北朝鮮の弾道ミサイルと日本の迎撃態勢

 
4月7日、小野寺防衛相は、北朝鮮の弾道ミサイルが日本領域に落下する事態に備え、破壊措置命令を発令した。

画像


破壊措置命令とは、日本の自衛隊法82条の3の規定に基づいて、内閣総理大臣の承認を得て、防衛大臣が発令する命令。

自衛隊法82条の3は次のとおり。
(弾道ミサイル等に対する破壊措置)
第八十二条の三

1 防衛大臣は、弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であつて航空機以外のものをいう。以下同じ。)が我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域又は公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)の上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる。

2 防衛大臣は、前項に規定するおそれがなくなつたと認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、速やかに、同項の命令を解除しなければならない。

3 防衛大臣は、第一項の場合のほか、事態が急変し同項の内閣総理大臣の承認を得るいとまがなく我が国に向けて弾道ミサイル等が飛来する緊急の場合における我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため、防衛大臣が作成し、内閣総理大臣の承認を受けた緊急対処要領に従い、あらかじめ、自衛隊の部隊に対し、同項の命令をすることができる。この場合において、防衛大臣は、その命令に係る措置をとるべき期間を定めるものとする。

4 前項の緊急対処要領の作成及び内閣総理大臣の承認に関し必要な事項は、政令で定める。

5 内閣総理大臣は、第一項又は第三項の規定による措置がとられたときは、その結果を、速やかに、国会に報告しなければならない。
これにより、自衛隊の部隊に対し、日本国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を日本国の領域または公海の上空において破壊する措置をとることができる。

過去には、破壊措置命令は2009年3月27日、2012年3月16日、2012年12月7日に発令されたことがあるけれど、これらは何れも、事前に北朝鮮が「人工衛星」と称して期間や落下地点を国際機関などに予告していた。

だけど、今回はそのような予告がなく、何時、どこに向けて発射されるのか分からない状態での発令は初めて。従って、今回の措置は、規定に従って「弾道ミサイル等が我が国に飛来するおそれがある、又は、事態が急変し、弾道ミサイルの落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止する必要がある」と政府が認めたということになる。

尤も、北朝鮮自身が「日本は在日アメリカ軍もわが軍の標的に入っていることを理解すべきだ」と宣言しているのだから、是非もない。破壊措置命令は当然。むしろ遅いくらい。

翌9日になって、政府はPAC3を市ケ谷、朝霞、習志野に配備。首都防衛の体制を整える。だけど、PAC3が迎撃しなければならないような状況は、相当危うい。



2012年4月のエントリー「国民を守りきれない防衛体制」でも述べているけれど、PAC3の射程は20km程度。市ヶ谷を中心とすると、東京外環道路が入るくらいの範囲。実際は空中で迎撃することになるから、正味の有効迎撃範囲はもっと狭くなる筈。

今回のように、何時何処に発射されるか分からないというのは、いわば、北朝鮮のミサイルの射程圏内の全てが危険地帯となりうることになるのだけれど、北朝鮮が発射準備を整えたとみられる「ムスダン」の射程は4000kmとされる。要するに、日本全土が危険地帯になっているということ。

だけど、今の自衛隊はPAC3を全国で18個高射隊に配備しているに過ぎない。

この程度の数では、到底日本全土の各都市に配備できる筈もない。だから、PAC3はいついかなるときでも守らなければならない場所に配備するか、ミサイルの目標予想地点に重点配備することになる。

従って、PAC3を何処に配備したかというのが漏れてしまうと、相手は、そこ以外を狙えばよくなるから、防衛には甚だ不利。だから、当初政府が、ミサイル破壊命令に伴う部隊行動の詳細について「手の内を晒すことになる」として公表しなかったのは当然だといえる。

後に、政府はPAC3の配備を認めているけれど、配備したとされる市ヶ谷、朝霞、習志野には、自衛隊の駐屯地がある。習志野には元からPAC3を配備している第1高射隊があるし、市ヶ谷、朝霞は都心に近い。こうしたことから考えると、取りあえず、政府は、首都防衛を優先して配備したと考えられる。まぁ、当然といえば当然。

それでも、迎撃するのなら、地表に近いところではなくて、もっと遠い所で撃ち落とせるに越したことはない。

海自のイージス艦には、大気圏外迎撃用ミサイルSM-3が搭載されている。SM-3はミッドフェイズの弾道弾に直撃させるミサイルで、射程は500km以上、射高は160km以上とされている。
「SM-3ブロック1A」では最大射程1200km、迎撃高度70~500kmという説あり

