だから、明記されないものは無条件で自由化に合意で、書かれたものは、交渉対象になる、ということですかね。だとすると、明記したことでネガティブ扱いにしたので、ここで聖域化宣言したことになりますね。

    >アメリカ側(とくに議会)が断ってくれるなら、それに越したことはありません。

    もしかしたら、内心これを狙っているんじゃないかと、考えたりしたのですけれども、確証もないので、現時点では触れるのを止めました。(三橋さんのいうTPN作戦ですね。)
    2015年08月10日 15:23
  • 洗足池

    >日本がTPPに入らねばならない必要性は殆どない。

    6割以上の日本人がTPP加入に賛成しているのに何故必要がないの?
    輸入品(例えば食品)の価格が安くなれば、同じ家計の収入であれば、他に支出を振替えるでしょう。(例えば、車や服を買う)輸入品が安くなるから景気が悪くなる理由が分からない。輸入単価が下がって、日本の円建ての輸入トータル金額が減ればGDPは増える計算になるのだが、それがどうしてダメなのかな。

    農村地帯でホームレスなんかいないでしょう?少なくとも家と食糧はあるはずだ。東京では3食カーップラーメン、たまに食べる280円の牛丼が唯一の贅沢という学生や勤労者がたくさんいるんですよ。彼らは所得税は払ってないが、消費税は払っている。その税金から彼らよりはるかに豊かな地方の農家に補助金が支払われる。勤労者所帯よりも農家の所帯収入の方が多いのです。TPPに加入すれば牛丼一杯200円も可能です。

    そもそもどこの国の米や肉を食べるかは、消費者が決める事で、国や農家が決める事ではないでしょう。
    2015年08月10日 15:23

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