PM2.5が体内に入ったら

 
中国発の大気汚染が問題となっている。

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1.大気中粒子径の3つのピーク

2月27日、環境省は、微小粒子状物質(PM2.5)に関する専門家会合(第3回)を開催し、 PM2.5の1日の平均濃度が、これまでの基準値の2倍に当たる1立方メートル当たり70μgを超えると予測された場合は、健康に影響を及ぼす可能性が高くなるとして、都道府県などが外出や屋外での長時間の激しい運動、それに部屋の換気を控えるよう注意を呼びかけるとした指針を決定した。

更に、早朝の1時間の平均濃度が1立方メートル当たり85μgを超えると、統計的に1日の平均濃度が1立方メートル当たり70μgを超える可能性が高くなるとしている。過去3年間では、日本でPM2.5の濃度が環境基準値の2倍以上に達したケースは数回発生していたようだ。

現在、地方公共団体によって全国500カ所以上でPM2.5の常時監視が実施されている。

PM2.5とは、大気中に漂う粒径2.5μm以下の小さな粒子のことなのだけれど、大気中に存在する粒子状物質の粒径は、その殆どが0.001~100μmの範囲にあるとされる。

粒径0.001μmの超微小粒子からみれば、粒径100μmの粒子なんて、一万倍もの差があることになるのだけれど、大気中に、これら0.001~100μmの範囲の粒子が万遍なく分布しているかといえば、そうでもない。

大気中の粒子状物質の粒径分布には3つのピークが存在する。まず、5~30μmにピークを持つ「粗大粒子領域」、0.15~0.5μmにピークを持つ「蓄積領域」、そして0.015~0.04μmにピークを持つ「核形成領域」がある。

PM2.5というのは粒径2.5μm以下を表すのだけれど、これは、「粗大粒子領域」と「蓄積領域」の間の谷間に位置する。従って、PM2.5は、「蓄積領域」と「核形成領域」の二つの領域の微粒子のことを指す。

巷では、PM2.5を通さないマスクだとか、PM2.5を除去する空気清浄器とかに注目が集まっているようだけれど、これら微小粒子が体内に入ったら、どうなるか。

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2.肺胞マクロファージ

まず、鼻から咽頭、喉頭までのいわゆる「上気道」と呼ばれる領域では、比較的粒径の大きなものは、鼻毛や鼻腔内粘液によって、除去(沈着)される。およそ粒径5μm以上の多くの粒子は、鼻粘膜に沈着すると推測されている。また、咽頭鼻部は、鼻からの粘液を線毛の作用によって、咽頭の下部へ輸送し、声帯より下の喉頭では、分泌された粘液を線毛運動により上方の咽頭へ輸送している。

次に、気管から気管支、細気管支などのいわゆる「下気道」では、気管は分岐を繰り返し、やがて終末気管支に至るのだけれど、粒子径が3μm以下の粒子は、この下気道まで達すると推測されている。

最後に、呼吸細気管支及び肺胞管、肺胞嚢、肺胞からなる「肺胞」領域は、外気と肺との間でガス交換をしている部位になる。およそ粒子径1μmの微小粒子は肺胞に達するのだけれど、その多くは呼気により排出される。

また、肺胞壁には、肺胞マクロファージというものが存在していて、これにも微小粒子を排出する働きがある。肺胞マクロファージは、白血球の一種で、免疫を司っている。肺胞上皮に粒子状物質が沈着すると、それを細胞内に取込んで肺胞表面を綺麗にしている(貧食)。

この肺胞マクロファージの働きによって、肺胞壁に沈着した粒子は下気道領域へ輸送されるのだけれど、一部は間質を経てリンパ系に輸送される。

現在のところ、大きくて軽い粒子は肺にまで届きやすいとされている。これは、大きいことで粒子同士が凝集しにくくなることと、大きすぎて肺胞マクロファージでも貪食出来なくなってしまうから。

ただし、実際に人間の呼吸器系の何処にどれくらい付着するかについては、粒径および粒径分布、粒子の形、表面の性状、密度のほか吸湿性、水溶性等の物理・化学的性状や気道の構造、気道内での気流の状態や口呼吸か鼻呼吸かといった呼吸パターンや呼吸回数など、様々な条件によって異なる。

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3.気道内の粒子

大気中に存在する粒子の殆どは球ではない。それらは不規則な形をしていて、一般的には様々なサイズの粒子の集合体として存在している。

大気中で発生する全ての粒子は重力による加速の影響を受けるのだけれど、これに対して空気の粘性力が働いて、どこかの時点で釣り合いがとれて、速度が一定になる。実際は、これに粒子の形や密度による影響が加わって、複雑な動きになっている。