だから、北朝鮮のミサイルは、まずSM-3で迎撃するのがファーストチョイスとなる。何より、SM-3はPAC3と比べて射程がずっと長いから、イージス艦を日本海及び沖縄近海に展開して、迎撃態勢を整えることになる。

既に、政府はイージス艦2隻を日本海に配置していて、首都圏や東北地方、西日本を防護するシフトを敷いているとみられている。また、アメリカも下北半島東側とグアム近海にそれぞれイージス艦を配備しているようだ。

このように、北朝鮮のミサイル発射に対する備えを進めているのに、在韓邦人に対する避難勧告といった安全確保のための動きは鈍い。



4月5日、北朝鮮は、ロシアやイギリスなど在北朝鮮の全大使館に、首都平壌から外交官を引き揚げることを検討するよう求め、4月9日にも、戦争が起きた場合に備えて、韓国にいる外国人に対して退避措置をとるよう警告している。

ロシアのラブロフ外相は「言葉の上とはいえ、緊張をあおる措置には懸念を覚える」と不快感を示し、北朝鮮が過度に緊張をあおっているとして、当面は情勢を静観するようだけれど、勿論、タイのように、韓国在住のタイ人を避難させる計画の策定に乗り出した国もある。

果たして、金正恩が戦争する気なのか、ただの脅しなのか分からない。

筆者は2011年12月の「朝人69」のエントリーで、「原発のすぐ近くの沖合にでもノドンを撃ち込めば、日本は大パニックになって、何も出来なくなる可能性がある」と述べたことがあるけれど、北朝鮮が本気で戦争するのであれば、日本を身動きさせなくするために、ミサイルを撃ってくることは十分有りうる。

去年の11月、韓国のネットメディア「デーリーアン」は、2007年に北朝鮮の朝鮮労働党宣伝扇動部が海外の同胞団体幹部向けに行った講演内容とされる音声ファイルを入手し、その内容を報じているけれど、それによると、北朝鮮の宣伝扇動担当書記が「ロケット1発で、原子力発電所1ヶ所を攻撃すれば広島に落とされた原爆の320倍の爆発が起こり、日本という国を地球上から消し去ることができる」と発言したという。

だから、北朝鮮が原発にミサイルを撃ち込んでくるなんて、妄想だと片付けることは危険だと思うし、目的が日本を混乱させて、身動きさせないというのであれば、日本国内に工作員を忍ばせて、交通機関や電力網にテロを仕掛けるだけで十分かもしれない。政府はそうしたことだって、想定しておかなくちゃいけない。

また、これまで筆者は、金正恩には相手の裏をかく癖がある、と何度か述べたことがあるけれど、もしも、今回も裏をかいてくるのなら、太平洋側に移動して、発射すると見られている「ムスダン」を囮にして、移動式発射台から、いきなりノドンとか別のミサイルを撃ってくるかもしれない。

仮に、北朝鮮の行動が脅しだとしても、脅されるという構図が出来上がっていること自体、日本の安全保障にとっては由々しきこと。どこかの新聞のように「一発だけなら誤射かもしれない」などと寝言をいっていられた時代はとっくに過ぎている。

画像



画像

この記事へのコメント

  • 洗足池

    今日の日経朝刊の記事によれば「日本の領土に打ち込まれた場合、計画的、組織的な攻撃だとと判断すれば首相は自衛隊に防衛出動を命ずる。」とあるが防衛的出動とはどういう事だろう?

    既に破壊措置命令に基づき迎撃態勢は敷かれているから、これを防衛的出動とはいわないはずだ。

    発射されたミサイル基地に攻撃を加えることか? 憲法上できるのか? 技術的にそれが可能なのか?戦闘機が本土から朝鮮まで往復できる航続距離ではないはずだが? 空中給油ができるのか? 結局、何にも出来ないという事ではないのか? 事故で日本に落ちたと説明するしかないのだろうな。 あほらし。
    2015年08月10日 15:23
  • WN

    >防衛的出動とはどういう事だろう?

    ググレカス(英:Gugrecus、羅:Gugrecus、希:Γουγρεκος、紀元一世紀頃)とは、古代ローマ帝国の元老院議員であり、ウァッロ以降のローマの図書館行政に深く関与し、当時最高の知識人と称えられたとされる。彼の名前は、その残した業績から、「気になった事柄は自分の力で調べるのが良い」と言う意味の諺としての意味を持つ。詩人のテラワロスとは竹馬の友だったことでも知られている。別名ggrks。
    「出典:アンサイクロペディア」
    2015年08月10日 15:23

この記事へのトラックバック