砂漠になる国 砂丘を作る国

 
中国の四川省で、日中友好の証として日本人ボランティアが植樹した「日中友好林」がなぎ倒され、代わりに別荘の建設が進められていることが、明らかになった。

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日中友好林は2000年に、日中友好協会が日本人ボランティアを引き連れ、四川省簡陽市の山村である丹景山で植樹したものなのだけれど、恐らく、平成14年に広島県日中親善協会が、「造林緑化モデル事業」として行ったものだと思われる。

これは、成都平野の灌漑に重要な三岔湖周辺の水土流出及び洪水防止のために行なわれたもので、国から助成金として550万くらい出ていたようだ。

植林したのは柏の木やその他で、柏は成長が早く、幹は建材、船材に使われることもあるそうだから、変わりに建設された別荘とやらに、その柏の木が使われたのかもしれない。だけど、元々、緑化事業として行っているものが、たった10年で伐採されるとあっては、緑化なんて夢の又夢。

中国では、1998年の長江流域の大洪水を契機に、各地で植林活動が展開されてきた。日本もその支援の為に、故小渕総理大臣は1999年の訪中した際、100億円規模の基金を設立し、民間団体が毎年中国に赴いて植林活動を行っている。

それでも中国の砂漠化は止まらない。中国の砂漠化の解決にはあと300年は必要だという専門家もいる。

砂漠化については、1992年に開催された環境と開発に関する国連会議(地球サミット)にて、「乾燥・半乾燥・乾燥亜湿潤地域における、気候変動と人間活動を含む土地に多様な要因によっての劣化」と定義されているのだけど、一口に砂漠といっても、実は色々種類がある。

例えば、岩盤が露出し、辺り一面、大小の岩がごろごろしている「岩石砂漠」。 岩石のレキがちりばった砂利のような物で全面が覆われている「礫砂漠」、そして砂で覆われている、いわゆる「砂漠」。

中国の砂漠で有名なものといえば、ゴビ砂漠とか、タクラマカン砂漠などがあるけれど、これらは、海から遠く、水蒸気の供給量が少ないため生じる内陸型の砂漠で、「礫砂漠」に分類される。

年間降水量も極めて少なく、ゴビ砂漠は年に100ミリ以下。タクラマカン砂漠に至っては年に数ミリ程度しかない。

一般に、年間降水量で大体200ミリから250ミリが樹木が生育可能かどうかの境界線とされるから、これらの砂漠を緑化するのは極めて困難。

ただ、それでも緑化の試みは行われている。

例えば、1994年にタクラマカン砂漠の中心部で石油採掘プロジェクトがスタートした折、砂漠の緑化実験も同時に行われ、天山南路の輪台と西域南道のニヤを結ぶタクラマカン砂漠を縦断する道路に沿って、人工的にタマリスク(紅柳)など、砂漠でも生き延びることが可能な3種類の植物を植え、4キロごとにあるポンプ小屋から毎日地下水を供給している。

この道路は、全長は約500kmあるのだけれど、その内、436km区間の両側には、幅72~78m、総面積3128haの防砂林が生まれているそうだ。

一方、日本には砂漠というものはないけれど、それに近いものとして、日本人なら誰しも思い浮かべるのが鳥取砂丘。砂丘とは、風の運搬した砂が堆積してできた小さな丘のことをいうのだけれど、これは単なる地形の定義であって、砂漠と比べられるものじゃない。無論、砂漠の中にも砂丘はある。

鳥取砂丘は、その中を流れる千代川が運んできた土砂石が河口部で一次堆積したところに、海中の砂を海岸に向けて流れ寄せる潮流と、海岸線に堆積した砂を内陸へ吹き込む風の働きで形成されたとされる。

だけど今の鳥取砂丘は、ほおっておくと勝手に緑化してしまうのだそうだ。

鳥取砂丘は、近隣住民に砂害を及ぼすため、防風林などの植樹が進められていたのだけれど、その防風林によって、砂丘表面の砂が移動せず植物が定着しやすくなり、もともと自生している砂浜植物と、林からの外来植物が共生するようになってしまったのだという。

特に今から10年程前の平成3年頃は"緑化"のピークだったらしく、3年程は根の深い植物を中心に専門業者による重機を使った除草を行っていたという。そして今も、毎年8月には、ボランティアの協力を募って除草作業を行い、鳥取砂丘の景観を守っているのだそうだ。流石は「豊葦原の瑞穂の国」。

砂漠になる国と砂丘を作る国。隣国なのにこれほどまでに違う。




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この記事へのコメント

  • mohariza

    今から記すことは、プレートテクトニクスの深い所を知らない人には、何を云っているのか?は、理解不能のことと思いますが、

    モンゴル、内モンゴル、ゴビ、黄河地帯、<四川省の北中国陸塊と南中国陸塊の結合部>、
    カザフタン、<今はアラル海も・・・>、イラン南部、<アラビア半島も太古はほとんど地殻はあったが、海だった。>、
    そして、<アフリカ北部も、大変古い陸塊だったが、ほとんど海だった期間が長かった>(当然、モロッコも島として新しい>等、
    各々は大きな島(:大陸としては小さな陸塊)だった為、

    ジュラ紀後半から白亜期の大陸移動での各小陸塊がローラシア大陸に合体し、
    その結合した所は、一時は山脈になったのですが、

    その後、やはり、結合部は地殻上弱い為、沈下しだし、
    地球の大気としての風道(かぜみち)からは取り残され、地殻の脆さも関係し、風化し出し、砂漠化したと思われます。

    <但し、オーストラリアの砂漠化は、上記理論とは別と思われます。>

    地球の砂漠化は、人間の力では、一時的な解決はあっても、根本的な解決は無理で、
    再度、合体した所が裂け、海水化して、湿潤な地形にならない限り、どだい根本的な
    2015年08月10日 15:22
  • 日比野

    mohariza様、こんばんは。

    コメントを読ませていただいて、昔、地震予知について書いたエントリーを思い出しました。

    http://kotobukibune.at.webry.info/201209/article_3.html

    なるほど。プレートの結合部は弱いのですね。地球という何十億年単位での惑星スケールの時の中では、数千万年程度は、ほんの僅かな期間なのでしょうね。
    2015年08月10日 15:22

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