通常、呼吸器から吸い込まれた粒子状物質は、大気中に浮遊していたときと同じ運動を続けようとする。それは主に「慣性による衝突(inertial impaction)」、「沈降(sedimentation)」、「遮り(interception)」、「拡散(ブラウン運動)」という4つの動きに大別され、喉や気管支や肺といった、呼吸器の中のどこかに沈着する。

まず、「慣性による衝突」についてだけれど、全ての粒子は連続的に重力の影響を受けている。上気道及び下気道では呼吸による気流の速度が速いので、粒子は何度も方向を変える。それによって粒子は気道壁に接触または衝突しやすくなり、大体、3~20μmの比較的大きな粒子は、気道の分岐部で沈着する。衝突による沈着は鼻腔及び中枢気管支の分岐部において最も頻度が高いとされる。

次に、「沈降」についてだけれど、下気道から更に奥、末梢気道や肺胞領域では、気流速度は小さくなるから、相対的に、重力の作用による沈降の影響が大きくなる。ただし、この辺りでは、大きくて重い粒子は殆ど入ってこなくて、小さくて軽い粒子ばかりだから、沈降によって気道に沈着するのはごく僅かの筈なのだけれど、例えば、煙草の粒子のように、小さい粒子(平均0.4μm)であっても、吸湿性の粒子だったりすると、気道内の加湿によって、5秒以内にほぼ100%の粒子が倍の大きさになって沈着するという。

更に、「遮り」についてだけれど、これは粒子の形が球ではなくて、繊維状になっているものの動き。繊維状粒子の沈着は気流の速度よりも、繊維状粒子の長さと形がモノをいう。特に、短い繊維は長い繊維より容易に肺の末梢まで到達する。

粒径が3.5μm以下の繊維は気流の軸に沿って運動して、中枢気道では衝突と沈降を避けようとするのだけれど、その影響で軌道は気流表層に近づいてしまう。従って、気管支が分岐しまくって細くなったところの分岐した部分で、気道壁に衝突してしまう。逆に繊維の長さが長くなると、中枢気道において衝突と沈降によって、沈着しやすくなる。

最後に「拡散」についてなのだけれど、1μm又はそれ以下の粒子は、ガス分子のエネルギーによって任意の方向へ運動する、いわゆるブラウン運動を起こしてしまう。特に、0.5μm以下の粒子では、拡散は沈着の主な原因となる。

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4.当たり前呼吸

では、呼吸によって、これら粒子の取り込まれ方が違うかどうかとなると、やはり鼻呼吸と口呼吸では違ってくる。

まぁ、当たり前のことではあるだろうけれど、粒子の沈着についても、鼻呼吸は口呼吸よりも効率的に粒子を除去できる。鼻腔内の空気の流れをみると、鼻の穴から入った空気は、一旦鼻の根元に向かって急上昇し、その後、咽頭に向かって急降下する。この急上昇と急降下による乱流で、5~6μm以上の粒子は、ほぼ完全に除去される。

一般に、鼻呼吸では、1~5μmの粒子の約50%が下気道領域に沈着するのだけれど、10μm以上の大きい粒子は下気道領域まで達することは少ない。その一方、口呼吸となると、10~20μmの大きな粒子でも、その95%以上が下気道に沈着する。そして、1~10μmの粒子の約60~80%は細気管支レベルに沈着し、特に1~5μmの粒子の40~60%は肺胞レベルに沈着するとされる。

だから、やはり、当然のことながら、PM2.5をなるべく取り込みたくないのなら、口呼吸よりも鼻呼吸にしたほうがいい。

また、一回で呼吸する量とその回数も気道における粒子の運動に影響する。例えば、運動をすると、呼吸量も回数も多くなるけれど、呼吸量の増加に伴って、中枢気道では衝突による粒子の沈着が増加し、末梢気道では重力による沈降と拡散による沈着が増加する。一方、呼吸回数が増えると、粒子が沈着する間もなく、それらを排出していくことになるから、呼吸回数の増加に伴って、粒子の沈着は減少する。その意味では、呼吸量と呼吸回数は互いにトレードオフの関係にあるといえるのかもしれないけれど、呼吸量が多く、かつ呼吸回数が少なくなるケース、すなわち"深呼吸"などは、汚染大気下では禁物だろう。

まぁ、つらつら、微粒子が体内に入るメカニズムをみてきたけれど、PM2.5を取り込まないためには、鼻呼吸で、激しい運動は避けるといった、極めて常識的な結論に落ち着くことが確認できたといえる。

それ以前に、大気汚染源そのものをなんとかすることが大事であり、それなくしては、この問題は解決することはない。




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